昨晩のNHKクローズアップ現代「少年犯罪の背景に何が “愛着障害”と子供たち」は、このブログでも何度も取り上げてきた、愛着障害に関する特集でした。さまざまな関連記事を紹介しながら、内容をまとめたいと思います。
一昨年、広島県呉市で、10代-20代の少年少女7人が、仲間の16歳の少女を暴行し、死亡させる残虐な事件がありました。その要因として指摘されているのが愛着障害という精神疾患だといいます。
愛着とは、医学的には、親と子の間の深い信頼関係のことを言います。子どもにとって初めての人との関わりであり、自分を無条件に守ってくれる、自分が大切な存在であることを認識できる大切な関係です。しかし虐待や育児放棄で愛着を形成できないと、自分のことを大事に思えなかったり、ほかの人を思いやる想像力が育めなかったりするようになり、愛着障害という病的状態になります。
愛着障害が、脳の発達や心のブレーキにどのような影響を及ぼすのか、そうした子供たちをどうやって救えるのか、脳科学の観点から研究が進んでいる、という点が扱われています。
愛着障害の現場
「犯行動機に被告人の不遇な生育歴に由来する障害が影響している」
これは、先に述べた事件の裁判において、主犯格の少女が減刑された根拠を示す文言です。その少女は、幼少期に虐待を受け続けたことで、怒りをコントロールできなかったとして、精神鑑定で指摘された愛着障害の影響を認めたのです。
事件のあと、初めて少女と会った、主任弁護士の中田憲悟さんは、16歳とは思えぬ幼さと粗暴さを感じたといいます。少女は自分はこうなったのは母親のせいだと述べていました。16年間、親と暮らして、楽しかった思い出がなく、ずっと気を使って言うことを聞いていただけだと回想しています。
桝屋二郎医師(福島大学子どものメンタルヘルス支援事業推進室特任教授、精神科医)はこう述べています。
非行少年の中に虐待を受けている子が多いというのはいろんな調査で出てきています。間違いなく、虐待が非行と犯罪に関わる影響というのを見ていく視点は主流になりつつあり、大事にされつつあると思います。
事件を起こし、愛着障害のある子どもの多くは、医療少年院で更生プログラムを受けますが、基本的な対人関係からうまくいきません。
関東医療少年院の斎藤幸彦さんはこう述べています。
職員にベタベタと甘えてくる。逆にささいなことで牙をむいてきます。何が不満なのかわからないんですけど、すごいエネルギーで爆発してくる子がいます。どうしても、なかなか予測できない中で、教育していかなければいけないというのが、非常に難しいかなと思います。
また関東医療少年院の遠藤季哉医師はこう述べています。
愛着の問題は虐待と非常に関連がありますけど、これは虐待なのか、これは発達障害なのか、みたいに単純には割り切れない、いろんな要素が絡んで、本人の複雑な症状を作り出している、あるいは非行を作り出しているというようなことがある。
脳科学の視点からの解明
福井大学教授で、医師の友田明美さんは、愛着障害の子どもたちと、そうでない子どもたちとで、脳の機能に違いがないか調べています。
6年前には、激しい虐待によって、前頭皮質と呼ばれる部位の体積が減少する傾向があることを突き止めました。前頭皮質は感情や理性を司り、反社会的な行動を抑制する信号を発する場所です。
2年前からは、線条体という部分にも着目しています。線条体は、前頭皮質からの信号を受けて、行動を起こしたり、行動を抑制したりすることに直接関わる部位です。平均的な子どもは、刺激を与えると、線条体が大きく反応しますが、愛着障害の子どもでは、小さくしか反応しないことが多いそうです。
友田明美さんはこう述べます。
これがうまく働かないと、ふつうに良い行いをして褒めても響かない。悪い行いをしたときに、フリーズといいますか、行動を変えることを止めてしまう、そういうことがありうるんです。
それから、ささいな情報で逆ギレしてパニックを起こしてしまう。
友田明美さんは脳科学の知見を活かした新たな治療薬を模索しています。そのひとつはオキシトシンと呼ばれるホルモンです。スキンシップなどで安心感が得られたときに分泌されるホルモンで、人との信頼関係を調整する役割を果たすとして注目されています。
友田さんは二年ほど前から、オキシトシンを愛着障害の子どもたちに対して試験的に投与しています。オキシトシンは愛着障害によって反応がにぶくなった線条体に強く作用するため、効果が見込めるのではないかと考えたのです。
試行錯誤しながら、どういうタイミングで使うべきかとか、そういうことを今見極めている段階です。
こうした治療は心理的なアプローチと合わせることで意味をもつといいます。施設の職員や心理士、学校の職員などとチームを組んで、愛着障害の子どもに愛着が育つよう、アプローチを続けてきました。本来、幼いときに育まれる愛着の修復は、早ければ早いほど効果が高いと友田さんは考えています。
学校の先生や施設の先生、そしてわたしたちのような医療者と信頼関係を築き上げる、これが基本ですね。そして心の成長をみんなで見守ってあげる、見届けてあげる、そういう作業が必ず必要です。
冒頭に挙げた広島の少女も、70通を超える母親との手紙のやりとりで、愛着の再生を目指しているそうです。
専門家のコメント
児童精神科医で、岐阜大学准教授の高岡健さんはこうコメントしていました。
■愛着とは船と港
愛着というのはしばしば船と港に例えられます。港すなわち親や家族が安心できる安全な場所であると、船である子どもは外の海に向かって悠然と出かけて行くことができます。そして燃料が少なくなってくると、また安心な港に帰ることができます。
ところがもし港がうまく機能していないと、子どもは常に裏切られた経験を積み重ねていってしまった結果、自分をわかってくれる大人なんているわけがない、という気持ちに陥りがちです。これが褒められても喜ばないということです。
また一方で、非常に危険な目にあっていることが多いので、常に警戒信号を発信しています。客観的にいえば、小さい刺激であっても、過剰に反応してしまうことが多くなります。
■愛着を築くには?
愛着を築くには時間は関係ありません。むしろ、子どもの行動や気持ちに必ず答えているかどうか。これを応答性といいますが、答えてあげていることが大事です。無視してしまうと、いくら長い時間つきあっていても、それは意味がなくなってきます。あくまで目安ですが、3歳を過ぎると、港から外へ行く時間が長くなってきます。いくら引きとめようと思っても、2-3歳からは離れていくのが実情です。
■オキシトシンについて
まだ試験段階なので、有効なのか結論が出ていない。将来仮に、多少の効果があると仮定しても、そればかりで問題を解決するというのは間違っていると思います。あくまで、それぞれの人間関係を修復していくということに主眼が置かれるべきだと思います。
■サポートのあり方
港である親に対して一番大事なのは孤立させないこと。さまざまなつながりを親の周りに作っていって、親にゆとりをもってもらうのが大事です。船である子どもに関しては、自分の興味のあることを通じて、自信を回復していく中から、人間的なつながりを回復していくことが大切です。一方的に指示したり命令したりするのではなく、共同行動が大事。
自分のことを語りだす、なにか恥ずかしそうに語りだすのが、わたしたちが一番ほっとする瞬間です。そういうものがあると、自分を大切にすることができていたなと感じるわけです。
関連する情報
このブログでは過去に愛着障害や友田先生の研究について繰り返し取り上げてきましたが、各記事へのリンクを最後に紹介しておきます。
■虐待が脳の構造に及ぼす影響
この放送でも扱われた虐待が脳に及ぼす影響については、友田先生の著書「いやされない傷」の書評の中で紹介しています。
■愛着障害と発達障害の違い
愛着障害と発達障害はときに非常に見分けにくいといいます。
まず杉山登志郎先生の著書「子ども虐待という第四の発達障害」の中では、不注意優勢型ADHDとの鑑別点について書かれています。
また友田先生もADHDとの鑑別について、脳科学の視点から調べておられます。
■広く見られる愛着障害
愛着障害は程度の差こそあれ、もっと幅広い人に見られるのではないか、という意見があります。ちょうど自閉症がカナー型から、アスペルガーまで、さまざまな程度で見られるのと同様です。