発達の凸凹がある子は、周囲からの低い評価、親からの強い叱責、ときとしては体罰まで受ける可能性が高くなります。
その結果、自分はダメな子、あるいは悪い子、意地悪な子などといった自己イメージをもってしまいます。
このような情緒的なこじれが子どもの側に生じたときに、はじめて、周囲が対応に苦慮するような大きなトラブルへと発展してしまうのです。(まえがき)
近年、自閉症スペクトラムやADHDなどの発達障害はよく知られるようになりました。しかし、発達障害がもとで生じる、二次的な障害、つまり心の問題や愛着障害については、十分な注意が払われていません。
杉山登志郎先生の本子どもの発達障害と情緒障害 (健康ライブラリーイラスト版)はそのような問題に注意を喚起する本です。発達障害が愛着障害と深く関係しているといえるのはなぜでしょうか。どんな症状が見られるのでしょうか。どう対応すればよいのでしょうか。
興味深い本だったので、本書のポイントを簡単に概観してみたいと思います。
これはどんな本?
この本は、発達障害の専門家であり、発達障害にまつわるトラウマやフラッシュバック、PTSD、虐待の連鎖といった心の問題にも取り組まれている浜松医科大学特任教授の杉山登志郎先生の本です。
ふつうの発達障害の本では、どんな凸凹があるかという表面がなぞられているだけですが、この本では、その一歩先にある心の問題が取り扱われているので、リアリティがあります。
さらに健康ライブラリーイラスト版なので、図解されていてわかりやすいです。
発達障害の4つのグループ
発達「障害」という言葉に影響されがちですが、発達障害とは「害」のことではありません。英語で障害「disorder」は秩序の乱れ、つまり凸凹を指す言葉です。(p12)
発達障害とは、社会的な適応の問題を引き起こしかねない、発達の凸凹がある状態のことです。物事のよって得意・不得意の差が著しいので、ほかの子どもと足並みを揃えることができません。
子どもの発達障害は大きく4つのグループに分けられます。
1.知的障害…学習に関して全般的な遅れがある
2.広汎性発達障害…自閉症スペクトラム障害とも。コミュニケーション障害やこだわりの強さがある。知的障害のないグループはアスペルガー症候群とも呼ばれる
3.ADHD、LD…軽度発達障害。脳のある領域と他の領域が連動しにくい。他動や不器用、不注意、学習の苦手さなど。
4.子ども虐待…幼児期に愛着がつくられないことで起きる他動や解離。
このような原因で発達の遅れがあると、不登校、心の問題、心身症、解離性障害などが起きやすくなります。(p18)
発達障害と情緒障害は複雑に絡み合う
発達障害と情緒障害はどのように関係しているのでしょうか。これには2つの側面があります。
1.発達の凸凹のために心の問題が起こる
発達障害を抱えている子どもは、物事によって得意・不得意の差が激しいことはすでに述べました。
そのため、「ほかの子と同じように」が求められる学校教育の場では、ストレスを感じる場面が多くあります。
その子の特性に合った支援や教育を受けないと、自信をなくし、心の問題を抱えることがあります。劣等感を抱くだけでなく、いじめを受けたり、迫害されたと感じたりすることもあります。(p20)
2.心の問題が発達障害のように見える
それとは反対に、心の問題、特に反応性愛着障害があると、それが原因で、発達障害のような症状が強く現れることがあります。
反応性愛着障害とは、不適切な養育などの結果、対人関係が難しくなったり、衝動や感情のコントロールができなくなっている状態で、先ほどの第四の発達障害に相当します。
いじめや虐待の結果として、多動や気分のムラが表れている子どもの場合、発達障害としての対応だけではうまくいきません。
実際には、これら2つの問題は、複雑に絡み合っていて、生来の発達障害があるために心の問題が生じ、そのためにさらに発達の遅れが生じるという場合があるのです。(p22)
どのような症状が出るか
発達障害がもとで生じる心の問題はさまざまな形をとります。ここではそのうちの6つを取り上げてみましょう。
1.自信のなさ
:努力してもほかの子と同じようにできず、勉強についていけない。あるいは勉強はできても、周囲に馴染めない。それによって自分の能力や性格に自信を無くします。(p32)
どうせ何をやっても失敗する、自分は世界一のダメ人間、と考えたり、自尊心を失って、生きる意味がをなくしたり、否定的な考え方が目立つようになります。(p38)
重症になると、うつ病などにつながることもあります。
2.自己イメージの混乱
発達障害の子どもは自己イメージが混乱しやすいところがあります。叱られ続けると、自分が何者かわからなくなってしまったり、ほかの子と自分がどこか違うことに悩んだり、逆に尊大な自己像を持ったりします。(p29)
重症になると、強迫性障害や摂食障害につながることもあります。
発達障害の背景があるためにパーソナリティ障害や他の心身の問題が生じる例は成長してから「重ね着症候群」として現れることもあります。
詳しくは以下のエントリをご覧ください。
3.落ち着きがなく、攻撃的になる
虐待やいじめを受けると、MAO-Aという酵素を作る遺伝子が働き始めます。この遺伝子が働くと、攻撃的な傾向のスイッチが入ってしまうと言われています。(p34)
また、ADHDの子どもには衝動性があり、自閉症児にはこだわりがあります。このため、ちょっと予定が変わったり、いつもと違ったり、といったささいなことでパニックを起こすので、はたから見ると「キレた」ように思われることがあります。
さらに、何年も前の辛い体験が突然フラッシュバックして、パニックになる「タイムスリップ現象」が起こることもあります。(p40)
このような傾向は、非行、依存症などにつながるかもしれません。
子ども虐待という第四の発達障害についてはこちらもご覧ください。
4.頭痛や腹痛、疲労感などの心身症
不安やストレスが強いと、頭やお腹が痛くなったり、心因性発熱が生じたり、見えづらさ、聞こえづらさが生じたり、体のだるさを訴えたりします。
発達障害の子どもは特に心と体の結びつき(心身相関)が強いため、仮病ではなく、本当に体の症状で苦しむことになるのです。(p42)
不登校と関係する病気には起立性調節障害や慢性疲労症候群があることは、このブログでもお伝えしてきたとおりですが、この本によると、不登校で受診する子どもの67%に何らかの発達障害があるそうです。(p48)
ですから、それらの体の病気と発達障害の重複を考えてみることも必要かもしれません。
起立性調節障害になついてはこちらをご覧ください。
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5.対人関係の問題
ADHDの子どもは、多動で落ち着きがなく、だれにでも近づいていきます。
自閉症、特にアスペルガー症候群の3つのタイプのうち、積極奇異型の子どもは、妙に親しく振る舞いますが、相手との距離感がつかめません。
逆に残りの2タイプ、孤立型や受動型の子どもは、人と関わることに苦痛を覚える場合もあります。
さらに愛着障害の子どもは甘えたり、反発したり、両極端になりがちです。
発達障害の認知のズレによって、他人の何気ない言動に心を傷つけられてしまうこともしばしばです。
愛着障害についてはこちらも ご覧ください。
6.解離症状
心身の統一が崩れ、記憶と体験がバラバラになることを解離といいます。
■記憶が部分的に飛ぶブラックアウト
■生々しい記憶がよみがえるフラッシュバック
■何かをする直前の記憶がなくなる解離性遁走
■お化けが見えたり聞こえたりする解離性幻覚
■急に普段と違う行動をとりはじめる人格の交代 スイッチング
■現実の生きている心地を抱けなくなる離人感
こうした症状がいじめや虐待などの強いストレスによって生じます。
また多重人格(解離性同一性障害)のような特殊な状態に陥ることもあります。
一般に子どもは想像のなかにしかいないイマジナリーフレンドをもつことがあります。
三~四歳くらいの子がイマジナリーフレンドと遊び、おしゃべりするのは珍しいことではありません。
いっぽうで、解離の状態が進むと、バラバラになった記憶と体験をいくつかの人格が分けあう多重人格が生じることがあります。この状態には、治療が必要です。
想像のなかの友達がどちらの範疇に入るのか、鑑別が必要です。(p47)
発達障害と情緒障害にどう対処するか
この本の残りの部分では、子ども一人ひとりのためにできる対策について取り上げられていました。対処法はひとりひとり違いますし、実際に本の説明とイラストを見たほうがわかりやすいと思うので、簡潔にまとめます。
専門医の診断を受ける
診断が出ると子どもが抱えている悩みを理解しやすくなる。
診断がすべてではないが、参考になる。子ども本人が自己理解するための助けにもなる。(p50)
「障害」という言葉に抵抗を持ってしまいがちですが、対応を知るためには受診することが必要です。
治療教育
子どもが社会に適応し、困らない力をつけられるようにまわりから働きかけていくこと、それが治療教育です。(p61)
自閉症、ADHD、LDの子どもにはそれぞれ特有の扱い方があります。親も子どもも特性に応じた対応を学ぶ必要があります。
地域の相談機関や、療育センターや、特別支援のための教育機関を活用します。
両親やきょうだいも治療を受ける
問題に直面している子どもの治療を進めるなかで、子どもの家族も同様の問題に悩んでいるとわかる例が少なくありません。
…いずれの場合も、保護者自身の生きづらさの改善が、子どもとの関係を築き直し、子どもの発達を支える上で必要になります。(p66)
子どもの特有の認知について知る
ほかの子と違う独特の考え方や見方、話し方をすることがありませんか?(p70)
発達障害の子どもは、世界の見え方・感じ方がふつうの子どもと異なっている場合があります。
子どもの感受性に応じた対応をして、良い所を目ざとくほめるようにします。ほかの人と認知が違っていても、失敗が目立つ凹の部分の他に、凸の部分が必ずあります。
発達障害の子どもの世界観が健常者といかに違うかは、以下のエントリが参考になると思います。
子どもにかけてあげたい言葉
傷つき、疲れた子どもが、家族に心配をかけまいとして、元気にふるまうことがあります。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ」といってあげてください。(p90)
無理をしている子には、ありのままでよいのだ、もう努力は十分なのだと伝えましょう。(p91)
家族会や支援団体に相談する
アスペルガー…特定非営利活動法人アスペ・エルデの会
ADHD…えじそんくらぶはAD/HDを持つ人たち、そして共に悩む家族・教師を応援します - NPO法人えじそんくらぶ
ディスクレシア…NPO EDGE(エッジ ) | NPOエッジは、発達性ディスレクシアの正しい認識の普及と認定・教育的支援を行う民間団体です
この本の中で興味深かったところを簡単にまとめてみました。
例によって、これは本書の内容のほんの一部にしかすぎません。一冊の書籍の内容はブログのいち記事で語れるようなものではありません。
本書は、タイトルのとおり、「健康ライブラリーイラスト版」であり、実際には図解してあってとてもわかりやすいので、興味のある人は手にとって読んでみてください。
わたしは発達障害についての知識は愛着障害から入ったので、本書の内容はよく整理されていて興味深いものでした。
発達障害があるゆえに、心身症になりやすいというのは、かなり見過ごされていることのように思います。
周りの子がふつうに学校に通っているなかでストレスを大量に抱え込む背景には、発達障害や愛着障害がある可能性が高いのです。
この本を起点に、また新たな分野についても興味をもったので、今後はそちらの書籍にも手を伸ばしてみたいと思います。