こうした症状は「解離性障害」として知られています。有名な記憶喪失(解離性健忘)や、多重人格(解離性同一性障害)も、この「解離性障害」と呼ばれる病気の一つです。
解離性障害はしばしば子ども虐待や性犯罪のようなおぞましい事件の被害者が発症する極めて異常な病気だと説明されることがあります。確かに悲惨なトラウマ経験の結果、解離性障害になる人もいます。
しかし、実際には、解離性障害の原因はもっとさまざまであり、目立ったトラウマ体験がない、ごく普通と思える家庭の子どもが発症することもあります。またADHDやアスペルガー症候群といった発達障害が関係していることもあります。
さらに、意外に思えるかもしれませんが、解離性障害は決して異常な病気ではなく、たとえさまざまな解離症状があっても、病気とはみなされず、ごく普通に暮らしている場合もあります。
頻繁な離人感や、空想の友だち現象、さらには複数の人格が自分のうちに存在するという強い解離症状があっても、それをうまくコントロールして社会に適応している「マイノリティ」な人たちもいるのです。
この記事ではこころのりんしょうa・la・carte 第28巻2号〈特集〉解離性障害という本やその他の資料から、解離性障害の原因や実態をもっとよく知るのに役立つ10のポイントをまとめてみました。
これはどんな本?
今回おもに参考にしたこころのりんしょうa・la・carte 第28巻2号〈特集〉解離性障害は、解離性障害の専門家たちが、解離をさまざまな観点から網羅的に説明した共著です。
第一部は、「解離性障害Q&A」と題して、総勢30人以上もの専門家が、解離性障害をめぐるよくある50の疑問に、1問につき1ページずつ割いて詳しく答えています。
第二部は、有名な医師たちによる座談会からはじまり、専門的な論文が幾つか掲載されています。
基本的には一般向けではなく専門家の本ですが、特に「解離性障害Q&A」の部分は少し知識のある人なら、役立つ情報が多いのではないかと思います。
解離性障害について知っておきたい10の特徴
これから解離性障害の原因や実態を理解するのに役立つ10の話題を考えますが、もちろん、解離性障害の原因は人それぞれです。
複数の要因が複雑に絡み合っていることもしばしばですし、途中でも触れますが、素人判断による診断や治療はたいへん危険です。
このブログを含め、ネット上の情報は、あくまで参考程度にとどめて、治療においては専門家の指導を仰ぐようになさってください。
1.虐待ばかりが原因とは限らない
解離性障害や解離性同一性障害(DID)というと、とかく身体的・性的虐待を受けた子どもが発症するなどの凄惨なイメージがつきまといます。
確かにそうした残酷な子ども時代を過ごしたために解離性障害を発症する人は少なくありません。
しかし、柴山雅俊先生は、虐待より目立たない慢性的なストレスが解離性障害につながるケースがあることを語っています。
私自身は、家族の内や外における居場所のなさがもう少し焦点を当てられてもいいようにに思う。
両親の不和、家族成員間の対立、葛藤のため、つねに自分がその緩衝役を強いられ、いわば身代り、犠牲者としての役割を強いられてきた症例。
転校を繰り返し、そのためイジメの対象となった症例。
多くの症例が「安心していられる居場所」をこの世に得ることができずに、過度の緊張を強いられていたと訴える。(p112)
柴山先生が重視するのは、虐待などの壮絶な体験よりも、むしろ「安心していられる居場所」の欠如です。
虐待などの深刻な外傷を受けた場合でも、解離性障害の引き金となるのは、虐待そのものではなく、その苦痛を一人で抱え込まなくてはならない状況です。
深刻な虐待を受けても、愛情深い家族や友人が支え、安心できる居場所となって保護し包み込んでくれるなら、徐々にであれ傷を癒やすことができ、解離性障害のような深刻な問題を発症せずにすむかもしれません。
一方で、外からは、それほど悪くは見えない家庭で育ったとしても、両親の不和や家庭内の緊張などのせいで「安心していられる居場所」がどこにもなく、常に板挟みになって自分を犠牲にしてきたような子どもは、深刻な解離性障害を発症するかもしれません。
解離性障害とは、子どものころに、ひとりではとても抱えきれないようなストレスを抱え、まわりのだれも、家族や友人も助けになってくれないような状況で、たったひとりで生き延びなければならなかったときに生じる防衛反応なのです。
2.本当に女性に多いのか
一般に、解離性障害は、女性のほうが男性より何倍も発症しやすいと言われています。たとえば、アメリカやヨーロッパでは患者の8割以上が女性で、アラブやインドでも6割が女性だったという報告があるそうです。(p26)
日本の柴山先生の統計でも、53人中44人、つまり83%が女性でした。(p139)
解離性障害の患者の圧倒的多数が女性であるのはなぜでしょうか。以下のようなさまざまな説があります。
性的虐待などの被害のターゲットになりやすいのは女性です。また女性は社会的に抑圧され、感情を表現する機会が与えられないことが多いと考えられます。(p26)
■脳の構造の違い
男女の脳の構造の違いやホルモンバランスの違いが関係している可能性もあります。
■養育者と同性である
近年、解離性障害の原因として、幼少期の養育からくる愛着障害が注目されています。もしかすると、乳幼児の養育が一般に母親によって行われているため、同性である女児が影響を受けやすいのかもしれません(p104)
■症状の性差
解離性障害は男性と女性で症状の出方が異なり、男性患者が見過ごされている可能性があります。
このうち、ここで注目したいのは最後の症状の性差です。
パトナムやクラフトといった解離性障害の専門家たちは、女性のDIDと男性のDIDを比較したところ、女性は攻撃性を自分に向けるのに対し、男性は外に向けるのではないかと述べているそうです。(p89)
この本でもちらっと触れられていますが、日本でも2007年、相撲取りの横綱朝青龍が暴行事件を起こしたときに、当初、解離性障害との診断名が発表されたのを覚えている人もいるかもしれません。(p17)
朝青龍が本当に解離性障害だったのかどうかは定かではありませんが、実際に男性の解離性障害や解離性同一性障害(DID)の患者の一部は、暴力犯罪などに関わってしまい、病院ではなく、少年院や刑務所にいるのかもしれないと言われています。
男性多重人格者の73%、女性患者の27%に殺人を含む暴力犯罪を認めたという報告もある。(p89)
概して解離性障害は若年女性に多いとする報告が多いが、一方で、Putnamは、男性の解離性障害の患者の多くは、精神保健サービスにかかることなく、非行や触法行為のため警察や刑務所などで扱われているのではないかという指摘をしている。(p139)
近年、脳のさまざまな疾患において、症状の現れ方に性差(ジェンダー・ディファレンス)があることが注目されています。
もちろん、解離性障害の男性が、すべて攻撃的だったり犯罪に関わったりするわけではありませんが、全体の傾向としての症状の違いはあるのかもしれません。
3.大人になってから発症すると症状が違う
解離性障害の患者は、一般に子どものころから、強い解離傾向を持っていると言われています。
外傷体験やストレスによって解離性障害を発症する前から、強い空想傾向を持っていたり、交代人格や空想の友人による幻聴など、独特な体験を有していたりすることがあります。
そのため、解離性障害は、子どものころからの素地がある場合と、大人になってから初めて外傷体験に遭遇した場合とでは、症状の現れ方が異なるそうです。
岡野憲一郎先生はこう述べていました。
成人になってから初めて深刻な外傷体験を負った際にみられる解離症状は、やや異なった現れ方をします。
それらは一過性に現れ、また限定された内容が繰り返される傾向にあります。
…明確な人格の形成にまで至るような多彩で創造性に富んだ内容は備えていません。(p40)
もともと解離傾向があったわけではなく、成人になってから初めて深刻なトラウマを経験した場合は、PTSDなどの激しいフラッシュバックや身体症状として現れ、はっきりした人格交代などの解離症状は少ないそうです。
それで、DIDのような解離性障害は、あくまで子どものころから強い解離傾向という素因を持っていて、しかも幼少期に強いストレスを経験した人にみられるものだとされています。
DIDはあくまでも本来高い解離傾向をその素地として持っている人が、幼少時の外傷やストレスをきっかけとして発展させるものと考えられます。
ちょうど言語の獲得には臨界期があるように、解離の能力や病理の発現にも一定の年齢の制限が存在するようです。(p40)
以前に読んだ本では、別人格が誕生するのは、幼少期のころに限られている、という説明もありました。
思春期以降にはじめて交代人格の存在が明らかになる場合でも、交代人格は実際には幼いころに生まれて深く潜行していて、成長したあとに初めて自覚されたにすぎないとも言われています。
なぜ大人になってからトラウマ体験に遭遇した場合には、解離性障害というよりもPTSDのような症状に発展しやすいのでしょうか。
この本の中で、国立精神・神経センターの金吉晴先生は、外傷体験を受けたとき、完全に解離することで対処した場合は解離性障害になるのに対し、不完全な解離が起きた場合にPTSDになるのではないか、という考察を述べています。
トラウマ体験の最中、不完全な解離が生じると、部分的に意識があり、逃げたい、抵抗したいのに身体が動かなくなり、大きな恐怖や恥辱感が残ります。
そうすると、その恐怖体験がPTSDになり、激しいフラッシュバックなどにつながるのではないかとされています。(p119)
生来の強い解離傾向がない人でも、恐ろしい状況に直面すると生物的メカニズムとして解離が生じますが、その効果が不十分なためにPTSDのような別の症状へ発展してしまうのかもしれません。
4.ADHDと解離性障害の複雑な関係
解離性障害は、子どものころからの解離しやすさや、幼少期のストレス体験のみならず、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)といった脳の発達障害とも深い関連があるようです。
犯罪者や非行少年の原因を説明した有名な説にDBD(破壊行動障害)マーチというものがあります。
ADHDの子どもは手がかかるために、そして親もまたADHDの衝動性を持っていることが多いために、不適切な養育や不適応を生じやすく、結果として慢性的な解離が生じ、非行や反社会的行動へと発展していく場合があると言われています。(p92)
話をややこしくしているのは、ADHDによる不注意などの症状と、虐待などの結果生じる解離による症状(後で説明する愛着障害)はとてもよく似ていて見分けにくいことです。
かつ解離により適切な注意集中ができなかったり、一度得た情報が状態の切り替えによって健忘されたりすれば注意欠陥と判断され、まさにADHDの症状と見分けがつかない。(p102)
つまりADHDのせいで虐待されて解離症状が生じる場合もあれば、虐待されて解離症状が生じた結果ADHDのようになる場合もあるということです。
子どものPTSD 診断と治療にはこのように書かれていました。
ADHDとトラウマ障害の近似点は、脳科学的な研究からもうかがえる。
HartやTomodaの研究では、被虐待児における脳容量や活動異常の部位が、ADHDで報告されている部位とほぼ同領域であることを報告している。
…心ここにあらずで注意が散漫な不注意優勢のADDと思われていた症状は、トラウマ障害の解離であるかもしれない。(p117)
このように、ADHDと解離症状は非常によく似ていますが、ADHDの場合はもともとの脳の傾向であるのに対し、トラウマによる解離症状は後天的に身につけた防衛反応であり、治療の方法も異なるとされています。
とはいえ、すでに述べたDBDマーチのように、もともとADHDの素因を持っている子どもが不適切な養育を受けて解離性障害になる場合も少なくなく、場合によっては、ADHDと解離は区別できないほど複雑に絡み合っているといえます。
5.アスペルガー症候群は原因がなくても解離しやすい
解離性障害は、虐待などのトラウマ体験によって発症することが多いとされていますが、特に目立った原因がない場合、高機能広汎性発達障害やアスペルガー症候群などの自閉スペクトラム症(ASD)が関係している可能性もあります。
一般的に、解離性障害は虐待の既往との深い関連があるものと理解されていますが、高機能広汎性発達障害における解離性障害の場合、必ずしもそうではなく、ここに独自の特徴が反映されているものと考えられます。(p21)
自閉スペクトラム症(ASD)では、虐待などのトラウマ経験がなくても解離性障害を発症するという独自の特徴があり、それにはASD特有の解離しやすさが関係しているようです。
ASDと解離の関係性の一つは、ファンタジーへの没頭しやすさです。
高度なファンタジー世界への没頭は解離状態との識別が困難な自己意識の不連続を引き起こすため、もともとファンタジーに没頭しやすい高機能広汎性発達障害の場合は、解離へと滑りやすい基盤を持っているというものです。(p21)
ASDの人は、自分の世界に深く没頭しやすいという、解離性障害になりやすい子どもの空想傾向と似た特徴を持っています。
またそもそもASDの人は自ら進んで解離を用いることで、日常生活で生じる苦痛に対処している可能性もあります。
更に、高機能広汎性発達障害においては、むしろこのような意識状態の変容自体が、脅威的な外界の中で適応をするための発達の過程とみる必要性があるのではないかと杉山らは指摘しています。(p21)
ASDの人は、もともと解離しやすい脳の傾向を持つだけでなく、 強い孤独感や疎外感、感覚過敏などによる苦痛を経験しやすいので、目立ったトラウマ体験がなくても、知らず知らずのうちに解離によって感覚を麻痺させて対処しているのかもしれません。
6.混乱型の愛着パターンは解離性障害になりやすい
ADHDや自閉スペクトラム症は、生まれつきの脳の傾向からくる発達障害ですが、近年、幼少期の養育環境が関係する愛着障害(アタッチメント障害)もまた解離性障害のリスクになるとして注目されています。
パトナムも最近では、従来思われていたよりも、愛着の障害によりDIDが引き起こされると指摘しています。(p48)
子どもの愛着パターンは、幼少時の親との関係から、一般に4つに分類されます。
A型(回避型)…親の関心が不足している家庭の子どもに多い
B型(安定型)…安定した家庭の子どもに多い
C型(抵抗・両価型)…親が過干渉する家庭の子どもに多い
D型(混乱型)…虐待や精神的に不安定な家庭の子どもに多い
このうち、特に解離性障害になりすいのはD型(混乱型)だと言われています。
1991年にはBarach,P.M.M.がはじめて解離性同一性障害とD-アタッチメントの関連を示唆し、2003年にLyons-Ruth,K.によって、D-アタッチメント・タイプの幼児はのちに解離性障害になるリスクが高いと指摘された。(p78)
D型の子どもは、本来安心させてくれるはずの親の行動が予測不能な環境で育ったため、他人に対する強い恐れがあり、他人を信頼することも拒絶することもできない混乱した振る舞いを見せます。
D型のアタッチメントパターンとは近接と回避という本来ならば両立しない行動が同時的に、また継時的にみられたり、また、フリーズしたり、初めて出会う人にむしろ親しげな態度をとることなどが特徴である。(p98)
愛着崩壊 子どもを愛せない大人たち (角川選書)によると、ADHDのリスク遺伝子を持つ子どもはD型アタッチメントにもなりやすいと言われていて、環境要因だけでなく、遺伝的要因も関係しているようです。
ADHDの子どもを持つ親は、自分自身もADHDのことが多く、無秩序な子育てをする場合があり、ADHDの子どもは脳の過覚醒のためそれに過敏に反応するので、D型アタッチメントが生じやすいのかもしれません。
こうした事情もあって、ADHDと解離性障害は密接に関連しているのかもしれません。
ただし、近年の研究では、病的な解離の背景に明確な遺伝的な要因は見つからなかったとされています。(p27,83)
つまり、発達障害などとの関連性は考えられるものの、やはり病的な解離性障害の最も大きな原因は、「安心できる居場所」の欠如といった環境のほうにあるといえます。
発達障害の子どもは、その一般的でない特性ゆえに、そのような望ましくない環境に遭遇しやすいので、結果的に解離につながる場合があるということでしょう。
7.強い解離現象があっても「障害」とは限らない
ここまでのところで、虐待以外のさまざまな要因が解離性障害の発症と関係していることを考えました。
それは裏を返せば、深刻なトラウマを経験していなくても、日常生活でさまざまな解離現象を経験し、それとうまく付き合っている人もいるということです。
解離症状が強いからといって、必ずしも、解離性障害という「障害」として、治療の対象になるわけではありません。
空想や白昼夢は内容によっては、解離性障害や解離と関連がある一方で、内容によっては、適応促進的に働く機能とみなされている、というのが現状といえます。
要するに、空想にふけることや白昼夢をみることは、解離という現象の一種ということはできますが、それのみで解離性障害とはなりません。(p16)
解離性障害になりやすい子どもにみられる強い空想傾向や、自閉スペクトラム症の子どものファンタジーへの没頭などは、解離症状の一種ではあるものの、日常に支障をきたしていない限りは治療を必要とするものではありません。
たとえ交代人格のような極度の解離症状がみられる場合でも、「障害」とみなすか否かは、生活に大きな支障が及んでいるかどうかに左右されます。
極端な例をあげれば、たとえば交代人格をもっていたとしても、その人の社会的、内的な生活の調和がとれていて、ある程度安定した生活が営めるのであれば、通常ではない(そのような体験化の様式がマイノリティである)という理由だけでそれを障害と見なすことはできないでしょう。(p9)
解離という現象自体は病的なものではなく、多かれ少なかれ、すべての人の脳に備わっている防衛機制の一つです。
たまたま解離が強く働く脳を持っていて、独特な現象が生じるとしても、それらとうまく付き合って日常生活を送れるのであれば、治療の対象にはなりません。
解離性障害や解離性同一性障害(DID)を病気として治療する場合でも、目標とするのは解離症状のコントロールであって、治療が成功した場合でも解離しやすさそのものは残るといわれています。
8.正常な解離としての空想の友だち現象
解離性同一性障害(DID)の交代人格と類似しているために、解離性障害に関係する書籍の多くで取り上げられている現象の一つに、空想の友だち現象(イマジナリーコンパニオン:IC)というものがあります。
イマジナリーコンパニオンは、目に見えない空想の友だちがありありとした存在感をもって感じられ、一緒に遊んだり会話したりすることもできる不思議な現象です。
この本でも、幾つかの箇所で、解離症状とイマジナリーコンパニオンの関連性について説明されています。子どもの解離性障害に詳しい白川美也子先生はこう書いていました。
想像上の友人現象(imaginary companionship)は、正常児の20%から60%にみられるが、解離性障害の子どもには42-84%と多い。
正常児のもつ想像上の友人は、2歳から4歳までに現れ、通常8歳くらいまでに消失する。
養護施設の子どもたちの想像上の友人は(1)支援者、(2)パワフルな保護者、(3)家族成因などの役割をもっていることがあり、さらに被虐待の子どものそれは、「神」、「悪魔」などの名前をもっていることがある。
このように、子どもの示す解離現象には、想像機能が非常に大きな役割を果たしている。(p97)
この説明からわかるように、イマジナリーコンパニオンは、幼少期の子どもの一部にみられる、ごく正常な解離現象です。
しかし解離傾向が強い解離性障害の子どもには、より頻繁にイマジナリーコンパニオンがみられます。
普通の子どものイマジナリーコンパニオンは単なる遊び相手にすぎないことが多いようですが、複雑な環境で育った子どもの場合は支援者や保護者、家族といった役割を持ち、さらに虐待児の場合は超越的存在のイメージを持っていることがあるとされています。
イマジナリーコンパニオンは、DIDの交代人格と似ているように思えますが、交代人格とは違い、一般的に、明らかな引き金がなくても現れ、記憶の分断がなく、人格交代して意識を乗っ取ることはないと言われています。(p240)
そしてたいていの場合、成長とともに消えてしまいます。
イマジナリーコンパニオンのうち、特に青年期以降も残るようなものは、病的ではないかと疑われることもありますが、先ほども考えた通り、強い解離症状があるとしても、それ自体は必ずしも障害ではありません。
空想上の友達との内的対話、ある場面で極端に「人が変わる」こと、頻繁な離人感や既視感(デジャヴュ)、都合が悪いことは急に「聞こえなくなる」ことなどは、上述の例ほど適応性は明確でないかもしれませんが必ずしも不適応的、病的とも言えません。
極端に苦痛に満ちた境遇にある人地にとっては、空想にのめり込むことがむしろ適応的かもしれませんし、環境に適応するために著しい健忘や麻痺を伴う体験化の傾向を発達させたのかもしれないという視点は重要です。(p9)
解離症状の背景には、確かに解離しやすい素地や、ストレス環境があるのかもしれません。しかし、環境に適応するために役立っている場合は、病気ではありません。
確かに一般的とはいえず、社会的にみると「マイノリティ」ではあるでしょう。しかし少数派であることは、決して「障害」ではありません。
ちなみに、解離性障害の研究の祖ともいえるラルフ・アリソンの本「私」が、私でない人たち―「多重人格」専門医の診察室からによると、多重人格者にみられる人格のうち、イマジナリープレイメイトは「想像人格」と呼ばれ、交代人格とは区別されています。
交代人格が自己の分離による「断片」なのに対し、想像人格は、想像力によって作り出される「膨張」であり、たいていは善良で友好的だと説明されています。(p254,付録の解説p10)
9.治療には専門家の見極めが必要
解離性障害は、さまざまな原因が複雑に絡みあい、多彩な症状をみせる複雑な病気です。
そのため、このブログの情報も含め、ネット上の知識などで素人診断を下したり、見よう見まねで治療を試みたりするのは危険です。
まず、一見解離性障害のように思えても実は他の病気であったり、その逆に別の病気と診断されていても実は解離性障害としての治療が必要だったりする場合があります。
この本にはたとえば、統合失調症との違い(p18,24,48)や、境界性パーソナリティ障害との違い(p20,23,48)が書かれていました。これらの病気との違いはこのブログでも過去に扱いました。
また他の病気と同様に、自助グループや家族会、ネット上のコミュニティなどが助けになる場合もありますが、解離性障害の特有の不安定さのため、よりストレスを抱え込んだり、再外傷体験につながったりするなど、安全性の危うさが指摘されています。(p49)
さらに、医師選びにおいても慎重さが求められます。たとえば一般にトラウマ処理に用いられる治療法であるEMDRでは、解離の専門家が慎重に行わないと、健忘障壁が一気に低くなることで封印されていた記憶が拡散するなどの危険もあるそうです。(p42,43)
治療を進めることで、隠れていた人格が目覚め、一時的に悪化したように見えることもしばしばで、治療には専門家による安全のサポートが必要です。(p45,47)
解離性障害は、自分の手には負えず、触れることさえ危険な記憶を隔離している防衛反応ともいえるので、いわば危険物の取り扱いに熟達した信頼できる専門家を探して受診し、信頼関係を深めた万全の体制で治療を始めることが大切です。
10.治療の目標は解離症状のコントロール
解離性障害の専門家のもとで、万全の体制で治療を始めたなら、すでに書いた通り、目ざすべきゴールは、解離傾向そのものを治療することではなく、解離傾向をコントロールして安定化させることです。
人格が複数に分かれているような解離性同一性障害(DID)の場合でも、必ずしも人格を統合し、ひとつにする必要があるわけではありません。
解離性同一性障害は、1人の心の中に2つ以上の異なる人格が存在している状態です。かつてはそのこと自体が病的とされ、1つの人格に統合するということが最終的な治療の目標になると、当然のように考えられてきました。
そのため、好ましくない人格を消したり、似たような人格を融合させていくような方法がとられたこともありましたが、そういった治療は必ずしもいい結果を生みませんでした。(p33)
交代人格は、それぞれ必要があって生まれたものなので、無理に統合すると、かえってストレスにもろくなる危険が生じるかもしれません。
あるDIDの患者は、症状が回復するとともに、状況に応じてどの人格を表に出すかコントロールできるようになり、困ったときに別の人格がアドバイスしてくれるようになったといいます。
自分の意志に反して解離しそうになったときは、地に素足をつけるグラウンディングなどの技法によって解離を抑制するスキルも身につけました(p28)
何度も考えてきたとおり、解離性障害になる人の解離傾向は幼いころからのものですし、解離症状があっても、日常生活に大きな支障がないなら「障害」ではありません。
解離性障害の人が持つ強い解離傾向は、こまやかな感受性や芸術的な才能として役立つことも多いそうです。
治療の目標は、強い解離傾向を消し去ることではなく、それをコントロールして、「障害」ではなく「個性」や「強み」に変えることだといえるでしょう。
解離性障害の理解を深めるために
今回紹介したこころのりんしょうa・la・carte 第28巻2号〈特集〉解離性障害は、専門的な本ではあるものの、比較的わかりやすく、気づきも多い一冊でした。
今までこれほど大勢の専門家が解離について語っている本を読んだことがなかったので、さまざまな専門家に意見に触れることができて、とても新鮮でした。
これから解離性障害について知りたい人には、とてもわかりやすく書かれた解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)やわかりやすい「解離性障害」入門のほうをお勧めしますが、解離についての本をすでに何冊か読んでいて、さらに詳しい点が気になる人はこの本を読んでみるといいかもしれません。
ひとつ個人的な意見をいうと、Q&Aの部分のイマジナリーコンパニオンについての説明(Q30,Q31)は疑問に感じる内容も多く、その点だけは他の専門家によるこれまで紹介してきた本のほうが参考になるように思いました。
解離性障害は、いまだ研究途上の病気であり、患者や家族も、いったい何が起こっているのか、どう対処すればよいのか、どの病院に行けばよいのか、といった悩みを抱えがちです。
そんなとき、多くの患者を診て回復へと導いてきた解離性障害の専門家による本を読んでみるなら、あたかも地図を参照するかのように、自分の居場所がわかり、向かうべき方向もおぼろげながら見えてくるものと思います。