福島県立医科大学の橋本康弘副学長らの研究グループによって、髄液にのみ検出される特殊なタンパク質「脳型トランスフェリン」(脳型Tf)が、脳脊髄液減少症を高い精度で診断できるバイオマーカーになることが発見されたそうです。
【広報】 脳脊髄液減少症の診断マーカー開発に関する研究費を獲得│ 福島県立医科大学トピックス / 公立大学法人 福島県立医科大学
医療分野研究成果展開事業・先端計測分析技術・機器開発プログラム「脳脊髄液産生マーカーによる脳脊髄液漏出症の診断法の開発」(PDF)
画像検査以外の客観的診断法が必要
脳脊髄液減少症は、10万人に5人程度にみられる病気で、脳脊髄液が何らかの原因で漏れだしたり減少したりすることで、激しい起立性頭痛やめまい、疲労感や痛みなどの重い症状が現れて日常生活、社会生活が困難になる病気です。
事故などの外傷体験をきっかけに漏れ出す場合もあり、従来、むち打ち後の後遺症とされていたものの多くは脳脊髄液減少症だと考えられています。
30歳代から50歳代の患者が多く、原因不明の体調不調のため、心身症や単なる怠けとみなされている人も少なくないようです。
先日、治療法であるブラッドパッチが保険適用されたとのニュースがありましたが、画像検査で髄液の漏れを確認できる、いわゆる「脳脊髄液漏出症」のみに限られていて、それ以外の患者は、いまだ大きな負担を強いられているのが現状です。
この病気の治療にあたっている山王病院によると、「脳脊髄液漏出症は、脳脊髄液減少症症例全体の約30%」にすぎず、他の客観的な検査方法が緊急に必要とされていることがわかります。
MRIやCTを用いた画像検査だけでなく、放射性同位体元素を使って、髄液の漏れを調べるRI脳槽シンチグラフィーも行われていますが、診断精度面での問題が指摘されていました。
脳脊髄液の中のタンパク質「脳型Tf」で診断
今回の研究では、脳脊髄液を採取し、脳のみで作られる特殊な型を持ったタンパク質に「脳型Tf」 (トランスフェリン)に注目することで、脳脊髄液減少症を高い精度で判別できることがわかったといいます。
トランスフェリン(Tf)とは、血液中の鉄を運搬するタンパク質のことで、肝臓で作られる「血清型トランスフェリン」と、脳で作られる「脳型トランスフェリン」の二種類が存在しています。
このうち脳型トランスフェリンのほうは、中枢神経における髄液を作っている脈絡嚢という場所で作られていて、髄液にのみ検出されることから、「髄液産生マーカー」として活用できることがわかりました。
福島県立医科大学の生化学講座は、脳型トランスフェリンについて長年研究しているらしく、サイトに説明が載せられていましたので、詳しく知りたい方はご覧ください。
説明によると、髄液は「中枢神経系マーカーの宝庫」と考えられており、「アルツハイマー病」(AD)と区別しにくい髄液の代謝異常による認知症「特発性正常圧水頭症」(iNPH)の鑑別診断においても脳型Tfが役立つことが書かれています。
もしかすると、慢性疲労症候群のような、検査に異常が出にくい中枢神経系の病気のバイオマーカーも、髄液中から見つかる日がくるかもしれませんね。類似した症状がある場合、案外、髄液産生の異常も関係している可能性もありそうです。
研究発表には、脳脊髄液減少症は「頭痛、耳鳴り、悪心、倦怠感などの症状を呈する。これらの症状は、いわゆる“不定愁訴”であり、客観的に評価することが難しい」と書かれていますが、こうした研究が進めば、これまで“不定愁訴”と言われていたものが、れっきとした脳のトラブルだと客観的に診断できるようになるのかもしれません。
診断精度は感度・特異度ともに約80%
このような「髄液産生マーカー」マーカーである脳型Tfに着目して、脳脊髄液減少症の患者と、健常者の髄液中の脳型Tfを調べたところ、患者では、脳型Tf値が2.5倍に増加していたそうです。
診断精度は、感度・特異度ともにおよそ80%で、RI脳槽シンチグラフィーよりも高い精度が見られました。
特にRIシンチグラフィーは特異度(病気のない人を正常と判別できる割合)が54%と低く、脳脊髄液減少症でない人まで脳脊髄液減少症だと過剰診断してしまう傾向がありましたが、脳型Tfの検査では特異度は79%で、より正確だったそうです。
現状、脳型Tfの測定には2日かかるそうですが、今後は測定機器の開発に取り組み、早期診断や診断精度の向上を目指すとのことです。
なお、この研究は、、国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)の補助事業である、医療分野研究成果展開事業・先端計測分析技術・機器開発プログラムにも採択されたとのこと。
客観的で簡便な診断方法の確立は、病気の治療においても、福祉支援においてもとても大事ですから、ぜひ実用化してほしい研究ですね。