■頭が冴えてしまって深夜に絶好調
■ついつい夜更かしして朝起きるのが辛い
■いつの間にか昼夜逆転の夜型生活をしている
このような睡眠の問題を抱えるADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)の人は多いと言われています。
夜眠れず、朝起きれない、という睡眠相のずれは、努力不足や自己管理能力の欠如と思われがちですが、現代の医学では、「概日リズム睡眠障害」というれっきとした病気として知られています。
そして、子ども・若者の「概日リズム睡眠障害」を多く診てきた、「子どもの睡眠と発達医療センター」の三池輝久先生は、その背後にADHD者が多い、と述べていることを以前に紹介しました。
どうして、ADHDの人は、「概日リズム睡眠障害」になりやすいのでしょうか。なぜ、疲れていても夜寝つけなかったり、ついつい夜更かししたりしてしまうのでしょうか。どのような治療によって、その苦しい状態から抜け出すことができるでしょうか。
スルーできない脳―自閉は情報の便秘ですをはじめ、数冊の本を参考に、ADHDの睡眠異常の原因や、間違ったアドバイスにの害についてまとめてみました。
これはどんな本?
今回紹介する本はおもに以下の3冊です。
スルーできない脳―自閉は情報の便秘ですは、ADHDと自閉症スペクトラムの当事者である、ニキ・リンコさんが、発達障害者のさまざまな脳の特徴を独特の語り口で解説する本です。この本にADHDの人が睡眠障害を抱えやすい理由が書かれています。
不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するは、三池輝久先生による概日リズム睡眠障害の専門書です。ADHDのことは特に触れられていませんが、概日リズム睡眠障害が一般に言われているような「早寝早起き」で治るようなものではないことが解説されています。
8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識は、三島和夫先生による、概日リズム睡眠障害をはじめとした睡眠問題の解説書です。今まで誤って信じられた睡眠の都市伝説が一刀両断されています。
ADHDの人が疲れていても眠れないわけ
ADHDの人が睡眠リズムの問題を抱えやすい点については、 知って良かった、アダルトADHD (VOICE新書 知って良かった、大人のADHD)という本にこのような記述があります。
ADHD児・者を対象とした研究によれば、彼らは睡眠覚醒リズムが不規則で乱れており、全睡眠時間、入眠時刻、覚醒時間が日によって変動します。
一般に寝つきが悪く、寝起きも良くなく、睡眠時間は長すぎたり、短すぎたりします。(p147)
このような睡眠リズム異常は、「概日リズム睡眠障害」という病気であり、特に次の2つのタイプが多くみられます。(※概日リズム睡眠障害のタイプは全部で6つあります)
■非24時間型睡眠覚醒症候群(Non-24)…毎日睡眠時間がずれていく
ADHDの人はどうしてこのような概日リズム睡眠障害になりやすいのでしょうか。
まず最初に、ニキ・リンコさんの、スルーできない脳―自閉は情報の便秘ですから、ADHDの人が疲れていても眠れず、むしろ盛大に夜更かししまくる理由について紹介しましょう。
ADHDの人は、子どものころから、親に「早く寝なさい」と言われて、しぶしぶ床に就くことはあっても、いくら寝返りをうっても寝られず、悶々と過ごすような夜を経験しているものです。
大人になって一人ぐらしをするようになったら、夜、眠くないのに布団に入る必要もなくなり、好きなことに熱中して、真夜中まで夜更かしすることも増えるでしょう。
ニキ・リンコさんは、そのような現象が生じるのは、意志の弱さや単なる生活習慣に乱れではなく、独特の脳の機能が関係しているという専門家の意見を複数引用しています。
やたらと重いギアチェンジ
まず最初はADHDの権威トーマス・ブラウンの意見です。
第一、〈眠る〉ことも〈起きる〉ことも、ひとつの状態から別の状態への移行ではないか。
これを覚醒度や活動レベルの調整(つまり、眠さそのものの設定の切り替え)の問題とみる考え方もあって、ADHDの権威のひとりであり、ブラウン・スケールの開発者でもあるトーマス・ブラウン博士は、ADHDの人々にみられる寝つきの悪さと寝起きの悪さを、
「たまたま自分が現在いる活動レベルに引っかかって、そこから動けなくなって」(Thomas E.Brown, Ph.D.“Attention Deficit Disorder: The Unfocused Mind in Child-ren and Adults”Yale University Press.2005.p.37) いるのだとしている。(p81)
トーマス・ブラウンはADHDの人が、「現在いる活動レベルに引っかかって、そこから動けなく」なるとしています。
これは簡単に言えば、ギアチェンジがスムーズにいかない、ということで、〈起きる〉から〈眠る〉へ、また〈眠る〉から〈起きる〉へと移行するのが、なかなか簡単ではない、ということを示唆しています。
ギアをチェンジしようとしても、何かゴミが詰まっているのか、錆びついているのかして、やたらと動かしにくい金属製のレバーを想像していただけるとわかりやすいでしょうか。モードの切り替えがやたらと重いのです。
巨大な石油タンカーはすぐ止まれない
この点をさらに詳しく説明するため、著者は別の文献を引用します。それは、さくらいクリニックの櫻井公子先生の著書どうして私、片づけられないの?―毎日が気持ちいい!「ADHDハッピーマニュアル」からの記述で、こうなっています。
前にも述べたように、ADHDタイプの脳では、前頭葉機能が低下していることが多いため、「動き出すことが困難」「動き出した後止まることが困難」という性質がある。
夜、興奮してなかなか眠れなかったり、いったんソファなどで脱力してしまうと、「これからちゃんと寝よう」という区切りをつけてきちんと眠りにつけないのもそそのあらわれなのだ。
…しかし、多くの人は「寝付きが悪い(入眠困難)」という意識をもっておらず、「眠くなるまで寝ないだけ、頭が冴えているから仕事しているだけ」という認識でいるようだ。(p80-81)
櫻井先生は、脳の前頭葉機能の低下のため、「動き出すことが困難」「動き出した後、止まることが困難」だと述べています。
これはあたかも重い石油タンカーのようなものです。巨大な石油タンカーは、動き出そうと推進装置に火を入れてもなかなか動き出せず、逆に止まろうとしてもなかなか止まれず、惰性でかなり長い距離を進んでしまいます。
ADHDの人も同様です。朝起きて、さあ活動に取りかかろうとしても、なかなか調子が上がらず、逆に夜にさあ寝ようと布団に入っても、なかなか止まってくれないのです。
重いタンカーがかなりの距離を進んでやっと止まってくれるように、ADHDの人もかなりの時間が経って夜更かしした後に、ようやく寝落ちできます。
このような特徴から、ADHDの人は生活リズムが乱れやすいと言われています。いわゆる「夜型生活」のライフスタイルを持っている人も多いでしょう。
動き出すのが遅く、止まるのが遅ければ、周囲の人と同じように生活していても、活動のピークが遅い時間帯にずれ込んでしまうのです。
前頭葉機能の注意の切り替え能力
■巨大な石油タンカーはすぐ止まれない
このような脳の状態はなぜ生じているのでしょうか。
すでに述べたように、根本のおおもとは、「前頭葉機能」にあるのですが、もっと具体的にいえば、注意の切り替え、つまり注意のコントロール能力の欠如です。
ADHDという名前は、「注意欠如多動症」を意味していますが、より正確に言えば、ADHDは注意力が「欠如」するのではなく、注意力のコントロール能力が「欠如」しているという発達障害です。
その点は、ニキ・リンコさんも同書でこう指摘しています。
集中困難が主症状のひとつであることから、一見、切り替えが良さそうだと思われがちなADHDだが、実は過集中に悩む人も多い。
注意力が〈ない〉のではなく、〈制御できない〉障害なのだ。(p42)
この注意力の切り替え能力の欠如こそが、これまで述べてきた問題のおおもとです。
ADHDの人は、何かに集中すると、それを適度に切り上げて、次の作業に移ることができません。注意散漫で何にも集中していないように思えるときでさえ、次の行動に移る、という意味での注意の切り替えがスムーズにできません。
そうすると、すでに述べたような
■いったんソファで脱力してしまうと、もう一度立ち上がって寝床に向かうという注意の切り替えができない。
■明日の支度をする、歯を磨く、風呂にはいる、といった次の活動に注意を切り替えるのに時間がかかるため、どんどん時間がずれ込む
といった状態に陥り、まさにトーマス・ブラウン博士の言うとおり、「たまたま自分が現在いる活動レベルに引っかかって、そこから動けなくなって」しまうのです。
このような注意の切り替えができないのは、前頭葉機能の低下や、ドーパミンの不均衡によるものと考えられています。
前頭葉は、自制心、意志力など、脳をコントロールする高度な能力に関わる部分です。ここがうまく働いていないと、人間は本能や惰性のまま動いてしまい、誘惑に負けたり、だらだらしたり、衝動的だったり、といういわゆる自己管理能力のない人になります。
またドーパミンは、動きをスムーズにする、という役割を担う、神経伝達物質です。ドーパミンが不足するパーキンソン病では、動きがぎこちなくなったり、止まろうとしてもすぐに足が止まってくれなかったリします。行動のコントロールが難しくなるのです。
ADHDに見られる前頭前野の血流低下とドーパミンの不均衡は、注意力の切り替えをはじめ、自分の思考や行動をコントロールする脳の「実行機能」の不調に深く関係していると考えられています。
こうした理由から、ADHDの人はたとえ身体が疲れていても、脳を休息モードに切り替えられず、「疲れているのに眠れない」という現象に陥ってしまうのです。
▼ADHDの脳機能
ADHDの自己管理能力のなさの背景に、ドーパミンの不均衡や前頭前野の血流低下、実行機能の障害がある点についてはこちらをご覧ください。
それは乳幼児期からの問題
ADHDの人が寝つけないという問題が、単なる生活習慣の問題ではなく、脳機能の問題である、ということを示す最も強力な証拠は乳幼児期の睡眠にみられます。
三池輝久先生の別の本子どもの夜ふかし 脳への脅威 (集英社新書)には、自閉症とADHDの乳幼児が、しばしば独特の睡眠異常を示すということが書かれています。
自閉症児(ASD)の場合は、おもに泣いてばかりでよく眠れない(反応性亢進タイプ)、眠ってばかりでほとんど手がかからない(反応性低下タイプ)に分かれます。(p57)
■ADHDの乳幼児期
ADHDの場合は寝つきが悪い「寝つき不眠」と夜中に何度も目を覚ましてグズる「頻回覚醒」が見られ、そのような報告を記した論文は、2007年以降だけで300を超えるそうです。(p60)
どちらの場合も、睡眠障害と発達障害は密接に関係していると考えられていて、もしかすると、乳幼児期から睡眠障害があるせいでよく眠ることができず、脳の発達が影響を受けているのではないか、とさえ書かれています。
いがれにしても、赤ちゃんの寝つきの悪さを、意志力の問題のせいにする人はいないでしょう。ADHDの寝つきの悪さは明らかに生まれつきの脳の機能異常が原因です。
この本によれば、体内時計の形成不良や、持って生まれた概日リズムの長さなども関係しているのではないかとされています。
生活習慣のアドバイスで寝つきが良くなるは嘘
世の中では一般に、「夜眠れず朝起きられない」という概日リズム睡眠障害は、病気ではなく、怠慢、つまり努力不足だと思われていることが多くあります。
ADHDの子どもが「夜どうしても寝つけない」というと、「もっと早起きしなさい」だとか、「早く布団に入りなさい」だとか言う、親や先生は掃いて捨てるほどいます。
しかし、古くから効果があるとして信じられているこれらの睡眠のアドバイスは、効果がないばかりか、有害であり、もっと、睡眠を悪化させることが知られています。最新の睡眠の専門家の意見を見てみましょう
「早起きすれば夜眠れる」という嘘
一般の非常に多いアドバイスの一つ目は、夜眠れないのは、朝起きるのが遅いためだ、というものです。
これは一見理にかなっているように思えます。夜眠れず、概日リズム睡眠障害に陥ってしまった人は、睡眠時間がずれこんでしまって、起きるのも遅くなっていることが多いからです。
お昼の12時頃まで起きだしてこない人を見て、「夜眠れないのは、朝寝坊しているからだよ。早く起きれば、しぜんに早く眠れるようになるよ」と言うのです。
ところが、ADHDの子ども・若者などの概日リズム睡眠障害を長年診てきた「子どもの睡眠と発達医療センター」の三池輝久先生は、不登校外来―眠育から不登校病態を理解するで次のように警鐘を鳴らします。
生体リズムの回復を試みるとき、多くは朝起きできない子どもたち を無理にでも早起きさせる傾向が強い。
早く目を覚ますことで早寝につなげたい意図としては理解できなくもないが、無理に朝起きを強制することは絶対にやってはいけないこととして理解していただきたい。
繰り返すが、一般常識化している、“早朝に起こすこと”は“禁忌”である。(p85)
ここでは厳しい口調で、概日リズム睡眠障害の子どもを早起きさせて、早寝させようとする取り組みは「禁忌」であるとまで言われています。どうしてそういえるのでしょうか。
三池先生は早く起きれば早く眠れる、というのは、健康で体力のある人にのみ当てはまるものであると述べます。時計機構がずれた子どもたち、つまり、概日リズム睡眠障害や発達障害の子どもには当てはまらないわけです。
その理由を、続けてこう説明します。
なぜなら、現代の子どもたちは通学に、早朝練習に、早朝課外にと、すでに社会的強制力による早起きを実行しており、そのために多くの子どもたちはすでに慢性的睡眠欠乏状態に陥っている。
にもかかわらず、彼らの入眠時間は早くなっていないどころかますます夜型化していることはよく知られた事実である。(p85)
非常に簡単な論理です。少し冷静に考えてみれば、だれでもわかることです。
ADHDの子どもたちが、たとえ学校に行くため毎日早起きしていても、やはり「夜寝つけない」ことは、ADHDの子どもを持つ親ならだれもがわかっていることでしょう。
ADHDでなくても、普通に毎日早起きして学校に通っているのに、夜寝る時間がどんどんずれこんでいく子どもたちは大勢います。
明らかに、この場合、「早く起きれば早く寝れる」は嘘です。こんな単純な推論で誤りがわかるのに、多くの人は、ときには睡眠の専門家とされる人が声高に主張する「朝起き運動」に傾倒し、早く起きれば早く眠れるという嘘を信じ、子どもに強制しているのです。
三池先生は痛烈にこう批判しています。
子どもたちの脳機能を疲れさせ、学校から引き離すことにしかつながらない“早起き運動”は大人たちの勝手な自己満足である。
このような社会環境を作り、子どもたちに押しつけているにもかかわらず、何の反省もできない社会そして大人たちこそ責任を負うべき当事者である。(p86)
こうした浅はかなアドバイスによって、子どもの慢性的睡眠不足や不登校、果ては慢性疲労症候群が増加していると言われています。
なぜ生物時計は、あなたの生き方まで操っているのか?によると、科学者のメアリー・カースカドンは、睡眠時間を削って早起きして学校に通う生徒に、重大な睡眠障害、ナルコレプシーの徴候が見られると報告しています。(p146)
また慢性的な睡眠不足は、ADHDと似た状態を生じさせるという点も、三島先生が指摘しています。ADHDのせいで夜眠れないため、無理やり早起きをさせたら、ADHDが悪化することも考えられます。
良かれと思って与えられている無知なアドバイスが睡眠障害を増やしているのです。
▼早起き運動の間違い
海外では、時間生物学の最新の見解にもとづき、子どもの早起きを進めるより、学校の始業時間を遅らせることが推進されています。詳しくはこちらをご覧ください。
「早く布団に入れば眠れる」という嘘
早寝早起きでうまくいかない、と感じた人が次に持ち出すアドバイスは、「早く布団に入りなさい」というものです。
眠くならないのは、早く布団に入らず、電気をつけて作業しているからだ、というわけです。もっと早く寝る用意をして、真っ暗にして、ベッドに入ってしまえば眠れるだろう、というのです。
このアドバイスに関しても、大人の概日リズム睡眠障害を長年研究してきた、国立精神神経センターの三島和夫先生は、8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識という本でこう述べています。
不眠症では絶対にやってはいけないことです。それをやっているから、みんな不眠症がわるくなっちゃうんです。(p146)
この本の内容は、もともとナショナルジオグラフィックのWeb版で連載されていたことがもとになっているので、詳しくは、そちらから引用しましょう。
第4回 目からウロコの不眠症治療法 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
ここではたと気づいたのだが、子どもが眠れない時など、親としてよく助言してしまうあの考え方もダメってことにならないだろうか。
つまり、「眠れなくても、横になっていれば、体は休まるから、横になっていなさい。そのうち眠くなるから」というやつ。ぼく自身、これまで何度も言ってきたし、自分自身に言い聞かせ、眠れない夜を横になったまま過ごしたこともある。
「それ、よくかかりつけの内科の先生なんかに言われたという人は今もいるんですが、絶対、不眠症ではやってはいけないことです。それをやっているから、みんな不眠症が悪くなっちゃうんです」と三島さんの回答は、案の定、であった。
お医者さんでも誤解していることがあるそうだから、これも相当強力な神話なのだろう。
これはどういうことなのでしょうか。
三島先生は、これはいわゆるパブロフの犬現象と同じだ、と説明します。つまり、骨をみればよだれが出る犬の実験のことです。
この実験は、本来無関係なものであっても、同じ状況で同じことを経験していると、それらが結びついてしまい、条件づけが行われてしまう、ということを意味しています。
睡眠についても同様です。もし眠くないのにベッドに入って、何時間も悶々としながら起きている、というのを毎日毎日経験したらどうなるでしょうか。
頭の中で条件づけが行われてしまい、「ベッド」= 「眠れない場所」というつながりが生じてしまうのです。それを繰り返せば繰り返すほど条件づけは強固になり、ベッドに入ると逆に目が冴えるようにさえなります。
三島先生によると、特にお年寄りに多い不眠症は、このメカニズムで悪化し、慢性化しているということです。
「眠くなくてもベッドに入ればそのうち眠くなる」という良かれと思って与えられてきたアドバイスが、やはり睡眠障害の患者を量産していたのです。
ここまで見てきた、2つのアドバイス、「早起きしたら早寝できる」「早くベッドに入ったら眠れる」という2つの嘘は、当然ながら、夜寝つけないADHDの子どもや若者にも与えられてきたアドバイスです。
その結果、こうしたアドバイスをまじめに実践しようとしたADHDの人の眠りは、余計に悪くなっていると考えられます。生来の脳機能のせいで寝つけない上に、睡眠不足の蓄積や条件づけが上乗せされ、余計に悪化しているのです。
ADHDの概日リズム睡眠障害を治療するには
このように、ADHDの人が、夜寝つけなかったり、疲れているのに眠れなかったりするのは、おもに生活習慣の問題ではなく、脳機能の特性の問題です。基本的にいって、生活を工夫するくらいでは治りません。
生活習慣を工夫するくらいで治るのであれば、それは定型発達者が時たま陥る単なる夜更かしにすぎません。それはADHDとも、概日リズム睡眠障害とも関係ありません。
ダニエル・エイメン博士が著書のタイトルで述べているように、ADHDの人は「わかっているのにできない」脳だから問題なのです。
では、ADHDの人の概日リズム睡眠障害には、どのような治療法があるのでしょうか。
脳を覚醒させると眠れる?
ニキ・リンコさんは、興味深い体験談を載せています。
ところで、おかしな話だと思われるかもしれないけど、〈往生する〉力の弱さには、私の場合、リタリンがよく効いた。リタリンといえば中枢神経刺激剤なんだから、飲めば眠れなくなりやすく、夕方以降は飲まないようにと言われていたりする。
ところが、その昔、徹夜明けなど、疲れすぎてハイになって騒いでいるときに、たまたま朝の薬の時間がきたからといつもどおりに飲んだら、パタッと眠れてしまうということが何度も続いた。
それも、いつもの行き倒れ状態ではなく、準備万端でおとなしく布団に入ったのである。
…リタリンは先のことに備えて目先の快楽を断念する力を支える薬だから、そう考えれば少しも不思議なことではないんだけどね。
そのため、主治医の許可を得て、就寝前に八分の一錠から六分の一錠の服用で好結果を得ていた時期が何度かあった。(p83-84)
リタリン(メチルフェニデート)は、かつてADHDの治療に使われていた薬です。短期作用型で、切れ味鋭いのが特徴で、ADHDの前頭前野の血流低下を改善するなど、脳の働きを正常に近づけることで知られています。
リタリンは、一般に脳を覚醒させ、目が醒める薬として過眠症などに用いられていますが、ADHDの人にとって重要なのは、注意のコントロール能力を改善させるという作用です。
そのため、ニキ・リンコさんのように、リタリンをごく少量服用することで、注意の切り替え能力が改善され、睡眠モードに入りやすくなる場合もあるのだと思われます。
残念ながら、現在リタリンはADHDに使うことはできず、ナルコレプシーという過眠症のみに適応があります。(すでに述べたように、無理やり早起きすることは、ナルコレプシーに近い徴候をもたらす場合があります)
代わりに、ADHDにはコンサータというリタリンと同成分の長期作用型の徐放剤が使われていますが、特殊なカプセル構造のため少量を分割して飲む、というような使い方はできません。
それにしても、一般に考えられているような睡眠導入剤ではなく、脳を覚醒させる薬が寝つきをよくするということ自体、ADHDの寝つきの悪さが脳の独特な機能異常によるものだという事実を強烈に裏付けしています。
脳を鎮静化すると眠れる?
ADHDの子どもの概日リズム睡眠障害を長年診てきた「子どもの睡眠と発達医療センター」で行われている薬物療法も、これと似たアプローチです。
不登校外来―眠育から不登校病態を理解するには、治療法について、こう書かれています。非常に多くの種類の薬について書かれていますが、ここではADHDの話題に関係のある部分だけを紹介します。
入眠に関しては、できればメラトニンと降圧薬(クロニジン)を試み、血圧の問題がある場合、あるいは効果が得られない場合に睡眠薬を用いる。
…プロプラノロール(β遮断薬:1~2錠)は脈拍数が多く喘息の既往がない例(喘息をもつ症例では使用できない)には睡眠質を向上させる意味で有効性が高いように思われる。
…この点からこれまでリタリンの少量(5~10mg/day)は有効性を発揮し、日中の眠気を少なくすることと夜の眠りをスムーズにする作用を示していたが、リタリンに関する一連の問題噴出のため残念ながら使用できなくなってしまった。(p87-88)
ここで挙げられている、降圧薬カタプレス(クロニジン)、β遮断薬インデラル(プロプラノロール)、リタリン(メチルフェニデート)はいずれも、ADHDの治療でよく用いられる薬であることは、以前の記事で紹介しました。
リタリンが「夜の眠りをスムーズにする作用」を持つというのはニキ・リンコさんの話と一致しています。
カタプレスとインデラルは、リタリンとは逆に脳を鎮静化させる薬ですが、ADHDの興奮した脳を鎮める作用があるとされています。夜に絶好調になったり、ハイになったり、目が冴えたりするのを防いでくれるといえます。
リタリンが使えなくなった、という点については、前述のように、代わりにコンサータが使われるようになっています。
コンサータは副作用として夜の入眠困難がありますが、服用時間や量をうまく調整できれば、リタリンのように寝つきをスムーズにする場合もあるかもしれません。
注目に値するのは、そうしたADHDに効く薬(クロニジン)が、通常の睡眠薬より優先して処方されていることです。これもまた、概日リズム睡眠障害には独特な脳機能が関わっている場合があることを示しているのかもしれません。
そのほか「子どもの睡眠と発達医療センター」では高照度光療法や、低温サウナ療法なども行われています。
生活習慣の正しいアドバイス
先ほどは睡眠を正すための間違ったアドバイスを紹介しましたが、もちろん、入眠を助けるための正しいアドバイスも多くあります。
■光の当たり方
夜寝る前に電子機器を使用したり、明るい場所に行ったりしないというのは、寝るモードへの切り替えをよくするのに、いくらか効果が見られるかもしれません。
■眠くなるまで布団に入らない
前述の三島和夫先生は、「早く布団に入れば眠れる」の対極にある、「眠くなるまで布団に入らない」というアドバイスを紹介しています。
「眠くなるまで布団に入らない」ことで、ベッドに入ればすぐ眠れるようにし、ベッド=寝る場所という方向の条件づけが生じるよう脳を訓練するのです。
■寝る前の用事の簡素化
寝る前の注意の切り替え回数を減らすため、寝る前の用事は、早い段階で行ったり簡素化したりするのも有効かもしれません。そうすれば特定の活動で引っかかって先に進めないということが少なくなります。
■脳機能のほうに生活を合わせる
ADHDの人がしばしば試みている手段かもしれませんが、脳機能のほうに生活を合わせる、という方法もあります。早寝早起きせずにすむ仕事を見つけたり、フリースクールに通ったり、自営業を行ったりするわけです。
もちろんすでに述べたように、ADHDの概日リズム睡眠障害は、小手先の工夫でどうにかなるものではなく、脳の機能異常が原因であるため、生活習慣を整えても根本解決にはなりません。
それは意志の弱さや怠慢ではない
夜疲れたら自然に眠れる、というのはとても幸せなことです。普通の人たちは、このことを何とも思っておらず、何の努力もなく自然に行っていますが、されは決して当たり前のことではありません。
多くの人は、夜眠りたくても眠れないということを、(イベント前などを除き)めったに経験しないため、ADHDの人が毎晩、毎朝、どれだけ苦労しているか、想像することさえできません。
そのため、事態を軽く考え、早く起きれば早く寝れるだの、早くベッドに入れば早く眠れるだの言うわけです。 寝る前にホットミルクを飲んだらぐっすり眠れる、というレベルの話で片付けます。
彼らは、ADHDの人が夜眠つけないのは、意志の弱さや自己管理能力のなさだと決めつけますが、それはあたかも車椅子の人に向かって、歩いたり走ったりできないのは、意志の弱さが原因だと言っているようなものです。
ADHDの人は、そのような根拠のない批判を真に受けて落ち込んだりしないよう、自分の脳の特性についてよく知る必要があります。
なぜ、他の人が当たり前のようにできることが、自分にはできないのか。なぜみんなは簡単にできることに、自分はこれほどにも苦労してしまうのか。その原因は、生まれつきの脳の働き方にあるのです。
概日リズム睡眠障害は、多くの人が思っているような生活習慣の乱れではありません。三池輝久先生は、これを「昼夜逆転傾向をもつ難治性の睡眠障害」「日常社会生活を不可能にする究極の睡眠障害」だと表現しています。(p27)
ADHDの人が概日リズム睡眠障害に陥ってしまったら、周囲の人が良かれと思ってアドバイスする付け焼き刃の対処法ではなく、正しい知識を学び、専門家の治療を受けることが不可欠です。
発達障害という脳のブラックボックスがおおもとで起こっている症状に対処するには、その蓋を開けて中身をよく調べなければならないのです。
▼概日リズム睡眠障害について
詳しくはこちらの記事もご覧ください。