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現実感がない「離人症状」とは何か―世界が遠い,薄っぺらい,生きている心地がしない原因

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■現実感が感じられない
■世界が遠くにあるようだ
■自分と世界の間に半透明の膜がある
■自分の体が自分の体でないように感じる
■自分が抜け殻のようだ

実感のない感覚。それはとても気持ちが悪く、不安を誘うものです。

生きている実感がなく、自分が空っぽに感じられ、世界が薄っぺらく色あせて見えるとしたら、生きることに喜びや幸せを感じられなくなるでしょう。

こうした「現実感がない状態」は、専門的には「離人症」「離人感」(depersonalization)などと呼ばれています。

この記事では、 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相という本をもとに、離人症にはどのような症状が含まれるのか、なぜ現実感がなくなるのか、どうすれば治療できるのか、という点を紹介したいと思います。

これはどんな本?

今回、おもに紹介する 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相は、2010年の「可愛臨床哲学シンポジウム」の、さまざまな精神病理学者の発表原稿をまとめたものです。

この記事での説明は、解離に詳しい柴山雅俊先生による「解離における離隔の諸相―離脱・融合・拡散」という章に基いています。(p176-208)

離人症状の二つのタイプ

まず、知っておく必要があるのは、「現実感がない」という離人症状にも、少なくとも2つのタイプがあるということです。最初に自分がどちらのタイプなのかを知らなければ、原因や治療法を選択することができません。

その2つとは、以下のようなものです。

解離が関係していない離人症

まずうつ病などの精神疾患、脳神経疾患、身体病などに合併して見られる離人症では、次のような訴えがあります。

いまの自分がかつての自分とは違って、まったく異質な状態になってしまった。それがずっと持続している。

このような状態が改善されないと日常生活をまっとうに送ることができない。(p178)

このような離人感の場合は、原因となっている精神・身体疾患を治療することが重要であり、おおもとの病気が治れば、現実感も戻ってくるでしょう。

解離が関係している離人症

これに対して、「解離」という脳のメカニズムが深く関わる離人症では、次のような具体的な訴えが見られるそうです。

ビデオカメラを覗くように、限定された枠の中に世界が現われ、視野全体が狭くなる。

世界の奥行き感がなく、対象との距離が遠くなったり近くなったりして、はっきりと定まらない。

どこか地に足が着いていないようで、自分が浮き上がっているようで、自分が「いま・ここ」にいるという実感がなくなる。

まるで夢の中のようで、夢か現実かわからない感じがする。(p178)

今回取り上げるのは、後者の「解離が関係している離人症」についてです。こうした離人症が起こる病気は「解離性障害」と呼ばれています。

解離性障害というと、多重人格(つまり解離性同一性障害)や記憶喪失(解離性健忘)などが有名ですが、実際には、そうした「典型的」ともいえる症状は少ないそうです。むしろこう書かれています。

そういった解離性障害の八割から九割に離人症がみられる。

従来、「実感がない」「現実感がない」と訴える離人症は統合失調症との関係で取り上げられることが多かったが、今日では解離性の離人症が目立って増加している。(p176)

解離性の離人感の7つの特徴

解離が関係している離人感には、同じ柴山雅俊先生の別著解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、次のような一般的な特徴があります。

過去…いったい今がいつなのかわからない。過去と現在が重なっている感じ。

■現実…実際に起きていることなのか夢で見たことなのかわからない

■生と死…生きている感じがしない

■自分が変…自分の体に実感がない。宙に浮いている

■ものが変…ものが遠のいていったり映画のセットみたいに見えたりする

■人が変…人が操り人形のよう。大きくなったり小さくなったりする(p20)

こうした空間の変容が見られる場合には、解離性障害を疑う必要があります。

この点をもっとよく理解するために、さらに具体的な訴えをひとつずつ調べてみましょう。以下は再び「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相からの引用です。

以下の症状は、離人症状としては、かなり程度が進んだ重いものも含まれます。

二重化

世界が、奥行きがなく平面で、質感も重さもなく、物が空間にばらばらに浮かんでいる状態になることがある。

…そうした時に後ろにずれると、世界がまとまって見えるようになる。

…後ろの離れたところから自分を操る感じです。そういったときは視野が狭くなる。(p189)

この例では、自分が後ろにずれるという感覚を伴っています。

解離性障害の離人症では、自分が二重化して、後ろから傍観している冷めた自分と、空っぽになって魂が抜け出たような自分を両方感じていることがあります。

離隔

自分が置かれた状況をドラマや他人事のように見ている。ただ見ているだけというか、映画を見ている感じがする。

見え方が違う。立体を直に見ているのではなく、平面に立体が映っている。(p180)

離隔とは、漢字のとおり、「離れて隔てられている」ように感じることです。周囲の世界と自分との間に膜があるように感じ、現実感がありません。

過敏

自分のすぐ後ろに誰かがいる感じがする。私が手紙を書いているときに、それをじっと見ている人を感じる。右肩のところに誰かがいる感じがする。(p180)

離人症は現実感がなくなるので、過敏になるというのはあたかも逆のように思えます。

しかし後で説明しますが、これは意識が現実から離れ、想像上の世界が割り込んできていることを示しています。

解離によって過敏になった人は、他者の気配に過敏なため、閉じ込められることが怖く、トイレやお風呂のドアを少し開けておくこともあります。(p190)

また人混みに行くと、周りに圧倒され「人混みが怖い」「周囲が迫ってくる」と感じることもあります。(p179)

リアルな夢

「離人症」の人の中には、日常生活で現実感がなくなっているのとは対象的に、夢の中ではリアルすぎる世界を体験するという人もいます。

たとえば空をとぶ夢、飛び降りる夢、追いかけられる夢などが多く、感覚もとてもリアルで、いわゆる日常生活と区別のつかない「明晰夢」を見ることも多いようです。

詳しくは以下の記事も参照してください。

解離しやすい人の変な夢ー夢の中で夢を見る,リアルな夢,金縛り,体外離脱など | いつも空が見えるから

同化

相手が話していても、自分の中からその言葉が出ている感じがする。そういう時はフワッと浮いている感じ。夢みたいで現実感がない。

…相手がこういうことを言うという感じがわかるので、あらかじめこちらから相手が希望する言葉を発することがある。(p192)

解離が進むと、自分自身の実感がない代わりに、目の前の対象に同調したり、同化したりする現象が生じるようになります。

対人関係において、相手の感情を汲み取りすぎるあまり、自分と他者の区別が難しくなったり、目の前の動物や植物、ものに没入して一体化してしまったりするのです。

拡散

意識や肉体が感情から分離して、別の次元にあるような気がする。自分が意識だけになっている。意識は虚無と一体化して、拡散する。

空気になっている感じがする。実感はない。記憶としては憶えているが、ただ映像として流れている。

テレビや映画を眺めているようで、その場にいない感じがする。(p202)

現実感が薄れて希薄になっていくと、まるで空気中に自分が溶け込んで拡散してしまっているようだ、と感じる人さえいます。現実感がなくなった状態の最たるものといえるでしょう。

現実と想像の境目があいまいに

このような「現実感がない」といったさまざまな離人症状は、どのようにして説明できるのでしょうか。

一言で言えば、離人症状とは、「現実と想像の境目があいまいになった状態」です。柴山先生はこう述べています。

解離性の意識変容では現実の世界が想像の世界のように、そして想像の世界が現実の世界の如く体験される。(p185)

ここで言われている「現実の世界」と「想像の世界」とは何でしょうか。次のように考えるとわかりやすいかもしれません。

現実の世界…自分を取り巻いて広がっている本物の世界。感覚的なふれあいをともない、行動しているという実感がある。奥行きがあり、どこまでも広がる。

想像の世界…テレビや映画の中などのような、空想の作られた世界。感覚的なふれあいは弱く、あるとしても視覚や聴覚に限られている。奥行きや厚みがなく枠のようなものに限定されている。

わたしたちは普通、「現実の世界」に生きており、「想像の世界」はあくまで作り物だと区別しています。

しかし 離人感を伴う解離性障害の人は、このような「現実の世界」と「想像の世界」の境目があいまいになるので、さまざまな離人症状が生じるのです。

離人症の2つの側面

この現実と想像を隔てるあいまいさを、2つの点から考えてみましょう。

(1)「現実の世界」が「想像の世界」のように体験される

現実の世界を見ているのに、まるで映画やテレビのスクリーンを見ているかのように、奥行きがなく平面的に感じる。

見える範囲もパノラマではなく、狭い画面を見ているように感じる。実際に視野狭窄が見られることも多い。

周りの状況があたかもスクリーンの中の映像のように見えるので、ちょうどテレビを見ていても、その場面の中に自分がいるとは考えないのと同じように、疎外感があり、現実感がない。

(2)「想像の世界」が「現実の世界」のように体験される

まったく逆に、想像の世界のほうは非常に現実感を帯びる。自分が思い描いた世界に没入でき、そこに降り立って、ありありと眺め、聞き、触れることができる。夢がとてもリアルになる。

詳細な設定を伴う空想の世界(パラコズム)に浸り、空想の友人(イマジナリーコンパニオン)がいることもある。

軽度の解離を体験する人は(1)のみのようですが、中程度から高度の解離になると(2)が顕著になってくるそうです。その過程は、次のような3つの段階に分けることができます。

離人症の3つの段階

以下の説明は解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)を参考にしています。(p39)

1.軽度の離人症

現実の世界に想像の世界が割り込んできている状態。

自分が今ここにいる実感がないように思ったり、遠くから自分を見ているように感じたりするが、自分が今ここにいることはわかっている。

2.中程度の離人症

現実の世界と想像の世界があいまいになっている状態。

「私の二重化」が生じ、自分の後ろからヴェールのような膜を通して世界を見ている。「眼差しとしての自分」と、空っぽの「存在者としての私」に分かれてしまう。

3.重度の離人症

現実の世界より想像の世界のほうがリアルになっている状態。

体外離脱体験が生じたり、空想世界に没頭したりして、現実よりも想像の世界のほうがリアルに感じるようになる。

離人症に関係するさまざまな症状は、この3つの段階に沿って生じている、「現実の世界」に「想像の世界」が割り込んできている現象だと解釈することができます。

脳の感覚統合の異常

こうした解離症状のメカニズムは十分には解明されていませんが、、ひとつには、脳の側頭葉と頭頂葉の接合部の機能異常が関係していると考えられています。

そこはさまざまな感覚情報を統合するところで、その機能がおかしくなると、自分の体の位置と感覚の位置がずれるので、だれもいないのに気配を感じたり、体外離脱のような体の位置と感覚のズレが生じたりするようです。

「離人症状」が起こる原因

では、解離による「離人症状」を発症する原因は何なのでしょうか。それには、さまざまな原因が考えられます。

まず、解離による離人症でない場合は、うつ病や統合失調症など別の病気のひとつの症状として現れていると思われます。もちろん、他の精神疾患と解離とが混在している場合もあります。

しかし解離が直接の原因となっている場合には、解離を引き起こすきっかけとして、次のような要素が関係しているようです。

(1)さまざまなストレスやトラウマ

いじめ、虐待、性的被害、ストレスの多い家庭環境、親の不仲など、「安心できる居場所の喪失」が解離を引き起こしていることがよくあります。

幼少時のからのストレスが原因のこともあれば、思春期のトラウマが影響していることもあります。

自分と現実を切り離すことによって、さまざまなストレスやトラウマから心を守ろうとする防衛反応として、解離が生じている可能性があります。

(2)解離しやすい生まれつきの性質

虐待などに関わらず、生まれつき解離しやすい傾向を持っている人もいます。子どものころから空想の世界に生きていて、想像力豊かな場合などがそうです。

そのような傾向を持っている人は、他の人が解離しないようなレベルの生活上のストレスでも、解離症状が引き起こされることがあります。

(3)アスペルガー症候群

 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相によると、アスペルガー症候群をはじめとする自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障害の人も、生まれつき解離症状が生じやすいと言われています。

たとえば、「人と違う(anders sein)」という感覚について、解離性障害だけでなく発達障害や重度対人恐怖でも見られると書かれています。(p183)

また次のような記述もありました。

自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Diorder:ASD)の患者では自分が分子や粒子のようになって分散することが多い。(p203)

自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Diorder:ASD)の患者もまたこの世での生きにくさを感じている。

臨床経験からすると、彼ら/彼女らは解離症状を呈することが多いように思われる。

離脱はASD者でも定型発達者でも共通してみられるが、ASD者では同化と拡散が比較的多い印象がある。

ASD者は幼少時から特有の「感覚対象との一体化」に馴染んでいる。(p208)

もちろん解離症状を示す人の大部分は定型発達者ですが、中には、アスペルガー症候群の独特な脳機能によって、解離が生じている人もいるようです。

「離人症状」の治療法

離人症の治療法については、離人症単独というより、解離性障害としての治療が必要なので、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)をから治療法についての説明を紹介したいと思います。(p85-98)

解離が関係していない場合

別の病気による離人症の場合はそちらの治療を優先することによって、症状のひとつである離人症もよくなると考えられます。

解離性障害に詳しい医師を受診する

解離が関係している離人症の場合は、解離性障害に詳しい医師の診察を受けることが不可欠です。

詳しくない医師を受診すると、統合失調症と誤診されて不適切な薬物療法を受けてより悪化したり、そもそも症状の訴えを理解してもらえず傷つけられたり、ひどい場合は自演や詐病のようにみなされたりすることもあるようです。

カウンセリング

解離性障害では、薬物療法よりも、カウンセリングや心理療法が大きな役割を果たすそうです。

解離性障害を理解し、丁寧に耳を傾けてくれるカウンセラーと信頼関係を築くことが治療には大切だといいます。

カウンセリングは、解離性障害の人が見失っている信頼関係や安心できる居場所をもたらすことで、「孤立の解消」に役立ちます。また、過去の体験などを吐き出して、あいまいな世界を整理してけじめをつける「区切ること」にも寄与します。

ただし「治してもらおう」という意識では回復せず、本人の「治ろう」という意志が不可欠であり、長期間カウンセリングや精神療法にな通い続ける必要があるかもしれません。

また、一部のケースでは、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)などのトラウマ治療が必要かもしれません。

【クロ現まとめ】トラウマからの解放 ~うつ病・身体の痛みの知られざる原因~ | いつも空が見えるから

薬物療法

緊張状態にある場合には薬物療法も有効だそうです。

しかし統合失調症などの場合と異なり、少量、短期間の処方が大切なので注意が必要です。解離について詳しくない医師にかかると薬漬けになって悪化することもあるかもしれません。睡眠薬も長期間使用すると症状が悪化することがあるそうです。

精神科の薬は、量を増やせばよく効くわけではなく、少量処方と大量処方では異なる効果が出る、という点については解離の薬物療法についても書かれている 発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方という本を参考にしてください。

入院治療

自分の居場所がないと感じている人の場合は、入院して安心すると症状が安定することがあります。しかし入院して息苦しさを感じる人は悪化するのでケースバイケースです。

時間経過

解離性障害の多くは、時間が経つと快方に向かうそうです。患者の多くは比較的若い女性で20代半ばがピークだといいます。時経つうちに、次第に症状が落ち着いてくるので、決して治らない病気ではありません。

▼解離性障害と愛着障害

子どものころのストレスやトラウマが関係している場合には、他の人と安定した愛着が結べないために安心できる居場所を作れないのかもしれません。その場合には愛着障害の観点からの治療がせ必要かもしれません。

長引く病気の陰にある「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」 | いつも空が見えるから
▼解離性障害の他の症状

この記事とも関連する点ですが、解離性障害の他の症状の解説や対応についてはこちらをご覧ください。

他人が怖い,信頼できない,人といると疲れるなどの理由―解離と対人過敏 | いつも空が見えるから
空気を読みすぎて疲れ果てる人たち「過剰同調性」とは何か | いつも空が見えるから

現実感のある世界を取り戻す

このように、「現実感がない」という訴えを中核とする離人症は、さまざまな原因が関係している複雑なものです。

特に解離が関係している場合には、薬物療法だけで治るようなものではなく、長期間にわたる心の整理や、安心できる信頼関係の構築など、いろいろな対応が求められます。

とはいえ、現実感を取り戻し、地に足をつけた生活を再び送るのは、確かに可能です。

現実感のない虚構の世界は、まるで手探りで進むしかない霧の立ち込めた森のようなところかもしれません。しかし歩き続けるなら、いつか霧が晴れて、出口へとつながる道が見えてくるのです。

どんな悪夢でも、醒めない夢はありません。たとえ目が覚めたまま夢の世界に迷い込んだのだとしても、やはりいつかは必ず夢から覚めるものです。

離人症や解離性障害のメカニズムや治療法、経験談について、さらに知りたい方には、今回のエントリで紹介した柴山雅俊先生の本をお勧めします。


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