ガン、糖尿病、うつ病、パーキンソン病、その他の難病の数々から骨折などの外傷まで……いつ身に降りかかるかもしれない、ありとあらゆる疾病・外傷のすべてを「障害年金」はフォローしています。
これらの状態が永続的に続いたり、長期にわたる場合には「障害年金」があなたを助けてくれるのです。
要件さえ満たせば、働いていても受けることができますし、過去にさかのぼって受給することだって可能です。(1-2)
この期待を抱かせる言葉から始まるのは、障害年金という社会保障について、専門の社会保険労務士が書いた誰も知らない最強の社会保障 障害年金というヒントという本です。
実際には、読んでいくと、「最強の社会保障」というより、とてもややこしく利用しにくい制度であることがわかって溜め息が出るのですが、脳脊髄液減少症や慢性疲労症候群、線維筋痛症、化学物質過敏症といった社会保障を受けにくい病気についても役立つ場合があります。
わたしも障害年金について気になっていたので、この本を読んでみることにしました。感想を書きたいと思います。
これはどんな本?
この本は仮認定NPO法人「脳脊髄液減少症患者・家族支援協会」の代表理事の中井宏さんと、それに関わる社労士チーム5人によって執筆された、障害年金についての本です。中井さん自身、脳脊髄液減少症の患者です。
章ごとに別々の執筆者が違う論題から障害年金を解説している構成になっています。
読む前は表や図の多い、難しい専門的な本かと思っていたのですが、意外に易しい言葉で書かれた新書のような文体の本でした。
障害年金という言葉を初めて聞いた人にもわかりやすいレベル、いわば「入門編」に終始していて、例えば、第2章「障害年金スピード理解」では
Q1障害年金はどんなときに受けられますか?
Q2どの程度の障害の状態だと受けられるの?
Q3初診日とは何ですか?
Q4障害認定日とは何ですか?
Q5障害認定日に症状が軽かったらもう受けられないの?
Q6保険料はいくら納付していればいいんですか?
Q7請求方法と必要書類を教えてください
Q8医師にいつの診断書を書いてもらえばいいですか?
Q9支給・不支給が決まったあとの流れを教えてください
Q10障害年金の額はいくら? ずっと受けられるの?「障害年金」受給までのフローチャート
といった項目が簡単なイラスト付きで扱われており、とてもわかりやすいと思いました。
反面、込み入った手続きの方法や、書類の記入の仕方、といった手順は事細かに記されているわけではなく、社労士がどのように手伝えるか、社労士がいないとどんなに大変か、ということの説明にページが書かれています。
あくまで、個人で請求する人のためのガイドではなく、障害年金について概要を知って、あとは専門の社労士チームに任せてほしい、という PR本だと思いました。
とはいえ、請求のために体力を使う余地がなく、知識も限られている難病の患者にとっては、それがベストな選択肢であるのも事実なので、読む価値は十分あると思います。
脳脊髄液減少症と障害年金
この本は、脳脊髄液減少症という、社会保障を受けるのが難しい、いわゆる「制度の谷間」にある病気について知っている専門家によって書かれたという点で特異です。
同じような位置づけにある慢性疲労症候群などにも言及されています。
しかし多くの事例が書かれているわけではなく、脳脊髄液減少症については著者を含め3例ほど、また慢性疲労症候群、化学物質過敏症、線維筋痛症は、病名だけの言及でした。(p96-99,130,142-157,165,169,175)
脳脊髄液減少症と障害年金の関わりについては、この本の執筆陣と深く関わる話題なので、それなりにページが割かれて説明されています。
載せられている事例のひとつ、C美さんの経験談では、遡及請求(過去にさかのぼって障害年金をもらうこと)をするために、脳脊髄液減少症ではなく、合併していたうつ病の病名を利用するといった柔軟な対応も書かれています。(p96-99)
実際、「脳脊髄液減少症」を国が認めるまで、社労士チームの方々は、髄液の漏れに伴う「うつ症状」に注目して、障害年金を請求する方策をとっていたそうです。(p150)
また、最近、国が脳脊髄液減少症や線維筋痛症の障害年金について特別の基準を設けましたが、そのせいでむしろ問題が増加していることにも触れられています。(p130,154)
謎と手間が多すぎる非合理的な障害年金制度
この「謎と手間が多すぎる非合理的な障害年金制度」という言葉は、本書のp130の副見出しなのですが、本書のタイトル「誰も知らない最強の社会保障」よりもずっと、障害年金という制度の内容を的確に言い表わしている気がします。
「最強の社会保障」というのは、本書の販売のために建前として付けられたタイトルなのでは、と勘ぐりたくなるくらい、障害年金の実態は混迷を極めています。
あの脳脊髄液減少症の提唱者、篠永正道先生が、障害年金の制度があまりに不平等で不合理なので、年金機構の担当者に直接クレームの電話をかけた、などというエピソードが出てくるくらいです。(p157)
本書を読むと、障害年金の受給には、さまざまな関門が横たわっていることがわかります。そもそも障害年金について知られていないということ、医師の無理解、書類集めの絶望的なまでの困難さ。挙げるときりがありません。
その中で、特に気になった点が二つありました。
初診日
一つ目は「初診日」の問題。障害年金を受給するには初診日を証明できなければなりません。この初診日というのはやっかいで、たとえ誤診された場合であっても、はじめてその病気でどこかの病院にかかった日のことをいいます。(p56)
たとえば、慢性疲労症候群の場合、なんだか不調を抱えるようになってしまい、近くの内科や精神科にかかった日のことです。
たとえ「何の異常もないですよ、ストレスのせいですね」などと言われただけでも、その日が初診日になり、それを証明する必要があるのです。
ところが、病院のカルテは医師法により、五年しか保存されないことになっています。病院が廃院になっていたり、診療科がなくなっていることもあります。どこにも証拠が残されていないと、「初診日が確認できないため不支給」になるケースが多いそうです。
発症からの期間が長いほど、過去の証拠を探すこの過程は難航してしまいます。そのため、どれだけしんどくて動く元気がなくても、できるだけ早い段階で障害年金の手続きを始めないと、取り返しの付かないことになってしまうのです。
本書にも残念ながら30年以上前の初診日を証明できず、障害年金をもらえなかった、てんかん発作の女性の例が出てきます。(p114)
医師の無理解
二つ目は「医師の無理解」。医師自身が障害年金について知らないどころか、「四肢不自由でないともらえない」「あなたは軽すぎる」「若いんだから働け」といった言葉を返し、障害年金の診断書を書いてくれないことがよくあるようです。(pp123-124)
また、力を振り絞って、身繕いをして、病院に診察にくるときの患者しか見ていないため、そして月に5分くらいしか患者を診ていないため、実際より病態を軽く見積もっていて、診断書を軽症に書いてしまうこともあるそうです。(p87)
社会保険労務士に頼むかどうか
こうした「初診日」「医師の無理解」は、特に厚い壁として患者の前に立ちはだかり、個人で障害年金の手続きを目指している場合、そこで終わってしまいます。
そのような場合、障害年金の請求を社労士に依頼するなら、初診日の証拠を探すために、専門知識を駆使して色々なところに当たってくれたり、医師との間に入って説得してくれたり、病気の重さを丁寧に聞き取って添付資料を作成してくれたりするのです。
この本は、社会保険労務士の事務所の宣伝のために書かれた本という側面があります。そのため、個人で請求する場合のデメリットと、社労士に頼んだ場合のメリットが際立たせられているのですが、障害年金制度の複雑さを考えると確かにそのとおりなのだろうと思います。
そのほかにも、さまざまな書類の整備とか、毎年改正される複雑な年金制度とか、病気ごとに定められた診断書の基準とか、ややこしい部分は山ほどあって、本書には苦労話が満載です。
それでも、苦労の末、受給することができて、生活そのものや、家族とのあつれきが改善したといういろいろなエピソードは励みになります。
最後に印象に残った部分を引用したいと思います。
障害年金というと、何か後ろめたさや恥ずかしさを感じる人もいますが、著者は、次のような言葉で読者を安心させています。
私が最後に改めて強調しておきたいことは、公的年金制度はその一部に税金が投入(基礎年金部分の2分の1)されているとはいえ、その基本は皆が少しずつお金を出し合って制度を支え合う「保険」という相互扶助の制度であるという点です。
この点で、生活保護を始めとする福祉・公的扶助制度とは基盤を大きく異にします。
…障害年金もなぜか受給そのものを恥じたり、障害のレッテルを貼られたかのように受け止める方がいますが、本来はそのように思う必要もない「お互いさま」の保険制度なのです。(p50)
同じページの図には「当然の権利です! 堂々と請求しましょう!」と書かれています。
もちろん、障害年金を受給できないケースも多く、うまくいくかどうかは運も関係しています。
しかし難しい病気を発症し、先の見えない生活に落ち込んでしまったなら、手遅れになる前に、障害年金という制度について学び、行動を起こしたほうがよいかもしれません。
この本は、そうするための一歩を後押ししてくれると思います。