ADHD(注意欠如多動症)というと、一般には、多動・不注意・衝動の3つの症状を中心に説明されます。
ADHDについての紹介記事は、どれを見ても、たいていは、じっと座っていられないだとか、よく物忘れをする、片付けができない、事故に遭いやすい、計画を立てられない、といったお決まりの症状が繰り返し解説されているだけです。
しかしそうした症状は、あくまで多くの人(子ども)に見られるものなので、だれでも自分はADHDかもしれない、と思ってしまうところがあります。
しかしADHDの症状というのは、もっと複雑なものであり、あまり知られていない、他のいろいろな特徴が現実に存在しています。それらの隠れた特徴のほうを調べていくと、自分がADHDなのか、そうではないのか、ということがはっきりするようにも思います。
知って良かった、アダルトADHDという本から、ご自身もADHDの不注意優勢型である、星野仁彦先生の説明に基づき、ADHDのあまり知られていない12の特徴を見てみたいと思います。
これはどんな本?
この本は、専門医が少なかった時代から大人のADHDを診てきて、多数の著書を著しておられる、星野仁彦先生による、大人のADHDをあらゆる面から解説した一冊です。
約400ページからなる、非常に詳しい本で、ベートーヴェン、モーツァルト、ピカソ、チャーチル、トム・クルーズ、中坊公平といった、大人のADHDの有名人についての伝記も含まれています。
ADHDの医学的説明だけでなく、周囲の人へのアドバイスなども書かれていて、最後にご自身の不注意優勢型のADHDの経験をつづって締めくくられています。
星野先生の本は、Amazonレビューなどを見ると、評価が少し低めなことが多いのですが、読んでみて内容に問題があるわけではなく、書き方がADHDの当事者らしく、まとまりに欠けているためなのかな、と思いました。
ADHDのあまり知られていない12の特徴
これから説明する、ADHDのあまり知られていない12の特徴は、一般に説明されるさまざまな特徴に加えて、ADHDの人の生活に広く見られるものです。
ADHDの一般的な特徴に加えて、さらにこれらの特徴に思い当たるところがあれば、ADHDである可能性はかなり高くなることでしょう。
1.脳が未熟な「発達アンバランス症候群」
ADHDは行動面の問題だけが困る症状ではない。
むしろ学習(認知機能)、社会性(対人関係)、運動、言葉の発達、感情(衝動性)のセルフコントロールなどさまざまな側面の発達が未熟またはアンバランスであり、むしろそれらの症状の方が社会適応上ハンディになりやすい。
筆者がある学会でADHDを「発達アンバランス症候群」と呼ぶべきと提唱したのもそのためである。(p13)
ADHDは脳の発達がアンバランス、または未熟で、年齢相応の子どもにできることができなかったりします。
食欲・排泄などをつかさどる自律神経系の発達も未熟なので、極度の偏食や少食、おねしょなどの問題も抱えやすいそうです。
夜眠れない、朝起きられないなどの睡眠異常もADHDには多く、概日リズム睡眠障害を抱えることも多いと言われています。
ADHDを対象にした脳の研究の多くで、脳の未熟さが示されています。年齢不相応の脳波が出てきたり、中枢神経系や小脳の発達が小さかったりすることがわかっています。(P241)
また前頭葉、前頭前野の活性や血流が低下していることがさまざまな研究で示されています。前頭葉は、行動を抑制し、セルフコントロールを促す部分であり、一番最後に成熟する脳の部位としても知られています。(P246)
反対に自閉症では、脳の成熟が早いことが知られています。
2.対人スキルも未熟
ADHD児が二次的情緒障害を示しやすく、学校や社会で不適応を起こしやすい大きな理由として、彼らの対人スキル(社会性)が未熟な点が挙げられます。
スワンソンとマロンによれば、ADHD児の80%以上に何らかの対人スキルの問題がみられると報告しています。
それは彼らの社会的な場面での判断力の弱さ、場面(状況)認知能力の低下、言語的交流の未熟さ、衝動性のコントロールの不足、欲求不満耐性の低さなどさまざまな理由によります。
ADHDでは、自閉症に見られる障害よりはるかに軽度ではあるものの、言葉に遅れが出ることがあるようです。これは発達性言語障害と呼ばれます。(p36)
成長してもADHD児の80%以上に対人スキルの問題が見られるそうで、人との約束事やルールが守れなかったり、自己中心的で協調性に乏しかったりするそうです。
アスペルガーのように空気が読めない、というよりは、対人スキルが未熟で、子どものように振る舞ってしまうため、社会の常識や規範に合わせられないことが多いようです。
人の気持ちがわからないのではなく、人の気持ちを考える余裕がなく、自分の好きなようにしていたいという気持ちが強いのです。
3.発達性協調運動障害
運動面の発達もやや未熟で、全般に不器用であり、歩き方や走り方がぎこちなく転びやすいことがあります。
またハサミの使い方やスキップが下手だったり、利き手利き足の発達が未分化で、3.4歳になっても決まらずに両手利きのことがあります。(p36)
ADHDの人は、微細運動(手先の細やかなこと)はできても、全身を使って行うスポーツ(球技、縄跳びなど)などが上手くできないことがあり、それを、発達性協調運動障害と言うそうです。これは自閉症にも見られることがありますが、いわゆる不器用さのことです。
この本では、ADHDの有名人としてルードウィッヒ・ベートーヴェンが挙げられていますが、彼も非常に手先が不器用で、机の上のインキつぼや五線紙などが飛び散ったり、手に持った皿をすぐに落として割ったり、ヒゲを剃ると必ず切り傷ができたりしたそうです。(p51)
4.デイ・ドリーマー
不注意優勢型では、多動、衝動性はあまり目立たず、むしろ、ボーっとして人の話を聞いていないという不注意傾向が目立ちます。
米国などでは、この不注意優勢型は「デイ・ドリーマー(昼間から夢を見ている人)」と呼ばれます。男児にもありますが、女児のADHDはこの不注意優勢型が多いようです。(p38)
ADHDの3つのタイプのうち、不注意優勢型は発見されにくいといいます。(p20) というのは、多動、衝動性といったADHDお決まりの問題行動が見られず、集団の中で目立つこともないからです。
不注意優勢型は別名「のび太型」とも言われるように、落ちこぼれや不登校になったりすることがよくあります。しかし次項で取り上げますが、学校での成績は優秀なこともあります。
もし問題行動がなく成績も優秀なら、何も悪いところはないのではないか、と考える人もいるでしょう。実際、周りからそのようにみなされるので、ADHDだとなかなか診断されないことも少なくありません。
本書の著者の星野仁彦先生がまさにその典型で、医師になるほど成績は良かったのですが、日常生活全般で「漫然とした不適応感」を感じていて、大人になってからADHDだったのだと気づいたのだそうです。(p370)
不注意優勢型のADHDは、問題行動が目立たないというだけで、実際には、この記事で取り上げているようなさまざまな不具合を感じながら生きているということには変わりがないのです。
本書で不注意優勢型の例として挙げられている星野先生も、弁護士の中坊公平も、どちらも頻繁に空想の世界に浸る「デイ・ドリーマー」であったことが書かれています。(p89,372)
ちなみに不注意優勢型のADHDはメチルフェニデート(リタリン、コンサータ)しか効かない「脳内ドーパミン系障害型」が多く、多動・衝動性優位型はメチルフェニデートに加えてSSRIも効く「脳内ドーパミン+セロトニン系障害型」が多いと考えられています。(p350)
5.過集中により、成績はトップクラスのことも
B男さんの病歴を聞いたところ、小中高時代は成績はかなり良く、トップクラスでした。(p104)
ADHDは「のび太型」「ジャイアン型」などと呼ばれるので、学習障害や、落ちこぼれの印象がつきまといます。しかしさきほどの不注意優勢型の説明でも取り上げましたが、一見優等生のこともあるのです。
注意力散漫のため学校の勉強についていけないADHDの子どもも多くいるいっぽうで、成績トップクラスを維持し、成人してから研究者として活躍しているADHDの人も多くいます。
つまり、成績が高いか低いかは、ADHDであるかを示す目安にならないということです。むしろ、他の日常の症状、つまり忘れ物が異常に多いとか、不器用だとか、整理整頓がまったくできないといった点のほうが、ADHDと関係しているといえます。
こうした成績がいい、ということの背景には、単に勉強が得意といった単純な話ではなく、むしろADHD特有の過集中という現象が関わっていることがよくあります。
一方不注意と一見矛盾することですが、彼らは、自分の興味・関心のあることにはずば抜けた集中力(これは過集中と呼ばれます)とこだわりをもって長い時間のめり込みます。
自分の興味と関心の有無によってやる気が全く異なるのはADHDの特徴です。
アダルトADHD者の中にはこの「過集中」と「こだわり傾向」によって、ある特定のことに自分の全エネルギーを向けて長期間精力的にやり続け、偉大な業績を残す人がいます。(p132)
つまり、学校での勉強が、自分の興味の対象であったなら、いともたやすくトップクラスの成績をとってしまうこともあるのです。
しかし生活全般にわたって優等生かというと、ADHDの場合はそんなことはありえず、生活上のことを犠牲にしているので、ほかの点では非常にだらしない、ということがよくあります。
過集中は一見プラスに見えますが、一つのことに没頭してしまうせいで、ほかのすべてが台なしになり、健全な日常生活が送れないというリスクもはらんでいるのです。
6.チック症、トゥレット症候群と深い関係がある
「小学校の頃から、家や学校で、首や肩や手足が急にピクッと動いてしまう。恥ずかしいので我慢して止めようと思っても止まらない。特に緊張する場面でそうなる。クラスに居たたまれなくなる」(p115)
チック症とトゥレット症候群(TS)は、ADHDの合併症ではなく、ADHDの本来の症状であるとする研究者もいるほど、ADHDと関連が深いそうです。
チック症には、激しいまばたき、顔をしかめる、手足をピクピク動かす、咳払いをする、うなる、鼻を鳴らすといったことが含まれます。強迫性障害(OCD)を合併することもあるそうです。(p215)
ADHDの人の脳では、運動神経系(錐体外路系)の中枢システムが十分に機能していないため、チックのような不随意運動が起こりやすいのだそうです。
チックを合併しているADHDはメチルフェニデート(リタリン、コンサータ)でチックが悪化しやすいので注意が必要です。
7.爪噛み、抜毛癖、貧乏ゆすりがやめられない
爪噛みや抜毛癖(トリコチロマニア)、鼻ほじり、貧乏ゆすりなどの習癖異常も、ADHDの人では見られやすいと言われています。
特に男性のADHDではチック症が、女性のADHDでは抜毛癖(トリコチロマニア)が多いそうです。
抜毛癖(トリコチロマニア)や爪噛みは不注意優勢型のADHDに多いため、「半覚醒、半睡眠の状態」にある脳を覚醒させるための自己刺激的な行動であると考えられています。
ADHD児・者が多動的・衝動的であったり、コカインや覚醒剤などの薬物に依存したり、危険な行動を起したりするのは、覚醒していない前頭葉を自分で目覚めさせようとしているのであり、注意散漫なのは、不必要な情報を取捨選択できずに無差別に脳が受け止めているためです。(P247)
星野先生ご自身、学校ではボーっとして、爪噛み、貧乏ゆすり、鼻ほじくりなどの癖が止めどなく続いたと書いています。(P372)
8.時間感覚がおかしく、方向音痴
子どもの頃は時計の読み方が分からなかったり、五分、三十分、一時間という時間の長さの感覚がつかめないことがあります。
彼らが学校や職場に遅刻しやすく、時間の約束を守れないのもこのためです。(p151)
ADHDの人は時間感覚の障害のため、適切に予定を立てられなかったり、遅刻しやすかったりするそうです。まだ大丈夫と考えてだらだらと過ごし、毎回遅刻してしまったりします。
また左右の感覚が分からず、右と左を区別するのに時間がかかったり、キャッチボールやテニス、バドミントンで、球がどこに飛んでくるのか予測できなかったりします。視空間認知機能の障害があるようです。
特に不注意優勢型のADHDでは、左側の空間に重要な手がかりがあるような図形を認知することができず、脳の右半球の視空間認知機能が弱いことが実験でわかっているそうです。
9.脳を覚醒させようとして、さまざまな依存症になる
ADHD者にニコチンを投与して、コンピュータを用いた認知機能検査を行ったところ、投与後に認知機能が大幅に改善し、活気。気力が高まったと報告しています。このような効果は健常者にニコチンを投与してもみられません。(p153)
ADHDの人がヘビー・スモーカーやヘビー・ドリンカーになりやすいのは、ニコチンやカフェインが、脳の覚醒レベルを上げ、注意集中能力を高めるからです。通常では考えられないほど効果があるので、定型発達者より依存に陥りやすいそうです。
これは、すでに取り上げたように、ADHDの人の脳の覚醒レベルが低いことによります。刺激物を取り入れたり、刺激的な行動に関わったりすることで、前頭葉を覚醒させようとして、依存してしまうのです。
10.ストレス耐性が弱く、PTSD、フラッシュバックが生じやすい
アダルトADHDはPTSDを合併しやすいことが知られています。その理由としてウェイスやビーダーマンらが述べているように、ADHDの人は新奇追求の傾向が強いため、事故に遭うリスクが高く、激しい心的外傷体験に遭遇しやすいことが挙げられます。
またもう一つの理由として、ADHDの人は大脳の前頭葉、尾状核や辺縁系などに機能障害を有するために、トラウマに対して耐性(抵抗力)が弱く傷つきやすいことも挙げられています。(p190)
ADHDの人は、危険に遭いやすいだけでなく、それを脳に刻み込みやすいので、PTSDが生じやすいとされています。戦争体験や虐待とトラウマを抱える人のうち、かなりの割合でADHDが見られたそうです。
ADHDは脳の構造上、ストレス耐性が非常に弱く、トラウマによって過覚醒状態になって、フラッシュバックが生じやすいといわれています。
11.境界性パーソナリティ障害になりやすい
近年、特に反社会性人格障害や境界性人格障害がアダルトADHDと密接に関連していることが分かってきました。前者は男性のアダルトADHD、後者は女性のアダルトADHDに多いようです。(p210)
ADHDの人は、反社会性パーソナリティ障害、つまり非行や犯罪に手を染める人になる確率が高いそうです。
同時に、激しく怒りや攻撃性が移ろう境界性パーソナリティ障害になることも多いと言われています。たとえば子供の時にADHDと診断された人が思春期にパーソナリティ障害と診断されたりします。
これまで、境界性パーソナリティ障害は養育環境の問題だと考えられていましたが、その「衝動性」のおおもとは遺伝的なADHDにある場合がしばしば見られることが分かってきました。
精神療法やSSRIにも反応しない難治性の境界性パーソナリティ障害が、ADHDの薬であるメチルフェニデートを投与することで落ち着き、正常になったという例も報告されているそうです。
また不注意優勢型のADHDの中には長期間の引きこもりを経て、自己愛性パーソナリティ障害になる例もしばしば見られるそうです。
これらの各種パーソナリティ障害になりやすいという問題は、言い換えれば、ADHDの人は愛着の問題を抱えやすい、ということになります。
たとえ境界性パーソナリティ障害にはならなかったとしても、不安定な愛着を示し、愛着障害を抱えてしまう、というのはADHDの人にはよくあることなのです。
▼境界性パーソナリティ障害・自己愛性パーソナリティ障害について
詳しくは以下の記事の解説を見てください。
▼愛着障害とADHDについて
境界性パーソナリティ障害とADHDが合併しやすいことなど、ADHDと愛着障害の切っても切れない関係についてはこちらで解説しています。
12.カクテル・パーティー現象が働かない
脳のフィルター機構が十分に働いていないために、周りの雑音が無差別に脳に入ってきて、注意が飛んでしまいます。これは注意の転動性亢進と呼ばれる症状で、脳機能障害によるものです。(P131)
チェリーが提唱した認知心理学の用語「カクテル・パーティー現象」とは、非常にかまびすしく言葉が飛び交うパーティー会場でも、特定の人の言葉だけを聞いて会話できる、という人間本来の能力を説明したものです。
しかしADHDの人はそれがうまくできず、雑音をフィルタリングできないのだそうです。
これは、脳が十分に覚醒していないため、「網様系」として知られている脳の下部のフィルター機構がうまく働かず、不必要な五感の情報を選り分けられないためではないか、とラリー・シルバーは述べているそうです。(P247)
ADHDは脳のさまざまなアンバランス
ここまで見てきた、ADHDのあまり知られていない12の特徴は、どれも脳のさまざまなアンバランスさによって引き起こされています。
空間認識能力が弱かったり、協調運動が苦手だったり、チックのような不随意運動が起きやすかったり、脳の覚醒度を上げるために依存してしまったり…。
一般にはこれらのADHDの特徴はあまり説明されることはありませんが、実際には、これら隠れた特徴のせいで、ADHDの人の生きづらさが増していることは言うまでもありません。
こうした特徴をわたしたちが知るべきなのは、ADHDにはさまざまな苦労が伴う、ということを知って絶望するためではありません。
そうではなく、適切な医療を受けて、症状を改善するためです。
自分の今までの社会不適応の原因がADHDだった、と知ることができれば、適切な治療を受けて、改善できる可能性が高くなります。また自分をよく理解し、リスクのある行動を避けることができるようになります。
は、大人のADHDの本としては、もう10年も前の本ですが、その情報量はとても多く、今なお役立つ本であることは間違いありません。
ADHDについてより詳しく知りたい人は一度読んでみることをお勧めします。
▼ADHDの一般的な特徴
ADHD(注意欠如多動症)の一般的な特徴については、以前に書いたこちらの記事をご覧ください。