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万人に役立つライフハックや勉強法などない!―ADHDやアスペルガーに必要なのはオーダーメイド

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んな自己啓発・ライフハック・勉強本・ビジネス書などは世の中にあふれています。明らかに怪しいもあれば、7つの習慣―成功には原則があった! のように、世界中で信奉されているバイブルもあります。

特に、ベストセラーになり、広く褒めはやされ、Web上でも頻繁に取り上げられているライフハックは、万人に当てはまるアドバイスとして人気があります。

しかし、この「万人に当てはまる」ライフハックには、注意が必要かもしれない、そう喚起するのは、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群・ADHDの翻訳家、ニキ・リンコさんによるスルーできない脳―自閉は情報の便秘ですという本です。

ライフハックの多くは、生活が向上する、自分を変えられる、という点を強調するものですが、中には、生まれ持った脳の性質に合わず、役立つどころか有害なものさえあるというのです。

この記事では、ライフハックを選ぶことには、単に「合う」「合わない」以上の問題が関係していること、そして発達障害の観点から、自分に役立つライフハックを見つけるにはどうすればいいか、ということを具体例を挙げて説明します。

これはどんな本?

今回紹介する本は複数ありますが、話の中心として引用しているのはスルーできない脳―自閉は情報の便秘ですです。

この本は、ニキ・リンコさんが自閉スペクトラム症(ASD)の当事者として、発達障害者と定型発達者の脳の違いをさまざまな観点からわかりやすく、ときには面白おかしく解説した本です。

発達障害の当事者には理解し共感できる本ですが、そうでない人には暗号みたいで解読しにくい部分も多いかもしれません。

発達障害の脳に合わないライフハック

このブログは、もともといろいろなライフハック情報を紹介しようとして立ち上げたものでした。今でも、ライフハックカテゴリに、そのときの名残りが蓄積されています。

ライフハックの中には、とても役立つものもありましたが、良かれと思って実践したものがまったく役に立たなかったり、そもそも継続できなかったりするものもありました。

そのときは、単に合うものもあれば、合わないものもあるのだろう、という程度の認識でいたのですが、発達障害や自分の脳の特性について知った今では、もっと深い意味があると思っています。

その点が、スルーできない脳―自閉は情報の便秘ですにはこう書かれています。

ライフハック情報で空振り

脳ミソの部品がちがい、機能がちがう以上、脳ミソの使い方のマニュアルだって、一般むけのものが合わなくって当然だろう。

荷造りコスト、荷ほどきコストがみんなとちがっていることを自覚していないと、一般向けの勉強術や仕事術の本を真に受けて、次々と失敗をくり返し、ますます自信を失うことになりかねない。(p93)

自閉スペクトラム症(ASD)やADHDの人は、定型発達者と脳の構造が違います。特にASD、ADHDの傾向が強い人ほど、一般向けのライフハックは当てはまらなくなります。そしてASDとADHDでも、互いに脳の傾向はまったく異なります。

生まれ持った脳は変えられない

ここで大切なのは、自閉スペクトラム症やADHDといった脳の発達障害は、生まれつきのものであり、しかも一生を通じてほとんど変化しないものだということです。

もし、昔のわたしが考えていたように、あるライフハックを使いこなせないのは、単に合う、合わないの問題なのであれば、努力すれば、自分を変化させて、そのようなライフハックを身につけることだってできるのではないか、ということになります。

事実、多くのライフハックや勉強法についての本は、それが「習慣」の問題であり、努力すれば身につけられるので頑張るように、と励ましています。「合わない」と思っても、努力すれば自分は変えられるというのです。

そして実際、世の中の一般の人たちは、それほど脳の機能の偏りが大きくないので、アドバイスを実行しているうちに、それが馴染んできて、うまくいくようになる人も多いのです。

計画を立てるのが苦手な人がタスクで時間管理できるようになったり、整理整頓ができない人が、収納術で見違えるような家にできたりします。

しかし、脳の機能がもっと極端な人は、そう簡単にはいきません。自分をライフハックに合わせるのではなく、ライフハックを自分に合わせる必要があるのです。

既成品の服とオーダーメイドの服

わかりやすくするためにたとえで考えてみましょう。

標準的な体型の人は、店でたくさん売っている既成品の服を着こなすことができます。服のサイズがほんのちょっとくらい違っても、着ることはできます。きつめの服を着ていたら、体型が変化して痩せたという人だっています。

しかし、ものすごく背の高い人や、ものすごく恰幅のいい人は、そのあたりで売っているような服は、どうあがいても着れません。服に自分を合わせることはできません。場合によっては、自分に合った服をオーダーメイドする必要があるでしょう。

発達障害の人の脳というのは、まさしく「すごく背の高い人」や「すごく恰幅のいい人」のようなものなのです。

発達障害の人にとって大切なのは、生まれ持った脳を変えようとする努力ではなく、自分の脳に合ったオーダーメイドの方法を見つけることです。

ニキ・リンコさんはこう述べています。

私に言わせれば、合宿免許体質に生まれてしまった人が、〈放課後にマイクロバスで通う体質〉に生まれ変わるのはまず無理だと思う。

でも、〈自覚なき合宿免許体質〉から〈自覚ある合宿免許体質〉に移行することならできる。自分の体質を自覚して、最初から計算に入れて動きだせば、人に迷惑をかけずにすんだり、恥をかかずにすんだり、過去の自分の約束に縛られて飽きちゃった遊びを強制されずにすんだりする。(P114)

ここで「合宿免許体質」と言われているのは、自閉症・アスペルガー・ADHDに多い、過集中を中心とした生活スタイルのことです。逆に「放課後にマイクロバスで通う体質」というのは、定型発達者に多い、毎日コツコツと少しずつやる生活スタイルのことです。

ニキ・リンコさんは、そうした生活スタイルは、生まれ持った脳の特性に由来しているので、「生まれ変わる」ことはまず不可能だと述べています。

自分を変えようとするよりも、それぞれの体質を「自覚」することで、生活をコントロールすることのほうが実際的です。自分の脳の特性を「自覚」して、それに適したライフハックや勉強法を探し、オーダーメイドで組み立てるのです。

統計は定型発達者のもの

発達障害の人たちが特に注意しなければならないものに、「統計」があります。

科学的な研究では、統計という手法によって、正しいか否か、有用かどうかが判断されます。統計で有意に効果が高いという結果が出たものは、多くの人に役立つ情報として、広く流布されます。

インターネット上のライフハックのサイトや、書店に並んでいる自己啓発書のアドバイスは、基本的に「統計上役立つ人が多い」ものをおすすめしていることがほとんどです。

「統計的に多い」=「役立つ」とは限らない

しかしここには重大な落とし穴がひそんでいます。統計はあくまで、「ほとんどの人に効果があった」ということを示しているにすぎません。必ず、何%かは効果が見られなかったり、有害な副作用が出たりする例外があります。

それらのWeb記事や本がメインターゲットにしている一般の人々にとっては、自分は「ほとんどの場合」に含まれるので、「統計で効果の高いもの」=「正しい」「自分にも役立つ」と鵜呑みにしてもあまり問題はありません。

しかし、発達障害の人は、何%かの例外に含まれている可能性が高いので、広く一般に流布している情報やアドバイスに沿って行動するのは、役に立たなかったり有害でさえあったりする場合があるのです。

たとえば、ニキ・リンコさんは飛行機の客室乗務員のサービスが自分には合わなかったことについてこう述べています。

たぶん、彼女たちの声かけ頻度は、乗客の圧倒的大多数を占める健常さんの反応を元に割り出された適正頻度に沿って設定されているんだろう。

…そっちに設定を合わせて、万人むきの業務に励んでいるだけなんだろう。ただ実際には、「万人むき」じゃなくて、9871人むきだっただけなんだろう。(P90)

もしあなたが、アスペルガーやADHDの強い傾向を自覚しているなら、「万人向け」(実質は9871人向け)のアドバイスは当てはまらない可能性があります。

この社会は多数派のためにデザインされている

最近の研究によると、自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群などの発達障害は、脳の障害なのではなく、生物学的な少数派である、という解釈がなされています。

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アスペルガーやADHDの人がこの世の中で生きにくい理由は、本人にあるのではなく、周りの社会の構造にあるのではないか、という見方です。

わたしたちの住む社会は、多数派にそってデザインされています。ニキ・リンコさんはこう述べています。

しかし不運なことに、私たちは少数派である。学校の時間割も、広告も、お手伝いを頼む親の期待も、だいたい正規分布のまん中あたりのボリュームゾーンの人たちを想定して設計されている。

私たちは、作り手や送り手が想定しているターゲットとは体質が違う。生理機能が違う。時間の流れ方が違う。(p66)

インターネット上でたくさんシェアされる記事はなぜ人気があるのでしょうか。書店でベストセラーになる本は、なぜバカ売れするのでしょうか。テレビで人気のあるアドバイザーは、なぜあの番組にもこの番組にも引っ張りだこなのでしょうか。

答えは簡単です。多数派である定型発達者の好みに合っているからです。それは裏を返せば、少数派である発達障害者には合わない可能性がある、ということでもあります。

発達障害の人は、世の中のWeb上の記事、自己啓発書、勉強法、ビジネス書などを読むとき、それが人気のあるものであればあるほど、本当に自分に役立つだろうか、と注意を怠らないことが大切です。

提唱者が発達凸凹なら

ライフハックの中には、発達障害の特性を活かして世の中で成功している人が提唱しているものも多くあります。

杉山登志郎先生によると、発達障害は、不適応を起こしている人だけに用いられるべき診断名なので、そういう人たちはむしろ発達凸凹と呼ぶべきなのでしょうが、脳に偏りがあるという点は変わりません。

ADHD傾向やアスペルガー傾向といった脳の方向性は、ある程度は定型発達者にも広く見られるものなので、発達凸凹の指導者が提唱しているアドバイスが広く人気を博することも十分ありえます。

ニキ・リンコさんはこう述べます。

これも、さまざまなビジネス書や自己啓発書が参考になるところだが、この種の本の著者たちも、それぞれに脳のくせがあるものだ。脳のくせが似ている人が推奨するテクニックほど役立つ。(P259)

とはいえ、発達凸凹の提唱者の脳の偏りが、ADHD系なのか、アスペルガー系なのか、しっかり見わけることは大切です。

ニキ・リンコさんは、ADHDとアスペルガーを併発していますが、一般にはアスペルガーの翻訳家として知られています。そのため、アスペルガーの視点からこう述べています。

著者にADHDっぽさの感じられる本には、純粋な自閉スペクトラムの人には合わないパーツも多いが、ADHDの過集中を利用させる部分だけを切り出せば実に役にたつ。(P268)

ADHDと自閉スペクトラム症は、基本的にいってまったく別物なので、ADHD傾向のある指導者が提唱するテクニックは自閉スペクトラム症の人には役に立たないことが多いですし、その逆もしかりです。

面白いことに、わたしはニキ・リンコさんのスルーできない脳―自閉は情報の便秘ですを最初に読んだとき、ほとんど理解できませんでした。しかしところどころ、納得できる場所もありました。

後ほどもう一度読んでみたとき、理解できなかった場所はすべて自閉症傾向について書かれた部分であり、納得できた箇所はすべてADHDに関する文脈だったということに気づきました。

最近読んだWeb記事に、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏のインタビューがありました。成功の秘訣を綴っている文章なのですが、これがまた、どう考えても一部のADHDの人にしか役に立たないようなアドバイスの連続なのです。

鳥越俊太郎氏が癌を乗り越えた人生を振り返る - ログミー鳥越俊太郎氏が癌を乗り越えた人生を振り返る - ログミー はてなブックマーク - 鳥越俊太郎氏が癌を乗り越えた人生を振り返る - ログミー

 要点をまとめると、

■自分はいくらでも本を読める
■人生に努力なんていらない。努力なんてしたことない
■コツコツやるのはだめだった。受験勉強もせずに高校に行き、1ヶ月集中して勉強しただけで京大に入れた
■人生で大事なのは1に好奇心、2に集中力、3に直感力

というもので、なんとまあ、過集中と新奇性探究で成功してきた超ADHDタイプの人のようです。わたしはすごく共感できたのですが、普通の人がこんなアドバイスを真に受けたら大変なことになりかねません。

それほど、脳の特性によって、役立つアドバイスというのは異なっているものなのです。

発達障害に合うライフハック、合わないライフハック

次に、幾つかの例を挙げて、発達障害者に合うライフハック、合わないライフハックについて考えてみましょう。

もちろん、これから書くことは、ADHD寄りのわたしの感性による意見なので、自閉スペクトラム症の傾向の人には合わないかもしれません。また、ADHDの人でも合わない人は大勢いるとおもいます。あくまで意見のひとつとしてご覧ください。

発達凸凹ご用達のマインドマップ

最初に取り上げるのは、英国の教育家トニー・ブザンが提唱して、またたく間に世界中に広がったノート術、マインドマップです。このブログでも、過去に何回か取り上げました。

トニー・ブザンという人物について調べるとわかりますが、どうもこの人はADHD傾向がかなり強そうな人物です。

彼は世界記憶力選手権を立ち上げた古典記憶術の「教祖」であり、創造性について多数の著書があり、エネルギッシュに活動しつづけている教育家です。彼のいう記憶術とは、視覚イメージによる創造性を活用するものです。

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由によると、トニー・ブザンは自己顕示欲が強く、自分でデザインしたスーツを着て、サルバドール・ダリの「記憶の固執」をモチーフにしたネクタイをつけています。(ダリもADHDだったと言われています)

合気道や空手などの武道の達人で、作曲家や詩人としての活動もしています。いわば現代のルネサンス型教養人です。

ハッタリや誇張がうまく、とっさにデータを引用して(しかも都合よく歪曲して)相手を納得させるようなスピーチができます。そしてマーケティングの天才であり、自分で自分を世界中に売り込みました。口が相当うまいのです。

大勢の信奉者がいて、同時にアンチも絶えない、非常に胡散臭くも見える人ですが、一応、彼の提唱するマインドマップの効果は、科学的な実験によって確証されています。

人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考では知的障害や脳性麻痺の子どもが自尊心を取り戻すのにマインドマップが役だったと書かれています。(p72,204)

マインドマップ ブザン6ヵ月の奇跡によると、マインドマップを使ったアプローチで、多動と不注意で手がつけられない問題児たちの成績が劇的に向上したらしく、BBCでも放映されたそうです。

アスペルガーですが、 妻で母で社長です。によると、著者のアズ直子さん(本の内容からするとADHD的な傾向がかなり強い)も、マインドマップが自分に合っている、と感じたそうです。

わたし自身、マインドマップは、ものすごく自分にしっくり来て、ノートやアイデア出しはすべてマインドマップに頼っています。わたしの母も、そんなわたしを見てマインドマップにハマって、使いこなすようになりました。

マインドマップは、トニー・ブザンによると、ダ・ヴィンチ、エジソン、アインシュタイン、ピカソら、過去の天才とされる人たちのノートを調査し、そのエッセンスを抽出したものだそうです。

発達障害に詳しい人ならよく知っているとおり、これらの著名人は、すべてアスペルガー(ダ・ヴィンチ、アインシュタイン)やADHD(エジソン・ピカソ)の強い傾向を持っていたことが知られています。

過去の発達凸凹の天才たちが自力で編み出し、現代の発達凸凹的指導者によって広められたノート術であるなら、発達障害の人にとって役立つライフハックであるのも当然かもしれません。(もちろん発達障害者すべてに役立つとは言いません)

ちなみに、わたしはマインドマップに心酔したころ、色んな人にマインドマップのかき方を教えましたが、好んで使うようになったのは母だけでした。

多くの人は、最初は興味をもって試していましたが、「使いにくい」「難しい」「めんどくさい」と言ってやめてしまいました。マインドマップが合わない人はかなり多いようです。 

▼マインドマップについて

詳しくはこちらをどうぞ

ストレスフリーのノート術「マインドマップ」(上)―その5つのメリット | いつも空が見えるから

ザイガルニック効果への対策

心理学の有名な用語の一つに「ゼイガルニーク効果」(ザイガルニック効果)というものがあります。

これは、終わっていない仕事や達成していない目標は頭に浮かびがちである、という現象です。

WILLPOWER 意志力の科学によると、この現象が発見された経緯は次のようなものだったと言われています。

心理学者たちの伝説では、その発見のきっかけとなったのは1920年台半ば、ベルリン大学近くでの昼食の席だった。

大学関係者がおおぜいでレストランへ行き、1人のウェイターに注文をしたが、そのウェイターは何も書き留めなかった。、ただうなずいただけだ。それなのに彼は全員の注文を正確に給仕し、その記憶力に全員が舌を巻いた。

食べ終わって店を出ると、そのうちの1人が(伝説でははっきり誰とはわからない)忘れ物をしたことに気づき、それを取りに店に戻った。

さっきのウェイターを見つけて、彼のすばらしい記憶力が助けになってくれるのではないかと期待しながら用件を告げた。

ところがウェイターは、ぽかんとするばかりだ。彼は戻ってきた男が誰なのか、どこに座っているのかさえ忘れていた。すべてをそれほどすばやく忘れてしまうものか尋ねると、彼は注文をおぼえているのは給仕が終わるまでなのだと説明した。(p110)_

このとき食事の席にいたブルーマ・ザイガルニックは、このできごとをヒントに、脳は完了していない仕事を記憶にとどめ、完了したものを忘れる傾向にあるということに気づき、いくつかの実験の結果、ザイガルニック効果という概念を確立したのです。

その後、このザイガルニック効果は、わたしたちの頭のワーキングメモリを常に圧迫する常駐ソフトのような、やっかいな存在だと明らかになりました。

つまり、いろいろな心配や不安が頭を占領し、何も手につかなかったり、物事に集中できなかったりする人は、未完了のタスクが引き起こすザイガルニック効果によって、思考力が圧迫されているのです。

それで、世のライフハック指導者たちは、このザイガルニック効果を追い出すためにできることを(ザイガルニック効果という概念を知っていたかどうかはともかくとして)いろいろ考えました。

その一つが、有名なGTD(Getting Things Done)であり、GTDの最初のステップは、頭の中にあることをすべて紙に書き出す、というものです。

すべて書き出すことで脳のメモリが解放され、水のように澄んだ心が得られ、不安や心配が和らぐと言われています。

さらに近年のザイガルニック効果に関する研究によると、「計画を立てる」ことによってザイガルニック効果が消えてしまうこともわかりました。たとえ実行しなくても計画を立てさえすれば、未完了のタスクに煩わされることはないのです。(p113)

ただし、これはあくまで一般論です。ニキ・リンコさんは、ザイガルニック効果を引き起こす未完了のタスクを、粘着力の高い情報と呼んでいます。しかも、自分は場合は完了したタスクでさえ粘着すると述べています。(p47)

未完了のタスクがどれくらいザイガルニック効果をもたらし、脳に粘着するかは、人によって異なります。

何もせずとも忘れてしまう人もいれば、書き出すことで楽になる人、書き出すだけではだめで計画を立てる必要のある人、そしてどれも通用せず、徹底的に完了させるしかない人さえいるのです。

このようなザイガルニック効果の個人差は、自分に合ったライフハック選びだけでなく、次に挙げる「ウサギとカメ」の問題にもつながります。

▼GTDの実践例

あるうつ病の方がGTDを実践したエピソードについてはこちら

「うつとよりそう仕事術」が教えてくれる不安撃退3ステップ | いつも空が見えるから

一気にやるかコツコツやるか―ウサギとカメ

発達障害者の特殊能力に「過集中」というものがあります。「過集中」を使って一気に短時間で物事を仕上げるのが得意であり、逆にコツコツと時間を決めて、毎日根気よく続けるのは苦手だったりします。

過集中頼みはADHDの人が陥りやすい問題ですが、自閉スペクトラム症の人も、(少し過集中のタイプは違うとはいえ)過集中を中心に毎日がまわっていることもあります。

実際、発達凸凹だったと言われている歴史上の偉大な天才たちは、この類まれな集中力によって、偉業を成し遂げた場合が少なくありません。

アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性という本はこう述べています。

一つの主題に徹底的に集中し、創造的な作品を作り出すために果てしのない努力を続ける能力は、この症候群の特有の特徴である。

…非常に長い期間(一日中、食事のための中断もなく)、一つの主題に集中する驚くべき能力を持っている。(p4)

具体例としてアスペルガーだったと思われるアーサー・コナン・ドイルについてこう書かれています。

コナン・ドイルは「客間の片隅にある小さな机に向かい、まわりで10人あまりがしゃべったり笑ったりする中で小説を書いた」とある文筆家は述べている。(p119)

彼は驚異的な集中力を発揮して、1日に3000語のペースでシャーロック・ホームズの冒険を書いたそうです。

もし、だれかが彼に、「そんなに根をつめてやるんじゃなくて、もっと気楽にコツコツとやったらどうなの?」とアドバイスしたらどうなっていたでしょう。

あるいは、「小説を書くなんて夢はあきらめて、医者の仕事を地道につづけたらどうなんだ?」と説得したら? コナン・ドイルは聞き入れないとは思いますが、もし真に受けていたらどうだったでしょう。

ニキ・リンコさんは、過集中で物事をやり遂げるタイプの人間がコツコツと地道にやろうものならどうなるかを次のように述べています。

そして、「もっとじっくり、堅実に学んだらどうなの」と言われるままにむりやりペースを落とそうものなら、まったく身が入らず、何も学べずに終わってしまう脳だといういうことを、知らないから。(P121)

でも、ウサギとカメの昔話はどうなのでしょうか。一時的な過集中ペースで飛ばしたウサギは、コツコツと続けたカメに敗れたのではなかったでしょうか。

WILLPOWER 意志力の科学にはこんな研究が載っています。

■学生を対象とした調査によると、大きな試験の前に徹夜するような過集中タイプは、こつこつ勉強するタイプより成功しにくいという結果が出ている。

■論文をいっきに書き上げる教授たちは、毎日コツコツと書く教授たちに比べ、終身在職権を得にくいということがわかった。(p202)

しかし、この結果も、「統計」です。そして、表面に現れていない深い意味が隠されている可能性があります。この実験が示すのは、本当に、「一気にやるタイプ」と「コツコツやるタイプ」の違いなのでしょうか。

もしかすると「一気にやるタイプ」には発達障害タイプの人が多く、「コツコツやるタイプ」には定型発達タイプの人が多いのではないでしょうか。

そうすると、「一気にやるタイプ」が成功しにくかったのは、一気にやること自体が悪いのではなく、発達障害者が抱える病気への脆弱性や、日々の生活のストレスのせいで、キャリアが続きにくかったという可能性はないでしょうか。

この推測を裏づけるエピソードがあります。画家のパブロ・ピカソと作家のアンソニー・トロロープの物語です。

ピカソは強いADHD傾向のため、毎日に好きなように絵を描き、テーマもどんどん変わっていきました。それに対し、トロロープは、時間を決めて1日3時間だけ執筆し、作家と郵便局員の仕事をかけもちしました。

しかしパブロ・ピカソは、最も多くの作品を描いた画家としてギネスブックに載っていますし、アンソニー・トロロープは、最も多作な作家のひとりに名前を連ねています。

どちらのアプローチも、本人の脳の特性に合っていたので成功したのです。

定型発達者というカメと、発達障害者というウサギが競争したとき、ウサギが負けやすいのは、その戦略のせいではなく、生まれつきの弱さや、不適応を起こしやすい社会のせいです。

もし環境に恵まれれば、過集中で一気に物事を成し遂げる発達障害タイプの人たちでも、ピカソのように大成功を収めることができるのです。

※ここでは過集中で一気に仕上げる人たちを発達障害タイプとくくりましたが、最もコツコツ続けるタイプの中に自閉スペクトラム症の人たちが含まれている可能性もあります。

アスペルガー症候群の天才たちは、単純で苦痛を伴うような訓練をコツコツ繰り返し行った結果、才能を開花させることが多いと言われています。

▼ピカソとトロロープ

正反対のアプローチだったピカソとトロロープについて詳しくはこちら。

創作はひらめきか習慣か―思いつくまま描いたピカソと、毎日コツコツ書いたトロロープ | YuKiのスケッチブック (YuKi's Sketchbook)

イメージトレーニングと視覚的思考

最後に紹介したいのは、イメージトレーニングに関するニキ・リンコさんの意見です。

世の中では、イメージトレーニングがもてはやされることが多く、夢や目標を実現させるため、まず具体的に思い描くように、というアドバイスがちまたにあふれています。

しかし自閉スペクトラム症の当事者として、ニキ・リンコさんはこれを非常に奇妙に思っています。

映像によるシミュレーションについても、世間一般には、体質がちがう人たち向けの助言があふれている。…極端なものだと「頭の中で生き生きと視覚化できれば、物ごとは実現する」などと説く本さえある。

さすがにそこまで極端なら、少々世間にうとい仲間たちでも引っかかりにくいだろう。

特に、最初から脳内映像の操作が難なくこなせる人なら、「え? これをわざわざ練習?でも、できたって人生ちっともいいことなかったよ」と受け流す材料を持っている。(p432)

自閉スペクトラム症の当事者の中には、映像で物ごとを考える視覚的思考の人が大勢います。言葉で考えるか、映像で考えるか、というのは生まれ持った脳の特性であり、どちらが一概にいいとも言えないことがわかっています。

たとえば、言葉で考える人は、切り替えが早く、イメージの修正も容易なので、学校の授業で話についていきやすく、本を読むのも速いと言われています。

一方で、画像で考える人たちは、本を読むとき画像に変換しながら読むので少し遅くなったり、もともと思い描いた画像と実物とが異なっていると修正しにくかったりするそうです。

確かに、天才と呼ばれる人の多くは、画像を用いる視覚的思考だったとされていて、ニュートン、ダーウィン、ガウディなど、その能力が成功のカギとなっている場合も多いようです。

しかし、だからといって、視覚的思考ができる人がすべて天才かといえばそうではなく、むしろ不自由さも感じているので、「天才たちは視覚的思考だった」→「視覚的思考をすれば成功できる」という論法は間違っています。

もともと視覚的な映像化が苦手な人がイメージトレーニングをすることには一定の効果があるそうですが、天才になれたり、目標が実現したりするかというと話は別です。

▼視覚優位と聴覚優位の違い

詳しくはこちらをご覧ください。

アスペルガーの2つのタイプ「天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル」 | いつも空が見えるから

オーダーメイドのライフハックの大切さ

このように、ライフハックの中には、発達障害者に定型発達のような考え方をするように促したり、定型発達者に発達障害のような考え方をするよう促したりするものがあります。

しかし、あくまで見方を広げるのには役立っても、生まれ持った脳の特徴は変わりません。

最終的には、やはり自分の生まれ持った脳の働きに沿ったやり方を身につけて、長所や強みを伸ばすライフハックを選ぶのが理にかなっています。

悪い例として、スルーできない脳―自閉は情報の便秘ですには、「朝の10分間読書」という取り組みが挙げられていました。読書が苦手な子どもたちに、毎日コツコツと読む楽しみを教えるべく、一部の学校で導入されているようです。(P62)

しかしふだん過集中で一気に本を楽しむような習慣をすでに持っている発達凸凹の子どもたちにとって、これほど苦痛なことはないといいます。本の続きが気になって、授業に身が入らないからです。

学校や会社などで、この方法がいい、と思って、全員に同じことをさせるのは、同様の問題をはらんでいます。ひとりひとりの脳の特徴は違うのに、同じことを強制して、みんながうまくいくはずはないのです。

先ほどの例とは逆の良い例ですが、あるとき、わたしの学校の先生が、こんな話をしてくれました。

「授業で絶対ノートを取らない生徒がいたんです。ずっと腕組みをして、黒板を見ているだけで、まったく板書しない。それでノートを取りなさいと言ったら、『ぼくは全部覚えているからノートは必要ない』と言ったんです」

「その生徒はどうなったの?」

「もちろん京大の理学部にストレートで進学しましたよ」

その生徒は強烈な視覚記憶か聴覚記憶を持っていたのかもしれません。幸い、先生は、それほど頭の構造が違う生徒のやり方を受け入れるだけの度量を持っていました。

ある統計によると、成人日本人女性の靴の平均サイズは23.5cmだそうです。もし靴メーカーが、「じゃあ、みんな23.5cmでいいよね」と判断して、そのサイズしか作らなかったらどうなるでしょう。

万人に同じライフハックが役立つと考えるのは、それと同じほど愚かなことです。

人間はもっと個性的で一人ひとり違います。それは体のサイズだけでなく、脳の特徴も同じです。

そのことをあらかじめよく認識しておくなら、自分に合わないライフハックや勉強法や仕事術に振り回されるのではなく、自分にぴったり合ったサイズのオーダーメイド品を見つけることができるでしょう。


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