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没頭する幸せ―「フロー体験入門」の8つのポイント

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間を忘れて、何かに没頭していた。その間は、持病の痛みさえまったく気にならなかった。没頭して得た結果を考えると、大きな達成感を感じる。

こうした体験を研究者は、フロー体験と呼びます。これは特に新しいものではなく、運動選手は「ゾーンに入った」と表現しますし、神秘主義者は「エクスタシー」だと述べてきました。もしかするとアスペルガーやADHDの人が言う「過集中」も似たものかもしれません。

古代の書物をひもといても、達人がフロー状態になって美しい作品を作り上げるといった描写はいろいろ見られます。荘子が記した包丁の達人 丁は、「感覚や知覚は動きを止め、精神だけが自由に動きます」と述べました。(v)

こうしたフロー体験は、程度の差こそあれ、わたしたちも日常的に体験しているといいます。そして、その頻度を増やせば、より充実した生活が送れるようになります。そのためにはどうしたら良いでしょうか。

フロー体験入門―楽しみと創造の心理学という本を紹介したいと思います。

フロー体験とは

この本はフロー体験を発見して体系的な研究をはじめたミハイ・チクセントミハイによるものです。

フロー体験とは、ほかのことがどうでもよくなるほど、時間を忘れて何かに没頭することです。(p46)

特にスキルがちょうど処理できる程度のチャレンジを克服することに没頭している時に起こる傾向があります。(p42)

フロー体験の集中した幸福な状態は「心理的ネゲントロピー」と呼ばれ、逆に注意力散漫で無秩序な状態は「心理的エントロピー」と呼ばれます。(p31)

ピアノを演奏中のピアニストがフロー状態に入ると、心拍と呼吸がゆっくりに、より規則的になり、血圧が低くなり、笑顔を作る表情筋が活性化するそうです。フロー状態はとてもくつろいだ状態なのです。(ix)

完全に集中しており、時間の感覚はゆがみ、何時間もがたった一分にさえ感じられます。(p43)

こうしたフロー状態になる活動はひとりひとり異なります。しかしフロー体験を得やすい活動のタイプがあることはESMという実験により確かめられてきました。

ESM(経験抽出法)は、1970年代にシカゴ大学で開発されたもので、被験者に小冊子を携帯してもらい、無作為の感覚でポケットベルを鳴らし、その都度、何をしているか、どのくらい集中しているか、どのくらい幸せかなどを記録してもらうというものです。すると日記などより客観的で役立つデータが得られるそうです。(p21)

こうした研究から得られたフロー体験に関するデータについて、この本ではかなり詳しく多岐にわたる知見が書かれていますが、8つの点にしぼって、自分のフロー体験を見つける方法をまとめてみました。

フロー体験を見つける8つのポイント

1.自分を変えるのではない

本書には、どうすれば自分を変えられるかということよりも、自分の生活を変えるために何ができるかについて書かれている。(viii)

自分自身を変える近道は、自己啓発によって自分を変えることではないといいます。自己啓発を実践しようとする努力は失敗するからです。

しかし生活を変えて、打ち込めること、つまりフロー体験を見つけるなら、スキルを活用する機会が見つかり、チャレンジを繰り返すようになり、おのずと自分は変わっていくといいます。

2.注意力の投資が必要

フローを生み出すどの体験も、楽しめるようになる前に、最初に注意力の投資が必要である。(p94)

テレビに比べると、趣味は2.5倍、活動的なスポーツやゲームは3倍、高められた楽しみを感じやすく、フロー体験を得やすいそうです。

それなのに多くの人は、趣味やスポーツをする時間の4倍以上をテレビに費やすそうです。

これは、フロー体験を生む活動には努力がいるのに対し、テレビなどの受身的レジャーは楽だからです。

本当にフロー体験を得たいなら、ある程度の注意力の投資をして技術を磨かなければいけません。

3.テレビを消して本を読む

ドイツでの大規模な調査では…最も多くのフロー体験は、多くの本を読みほとんどテレビを見ない人によって報告された。

最も少ないフローを報告したのは、めったに本を読まず、よくテレビを見る人だった。(p96)

2番目の点と関連して、テレビよりも読書をたしなむほうがフロー体験を得やすいという研究があります。

フロー体験を得るには、受身的な活動ではなく、能動的・積極的な活動が必要なのです。

4.価値ある友情は大切

人々が報告する最もポジティブな体験は、ふつう、友人と一緒にいる経験である。(p114)

孤独であることと学問や芸術での成功はよく関連付けられがちですが、実際にはフロー体験には仲間の存在は大切です。

物理学者ジョン・アーチボルト・ホイーラーは「ものごとを人と一緒に考えないなら、ものごとの外にいるということです。いつも言っていますが、誰かと一緒にいなくては、誰も、何者にもなることはできないのです」と述べました。(p132)

ひとりになって考えをまとめる時間も大切ですが、フロー体験の達成感を支える要素の一つは、同じ価値観を持ち、互いに目標を尊重し合える仲間から得られるフィードバックなのです。

5.物質的豊かさは重要ではない

アメリカの平均収入が1960年代と1990年代とでは、実質的に倍以上にもなったにもかかわらず、大変幸福だと言う人々の割合は同じ30パーセントのままだった。(p28)

経済と人生に対する幸福感には、わずかな関係性しかありません。むしろ、より貧しいアイルランド人は、より豊かな日本人よりも幸福だと述べます。

たとえば、著者が会った、ある工場でやりがいのある仕事を見つけていたジョーという男性は、主要企業の多くのCEOや大物政治家たちより、価値のある人生を送っているように見えた、と書かれています。(p4)

6.病気や障害があってもフロー体験できる

彼らの中には、自分の身に起こった惨事を驚くほど受け入れ、障害のおかげでむしろ人生がよりよいものになったと言う人がいるのである。

こうした人々の特徴は、心理的エネルギーをかつてないような形で訓練することで、自身の限界を超えることを決意していたという点である。

彼らは、服を着る、自宅の周りを散歩する、車の運転をするといった最も単純なスキルからフローを引き出せるようになった。

…そのような環境で生き残る人々は、外的環境を選択的に無視し、彼らだけの現実である内的世界に自身の注意を向け直すことができる。(p184)

ミラノ大学のFausto Massiminiの研究によると、半身不随や悲劇に襲われた多くの人々にインタビューしたところ、予想に反して、悲惨な事故の後のほうが、事故以前より人生を楽しんでいることがわかったそうです。

逆に別の宝くじの当選者による研究では、宝くじを当てても幸福になっていないことがわかりました。つまり人生の質を決めるのは、その人に何が起こったかではなく、その人が何をなしたかなのです。(p219)

ここでもやはりフロー体験や幸福感は、受身的な体験ではなく、能動的な活動にかかっていることがわかります。

また、がん患者などのフロー体験のデータによると、フロー状態にある人は、その間痛みなどを我慢できます。スポーツ選手は試合中、痛みを忘れます。身体症状の多くは、週末や、勉強や仕事をしていないとき、つまりフローの外にいる時に多く報告されるそうです。(p64)

7.よかったことについて思い巡らす

ESM研究によれば、自分自身について考える時、気分はたいていネガティブである。

…この悪循環を打破する一つの方法は、よかったと感じる理由のある時や、人生が上昇の傾向にある時を振り返るように、内省の習慣を発展させることである。(p195)

自分についてよく考えることが大事だとよくいわれます。しかし内省の習慣は事態をさらに悪化させるそうです。過去の辛い記憶が現在をさらに辛いものにするのです。

反対に、その日にあったよかったことを探し、振り返るなら、うつ病や統合失調症といった精神疾患でさえ改善する効果があることが知られています。

うつ病の人も、統合失調症も、誰もが幸せな気分になれる脳トレ「3つの祝福」 : カラパイア

8.自分のフロー体験を見つけることは大切

ひとりひとり、フロー体験ができる活動は異なります。自分のフロー体験を見つけて、それを伸ばすことは大切です。こんなエピソードがありました。

患者の一人は慢性の統合失調症の女性で、10年以上も入院していた。…しかし二週間のESM研究を通して、彼女は完全にポジティブな気分を二度報告した。どちらの場合も、彼女は自分の爪の手入れをしていた。(p56)

この統合失調症の女性の場合、幸福を感じる活動は爪の手入れであることがわかりました。それで、プロのネイリストに職業訓練をしてもらったところ、気質が急激に変化し、社会復帰し、一人でやっていけるまでになりました。

どんな境遇にあっても、幸せを感じることは可能であり、自分のフロー体験を見つけたら、人生が変わることもあるのです。

わたしの場合―フロー体験と過集中

フロー体験についての調査によると、「時間を忘れて何かに没頭することがありますか」と尋ねると、20%ほどの人が、よく経験すると答えるそうです。反対に、15%の人は経験したことがないと言います。この数値は世界共通だそうです。(p46)

わたしの場合は、子どものときから過集中に陥りやすく、没頭することは頻繁にあります。そのせいか、達成感を感じて幸せになることは数え切れないほどあり、そのせいでやりすぎて体を壊してしまいました。

これがフロー体験なのかどうかは分かりません。前述のピアニストの例からすると、フロー状態にある人の体はリラックスしています。これは、日経 サイエンス 2013年 06月号に書かれていた、創造的な作業に没頭している人の脳内にアルファ波が増加しているというデータとも共通しています。アルファ波はリラックスした集中の脳波です。

それに対し、わたしの場合の過集中は、覚醒状態を強化するベータ波優勢の集中状態だと思います。同じように没頭しているようでも、フロー体験とは少し違うのではないか、という気がしています。

しかし、わたしは子どものときからテレビをほとんど見ないで、ゲームや読書など能動的な活動しか楽しめませんでした。今でも、テレビを見るというのは、とても耐え難いことです。そのような人がフロー体験を得やすいと説明されていたことを考えると、わたしの過集中もまたフロー体験の一種かもしれないと思えてきます。

そうであれば、過集中に陥りやすい、ADHDやアスペルガーの人は、フロー状態に近い位置にいるのでしょうか。またADHDとアスペルガーの過集中はそれぞれ違うと言われていますが、(そしてわたし個人の理解によればアスペルガーの過集中こそフローである気がするのですが)、フロー体験とは単一のものなのでしょうか。

まだこの分野については調べ始めたばかりなので、すっきりとした理解はありません。

しかし、ひとつのことは確かです。フロー状態を経験できる人はそうでない人に比べて達成感を味わいやすく、達成感は幸福感と 密接に関係しているということです。

フロー体験はときに、病気や過酷な環境という悲劇を乗り越える助けにもなります。

自分自身の打ち込めるものを探し、仲間などの環境を整え、ついに自分にとってのフロー体験を見つけることは生きていく上でとても大切なことと言えるでしょう。

さらにフロー体験について知りたいという方は、ぜひチクセントミハイのフロー体験に関する本の数々に触れてみてください。


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