近年、アスペルガー症候群がよく知られるようになりました。
しかし、みなさんが知っていることは、じつはほとんどが男性のアスペルガー症候群の情報です。
女性の場合には悩みごとも対処法も男性とは異なります。
これは、女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)の冒頭に書かれている言葉です。
アスペルガー症候群(DSM-5では「自閉スペクトラム症:ASD」に統一)というと「空気が読めない」「オタク気質」「理系」といった特徴を持つ男性を思い浮かべる人が少なくありません。
しかし同じアスペルガー症候群といっても、女性の場合は現われる特徴がかなり異なっていて、アスペルガー症候群であることがわからないまま、さまざまな苦労を抱えていることが明らかになってきました。
特に、コミュニケーション能力にはそれほど問題がないように思えても、独特の脳機能に由来するストレスを抱え込み、子どものころから、慢性疲労、慢性疼痛、概日リズム睡眠障害など、原因不明の身体症状を抱える人が少なくないようです。
また、記憶や感覚の処理が普通の人とは違っていて、解離症状を示したり、独特なパニック症状「メルトダウン」や、過去が生々しくフラッシュバックする「タイムスリップ現象」に悩まされる人もいます。
この記事では、そうした女性のアスペルガー症候群の意外な10の特徴、およびその対処法を、さまざまな資料を参考にしてまとめてみました。
これはどんな本?
今回おもに参考にしたのは、どんぐり発達クリニックの宮尾益知先生による女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)です。
あまり知られていない女性のアスペルガー症候群について、具体的な情報や対策が豊富で、全ページにわたりイラスト付きで解説されている、とてもわかりやすい一冊です。
この記事で、特に出典元を記さず、ページ数のみ載せている引用は、この本からのものです。
そのほかに、子どもの発達障害とトラウマ治療の第一人者である杉山登志郎先生の発達障害のいま (講談社現代新書)や、マイケル・フィッツジェラルド博士の天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性など、さまざまな資料をもとにしています。
1.アスペルガー症候群に見えない
アスペルガー症候群の診断基準が確立されてからも、症例の中心は男性でした。
男性のほうが女性より数倍多いとされてきました。
しかし、女性の研究が進み、男女で特性の現れ方が違うという説が出てきました。(p56)
女性のアスペルガー症候群の10の特徴を考えるにあたり、一番最初に考慮する必要があるのは、冒頭で述べたように、男性とは症状が異なることです。
男性のアスペルガー症候群に多い、コミュニケーションが苦手なオタク気質のエンジニアのようなステレオタイプに当てはまらないため、一見、アスペルガー症候群とは思えないことが多いそうです。
女性のアスペルガー症候群は男性とは少し違った特徴、すなわち性差(ジェンタ―ディファレンス)があります。
一般に、アスペルガー症候群は、女性よりも男性に多いと言われていますが、もしかすると診断基準が男性向けだったため、女性のアスペルガー症候群が見過ごされてきたのではないか、という可能性が注目されています。
注意していただきたい点として、これから考えるさまざまな特徴は、女性のアスペルガー症候群に多いとされるものですが、一人の人にすべての特徴が見られるとは限りません。
また自閉スペクトラム症は、一般の人から重い自閉症の人まで、連続性をもつものなので、男女問わず、アスペルガー症候群でない人でも、いくつかの特徴が当てはまることは十分にあるでしょう。
たとえ多くの項目が当てはまるとしても、あくまで参考程度にとどめ、自己診断に頼らず、専門家の判断を仰ぐようにしてください。
2.原因不明の体調不良になりやすい
アスペルガー症候群の女性の多くが、睡眠障害をはじめとする体調不良に悩んでいます。
朝起き上がれないくらいの疲労感がしばしばあります。(p30)
アスペルガー症候群の女性は、男性とは違って、ある程度の社会性があり、コミュニケーションもむしろ大人びているので、子どものころはアスペルガー症候群だと疑われることはありません。
しかし、学校に行き始めると、コミュニケーションの問題より先に、原因不明の身体症状という形でストレスが表面化することが多いと言われています。症状には以下のようなものが含まれます。
■慢性疲労症候群
子どもの慢性疲労症候群(CCFS)について研究している兵庫県立リハビリテーション中央病院 子どもの睡眠と発達医療センターによると、慢性疲労症候群になる子どものうち、かなりの割合に自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群)がみられると言われています。
慢性疲労症候群の身体症状の中には、絶えず続く重い疲労感、自律神経失調症、原因不明の発熱などが含まれていて、原因としてアスペルガー症候群の神経異常が関係しているよ場合があるようです。
■線維筋痛症
重い疲労が特徴の慢性疲労症候群と類似した病気の中に、ひどい体の痛みを特徴とする線維筋痛症があります。
子どもの線維筋痛症(若年性線維筋痛症:JFM)の研究をしている東京女子医科大学 膠原病リウマチ痛風センター の宮前 多佳子先生によると、こちらもやはり、素因として自閉スペクトラム症がしばしば認められると言われています。
慢性疲労症候群も線維筋痛症も女の子に多い疾患ですが、いずれの場合も気づかれにくい女性のアスペルガー症候群が関係している場合があるのです。
■概日リズム睡眠障害
すでに述べた子どもの慢性疲労症候群(CCFS)には、概日リズム睡眠障害が伴いやすいことが知られています。
概日リズム睡眠障害とは、朝起きられず夜眠れないなど、睡眠リズムがずれてしまい、生活に支障をきたす症状です。不登校の原因の一つとしても注目されています。
兵庫県立リハビリテーション中央病院 子どもの睡眠と発達医療センターによると、概日リズム睡眠障害の治療のため入院する子どもの場合もやはり、自閉スペクトラム症の割合が高いことがわかっています。
■摂食障害
思春期の女性が抱えやすい疾患の中には、摂食障害もあります。
摂食障害の中には、食べることができなくなる拒食症、食べるのをやめられない過食症が含まれます。
アスペルガー症候群の女性は、味覚の過敏性のために偏食になったり、認知の偏りが生じて自分の体型を客観視できなくなったりすることがあります。
天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性にはでは、アスペルガー症候群だったと思われる女性哲学者シモーヌ・ヴェイユについてこう書かれています。
ヴェイユは強迫観念的に生のものを食べること、また次第に、料理していない食べ物にこだわるようになった。
アスペルガー症候群の人たちにとって、かなり限定された食生活は珍しくない。(p183)
発達障害のいま (講談社現代新書)も、これまで難治性とされてきたシゾイドパーソナリティのやせ症(拒食症)についてこう述べています。
シゾイドの全部ではないが、その99パーセントまでが自閉症スペクトラム障害と置き換えて読むことができるのである。
つまりシゾイド型やせ症とは、その大多数が自閉症スペクトラム障害に併存してきたやせ症であったのだ。(p176)
■統合失調症
統合失調症と診断されているものの、薬物治療によってむしろ悪化したり、治療が長引いて泥沼化してしまうような場合は、アスペルガー症候群の症状が誤診されている可能性があります。
発達障害のいま (講談社現代新書)によると、たとえば幻聴がある場合でも、統合失調症とアスペルガー症候群では性質が異なります。(p216)
統合失調症の幻聴は自分の思考が外部の言葉として聞こえてしまうタイプのものであり、抗精神病薬がよく効きます。
しかしアスペルガー症候群で幻聴が生じる場合、実際には幻聴ではなく、過去の出来事の聴覚的なフラッシュバックであり、抗精神病薬は効果が乏しいそうです。
そのほかにも、一見、統合失調症と思える症状が出たとしても、統合失調症とアスペルガー症候群では様々な違いがあることが紹介されているので、気になる方は読んでみるようお勧めします。
■難治性の心身症
そのほか、さまざまな体の不調を訴えて病院にかかっても、検査で異常がないため「心身症」と診断されてしまう場合には、女性のアスペルガー症候群が背景にある可能性を考慮する必要があるとされています。
アスペルガー症候群特有の感覚過敏や、神経機能の偏りのために、一見検査では正常に見えても、心身に強い負荷がかかっているため、慢性的な重い体調不良が生じるのです。
アスペルガー症候群など発達障害の脳機能の脆弱性をベースにして、さまざまな心身症状が生じているのに、おおもとの発達障害に気づかれていないケースは、「重ね着症候群」と呼ばれています。
3.コミュニケーションはできるが幅が狭い
友達がいないわけではないのですが、交流の幅は狭く、Aさんにとって、図書館で好きな本を読んでいるときがいちばん幸せでした。(p13)
アスペルガー症候群というと、「空気が読めない」「コミュニケーションが苦手である」といった特徴の代名詞であるかのように理解している人もいますが、女性のアスペルガー症候群の場合、典型的なコミュニケーション障害は少ないようです。
たとえば、だれも友だちがいないほど孤立していることはないものの、内気で交流の幅が狭いことがあります。
コミュニケーションができないわけではないものの、ガールズトークが苦手で、何気ない世間話やおしゃべりが得意ではなく、話のペースについていけないこともあります。
女性同士の会話に求められる暗黙のルールがわからず、知らず知らずのうちに嫌われたり、のけものにされたりしてしまうこともあります。
4.考え方が男性的
まわりの人が「女性らしさ」に価値をおいていても、自分にとっては価値がないので、関心をもたない。(p19)
アスペルガー症候群の女の子が、ガールズトークなど、女性同士の付き合いを苦手とする理由の一つには、考え方が男性的である、という点があります。
同年代の女の子が夢中になるファッションやアイドル、うわさ話などに興味を持てず、一般に男性が好みそうなマニアックな話題に関心があります。
「女性らしさ」より「実用的かどうか」のほうに価値を置いていて、いわゆる理系の進路に進むこともあります。
女の子のグループとは仲良くできなくても、男友達とは楽しくやっていける人もいます。
天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性にはシモーヌ・ヴェイユについてのグレーの言葉が引用されています。
彼女はどんな性的接触も恐れていたけれども、「同僚」としては、女性よりもずっと、男性のほうとびっくりするほどうまくやっていけたということである。(p184)
アスペルガー症候群の女性の中には、ときおりアイデンティティそのものが男性である性同一性障害を抱えている人もいるようです。
5.感覚が過敏すぎる・鈍感すぎる
アスペルガー症候群の女性が、さまざまな心身症などの体調不良に悩まされやすい理由の一つは、五感の情報の受け取り方が、一般の人たちとは異なることです。
たとえば、視覚が過敏でまぶしく疲れやすかったり、聴覚が過敏で、ちょっとした騒音や子どもの声、テレビの音などが苦痛になることもあります。人が気づかないような匂いに敏感な人もいます。
近年では、アスペルガー症候群の人の感覚世界は、一般の人たちと大きく異なることが知られつつあります。
視覚や聴覚以外でも、たとえば天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性によると、シモーヌ・ヴェイユは、体に触れる衣服に対して過敏性がありました。
「彼女の衣類はいつも同じような修道士風、また男性向きに裁断されたもので、肩からかけるケープ、男の子のようなぺたんこの靴、長くてゆったりしたシャツ、黒っぽい色の体を隠す長さのあるジャケットだった」。
ゆったりとした衣服と靴を好むというのはアスペルガー症候群の人の共通の特徴であり、触れるということに問題があることを暗に示している。(p178)
こうしたさまざまな感覚過敏は、普通に生活しているだけで疲労が蓄積する原因になります。
その一方で、中にはある種の感覚が鈍感すぎる感覚鈍麻のせいで体調不良を抱える人もいます。
たとえば、疲労や痛み、温度変化などに気づかない失体感症(アレキシソミア)のため、知らず知らずのうちに体に無理を強いてしまうことがあります。
また、大半の人が心地よいと感じるようなリラックスした感覚を味わうことができず、体を休めるのが難しい人もいるようです。
6.感情があふれて「メルトダウン」する
人間関係の悩みやトラブルに対処するなかで、急に感情をもてあまし、パニックになることがあります。(p20)
感覚過敏の問題は、情報があふれてパニックになるという別の問題にもつながります。
自閉スペクトラム症に特有のパニックは、一般の人のパニック症状と区別して「メルトダウン」と呼ばれることがあります。
すでに述べたアスペルガー症候群の人の感覚過敏は、身の回りにある刺激や情報を、そのまま受け取ってしまうことと関係しているようです。
定型発達の人たちは、無意識のうちに刺激を選り分け、調節する脳のフィルター機能が働いているため、必要でない情報は無視することができます。
それはちょうど、蛇口をひねって、コップに注がれる水が調度良い量になるよう調節しているようなものです。
しかし脳のフィルター機能がうまく働いていないと、身の回りのあらゆる情報がそのまま脳に流れ込んでくるので、圧倒され、苦痛を感じます。
常に蛇口が全開なので、コップに注がれる水は容易にあふれ出してしまいます。
アスペルガー症候群の人の脳ではそれと似たことが起こり、過剰な情報や刺激に圧倒されるとパニックになってしまうことがあります。
男性のアスペルガー症候群では、感情がメルトダウンすると暴力をふるったり逃げ出したりしますが、女性のアスペルガー症候群では、落ち着いて考えられなくなり、急に泣き出したり、茫然自失の状態になったりするようです。
人によっては、脳内に過剰にあふれる情報を処理するため、感情や記憶を切り離す脳の機能「解離」を用いて対処するようになる人もいます。
一般に、解離というと、解離性障害や解離性同一性障害(多重人格)を思い浮かべ、心的外傷や虐待によって起こる病的なものと考える人が多いかもしれません。
しかし、アスペルガー症候群の人は、大きな心的外傷などのトラウマ経験がなくても、独特の脳機能や、周囲になじめない孤独感のため、自然と解離しやすいと言われています。
自閉スペクトラム症についての手記で有名な女性当事者であるドナ・ウィリアムズは、解離性同一性障害のような複数の人格を抱え持っていました。
感覚過敏に解離を用いて対処する場合、メルトダウンしたときに、リストカットや角突き行為などの自傷行為を行なって、意識を飛ばす人もいるようです。
7.自分だけのマイワールドを持っている
ほかの子といっしょに「ごっこ遊び」をすることができませんでした。
いつもひとり、「マイワールド」に没頭するようにして、ごっこ遊びをしていました。(p12)
「解離」の作用の中には、記憶や感情を切り離して、現実が現実でないかのように思えることや、空想に没入して、それをありありと感じることなどが含まれます。
想像力豊かなアスペルガー症候群の人の中には、頭のなかに自分だけの世界を持っていて、苦しくなったとき、そこへ逃避するようにしている人もいます。自閉っ子のための努力と手抜き入門にはこうありました。
自分の心のなかで◯◯王国といった王国を作り、そこに住むキャラを動かしていたり、そういうファンタジーの豊かな方は自閉圏の方にけっこう多くいる (p15)
女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)では、コミュニケーションの行き違いによる疲れを癒やすために、ペットやぬいぐるみに語りかけることが提案されています。(p66)
特に想像力が豊かに人の場合は、そうした対処法を無意識のうちに、セルフメディケーションのようにして行なっていて、ありありとした実在感を伴うイマジナリーフレンド(空想の友だち)として現われることがあるかもしれません。
このような豊かな想像力や視覚イメージ力を生かして、クリエイターとして活躍しているアスペルガー症候群の女性もいるようです。
8.トラウマを抱えやすい「タイムスリップ現象」
アスペルガー症候群の人は記憶の処理方法が特殊で、トラウマ経験を抱え込みやすいこともわかっています。
たとえば、過去の嫌な体験をまざまざと思い出し、そのときの感情そのものを再体験してしまう特殊なフラッシュバック「タイムスリップ現象」が生じることがあります。
発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学によると、一般の人は月日が経つと記憶の内容が変化しやすいのに対し、アスペルガー症候群の人は、ほとんど変化せず、そのままの記憶をはっきり覚えていることが多かったそうです。
自閉症スペクトラム障害(自閉スペクトラム症,autism spectrum disorder:ASD)においては、これとは逆の結果、すなわASD方が健常者よりも虚再認が少ないという結果が報告されている(Beversdorf et al,2000)。
…この結果は「心の理論」をはじめとする自他の心的状態の認識に困難を示すASDにおいて、記憶の側面にも特殊性があることを示唆しており、ASDのさらなる理解に結びつくものと考えられる。(p174)
アスペルガー症候群の人の中には、過去の出来事の日付や出来事の細部などを非常に正確に覚えていたり、映像として記憶したりしている人もいます。
アスペルガー症候群では外部からの情報がほとんど加工されずに脳に直接飛び込んでくるのと同様、保存された記憶も加工されないまま保持されるのかもしれません。
こうした記憶の特殊性のためか、いじめ、虐待、災害、犯罪などのトラウマ記憶が強く残りやすいので、場合によっては医療的なトラウマ処理が必要になることもあります。
特に、アスペルガー症候群の女性は、社会的経験の未熟さのため、性被害に遭うことが少なくなく、前もって対策することが必要だといわれています。
9.こだわりが強く変化が苦手
アスペルガー症候群の人の多くは、同一であること、規則的であることを好みます。
同じ道順や手順にこだわれり、それ以外の方法を認めたがりません。
そのため、ほかの人と行動を合わせることが苦手です。(p33)
アスペルガー症候群の人は、なにごともつねに一定であることを好むため、融通が利かない、生真面目で扱いにくい人と思われがちです。
時間をぴったり守りすぎたり、手順やものの置き場所などに強くこだわり、少しでも変わると嫌がったりパニックになったりすることがあります。
女性の場合は、思春期の体の変化に戸惑いを覚え、強いストレスを感じて体調を壊してしまうこともあります。
融通が利かず、こだわりが強いことは、女性同士の目的のないおしゃべりに加わりにくくなる一因です。
狭い範囲の物事にこだわりを持ち、変化が苦手なため、結果として視野が広がりにくくなり、特定の話題以外では会話が弾まなくなります。
しかしその分、狭い範囲のことを徹底的に長期間研究するような仕事には向いていて、研究者として成功しているアスペルガー症候群の女性もいます。
たとえば動物管理学者のテンプル・グランディンは、アスペルガー症候群を公表している女性のうち、最も有名で成功した人物といって差し支え無いでしょう。
10.ADHDの女性との違い
アスペルガー症候群は、同じ発達障害としてニュースなどでよく取り上げられるADHD(注意欠如・多動症)と混同されることがあります。
特に、ADHDの中でも、多動性が少ない不注意優勢型は、ネット上の色々なサイトの説明を見ても、アスペルガー症候群との区別があいまいになってしまっている場合があるようです。
確かに、アスペルガー症候群とADHDは、ときどき併存することもありますが、基本的には別物です。たとえば、おおまかに言って次のような違いがあります。もちろん、あくまで傾向にすぎず、すべての場合に当てはまるとは限りません。
※以下の説明のアスペルガー症候群のついてのページ数は女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)を、ADHDについてのページ数は、姉妹本である女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)を参考にしています。
■興味の範囲
アスペルガー症候群は「こだわり」が強く、変化を嫌うため、興味の範囲が狭く、特定のことにマニアックです。(p15)
ADHDは「新規性探求」が強く、次々と新しいことに目移りするので、興味の幅がとても広く、さまざまな分野の知識を持ちます。(p23)
■会話の難しさ
アスペルガー症候群の女性がガールズトークについていけない理由の一つは、受け答えが人より遅かったり、興味関心がなかったりして、ペースについていけないことです。(p14)
ADHDの女性が同性の間で浮いてしまうのは、思考の多動性のため、一人で話しすぎたり、衝動的に会話を横取りししたりしてしまい、身勝手に思われるからです。(p14)
■規則正しさ
アスペルガー症候群の女性は、変化が苦手なため、規則正しく、同じ規則やルールに沿った生活を続けることを好みます。(p33)
ADHDの女性は、変化の無さに絶えられず、次々と新しいことを始めたり、予定をつめ込んだりしすぎるので、規則正しい生活が苦手です。(p16)
■まわりから浮く理由がわかるかどうか
アスペルガー症候群の女性は、いじめられたり、仲間はずれにされたりしても、特に子どものころは理由がわからず、おかしいのはまわりのほうだと感じることが多いようです。(p16)
ADHDの女性は、悪いとはわかっているのに、衝動性や不注意から余計なことを言ったりしてしまうので、自分がまわりから疎まれやすい理由がわかり、自己嫌悪になりがちです。(p15)
■細部か全体か
アスペルガー症候群の女性は細かい細部にこだわりすぎて、融通が利かない人と思われがちです。(p33)
ADHDの女性は、おおまかな全体ばかり見て細部が疎かになり、大雑把な人、適当な人と思われがちです。(p21)
女性のADHDについて詳しくはこちらをご覧ください。
こちらのゆうメンタルクリニックのまんがでもADHDとアスペルガー症候群の違いがわかりやすく説明されています。
女性のアスペルガー症候群に対処するには?
もし、ここまで挙げたような特徴に、自分や、子ども、配偶者などが当てはまるとしたら、どうすればいいのでしょうか。
個人の自己診断には限界がありますから、性急にアスペルガー症候群であると結論したりせず、専門家による客観的な判断を仰ぐことが大切です。
現状では、残念ながら、女性のアスペルガー症候群に詳しい医師は少なく、専門的な医療機関もあまり多くないようです。
特に、慢性疲労、胃の不調、月経前緊張症(PMS)などの身体症状で内科や婦人科を受診したり、ストレスや睡眠障害などで精神科を受診したりしても、おおもとにある発達障害に気づかれず、ずるずると治療が長引き、難治性とされることがしばしばです。
もしアスペルガー症候群の特徴に当てはまると思うのであれば、インターネットなどで、発達障害を専門とする医師・医療機関を探して受診することが必要です。
薬物療法
発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方によると、一見、統合失調症や双極性障害、うつ病などの精神症状を抱えているように思えても、アスペルガー症候群などの発達障害が根底にある場合、治療の方法が大きく異なると言われています。
たとえば、発達障害がベースにある場合は、薬物への過敏性があるため、一般の精神科の処方ではかえって悪化してしまい、少量処方に切り替える必要があるようです。比較的効き方がマイルドな漢方薬を活用して体調を整えることもできます。
専門的な医療機関では、ほかにも感覚統合療法や認知行動療法など、発達障害の成人や子ども、その家族などを対象にしたさまざまな治療やアドバイスが受けられるかもしれません。
感覚過敏・感覚鈍麻への対処
アスペルガー症候群の人がストレスを減らすには、感覚過敏に対処する必要があります。
たとえば、視覚の過敏性があり、明るさに敏感であるなら、サングラスを常にかけたり、UBカット率の高いレンズにしたり、デジタル機器の輝度を低く設定したりすることが役立ちます。
聴覚の過敏性がある場合には、ノイズキャンセラーを使ったり、特定の騒音域を軽減してくれる耳栓を用いるとよいでしょう。
衣服への過敏性については、自分の感覚過敏などを考慮した上で、体質に合った服を探すとよいでしょう。近年は自閉スペクトラム症向けの服を作っているアパレルメーカーもあるようです。
疲労感や痛みを感じにくいという感覚鈍麻に対しては、疲労を感じていなくても意識して休息をとったりできるよう、セルフモニタリング技術を学ぶとよいかもしれません。
セルフモニタリングには、日記をつける、活動量計を身につける、睡眠時間を記録するといった可視化・数値化が役立ちます。
トラウマを未然に防ぐ
アスペルガー症候群の女性はトラウマ記憶が残りやすいため、あらかじめ自分の特性をよく理解して、トラウマが生じそうな状況を注意深く避けることが大切です。
たとえば、アスペルガー症候群の人には接客業やサービス業、マルチタスキングは向いていません。自分の合わない仕事に就いてしまうと、心身のストレスを抱えたり、同僚からいじめられたりするかもしれません。
性的な被害に遭わないよう、男女関係や異性に対する振る舞い方について信頼できる人に教えてもらったり、マナーや距離感についてのアドバイスを調べたりして、注意深くあることも大切です。
具体的な対策などは、 女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)にかなり詳細に書かれているので、ぜひご覧ください。
もしトラウマ経験に直面してしまった場合は、専門的な医療機関で、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)や、TF-CBT(トラウマフォーカスト認知行動療法)などを受ける必要があるかもしれません。
自分の脳について理解を深める
アスペルガー症候群は、病気ではなく、生まれつきの脳の傾向なので、治療したり変えたりすることはできません。
そもそも、アスペルガー症候群は「障害」ではないので、治さなければいけないわけでもありません。
近年の研究によると、アスペルガー症候群などの自閉スペクトラム症は、「障害」ではなく、「認知特性の違い」であり、自分の特性をうまく活かせる環境に身を置けば才能ともなりうると言われています。
脳神経科医オリヴァー・サックスは、道程:オリヴァー・サックス自伝で前述のテンプル・グランディンについてこう述べています。
テンプルはいまや世界中の自閉症コミュニティの人々にとってのヒーローであり、彼女のおかげで、自閉症とアスペルガーは神経学的欠陥ではなく異なる生き方であり、彼らは独自のユニークな気質とニーズを持った人たちであると、世間のみんなが考えざるをえなくなったとして、広く崇敬されている。(p391)
アスペルガー症候群の女性にとって大切なのは、自分の脳の特徴についてよく理解し、強みと弱み、得意なことと苦手なことをわきまえることです。
自分の長所を発揮できるような仕事を選んだり、アスペルガー症候群であることに配慮してくれるような人と付き合ったりすれば、合わない環境に由来するストレスが減り、体調も上向くことでしょう。
家族や同僚、学校の先生、友だちなどに、自分の特徴について、わかりやすく、敬意をもって伝え、理解を深めてもらうことも大切です。
おわりに:女性のアスペルガー症候群の本をもっと読む
アスペルガー症候群の女性が、自分の特徴をうまく活かしていくために、さらにできることは何でしょうか。
それは、女性のアスペルガー症候群について扱った解説書や、女性当事者の経験談に積極的に触れることです。
アスペルガー症候群の人の脳の特徴は、さまざまな点において一般の人とは異なっているので、テレビなどのメディアで報道されている、一般の人向けのアドバイスが当てはまらないばかりか、有害であることさえあります。
文字通りに受け取ってしまう性格のせいで、自己啓発書や子育て指南書、健康法、宗教などの内容を一字一句その通りの行おうとして、極端に走って失敗してしまうこともあります。
アスペルガー症候群であることをよく知らないままドクターショッピングを繰り返せば、延々と体調不良を抱えたまま、時間とお金を無駄にすることにもなりかねません。
それで、世の中にあふれるさまざまな情報に振り回される前に、まず自分が何者なのかよく理解する必要があります。
あたかも、自分の脳の取り扱い説明書を読むかのようにして、女性のアスペルガー症候群に関する様々な本を調べてみるなら、世の中の物事にどう接したらよいかが次第に見えてくるでしょう。
そうすれば、ちまたにあふれる情報に対しても、どれが自分に適していて、どれが自分にそぐわないものなのかが判断しやすくなり、振り回されることがなくなります。
そのようなわけで最後に、アスペルガー症候群の女性が、自分自身の特徴への理解を深めるのに役立つ本を紹介して終わりたいと思います。
以下に挙げるのは、今回取り上げた本も含めた女性のアスペルガー症候群の解説書、そしてアスペルガー症候群の女性当事者による国内および海外の手記・体験談の一部です。
大半は図書館で借りたり、古本で安く買ったりもできると思うので、ぜひ積極的に目を通してみてください。あたかも鏡を覗きこむかのように、自分自身について、さまざまな発見ができるに違いありません。
■女性のアスペルガー症候群の解説書
■女性のアスペルガー症候群の当事者による本(国内)
■女性のアスペルガー症候群の当事者による本(海外)