人工知能技術(AI)を使って、MRI画像から自閉スペクトラム症(ASD)を高い精度で判別できる技術が、東京大学や国際電気通信基礎技術研究所(ATR)によって開発されたそうです。
ASDに特徴的な脳内の結合を調べることで、国や人種にかかわりなく、ASDと定型発達者を80%前後の判別できるとのことです。
また、ADHD、うつ病、統合失調症の患者の脳活動も同様に分析したところ、統合失調症との類似性が示され、ASDと他の疾患との関係性もわかってきました。
自閉症、人工知能が判別 ATRなど 脳のMRI画像から :日本経済新聞
人工知能で自閉症判別=脳活動の特徴検出-東大など:時事ドットコム
自閉症:人工知能で判定 脳活動の特徴検出、専門医の診断と85%一致 - 毎日新聞
人工知能(AI)で自閉症判定 専門医診断と8割一致 - 産経ニュース
“自閉症” 脳の働きの違いを人工知能で特定 | NHKニュース
"自閉症" 脳の働きの違いを人工知能で特定 | NHK「かぶん」ブログ:NHK
脳回路の16個の機能的結合が特徴的
現在、自閉スペクトラム症(ASD)の診断は、専門家による問診などが主体で、症状を数値化できる客観的なバイオマーカーの開発が求められています。
研究チームが注目したのは、安静状態のときに示す脳活動(デフォルト・モード・ネットワーク)を見ると、ASDの人には特有のパターンが認められることでした。
国内の181人(ASD74人・定型発達者107人)のデータを調べたところ、脳回路を構成する約1万個の機能的結合のうち、ASDに特徴的なのはわずか16個だけで、それに注目すれば、ASDかどうかを85%の精度で見分けられました。
また米国の88人(ASD・定型発達者それぞれ44人)の場合も、75%の確率でASDを判別でき、人種・国籍が違っても有用な判別方法だとわかったそうです。
この16個の機能的結合が強い(同じタイミングで活動を始めるなど)というデータから以下のような点がわかったといいます。
■7割は左右両半球間を結ぶもので、左半球の小領域どうしを結ぶものはなかった
■これまでの仮説(弱結合、強結合、距離依存)は否定された。
これら16個の強い機能的結合は、ASDの人に特徴的な脳活動の時空間ゆらぎを反映していて、ASDの症状と深く関わっている「ASDの実体」であると想定されています。
現在、その部分を対象にした、ニューロフィードバックによる治療法の臨床研究が昭和大学で進められているそうです。
ASDはADHDやうつ病ではなく統合失調症と類似
今回開発された人工知能技術は、他の精神疾患や発達障害にも応用でき、各疾患のつながりや、客観的診断に役立つバイオマーカーを調べていく予定だそうです。
すでに、統合失調症やうつ病、注意欠如多動症(ADHD)のデータに対して、このASDのバイオマーカーを適用したところ、それらの患者群とASDにどれほど関連性があるかが、世界で初めてデータとして明らかになりました。
その比較結果は、公式プレスリリースの図5にグラフ化されています。
結果として、うつ病やADHDでは定型発達者との間に有意な差がなく、統合失調症とASDの脳活動が類似していることが明らかになりました。
最後に、このASD判別法を統合失調症・うつ病・ADHDなど他の精神疾患のデータに適用しました(図5)。
各疾患群とその対照群(健常群/定型発達群)のデータセットについて、個人のASD度をもとに疾患群/対照群の判別を行ったところ、うつ病・ADHD群についてはそれぞれの対照群との間で統計的に意味のある区別がつきませんでしたが(ADHD, P=0.65, AUC=0.57; うつ病, P=0.83, AUC=0.48)、統合失調症群については患者群と対照群との間で統計的に有意な区別ができました(P=0.012, AUC=0.65)。
このことは、ASD度という脳回路図から決められる生物学的指標のもとで、ASDと統合失調症の類似性を明らかにしたものです。
過去の遺伝子研究で2つの疾患の類似性が分かっていましたが、脳活動や脳回路図に基づいて類似性を示したのは本研究が初めてです。
かねてから、自閉スペクトラム症は、統合失調症と類似しており、うつ病になりやすく、ADHDとかなりの程度重なると言われていましたが、少なくとも脳の機能的結合の特徴からは、類似しているのは統合失調症のみでした。
これまで問診などの主観的方法で診断されてきた発達障害や精神疾患を、こうしたバイオマーカーを用いて比較することで、精神疾患の分類と定義が見直され、診断・治療・創薬が画期的に進歩するとされています。
国際電気通信基礎技術研究所の川人光男所長は各報道機関に対してこう述べています。
脳のどの部分に働きの違いがあるか、一人一人、具体的に特定できるようになるので、それぞれの人に合った非常に的確な診断や治療につなげられる可能性がある―NHK
脳内の16対の回路がどのように活動しているか調べれば、自閉スペクトラム症を見分ける客観的な物差しになる。この回路を標的にした創薬が進歩する可能性もある―毎日新聞
人工知能を使った指標の開発は精神疾患にも応用することが可能で、脳回路に基づく病気の解明にもつながる―朝日新聞
そのほか、同時期に、金沢大子どものこころの発達研究センターのMEG(脳磁計)を用いた研究で、自閉症の子は、声を掛けられてからすぐの反応において左右両脳の同調性が健常児よりも18%低く、左右の脳の反応にばらつきが見られたというニュースもありました。
自閉症児 両脳同調性低く 金大、音声反応で初の成果:北陸発:北陸中日新聞から:中日新聞(CHUNICHI Web)
さきほどの研究は、安静時の脳活動の結合を調べたものでしたが、こちらは声をかけられて注意を喚起されたときのものなので、場面ごとに様々な違いが出てくるのかもしれません。
脳科学によって生物学的に分析する意義
現在の精神医療は、医師の直感や患者の主観に大きく左右されているので、状況証拠からある病名がついたとしても、誤診や思い込みが少なくないはずです。
すると、治療してもよくならないばかりか悪化する人もいるでしょうし、じつはその病気でない人が自分の体験談をネット上や書籍などで公表して病気の定義に混乱を招くことも起こりがちです。
こうした精神疾患や発達障害は、基本的には脳の問題だと思われるので、たとえば胃腸の病気が、胃腸の検査によって診断されるように、脳の疾患が脳の検査によって診断されるようになれば誤診も少なくなるでしょう。
今回の分析は、日本で85%、アメリカで75%の確率でASDを判別できたとのことですが、もしかすると分析の精度が悪いのではなく、もともとASDと誤って診断されていた人が20%前後含まれていた可能性もあるのではないでしょうか。
また、慢性疲労症候群や線維筋痛症などの身体症状を抱える人のうち、素因として、自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障害を抱える人たちを簡単に判別して、原因に応じたアプローチができるようになるかもしれません。
これまでも、ADHDをSPECT画像で分類したダニエル・エイメン博士や、愛着障害とADHDを脳画像で比較した友田明美先生など、さまざまな研究者が脳画像による診断を試みてきましたが、いまだ主流にはなっていません。
その〈脳科学〉にご用心: 脳画像で心はわかるのかに書かれているように、現在の発展途上の脳画像の技術を、安易に臨床に持ち込むことに警鐘を鳴らす人もいます。
それでも、こうした脳画像を用いた分析によって分かることは多く、今回の研究で、ASDの脳活動がADHDやうつ病ではなく、統合失調症と似ていることがわかったのもその一例だと思います。
今後もこうした脳科学による研究が進み、精神疾患や発達障害を生物学的な見地から分析・分類できるようになり、それぞれの人が自分の脳の特徴を客観的なデータで正確に把握し、対策を練ることのできる時代が来てほしいと思います。