「不思議の国のアリス」の作者ルイス・キャロル
「運命」の作曲者ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
「コペルニクス的転回」をもたらした哲学者イマヌエル・カント
一説によると、これらの人は皆、残された書簡や伝記などを分析した結果、今でいうところの自閉スペクトラム症(ASD)、特に高機能なタイプであるアスペルガー症候群(AS)の傾向を示していたのではないかと考えられています。(※ASは最新のDSM5ではASDに統一されていますが、ここでは本の内容に沿ってアスペルガーを用います)
もちろん、故人を死後診断することには批判も多いわけですが、彼らを自閉症の観点から考えると、芸術家の独創性について、新しいユニークな観点が得られると研究者たちは考えています。
天才芸術家たちは、良くも悪くもユニークな個性を持っていたと言われることが多いですが、その源は、アスペルガー症候群という、多くの人とは異なる脳の使い方があったのかもしれません。
歴史上の自閉スペクトラム症の人物について研究しているマイケル・フィッツジェラルド博士の本、天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性から、彼らに見られる10の特徴をまとめてみました。
これはどんな本?
この本の著書、マイケル・フィッツジェラルド博士は、1970年代から自閉症を研究し、900人以上の子どもや成人を診てきた精神医学教授です。
この本は、歴史上の天才たちを自閉スペクトラム症(ASD)という観点から解釈しなおしたユニークな本で、死後診断ではあるものの、おそらくアスペルガーだったと思われる 以下の天才芸術家たちが取り上げられています。
ジョナサン・スウィフト
ハンス・クリスチャン・アンデルセン(ADHDの傾向も)
ハーマン・メルヴィル
ルイス・キャロル
ウィリアム・バトラー・イェイツ(ADHDの傾向も)
アーサー・コナン・ドイル(ADHDの傾向も)
ジョージ・オーウェル
哲学者:
スピノザ
イマヌエル・カント
シモーヌ・ヴェイユ
(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
音楽家:
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (※むしろADHDのほうが強い)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン
エリック・サティ
ベーラ・バルトーク
画家:
フィンセント・ファン・ゴッホ
L.S.ローリー
アンディー・ウォーホル
アスペルガーは創造的なのか?
自閉症の人たちには、創造性があるのでしょうか?
よく自閉症には三つ組の障害があり、そのうちの一つは「想像力の障害」である、と言われています。
確かに、自閉症の子どもは、ごっこ遊びをしない、空想の世界を持たないなど、想像力が限られているかのような特徴を示すと言われています。
しかし、自閉症は、現在では、自閉スペクトラム症(ASD)という幅広い概念として知られていて、その中にはさまざまな程度の能力を持つ人たちが含まれることがわかっています。
ハンス・アスペルガーはこう述べました。
[自閉症の人たちには] 知的障害のある人から、高度の独創的天才に至るまで、あらゆるレベルの能力をもつ人が含まれている。(p2)
そして、その場合「想像力の障害」といっても一様ではなく、むしろ定型発達者とは異なる方向性で、巨大な想像力が見られることもある、とマイケル・フィッツジェラルドは指摘しています。
アスペルガー症候群の人には想像力がないと言われているが、これは正しくない。彼らには自閉症に見られる巨大な想像力がある。(p6)
日本のアスペルガーの翻訳家のニキリンコさんも、自閉っ子におけるモンダイな想像力の中で、自閉症の人は想像力がないのではなく、方向性が異なるだけだと述べていました。
アスペルガー症候群の人の中には、その巨大な想像力と独創性を活かして、芸術家として成功した人が大勢いる、とマイケル・フィッツジェラルドは述べています。
それらの人たちには、ギルバーグ(Gillberg 1991)による6つの提案に基づき、アスペルガーの特徴とされる、社会的な障害・狭い興味関心・決まった手順の繰り返し(常同性)、話し方と言語の問題、非言語的コミュニケーションの問題、運動機能のぎこちなさなどが見られたことが分かっているといいます。
アスペルガーの芸術家の10の特徴
では、これからアスペルガーの芸術家たちに見られた10の特徴を概観してみましょう。
この10の項目というのは、この本での分け方ではありませんが、それぞれの人物に関して繰り返し言及され、アスペルガーらしさを示していると書かれているものを集めました。
一人の人にすべての特徴が見られる場合もありますが、記録の欠落のため、すべての項目で当てはまるかどうかは不明とされている場合も多いです。
人によっては、例外的にまったく当てはまらないものもあるので、これが典型的なアスペルガー像だ、といえるステレオタイプを示しているわけではないことはご承知おきください。
1.社会的な障害
アスペルガー症候群の人たちは、「空気を読めない」とよく言われます。
いわゆる「社会性の障害」「コミュニケーションの障害」のため、アスペルガーの人たちは人間関係で苦労したり、社会において疎外感を感じたりします。
たとえばアスペルガーの画家、アンディー・ウォーホルに関して、こう書かれています。
あるときなど、自分は別の惑星から来たのだ、どうやって来たかはわからない、とも言っている。アスペルガー症候群の人は自身をエイリアンだと言うことが多い。(p294)
アスペルガーの哲学者シモーヌ・ヴェイユについてもこう書かれています。
ヴェイユの教師の一人が、彼女のことを「私の小さな火星人」と呼んでいたことは興味深い。アスペルガーの人にはよく、ほかの惑星、特に火星が引き合いに出される。(p172)
いずれにしても、周りの人に対して親しみを感じられず、同じ人種どころか、異なる星の生き物であるかのごとく違和感を感じていたことがわかります。
では、アスペルガーの人たちは、だれとも親しくできないのかというと、決してそんなことはありません。彼らは定型発達者中心の文化においては、自分を異質だと感じますが、自閉症の人たちの中では、互いに共感し合えるからです。
この本では、アスペルガーの哲学者であるウィトゲンシュタインとスピノザについてこう書かれています。
ウィトゲンシュタインとスピノザは思想の「自閉症的」コミュニティの住民だった。彼らはどのコミュニティの住民でもなかった」というのは正しくない。
ウィトゲンシュタインの表現方法を使うと、彼らはともに「自閉症モード」にある哲学者だったということになるだろう。(p153)
アスペルガーの芸術家たちは、時代を超えて、同じような特徴を持つアスペルガーの先人に親近感を感じ、憧れ、敬意を払っていることもあります。
ヴォルシュレガ―によると、アンデルセンは「子どものために書くことと、文学的・想像的な才能が共存できることを示した。
彼は子どもの読み物にファンタジーというアイデアを取り入れることで、1860年代のルイス・キャロルのために環境を整えたのである」。(p49)
ジョージ・オーウェルはウィリアム・バトラー・イェイツに憧れていました。(p133)
サティはハンス・クリスチャン・アンデルセンに関心を持っていました。
高機能自閉症の天才は、しばしば同じような人に興味を持つものである。(p232)
と書かれています。
2.学校でのつらい経験
アスペルガーの人たちにとって、学校は辛い場所であることが少なくありません。周りの子どもと同じようにすることを求められるばかりが、しばしば同級生からいじめられたり、先生から不当な扱いを受けたりします。
本書では、「アスペルガー症候群の人の多くが学校での経験を憎んでいる」と書かれています。(p129)
アンデルセンは学校生活には批判的で、ある教授について「七つの言葉を操るが中味のあることは何も言わなかった」と書きました。(p51)
ウィリアム・バトラー・イェイツは学校について、「平凡でやる気を失わせるところ」だと述べました。(p97)
アーサー・コナン・ドイルは、自分の受けた教育の質が「中味のない」ものであることに憤慨しました。(p118)
イマヌエル・カントは学校についてこう書いています。
学校では強要、決まりきった手順、そして恣意的な規則がある。これは多くの場合、自ら考えようとするすべての勇気を人から奪い取り、創造的才能を台無しにするものである。(p159)
トマス・G. ウェストによる、天才たちは学校がきらいだったという本も参考にしてください。
3.多読
アスペルガーの芸術家たちや偉人の多くは、たいへんな読書家であることが少なくありません。
子どものころから辞典をはじめとする難解な本や大人向けの本に親しみ、膨大な読書量に支えられた深い知識を持っていることがよくあります。
1962年、ヴァン・クレヴェレンとカイパース(van Krevelen & Kuipers)は、アスペルガーの人たちについて、彼らは「紛れもない読書狂」であると述べました。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンはこう述べています。
物心のつく頃から読書がすべてで、最も好きな楽しみだった。…僕はほかの男の子たちと遊んだことがなかった。僕はいつも一人だった。(p44)
ハーマン・メルヴィルも多読家で、「リスが冬に備えて木の実を蓄える」ように本を蓄えました。(p76)
4.狭い興味関心
アスペルガーの人たちは、特定の狭い分野に並外れた関心と集中力を示し、深く没頭したり、深い専門知識を身につけたり、高い技術を磨いたりすることがあります。
ガリバー旅行記を書いたジョナサン・スウィフトは、執筆と鍛錬に猛烈に熱中し、毎日6km以上歩く習慣を持っていました。
手紙を描くことには強迫観念的で、唯一の大切な女性だったステラにはほとんど毎日手紙を送っていました。(p38)
フィンセント・ファン・ゴッホは聖書など特定の本をむさぼるように繰り返し読みました。(p264)
5.決まった手順の繰り返し
アスペルガーの人たちは、精神的な安定を得るために、決まったルールや日課を守ることで、生活に安定性を与えていることがあります。
中には、分刻みで予定をコントロールする人もいるそうです。予定が乱されるとパニックになることもしばしばです。
極端な管理主義者で、たくさんの日課とルールを持っていたルイス・キャロルについて、本書では、こう書かれています。
彼自身が「自分の人生を規制する支配者だった。また起きて働いている間中、自分の衝動をコントロールする、今日の言葉で言うとスーパーマンだった」。(p86)
彼は隙間風が吹くたびに、部屋の温度が均一か確かめるために温度計で測ったそうです。
また、哲学者のイマヌエル・カントは、型にはまった日課に縛られていたので、「まわりの人間は彼の行動を見て時計を合わせられるくらい」でした。(p158)
6.話し方と言語の問題
アスペルガーの人たちは、辞書に書かれているような難解な書き言葉を日常会話で使ったり、仰々しい表現や古風な言い回しを好んだりすることがあります。
しゃべり方も抑揚やスピードが独特で、堅苦しかったり、自然でなかったりする印象を与えるようです。
ヴァン・クレヴェレンとカイパースは、アスペルガーについてこう述べました。
話し方は堅苦しく、人に話しかけるのでなく、人のいない空間に向かって話すように見え…わざとらしい大げさな抑揚をつけているように聞こえる。(p3)
哲学者シモーヌ・ヴェイユの話し方についてはこのようにも書かれています。
詳細はありあまるほど、また豊富だが、回りくどくてかなり混乱している。(p174)
7.外観と態度
アスペルガーの人たちの外観、つまり見かけも、周りの人とどこか異なっていることがよくあります。それは、顔の表情、歩き方、服装などに表れます。
ルイス・キャロルの顔について、コーエンは、「二つの非常に異なるイメージをもつという特異さがあった。目の形と口元の表情が符合しないのである」と述べています。アスペルガーの人は顔に二つの感情が同時に出ることがあるそうです。
また、キャロルはオーバーな直立不動の姿勢をとっていて、時代遅れの雰囲気と、生真面目さと几帳面さがにじみ出ていました。(p88)
ウィリアム・バトラー・イェイツは、オールドリット(1997)によると、「ダブリンの通りをうろつきながら、時々詩を朗読したり大声で創作したりしながら、腕をパタパタさせていた」といいます。(p109)
自閉症には、ストレスを緩和するためなのか、手のパタパタ運動が見られる場合があり、ダーウィンもその癖が抜けなかったそうです。
8.子供らしさ
アスペルガーの人たちは、不思議なことに、子ども時代には「子どもらしくない」と言われ、おとなになると「子どもらしい」と言われます。
前述のヴァン・クレヴェレンとカイパースは、アスペルガーの子どもたちについてこうも述べました。
彼らには子どもらしさがなく…言葉もジェスチャーも時代がかっている。(p3)
シモーヌ・ヴェイユは、子どものころ、あまりに常識はずれの知的レベルで会話していたので、路面電車にたまたま乗り合わせた人が怒って、「こんなオウムのように学者の口まねをするよう子どもに教え込んだのはどこのどいつだ!」と叫びました。(p170)
ルイス・キャロルについてコーエン(Cohen 1995)はこう述べます。
何かしら、子どもから少年期を飛び越えて直接大人になったのではないと思われるほど早く、彼は成熟していた。(p85)
子ども時代のキャロルは、散文・詩・絵などの分野で驚くほど大人びていました。このように、言葉遣いやふるまいにおいて、アスペルガーの人は、子ども時代には、子どもらしくないと評価されることがよくあります。
しかし、対称的に、大人になったルイス・キャロルについて、コーエンはこう述べています。
コーエンは、キャロルは「発育を停止」し、それにより生涯を通じて子どもであり続けたと主張している。(p92)
キャロルは大人よりも子どもとうまくやれました。彼はアリス・リデルなど、少女と二人でデートする趣味を持っていました。
アンデルセンもまた自分でこう述べています。
自分でも本当に子どもっぽいと思います。笑顔一つ、優しい言葉一つで即座に狂気するかと思えば、冷酷な顔をされると心が深い悲しみで覆われてしまいます。(p60)
アスペルガー症候群の人たちは、このように、大人になっても子どものような純粋さを持っているので、動物と心を通わせる人も多くいます。
ジョージ・オーウェルは、「動物と子どもたちといるときだけ本当にくつろいでいる」と言われました。(p131)
その純粋さから、宗教やオカルトに傾倒する場合もあり、ウィリアム・バトラー・イェイツは魔術的秘密結社に属していましたし、コナン・ドイルは霊媒に大きな関心を寄せていました。(p115,p122)
高機能自閉症の人が、動物や子ども、神秘主義やさまざまな宗教に興味をもつことが非常に多いのは、興味深いことである。(p225)
と書かれています。
9.アイデンティティの拡散
アスペルガーの人たちは、自分自身について悩むことがよくあります。男性としてのアイデンティティ、女性としてのアイデンティティに混乱したり、自分自身が何者なのか理解しづらく思ったりします。
こういう作家たちは、ジーン・クイグリー(Quigley 2000)が「自己構築」と呼んだような領域で、大きな課題を抱えている。(p33)
と書かれています。
たとえば、アンデルセンは男性と女性両方に性的な魅力を感じ、そのことで苦悩していました。(p67)
評論家のジョージ・ブランデスはアンデルセンの文学についてこう述べています。
彼の書く男性は男になりきっておらず、女性も女として不十分だ。…だから彼は、生の意識がまだはっきりしない子どもの描写に強いのだ。(p68)
女性の哲学者シモーヌ・ヴェイユもまた、男性的なアイデンティティを持っていて、異性との性的接触を恐れていました。しかし「同僚」としては女性よりも男性とのほうがうまくやれました。(p184)
コナン・ドイルやイェイツは、自分の多面的な性質を創作に活かしていました。
10.うつ
アスペルガーの人たちは、生涯のある時点でうつ状態になることがよくあります。それは生来の脳機能の不安定さから来ているのかもしれませんし、彼らを取り巻く環境の苛酷さによるのかもしれません。
アスペルガーの芸術家の場合には、芸術の創作活動がセルフメディケーションとなって、うつ状態に対処する助けになっていることが多いようです。
アスペルガーの画家、L.S.ローリーについてはこう書かれています。
ウィトゲンシュタインの場合もそうだったように、ローリーの場合も音楽が自殺を止める役割をある程度果たしたのだった。もちろん、ローリーを自殺願望から救った大きな存在は絵だった。(p285)
作家、アーサー・コナン・ドイルについてはこうあります。
彼はひどい抑うつ感に苦しんだ。「暗く重い気分は年を重ねるにつれて頻繁に生じるようになり、その期間はますます長くなっていった」。執筆は抗うつ剤として作用した。彼はまた、不眠症でもあった。(p119)
そして、音楽家のベートーヴェンについてもこう書かれています。
ベートーヴェンは何度も死にたくなり、自殺も考えたことがある。…彼にとって音楽は抗うつ薬であり、彼の命を助けていた。ちなみにアスペルガー症候群の人たちには、抑うつや自殺の恐れのある行動は珍しいものではない。(p212-213)
創造性の秘訣は?
こうしたアスペルガーの作家たちの創造性の秘訣はどこにあったのでしょうか。
IQが非常に高いわけではない
まず一つ確かなのは、創造性はIQでは測れない、ということです。
グレゴリー(Gregory 1987)はこう述べています。
驚くより低いレベルより上のところでは、努力や研究のあらゆる面において、その成果とIQとの間にはあまり関係がないか、まったく関係がないのである。
結果として我々は、未来のノーベル賞を勝ち得る人たちも、概して言えば、IQの分布では大学の仲間の学生たちと同じであると予想すべきなのだろう。(p11)
創造性とIQとの間にさほど関連性がない、ということは、ターマンの天才児研究など、数多くの調査によって明らかにされています。
独創的天才であるためにはIQは120以上あれば十分だそうです。コックス(Cox 1926)によれば、大雑把な計算法であるとはいえ、ジョナサン・スウィフトは125、ハンス・クリスチャン・アンデルセンは115ほどでした。
自閉症ならではの特性が関係
むしろ、アスペルガーの芸術家が花開いた理由には、自閉症ならではのさまざまな要素が関係していたそうです。
それは、ここまで挙げてきた以下のような要素が強く関係しています。
■狭い興味関心による並外れた集中力
子どものころから、特定の分野に並外れた集中力とこだわりを示すので、退屈な訓練を長年継続することででき、ほかの子どもには不可能なレベルで熟達できる。
一つの主題に徹底的に集中し、創造的な作品を作り出すために果てしのない努力を続ける能力は、この症候群の特有の特徴である。(p4)
■アイデンティティ拡散からくる自分探し
自分は何者なのか深く悩むため、自分自身について深く考え、その結果として、自分を投影した作品が創られたり、哲学的理論が組み立てられたりする。
芸術作品は、混乱したアイデンティティと表出しがたい言語とを解決するための一種の努力なのである。作品を創造することが自らを助け、しかも自己の療法と化している。(p302)
■うつに対するセルフメディケーション
芸術的な創作活動により、うつ状態になりがちな自分の心を癒やすセルフメディケーションを行っている。芸術を続けなければ、正気を保てないという自覚があるので、いよいよ芸術にのめりこむ。
彼らは、芸術面での壁にぶつかったときに、おそらく普通の人より落ち込みが激しいと思われる。
彼らの芸術活動は低くなりがちな自尊感情を引き上げるのである。(p303)
そのほか多読傾向や、視覚イメージの操作に優れていることなど、さまざまな自閉症的要素が、才能の開花に関与していそうです。
こうした特徴は、自閉症に関係した生来のものであり、生まれつきの遺伝的要素が、アスペルガーの芸術家たちの大成に深く関わっているとマイケル・フィッツジェラルドは考えています。
天才が天才である大きな理由は、ほかの皆とは異なる素材からスタートしているからである。すなわち、天才の遺伝子の配置は違っているのである。(p17)
彼は、10000時間の法則など、努力と環境を重視した天才論について理解を示しつつも、10年間練習すればだれでもモーツァルトになれるわけではないのは明らかであり、そもそもひたむきに努力できることそのものが自閉症要素による遺伝的な才能だと考えています。
アスペルガー=天才ではない
もちろん、非常に重要な点として、アスペルガーの人がみな天才だとか、自閉症は才能だとか言っているわけではありません。
マイケル・フィッツジェラルドは簡潔にこう述べます。
もちろん、大多数のアスペルガー症候群の人は天才というわけではないが、それは、普通と呼ばれる人―自閉症ではない人―の大多数が、天才ではないのと同じである。(p305)
また、今回取り上げたような、アスペルガーの芸術家たちは、単に、本人の能力が恵まれていたために成功したわけではありませんでした。むしろ、それぞれの人物は、著しい社会的な不適応を経験し、自殺を考えるまでに苦悩することさえありました。
しかし、たいていの場合、彼らの周りには、理解者や援助者となってくれる人が存在していました。たとえばゴッホの弟などです。
この本の中で、シャーロック・ホームズは、コナン・ドイルが自身を投影した超アスペルガー的な創作人物だと分析されていますが、いわゆる普通の人であるジョン・ワトスン博士がいてくれるからこそ活躍できるのです。
そうした環境に助けられて、社会不適応よりも、才能を発揮できる機会に恵まれたために、さまざまな運が重なって、これらのアスペルガーの偉人たちは、歴史に名を残したと考えられます。
創造的な人にはさまざまなタイプの人がいますし、アスペルガーにもいろいろな性格の人がいます。成功する人の中には、定型発達者もいれば、自閉症的な人もいます。
いずれにしても、どのような遺伝子や性質を持つ人が成功するのか、という法則のようなものはありません。ある限定された特殊な場合に、自閉症的要素が芸術家に役立つと述べているにすぎません。
この本から分かるのは、少なくとも歴史に名を残した人たちの一部はアスペルガー症候群だったと思われるということ、そして彼らの持つユニークで多様な創造性が人類の芸術の進歩に貢献したということなのです。
▼アスペルガーの作家・小説家・詩人について
マイケル・フィッツジェラルドの研究を参考にした別の研究者の意見についてはこちらもご覧ください。