うつ病や認知症に顕著な認知機能障害、つまり集中力の低下、言葉が出てこない、記憶力が低下、新しいことを学習できない、などの症状について、ここ一週間のうちに、いろいろなニュースがありました。
脳の海馬の縮小を指摘するものや、脳内炎症の存在を示唆するものも、果ては微生物が原因とするものまでさまざまです。
認知機能障害は慢性疲労症候群などのほかの病気でも見られるので、参考になる部分があると思い、まとめてみました。
うつ病の認知機能障害
まず、うつ病の認知機能障害については、脳の海馬が縮小しているという大規模な研究結果が出ていました。
海馬の萎縮
オランダのアムステルダム自由大学医療センターと米国の南カリフォルニア大学ケック医学校などの研究グループによると、世界7カ国、計65の医療施設で撮影された約9000人の脳のMRI画像を集めて解析を行いました。
■うつ病と診断された年齢が21歳以下で若かった人ほど海馬が小さかった
■うつ病と診断されてすぐの人は健常者と変わらなかった
■うつ病の人の脳は扁桃体が小さかった
■うつ病の人は側脳室が大きかった
■症状の強さ、年齢、抗うつ薬の服用、治ったかどうかは脳の変化に関係せず
どうやら、うつ病になって時間が経つほど、記憶などを司る海馬が縮小するようです。扁桃体は不安や悲しみに関係する部分で、うつ病の人では扁桃体が暴走していると言われています。側脳室の拡大は脳脊髄液の生産異常や脳の他の部分の萎縮を示しているのかもしれません。
このニュースだけではよく分からなかったのですが、うつ病が治ると、脳の萎縮も回復するのでしょうか。たとえば、ロンドンのタクシードライバーを対象にした研究では、これとは反対に、経験を積むほど海馬が大きくなるという結果が出ていますが、脳の可塑性で回復する話なのかどうかが気になります。
最近の研究では、抗うつ薬によっては海馬神経新生作用(ニューロジェネシス)があると言われているので、治療によって回復することもあるのかもしれません。
うつ病が長引くほど記憶力低下の可能性、脳の「海馬」が縮小―学習と記憶を司る部分の変化、9000人を調べて判明│Medエッジ
認知機能を回復させるBrintellix
別のニュースでは、武田薬品などの「Brintellix(R)」(ボルチオキセチン臭化水素酸塩)が、成人の大うつ病患者の認知機能障害を回復させるという臨床結果が報道されていました。
大うつ病では、 認知機能に関する症状(思考・集中・判断力の低下)は94%に見られ、寛解期間中でも44%に見られるそうですが、Brintellixは複数のセロトニン受容体に作用してこれらを改善させるそうです。
認知機能障害が可視化される脳の異常とどの程度関係していて、抗うつ薬によって、銅改善するのかはわかりませんが、治療することはできるようです。
記憶や認知のグルタミン酸経路に作用するケタミン
また、別のニュースでは、これまでのセロトニン・ノルアドレナリン系とは異なり、記憶や認知に関わるグルタミン酸経路の成分であるNMDA受容体に作用するケタミンという麻酔薬が、うつ病に積極的に処方されるようになっていると書かれていました。
2013年の研究では、3種類以上の抗うつ剤で効果が得られなかった患者の64%で、ケタミンの投与後24時間以内にうつ症状の軽減が見られたとの報告もあるそうです。別の研究では、自殺願望に対して特異的に作用するとも言われています。
ただし解離症状が出るなどの副作用も報告されていて、長期的な影響が不明とのこと。
認知症・アルツハイマー病の認知機能障害
うつ病とは別に、認知症・アルツハイマー病による認知機能障害についてもニュースが出ていました。
ミクログリアによる脳の慢性炎症
アルツハイマー病は、 アミロイドβなどの脳への蓄積が原因とされ、睡眠障害との関係も指摘されています。
スタンフォード大学の研究グループによると、アルツハイマー病の脳では、海馬に鉄を含んだミクログリア(炎症を引き起こす免疫細胞)が集中していることがわかり、脳内炎症との関係が指摘されています。
アルツハイマー病の裏に鉄分か、記憶を司る海馬に異常、米スタンフォード大学の報告
炎症に関係する「ミクログリア細胞」に違いを確認│Medエッジ
古細菌の感染による脳脊髄炎?
別のニュースでは、一部の認知症は火口や海底など過酷な環境に生息する古細菌の感染による脳脊髄炎ではないか、という研究が報告されていました。
鹿児島大の高嶋博教授らが、認知症の症状を起こしていた4人の患者を調べたところ、MRIで脳脊髄炎が見つかり、脳の組織片から、古細菌の一種「ハロバクテリウム」に似たDNAが多数確認され、抗生物質で改善したそうです。
原因不明の慢性の病気や感染症の原因解明につながる可能性がある
と高嶋博教授は話しています。
微生物不在による認知機能障害
逆に最後に取り上げるニュースは、古細菌などの微生物が「いる」ことではなく「いない」ことが関係しているという報告です。
米デューク大学の研究によると、サナダムシが寄生した赤ん坊のラットは、それらがいないラットが大人になってから発症する脳の炎症を防ぐことができたそうです。寄生虫は、細菌感染によって引き起こされる認知機能障害から脳を守っている可能性があります。
寄生虫を持たないラットが細菌に感染すると、脳内の免疫細胞が過敏に反応するようになり、炎症物質サイトカインが常に産生され、後に脳の慢性炎症や認知障害を引き起こされることもあります。
しかし体内に寄生虫がいると、脳の免疫細胞は過敏に反応しないことを学び、脳の慢性炎症を引き起こすことがありません。
この研究結果は、寄生虫を撲滅した今日の社会で、なぜうつ病や認知症、自己免疫性疾患、自閉症など、脳の慢性炎症を伴う病気が増加しているのかを説明するものかもしれません。
慢性疲労症候群の認知機能障害はどこから?
最近のニュースを概観してみましたが、ひとくちに認知機能障害といっても、神経伝達物質の変化による脳の萎縮が原因の場合もあれば、何かの物質の蓄積による脳内炎症や、細菌の感染による脳脊髄炎、ある微生物不在による免疫の暴走などが原因の場合もあるようです。
このブログで長年取り上げてきた、慢性疲労症候群でも、認知機能障害があり、脳内炎症も存在していることが、近年わかってきました。
今のところ、その原因はわかっていませんが、今後、さまざまな観点から研究がなされることを期待したいと思います。
▼脳の慢性炎症と微生物不在
腸内寄生虫や腸内細菌叢などの微生物多様性が損なわれることで、どのようにして慢性炎症が生じるのか、という点はこちらをご覧ください。