前々から気になっていて、このブログでも何度か取り上げている問題に、発達障害と慢性疲労症候群は関係があるのか。というものがあります。この場合の発達障害というのは、主に、高機能なタイプの自閉症スペクトラム症(たとえばアスペルガー)と、注意欠如多動症(AD/HD)です
最初に結論を言ってしまえば、両者の関係性を指摘するような情報はごくわずかであり、一見関係なさそうです。少なくとも、大半の慢性疲労症候群と、自閉症スペクトラムは特に関係していないように思います。
発達障害側の研究を見ても、かなりいろいろ本を読みましたが、それらしい話は出てきません。まだ研究が進んでいないという見方もできますが、少なくとも現時点では関係がないようだと言わざるを得ません。
しかし、子どもの慢性疲労症候群の分野では、因果関係があるかどうかはともかく、発達障害に関わる情報はいろいろ出ています。そのため、こちらはまったく無関係ともいえない状態です。
この記事を書くには時期尚早な気もしますが、とりあえず、現時点での情報のまとめとして、記事にしておきたいと思います。今後何かわかったら、追記するかもしれません。
知能低下は二次的なもの
慢性疲労症候群と発達障害の関係についての文献としては、わたしが読んだ書籍の中では、不登校外来―眠育から不登校病態を理解するがあります。
この本は、子どもの慢性疲労症候群を扱っている兵庫県立リハビリテーション中央病院の三池輝久医師による本ですが、慢性疲労症候群を伴う不登校の原因として、アスペルガー症候群をおおむね否定しています。こう書かれています。
DSM-ⅠⅤでチェックを入れ診断する医師が後を絶たず、不登校状態の子どもたちに様々な診断名がつきはじめている。
「うつ」は併存する確率も高いのでまだ許せるとしても、「PDD」「Asperger症候群」の病名が目立つ。そう簡単にこのような病気を作られてよいとは思えない。
…なぜなら、治療により回復した彼らから発達障害と診断する根拠が消えることが少なくないのである。
…このような誤解から不登校の背景に発達障害の存在が小さくないという誤った情報が流れてしまうことになった。(p82)
これらの睡眠問題が若者たちの脳機能にアンバランスを生じさせ、おかしなことに児童生徒期に及んではじめて“発達障害”の診断を受けるものが急増しているのである。(p97)
このように、慢性疲労症候群の状態における発達障害的な症状は一時的なものであり、生来の広汎性発達障害やアスペルガーではないとされています。
要は、睡眠障害が強い不登校の状態の子どもたちに知能検査をさせると、知能低下(20以上)が見られるので、各項目の開き(ディスクレパンシー)からして発達障害に見えるが、治療で回復するので発達障害ではない、ということのようです。
ただAD/HDについては
それでもAD/HDと不登校は無関係ではないと考える方もあるであろう。(p82)
として、読み方によっては一定の関係が示唆されているようにも見えます。とはいえ全体的に、発達障害に関する話題は、この本であまり大きなウェイトを占めていません。
このAD/HDと慢性疲労症候群については、ネット上を見ても関係を示唆する資料がそれなりにあるので、人によっては慢性疲労症候群の原因となっているのかもしれません。もちろんAD/HDは生まれつきの問題なので、子どものときからひどい不注意や多動が見られる場合に限ります。
AD/HDがなぜ慢性疲労症候群の原因となりうるのかは定かではありませんが、ひとつには、不快刺激を隔離する力が弱いために、疲労や痛みに敏感になってしまうのではないかと推測されています。
その点は、以下の記事にまとめています。
併存することはある
ここまでは、発達障害と思えて実はそうではないという話について書いてきました。
しかし、去年の疲労学会では、「自閉症スペクトラム障害を合併する小児慢性疲労症候群における自律神経機能の検討」という話が行われていましたし、併存することはあるようです。
慢性疲労症候群の診断時に除外するものとして自閉症スペクトラム障害は含まれてはいません。
有名人を例にとってみても、自閉症スペクトラム障害と慢性疲労症候群の両方をもっていたと考えられる人に進化論で有名なチャールズ・ダーウィンがいます。
アスペルガーの2つのタイプ「天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル」 で少し触れましたが、ダーウィンは強烈な映像記憶の持ち主であり、ディスクレシアや手のパタパタ運動などがあったことから、自閉症スペクトラム障害だったと考えられています。(p61)
同時に、ダーウィンは生涯のある時点から原因不明の疲労感を死ぬまで抱え、現在ではナイチンゲールとともに、慢性疲労症候群の有名人として、引き合いに出されることがあります。
もちろん彼の発達障害的な特徴が慢性疲労症候群の発症と関係していたかはだれにも分かりません。ここで挙げたのは併存であり、原因と結果ではありません。
ただ一般論として、発達障害があると二次的な問題を抱えやすくなります。どのような要素があるのでしょうか。いくつかの点を取り上げてみます。
ストレスが多くなる
ひとつは発達障害があるとストレスを溜め込みやすいという点です。まわりになじめず、生きづらさを感じるので、日常生活から感じるストレスも多くなるでしょう。ほかの人が簡単にできることが大仕事ということもあります。
発達障害があると、脳機能の脆弱性もあるので、前述のストレスとの相乗効果もあって精神疾患や心身症への耐性が低くなってしまうようです。
ほかの人がなんとも思わない、あるいは耐え難いとまでは言わないストレス環境でそうした疾患になってしまったとしたら、環境以外にストレスを増幅している要素として、生来の脳の特性が関係している場合もあるでしょう。
あるいは、社会に出る前、つまり本格的なストレスにさらされる前の子ども時代に不適応を起こしたとしたら、やはりそれなりの原因があるように思います。
治りにくいさまざまな精神疾患や心身症の裏に未診断の大人の発達障害があるケースは「重ね着症候群」として注目されているようです。(治りにくい病気の背後にある大人の発達障害、「重ね着症候群」とは)
睡眠の問題を抱えやすい
前述の兵庫県立リハビリテーション中央病院のその後の研究によると、乳幼児のころの睡眠障害は発達障害に、そして学生のころの睡眠障害は慢性疲労症候群の契機になりやすいという見方がされています。
その点については発達障害や慢性疲労症候群と関わる「子どもの夜ふかし脳への脅威」にまとめました。しかしこの本でも、発達障害と慢性疲労症候群に関係があるとは一切言われていません。言及しようと思えばいくらでもそうできるはずですが、あえて関係付けしていないものと思われます。
睡眠障害が発達障害と関係があるという見方は、いろいろ裏付けがあり、体内時計の調節を担っているホルモンはバソプレシンかもしれないという話がありました。バソプレシンは自閉症スペクトラム障害との関係も注目されているホルモンです。(【10/5】体内時計を薬で止める。カギはバソプレシン? )
それで、生まれつきの発達障害→概日リズム睡眠障害になりやすい→慢性疲労症候群発症 という変遷はあるのかもしれません。
脳の使い方が独特
脳の使い方が独特であることが子どもの慢性疲労症候群の一因になっているという話もありました。
神戸新聞|社会|「慢性疲労症候群」の子 脳機能多く使用か 理研によると、「2種類の作業を同時に行う場合、健康な子どもが文字の読み取りなどを担う左脳だけを使うのに対し、直感力や独創力をつかさどる右脳も使うため疲れやすい」とされています。
こうした独特な脳機能は、発達障害を思わせます。
しかし、ニュースの表現からすると、「本来の脳機能を取り戻せる」ことについても書かれていますので、生まれつきの脳の特性として考えられているわけではないのかもしれません。
感覚異常
自閉症スペクトラムの人はさまざまな感覚異常をもっています。いくら疲れていても疲労感を感じないとか、痛みに過敏、あるいは鈍感であるとか、寒さや暑さを感じにくいなどです。
もし疲労感を感じないなら、知らず知らずのうちに過労に陥って、体調を壊してしまうこともありうると思います。逆に易疲労性があるという人もいます。周囲に過剰適応してしまって慢性疲労を感じている自閉症スペクトラム障害の人もいるようです。
日本大学板橋病院の村上正人医師によると、慢性疲労症候群(CFS)の患者は、「感情の認知や的確な表現が失われている失感情症、疲労や空腹などを十分に認知できず、体の声を聞くことができない失体感症」を抱えているとされています。
それらの失感情症(アレキシサイミア)や失体感症(アレキシソミア)と自閉症スペクトラムが関わっているのかどうかは分かりません。しかしカサンドラ症候群 - Wikipedia には「自閉症スペクトラムのおよそ85%がアレキシサイミア(失感情症)だと言われている」とあります。
このようなわけで、現時点では、慢性疲労症候群と自閉症スペクトラム障害は併存することがあるとはいえ、両者の因果関係は不明です。AD/HDについては現時点でも、それなりに関係が示されています。
今後何かわかれば、改めてこのブログで取り上げたり、ここに追記したりするかもしれませんが、今のところはこれ以上のことはわからないというのが正直なところです。