広汎性発達障害や高次脳機能障害、慢性疲労症候群、脳脊髄液減少症、線維筋痛症、化学物質過敏症…。
これらは見た目には大変さがなかなか伝わらないのに、当人は、非常に苦痛の多い日常生活を送っていることの多い、理解されにくい病気や障害の一例です。
重い症状のために働くこともままならない、しかも通院でどんどんお金が減っていく。そして長年治療してもほとんど良くならない。そんな悪循環に追い込まれている人は少なくありません。
そのような状況で、少しでも生活を支えるために活用できる制度の中に、障害年金制度があります。
しかし手順が複雑だったり、医師や窓口の職員が制度を理解していなかったり、そもそも制度を知らなかったりして、本来は受給資格があるのに、支援を受けられず困窮してしまっている人が多くいるといいます。
今回読んだ障害年金というチャンス!という本は、この複雑で理解しにくい制度を専門とする社会保険労務士たちによる、わかりやすい解説本です。
ガンなどのメジャーな疾患から、冒頭に挙げた理解されにくい病気のケースも含めて、障害年金とはどんな制度で、だれが活用できるのか、どうやって申請するのか、といったことが詳しく書かれています。
この記事では、この本の感想として、障害年金制度を取り巻く問題点や、最近改正された点、社会保険労務士の役割などについて考えてみました。
これはどんな本?
この本は、脳脊髄液減少症の患者の障害年金受給に協力し、さまざまな難しいケースをこなしてきた社会保険労務士チームによる障害年金制度の解説本の第二弾です。
2014年に発刊された第一弾の誰も知らない最強の社会保障 障害年金というヒントのときも感想を書きましたが、その後、2015年から2016年にかけて障害年金制度の改正がなされ、前回の本に対する意見や質問も色々と届いたため、この第二弾が執筆されたそうです。
本の構成は、まず巻頭特集として、障害年金制度の仕組みや申請の方法が、カラーページのイラストやチャートで図解されているので、そこを読むだけでもかなり役立ちます。
本文は、複数の社労士が各章を担当して、成功事例だけでなく失敗事例も包み隠さず示しながら、制度の仕組みや問題点を様々な角度から明らかにしています。
特に第五章では、難しい病名ごとの解説もあり、脳脊髄液減少症、慢性疲労症候群、線維筋痛症、化学物質過敏症、広汎性発達障害などが扱われています。
障害年金制度の闇
この本で特に印象に残ったのは、障害年金制度の深い闇と、それに対処すべく試行錯誤する社労士たちの苦労話や創意工夫でした。
前回の本でも、障害年金制度がいかに理不尽かつ ややこしい制度であるかが切々と綴られていましたが、全体を通して、比較的明るく希望を持たせる論調だったと思います。
それに対し、今回の本は、よりはっきりと、より深刻に、障害年金制度の闇が克明に吐露されていて、まるで社労士の活動を追ったドキュメンタリーを読んでいるような気持ちになりました。
確かにたくさんの成功例は出ているのですが、その一方で壮絶なまでの闘病患者の苦痛や、力の限り奮闘したにもかかわらず、制度の闇にはばまれて、結局患者を救えなかった例などが、包み隠さず収録されています。
前回の本では、「結局、社労士の宣伝本ではないか」、という批判も寄せられていて、このブログでも少しそうした書き方をしました。この本にはその点についてこう書かれています。
私たちが認められるようになるには、凹んでいる暇なんてなく、努力していくしかないというのが現実です。
この本の存在も「結局、自分たちの宣伝か……」と言われてしまうかもしれませんがそれでいいのだと思います。(p79)
筆者たちは、確かにこの本は社労士たちの活動をアピールするものではあり、宣伝のように受け取られてもそれでも構わないといいます。
というのは、宣伝以前に、いかに国の障害年金制度が理不尽すぎるものであるか、そしてそれをかいくぐるために社会保険労務士たちがどんな働きをしているか、そのことさえ世の中に知られていないので、それを知ってほしいという願いが込められているようです。
たとえば…
■がんで余命3ヶ月と宣告されたのに、「初診日から1年6ヶ月経過しないと受給できない」との返事が来て受け取れない (p54)
■患者を診たこともない認定医が独断で受給資格を判断し、しかも認定医がだれなのかは決して明らかにされない。(p89)
■逆に認定医のほうは診断書を書いた医師の名前を見れるので主観が入る可能性は十分にある。(p91)
■そのおかげで、以前の調査によると各都道府県によって障害年金の不支給率に6倍もの格差があった。(p85)
■うつ病、統合失調症、双極性障害は精神病態なので支給の対象だが、強迫性障害、パニック障害、解離性障害などは神経症なので対象外とされている。 (p95)
■何の問題もなく学校に通っていた人は保険料を納めていたと判断されるのに、家計を助けるために働き、夜間学校に行っていた人は納付要件から外れて受給資格がないことも。(p112)
■重い病態なのに、障害年金を受け取れず自殺する人や、再審査などで時間がかかりすぎて死後になって受給資格が送られてきた人も (p104)
などなど…。
全部は到底ここに書ききれません。
熟練の社会保険労務士でさえ意味不明と思えるような事態に何度も遭遇し、時にはあらゆる手をつくして何とか受給に成功するものの、別の時には依頼者を救えなかった話など、壮絶さがかいま見えます。
難しいケースの成功事例ばかり挙げられていれば確かに宣伝のように受け取れますが、失敗も多数書かれているので、むしろ社会保険労務士の仕事のありのままの実態を知ってほしいという意気込みが感じられました。
新制度で変わったところ
今回の本が書かれた目的の中には、制度改訂で変更された点について、わかりやすく紹介する、というものもありました。
簡単にいうと、
障害年金の請求には初診日の証明が非常に重要で、初診日が証明できないために涙を飲む人も少なくなかったが、複数の第三者の証明が考慮されるようになった。ずっと年金を納付していたなら、申し立てのみで認められることも。
■精神・知的・発達障害の受給格差の調整(2016年夏から)
精神の診断書に「日常生活の判定と程度」が設けられ、能力を数値化することで、受給できるかどうか、何級になるかが客観的に示せるようになった。
といった部分が変更されたようです。書籍にはもっと詳しくわかりやすく図解されていて、具体例も挙げられているので、気になる人はぜひ読んでみてください。
この変更にともなって、以前、初診日が証明できず不支給だった人や、精神・知的・発達障害の受給率の地域格差に阻まれてしまった人に再チャンスが生じるとのことです。
発達障害や慢性疲労症候群で2級を受給するには?
この本の特徴は、障害年金の取得において難しいといわれる、このブログで扱っているような各種疾患の事例が載せられていることです。
その中には、脳脊髄液減少症(p180,192,211-217)、線維筋痛症(p191)、慢性疲労症候群(p193)、化学物質過敏症(p194)、高次脳機能障害(p195)、広汎性発達障害(p196)などが含まれています。
広汎性発達障害は、アスペルガー症候群、レット症候群、小児期崩壊性障害、特定不能の広汎性発達障害などを含むものです。
いずれも、診断書の書き方が特殊なので、社労士や医師にも経験や知識が必要とされるようです。単に個人で窓口の福祉担当職員に尋ねるだけだと、その病名では受給できないと追い返されることもあります。
特に脳脊髄液減少症は、筆者らの専門ということもあり、障害年金受給に立ちはだかる問題について具体的に書かれています。
たとえば、国が専門家や患者会の意見を聞かずに独断で作成した事例集がマニュアルとなっているため、個人で申請した場合、典型的な症状の場合以外は不支給とされることが多く、社労士たちが経験と分析で対応して何とか対処してきたことなどです。
またそれぞれの疾患について、障害基礎年金の受給ラインとなる2級の目安も記載されています。
詳しくは本書を見てほしいと思いますが、たとえば線維筋痛症はステージIII、慢性疲労症候群はPS8など、それぞれに応じた目安があるそうです。
広汎性発達障害の場合も、コミュニケーション障害などに加え、診断書に記載する二次的障害として抑うつや希死念慮があることや、日常生活能力の判定・程度の部分で、身の回りのことにも多くの援助が必要であることを示すなど色々と条件があるようです。
注意すべき点として、こうした点は、医師がどの程度、障害年金制度や患者の日常を理解して診断書作成しているかによって変わってきます。
たとえば、患者が本来一人でできるはずがないことを家族と暮らしているために「できる」と書いてしまったり、病院を受診できる比較的調子の良い日の患者しか見ていないので、診断書の症状を軽めに書いてしまうことがあります。(p38,88,190)
特に、ここに挙げられている脳脊髄液減少症、線維筋痛症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症、高次脳機能障害、発達障害などは、いずれも外見では症状がわかりにくく、医師でさえ、患者の日常生活の苦労をあまり把握していないことの多い病気です。
患者と医師の間で認識の違いがあり、それに気づかないまま診断書を作成してもらうと、症状が実際より軽く評価されてしまい、本来なら受給できるはずの人が弾かれてしまいます。
そのようなときに、事情をよく知っている社労士がパイプ役として医師と患者の認識の違いに気づき、症状の程度が正確に反映された診断書を作ることができれば、少しでも受給の理不尽さを減らすことができるとされています。
外見からは、障害がわかりにくく、年金事務所で支給できないと言われ、あきらめきれずに相談に来られて受給できた人もいます。
医療でもセカンドオピニオンというものがありますが、障害年金も一度無理だと決めつけられても、あきらめずに、他の窓口や専門家に相談してみてください。(p197)
と書かれていました。
社会保険労務士に相談・依頼すべきかどうか
もちろん、障害年金の受給申請をするとき、個人で調べてやってみることも可能です。労力が伴うものの、費用の節約と思って、社会保険労務士には頼まないことを選ぶ人もいます。
ある程度の成功報酬を求める社労士に相談・依頼する価値はどこにあるのでしょうか。この本を読んだ限りだと以下のようなメリットがあると感じられました。
障害年金の受給資格は非常に複雑なので、素人が自分に資格があるかどうか見極めるのは困難です。しかし無料相談などで経験ある社労士に事情を説明すれば、少なくとも見込みがあるかどうかはわかります。
先ほど挙げたように強迫性障害、パニック障害、解離性障害といった、本来受給資格がないような場合でも、診断書を工夫することで成功する例もあったり、逆に絶対受給資格があると思える場合でも、保険料の納付が足りないなど、意外な理由で受給不可だとわかる場合もあります。(p98,112)
■医師とのコミュニケーション
先ほども書いた点ですが、診断書を作成する医師と患者の間で症状の程度や日常生活の困り具合の認識に差がないかどうか、あらかじめチェックしてもらえます。(p38、88)
■初回だからこそ診断書のチェックが必要
初回の診断書の内容が適切でなく不支給になってしまうと、再度申請しようとしてもマイナスからのスタートになってしまうそうです。(p69、75)
■初診日証明の手助け
初診日証明の条件が緩和されたとはいえ、それでも証明が難しいことがあります。熟練した社労士の場合、当時の薬局のデータ照会や残された日記など様々な手がかりを駆使する経験を積んでいます。(p138)
■不服申立てや再審査のサポート
たいていの人は不支給の通知が来たときに落胆してあきらめてしまいますが、実際には不服申立てや再審査の手続きができるので、サポートしてもらえます。(p118)
などなど。
もちろん、社会保険労務士にもさまざまな腕の人がいるでしょうし、依頼人に親身になって寄り添う人もいれば、金利主義の人もいるかもしれません。そして、どんなに熟練の社労士でも失敗し、多くの時間と労力が水の泡になることもあります。
ですから、どんな場合でも、必ず社会保険労務士に相談・依頼するのがいい、とは言えませんが、患者仲間の口コミなどで、自分と同じ病気のケースを多数経験している信頼できる社労士を知っているのであれば、相談してみる価値はありそうです。
この本で、わたしが特に印象に残ったのは、10代で発症した全身性エリテマトーデスのために30年間、両親と妹しかつながりがなく、家と病院の往復だけで過ごしていたという、ある男性のエピソードです。
家族の協力でついに障害年金を受給できたとき、妹さんがこんなことを言ったそうです。
兄は病気になってから仕事もしていないので、自分の自由になるお金がなかったけど、障害年金が出るようになり、兄は初めて自分のお金を手にしたと思う。(p163)
ずっと病気で家族に養ってもらっているのと、少しでも自分の自由になるお金があるのとでは全然違います。
少しでもお金があれば、いつも世話してくれている家族にささやかに感謝のプレゼントを買うことだってできますし、病気の中でも自分のやってみたいことにチャレンジすることもできるでしょう。
実際この方は、障害年金受給をきっかけに自立訓練のサービスに参加できるようになり、社会との接点も生まれたそうです。
お金の話をすると、恥ずかしいとか、いやらしいとか、がめついとかみなす人がいます。この本についても様々な意見が寄せられるのは避けられないでしょう。
でも、この世の中で生きている限り、お金はどうしても必要なものであり、生活を支え、人間らしく生きるために最低限の収入は不可欠です。
障害年金の制度についても、本当に必要としている人が、後ろめたさや居心地の悪さを感じることなく、堂々とそれを受け取り、病気の中でも、心の余裕や与える喜びを手にして、自分の幅を広げていけると良いなと思いました。
今まさに障害年金を必要としている人がいれば、とりあえずこの本障害年金というチャンス!、あるいは金銭的余裕がないなら、図書館にもあるであろう前著誰も知らない最強の社会保障 障害年金というヒントを読んで、障害年金の制度について知ってほしいと感じました。