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多重人格の原因がよくわかる7つのたとえ話―解離性同一性障害(DID)とは何か

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重人格、というとあなたはどんなイメージを持っていますか?

ドラマに出てくるような犯罪者や、オカルトチックな霊的現象を想像するでしょうか。

実際には多重人格はオカルトではなく、解離性同一性障害(DID)と呼ばれている、れっきとした医学的な現象です。もちろん原因は悪霊ではなく、脳の特定の機能の過剰な働きにあります。

DIDの人には平均8-9人とも言われる複数の人格が宿っている、人格が交代して別人になり、その時のことは記憶にも残らない、ということを考えると、身近な家族や友人が、DIDに対して戸惑いを覚える気持ちもよくわかります。

どうして多重人格が生じるのでしょうか。一人の人に複数の人格が宿る仕組みを、どのように理解すればよいのでしょうか。具体的な治療法には、どんなものがありますか。

この記事では、 続解離性障害という本や、その他の解離性障害の専門書から、多重人格の原因やメカニズムを理解するのに役立つわかりやすい7つのたとえ話、そして治療法についてまとめてみました。

これはどんな本?

今回おもに紹介するのは、解離性障害の専門家、岡野憲一郎先生による続解離性障害という本です。解離のメカニズムについて詳しく考察されている、たいへん興味深い本です。

この記事で特に出典を明記せず、ページ数だけ書いているものは、この本からの引用です。

この本は解離の仕組みや歴史を知る上では、とても参考になるのですが、さすがに解離性障害について一から知りたいと思うときには難しすぎるので、当事者やその家族に役立つ本は、この記事の最後で別途 紹介してあります。

まず最初に―DIDは演技・詐病ではない

まずはじめに、はっきりさせておくべきことがあります。それは、解離性障害、特に解離性同一性障害(DID)と呼ばれる多重人格は、どれほど不思議に見えようと、決して演技や詐病ではない、ということです。

DIDの人格交代は、知らない人から見ると、演技をしているようにしか見えません。いつも普通にしゃべっている大人が、突然赤ちゃん口調になって泣き出したり、異性の言葉遣いになって荒っぽくなったりします。

それは一見、わざと物まねをしたり、別の人を演じて気を引こうとしているかのように思えますが、本人は、そのような意図はなく、完全の別の人格になり変わっているのです。

しかし実際には患者は演技をしているわけではない。交代人格はあくまでも別人として現れる。(p164)

と岡野先生は述べています。

それでも、精神科医などの専門家の中には、やはりこれは患者の演技であり、人格交代など認めない、と主張する人もいます。その理由についてこう書かれています。

解離性障害のもう一つの特徴は、その症状のあらわれ方が、時には本人によりかなり意図的にコントロールされているように見受けられることである。そのために詐病扱いされたり、虚偽性障害(ミュンヒハウゼン症候群)を疑われたりする可能性が高い。(p151)

たとえば、診察室に入ったら別人格が現れて、診察室を出た途端に元に戻る、といったいかにも都合のよい現れ方をする人格交代もあるそうです。そうすると、何も知らない人は間違いなく演技でしかないと思うでしょう。

しかし解離性障害の本質を考えてみると、それはいたって自然ともいえる人格の交代です。というのは、後で説明しますが、解離性障害は、「無意識のうちに」空気を読みすぎてしまう病だからです。

この無意識のうちに空気を読むとというのは、解離性障害の人たちが幼いころから培ってきた非常に根深い傾向であり、そのせいで人格交代もまた、周りの人の期待に沿うようにして生じることがあります。

岡野先生は、解離性同一性障害が演技や詐病であるか、という問題について、ご自身の長い診療経験や知見に基づいて、はっきりとこう断言しています。

解離性障害を持つ人々は、おそらく私たちが人生で出会う中でもっとも純粋で、しかも人の痛みに対する感受性の強い人たちでもあるのだ。

だからそれらが意図的に、演技として現れている可能性は、一部の例外を除いては、まず絶対にないといっていいだろう。(p36)

DIDが生じる原因は何か

では、多重人格、人格交代といった、にわかに信じがたい現象はなぜ生じるのでしょうか。いったいどうして、一人の人の体に、何人もの人格が宿ったりするのでしょうか。

その仕組みやメカニズムを説明する前に、まず解離性同一性障害(DID)が起こるきっかけ・誘因について考えておきましょう。

複数の原因が絡み合っている

解離性障害は、さまざまな原因が絡み合って発症するとされています。一般に、以下の様な点と関連があると言われています。

■遺伝的なリスク
■性的・身体的虐待を含めた幼少時のストレス体験
■生まれつきの解離傾向の強さ
■家庭環境(親子関係)
■病気
■事故や災害
■学校でのいじめ

どれか単一の原因による、というよりは、複数の要因が絡み合っていることがしばしばです。そのため、一人ひとりの患者に対して「何が原因なのか」と特定するのは非常に難しい、と書かれています。(p157)

たとえば、同じようなストレスフルな環境で育ち、子供のころに虐待を受けたとしても、解離性障害になる人もいれば、そうでない人もいます。

また欧米と日本では原因に違いがあるとも言われ、欧米では性的外傷体験が多いものの、日本では家庭での親子関係からくるストレスが多いとも言われています。

解離性障害になりやすい人の特徴として、このブログでは過去に、過剰同調性や、対人過敏傾向を取り上げてきました。

過剰同調性とは、すでに述べたように、無意識のうちに「空気を読み過ぎる」傾向のことです。常に他人や親の顔色をうかがいながら「いい子」として育った子どもによく見られます。

空気を読みすぎて疲れ果てる人たち「過剰同調性」とは何か | いつも空が見えるから

また対人過敏症状とは、他の人に対して過度の恐れや警戒心を感じる状態のことです。子どものころに愛着の傷を負い、家庭などで安心できる居場所が得られなかったことによるのかもしれません。

他人が怖い,信頼できない,人といると疲れるなどの理由―解離と対人過敏 | いつも空が見えるから

注意すべき点として、これは必ずしも親の育て方に問題があったという意味ではありません。確かに育て方が影響している場合もありますが、たまたま親と子どもの性格が大きく違っていたために、子どもがストレスを強く感じることもあるからです。

このような、他の人を恐れ、顔色をうかがいながら、周囲に同調・同化しつつ成長してきた人たちは、自分の感情を心の内に溜め込み、解離性障害を発症するリスクが高くなります。

女性のほうが9倍なりやすいのはなぜか

解離性障害は女性に多い病です。特に解離性同一性障害(DID)は、ロスRossによると、欧米での男女比は女性9:男性1だそうです。 (p85)

この理由については、さまざまな説がありますが、一つの理由として、次のような推測が書かれています。

以上の研究が間接的に示しているのは、女性の場合はオキシトシンの過剰な影響により、相手の心を読みそれと同一化する傾向が男性のアスペルガー症候群とは反対の域にまで至る可能性があり、それがこれまで見てきたDIDに見られる対人関係における敏感さを説明している可能性があるということである。(p88)

現時点では推測に過ぎませんが、「空気が読めない」ことが特徴のアスペルガー症候群は、「超男性脳」的な状態なので男性に多いのに対し、「空気を読みすぎる」解離性障害は、「超女性脳」的状態なので女性がなりやすいのかもしれません。

解離性同一性障害(DID)がよくわかる7つの説明

ここからは、なかなか理解しがたい多重人格という不思議な現象のメカニズムや仕組みをわかりやすくするために、さまざまな研究者による、身近なたとえを用いた説明を7つ紹介したいと思います。

これらのたとえ話を通して多重人格について考えると、なぜ複数の人格にわかれたり、人格が切り替わって交代してしまったりするのかが、幾分理解しやすくなるでしょう。

1.水密区画化

まず最初は、子どもの発達障害やPTSD、解離性障害に詳しい、児童精神科医、杉山登志郎先生による、 水密区画化(compartmentalization)モデルの説明です。

子ども虐待という第四の発達障害 (学研のヒューマンケアブックス)にはこうあります。

水密区画とは、船の船底を閉鎖が可能ないくつもの小さな部屋に区切ることである。

つまり外から船底を破って水が侵入してきたときに、水が船底の全てに広がり、船が沈没してしまわないように作られた構造である。

圧倒的なトラウマ体験に対して、その部分だけ記憶を切り離して全体を保護する。

このような防衛機制が働くことによって、個々の離散的意識と行動のモデルが状況依存的に独立し、発達的に病理的解離がつくられていくと考えられるのである。(p46)

水密区画については、実際に見た経験がある人は少ないでしょうが、映画などで、火災や浸水の被害を食い止めるため、防壁を閉じていくようなシーンをご覧になったことのある方は多いと思います。

いずれにしても、すでに水や火に侵入された区画を閉鎖することで、中枢の機能を守り、時間を稼ごうとするシステムであることはお分かりいただけるでしょう。

解離性障害の場合も、そのようにして、脳の中を区切っていると考えられています。

解離性障害の大きな症状の一つは、辛い経験を思い出せなくなる健忘です。特に圧倒されるような辛い記憶は、別の人格が引き受けて、記憶の底に眠っていることもあります。

圧倒されるようなトラウマに直面したとき、脳の記憶領域の一部を閉鎖してそれを封じ込め、その記憶を担当する人格を割り当てることによって、多重人格が生じることがあるのです。

2.守護天使と身代わり天使

次に紹介するのは、大人の解離性障害を長年見てこられた専門家である、柴山雅俊先生による、守護天使と身代わり天使、という説明です。

いきなり「天使」などと言うと面食らうかもしれませんが、解離性障害の当事者は、自分の別人格を天使のような不思議な存在と感じていることもあるようです。

DIDの人の別人格は、ときに本人が手に負えなくなった時に人格交代して、苦手な役回りを担っていることもあります。ある意味で守護天使のような存在ともいえるでしょう。

また、しばしば天使が助けてくれた経験談として古今東西語り継がれている物語の中には、解離性同一性障害と一部のメカニズムが共通していると思われる、サードマン現象が関係していることもあると言われています。

それを踏まえた上で、解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論の中の柴山先生の説明に耳を傾けてみたいと思います。

このように交代人格としての天使は二種類に分けられる。「犠牲者としての私」は身代わり天使になる。この天使に対しては感謝し、供養する必要がある。

もう一つの天使は「生存者としての私」に由来する守護天使である。守護天使は身代わりになるのではなく、背後から患者を支持し、助言すべきである。

守護天使は現実の目の前の人によって、いずれはとって変わられねばならないだろう。(p233)

まず、交代人格には二種類いると言われています。

ひとつ目は身代わり天使。辛い記憶を引き受けて封印されている存在です。これはすでに述べた水密区画化によって、トラウマ記憶を切り離したときに、その部分を担当するために割り当てられた人格のことです。

ふたつ目は守護天使。危機に直面している本来の人格を守り助けるために、ときに盾となったり、現実の問題に対処したりして助けてくれる人格です。場合によっては、攻撃的な人格として存在し、外敵から主人格を守ろうと警戒していることもあります。

このように、多重人格は、なんの目的もなく、無意味に現れて複雑化しているのではなく、それぞれが、もともとの主人格を守るため、明確な目的をもって存在するようになるのです。

もっとも、それらが主人格を助けるために形成された、ということは、DIDの当人もなかなか気づけなかったり、受け入れにくく感じたりすることもあり、意図的に作り出すものではありません。

3.部屋やドア

次に、やはり解離性障害に詳しい岡野憲一郎先生が紹介しておられる、ある患者のことばに注目したいと思います。

ある患者は親からの虐待を受けた際に、その苦痛と恐怖のために「内側に急いで入り、ふたを閉めてしまった」と表現した。

そしてその際に「ほかの誰か」が外の状況を処理する必要が生じ、新たな人格が形成されたという。(p80)

このエピソードでは、部屋やドアが登場します。

この点については、岡野先生、柴山先生双方が、「空間的なふたやドア、部屋がよく出てくる」「多重人格の人はよく部屋があると言いますが、このことの意味は大きい」と口をそろえて述べています。( p209)

ドアや部屋、という表現は、最初に取り上げた水密区画化を思い出させます。外の世界のストレスフルな状況から逃れるために、部屋の中に入ってドアを閉めることで、苦痛をシャットアウトしているのです。

そしてこのエピソードの場合、外を確認するために生まれた「ほかの誰か」は、守護天使に相当するのでしょう。その人格は、疲れ果てて内にこもった主人格に変わって、日常生活を担当するために生まれたのです。

もちろん人格形成にはさまざまなパターンがあり、必ずしもこのような経緯で作られるとは限りません。

支配的な親との関係など、もっと持続的・慢性的ストレスの場合は、自分の心に生まれた新たな人格との対話によって苦しみを軽減するうちに、人格が解離するというパターンもあるそうです。(p80)

その場合は、イマジナリーコンパニオン(想像上の友だち)と似ている形成過程だといえます。

4.バイリンガルと似ているスイッチング

それにしても、人格が交代する、という考えはあまりに突飛ではないでしょうか。

確かにさまざまな人格がそれぞれの役割を担っていることはわかります。しかしそれぞれの人格に交代し、まったく別の人物としてふるまう、ということを理解しがたく感じる人は少なくありません。

実を言えば、人格が交代すると、記憶も、考え方も、性格も、食べ物の好みも、性別も、年齢も、字の筆跡さえも変わるのです。同じなのは、見た目だけです。

そうした人格交代はスイッチングと呼ばれます。これは、なにも超常現象ではなく、わたしたちの脳にもともと備わっている機能の延長線上にあるものだということは、次の説明からわかります。

解離以外で生じるスイッチングのもう一段階複雑なものとして、バイリンガリズムを考えることができよう。

たとえば英語とフランス語の両国語に習熟している場合、英語で話している時に何らかのきっかけでフランス語に「切り替わる」ことはあっても、両者を混同することは普通は起きない(p144)

解離性同一性障害は、人格によって、言葉の話し方や一人称などが変わることから、バイリンガルの脳内における言語切り替えスイッチと同様の部分(現在の研究では尾状核とされる)が関係しているのかもしれないと言われています。(p146)

わたしたちの脳に備わっている切り替え機能は、通常の範囲内であれば、さまざまなことに役立ちます。お父さんが、職場では厳しい上司として働いていても、家庭では優しい父親として子どもと遊べるのは、そうしたモードの切り替えができるからです。

しかしこのような切り替え機能が、無意識のうちに、しかもより過剰に働いてしまったとしたら、多重人格として表面化するとしても不思議ではありません。

5.復元ポイント

多重人格の中には、子どもの人格もあります。中には、一人の大人が、幼稚園児の人格、中学生の人格、高校生の人格などを抱え持っていることもあります。

岡野憲一郎先生は、このような人格は、パソコンのWindowsのオペレーションシステム(OS)に備わっている復元ポイント機能のようだと述べています。

「復元」の機能においては、コンピューターが自動的に「復元ポイント」を一定時間ごとに作ってくれていて、たとえば1ヶ月前、3ヶ月前のコンピューターの状況がそのまま保存されているわけだが、これはまさに多重人格的な機能と言える。

まるで人格のスイッチングにより、1ヶ月前、3ヶ月前の自分の状態が再現されるようではないか。(p15)

復元ポイントとは、パソコンの設定をすべて保存しておいて、バグなどでおかしくなってしまったときに、過去の安全な状態を復元できる機能です。

解離性同一性障害の人の人格は、あたかも、この復元ポイント機能によって保存された過去のその人の人格であるように思えることがあるそうです。

この人格の「復元ポイント」は、パソコンの場合のようなバックアップではなく、外傷を受けたときのショックで形成されるようです。

たとえば小学生で性的虐待を受けた人の場合、そのときの子どもの人格がそのまま、辛い記憶とともに解離して、身代わり天使となって存在していることがあります。

もちろんそのときの年齢の人格が必ず身代わり天使となってトラウマ記憶を一手に引き受けているかというとそうではなく、トラウマ記憶をできごとの記憶や感情の記憶に分割して、複数の人格に別々に担当させるという、もっと複雑な封じ込めをしている場合もあるようです。

また人格の中には、その人の過去の人格だけでなく、加害者の人格や異性の人格が存在していることもあります。これらは「取り入れ」というまた違うメカニズムで生じたものと考えられます。

6.マイクロバス

このように、一人の人の中に、複数の人格が、かなり複雑な関係性を保って存在している状態をわかりやすく説明するために、岡野憲一郎先生は、マイクロバスのたとえを用いています。

DIDの状態にあることとは、患者のいくつもの人格が一つの乗り物に乗っているようなものである。

…さて運転席には現在出ている人格が座っている。彼(女)はバスをどこに向けて運転するかについて全面的に主導権を持っている。

DIDとは、マイクロバス(体)の中に、複数の乗客(人格)が乗っている状態と似ています。

マイクロバスには運転席は一つしかありませんが、DIDの人の表面に現れる人格も、一度にひとつだけです。さまざまな人格がハンドルを握ることはできますが、同時に複数の人格が表に出ることはできません。

マイクロバスのほかの乗客は、後ろの席に控えている。

そのうち何人かは、現在の運転手の様子を見ていて、後ろから意見を言ったり、助け舟を出したりするかもしれない。

場合によっては危険を感じて、いきなり今運転している人格をどかして運転席を占拠するかもしれないのである。

バスには複数の人が乗っていますが、DIDの場合も、表面に出ている人格のほかに、常にスタンバイ状態にあり、事態を観察している別人格が複数あります。

そのような人格はいわゆる「守護天使」です。今ハンドルを握って表に出ている人格が窮地に陥ったら即座に交代することができます。

そのように事態を見守っているので、最初に触れた詐病と誤解されるような現象、つまり状況に合わせて柔軟に人格を使い分ける、といったことも可能です。しかしこれは表面に出ている人格がそうしているのではなく、あくまで無意識のうちに生じます。

さらに後ろの席の様子は複雑である。…奥の方は暗くてよく見えない。そこに誰が寝ているか、何人寝ているのかは不明である。(p169-171)

もっと後ろのほうの座席にも、目立たない人格が眠っています。それらの人格は、運転席の主人格の状況をまったく見ていないこともありますし、そもそも前のほうにいる人格たちと面識がないこともあります。

そのような後ろのほうにいてよく見えない人格は、身代わり天使です。辛いトラウマ記憶を封じ込めている番人であり、繰り返しカウンセリングを受けてはじめて存在が見つかるということもあるのです。

7.受動意識仮説

最後に、このような複雑な幾重にも重なった人格が出現するメカニズムについて、慶應大学の前野隆司先生の「受動意識仮説」というものが参考になるとして紹介されています。(p133)

わたしたちは、自分は自分の意識でコントロールしていると考えがちです。つまり、まず最初に自分の意識があり、それが司令官のように決定して、体の各部が動いていると。

しかし実際には、体の末端の各細胞や無数の脳の神経細胞がせっせと活動した結果、最後に意識のようなものが生じているだけではないか、というのが受動意識仮説です。

自然界でも、たとえばイワシの群れは、司令官がいるような動きをしますが、たくさんの自律的な小さなイワシが共同して動いた結果、一見リーダーがいるように見えるだけです。これは群知能と呼ばれています。

そのように、わたしたちの意識、つまり人格が、無数の神経細胞の活動り結果として作られている蜃気楼のようなものだとしたら?

当然、解離によって記憶や脳のネットワークが分断されたとき、それぞれのネットワークごとに生じる意識、人格も別のものになる、という結果になるでしょう。

つまり、解離という脳の水密区画機能によって、記憶や脳のネットワークを区切れば区切るほど、その副産物として、区切った数だけ新たな人格が誕生しているのかもしれないといえるのです。

DIDの治療

このような経緯を経て存在するようになった多重人格、つまり解離性同一性障害(DID)は単なる病気とは言いがたいものです。

統合失調症のように脳の障害が起こっているといよりは、当人を守るために幾重にも防備が施された砦のようなものだからです。

もちろんDIDによって、生活にさまざまな支障をきたすことがあり、記憶が飛ぶ、暴力的な人格が手がつけられない、人格交代して仕事にならない、さまざまな身体症状が出る、といった場合には治療が不可欠です。

しかし治療するにあたっても、やはり統合失調症のような薬物治療というよりは、複雑に絡みあったDIDの関係を解きほぐしていくという手順が求められます。

ここではいくつかの参考資料に基づいて、治療のポイントを列挙します。しかし、これらは参考程度にとどめて、必ず専門家の指導を仰ぐようにしてください。

交代人格を無視しない 

まず、DIDの治療に大切なのは、交代人格の存在を無視しないことだといいます。(p24)

DIDを認めない医師は、交代人格が出現しても、それを無視して、あくまで本人として扱おうとするそうです。

そうすると無視された交代人格は失望するので、医師の前では姿を見せなくなり、表面的には問題が解決したかに思えます。しかし、実際には患者の苦痛は何も解決されておらず、むしろ余計にトラウマを刻むだけだといいます。

ですから、どの人格に対しても敬意をこめて接してくれる、解離性障害に造詣の深い医師を探すことが不可欠です。

緊張期には少量の薬物治療も

精神疾患というと薬物治療といった考え方が日本にはありますが、解離性障害の場合、統合失調症に処方されるような大量の薬物を投与されるとかえって悪化することもあるようです。

解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、過度の緊張が見られる時期には、少量かつ短期間の薬物療法によって症状を抑えることも可能ですが、あくまで薬物療法は副次的なものと考えられています。(p88)

ストレスフルな環境を変えることが大切

解離性障害は周囲に対する防衛として生じていることが多いので、ストレスフルな環境を変えることは、治療のために急務です。

たとえば理不尽な職場やストレスの多い親子関係などの実生活が続いていると、解離性障害の症状もより悪化しがちです。

そうすると、いくらに治療をしようと改善は見込めないので、可能な範囲で、ストレッサーを遠ざけることが必要です(p166)

話し表現する場が必要

解離性障害の人は、水密区画化の点からわかるとおり、辛い体験を自分の内側に封じ込め、溜め込むことで対処していることがよくあります。感情を抑圧し、押し殺していることがしばしばです。

解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、良い理解者となる医師、カウンセラーなどの助けによって、そうした抑圧してきた感情を話して外に出したり、何らかの手段で表現して発散したりする場を持つことが、気持ちを落ちつかせるのに大きな役割を果たします。(p86)

熟練したカウンセラーの手助けによって、各人格同士のもつれた関係を解きほぐし、一種のグループセラピーを行うことも、記憶や感情を整理するのに役立ちます。ときには心理療法やトラウマ処理も必要かもしれません。

安心できる居場所をつくる

解離性障害の人たちは、子どものころから安心できる居場所を見いだせず、家庭でも学校でも怯えながら生きてきたという背景があります。

信頼できる治療者との関係や、思いやりのあるパートナーと信頼関係を育むことで、包まれる経験をするなら、少しずつ傷が癒えて安心感を抱けるようになるでしょう。

オカルトには注意

解離性障害、特に解離性同一性障害(DID)は、その性質上、昔からオカルトとの関係が取り沙汰されてきた概念です。別人格がいるというのは、悪霊が憑いているとみなされてきた地域もあります。

しかし柴山雅俊先生は、解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)の中で、はっきりと、宗教・オカルトとの関わりは、症状を悪化させかねない要素の一つであると禁止しています。(p190)

特に霊的療法、スピリチュアルヒーリングといわれるものの中には、実際は何の効果もないのに、高額な費用を求めるものも多くあります。

たとえ効果があるように思えても、プラセボ効果でしかないことも少なくありません。冷静な目で見れば、怪しくいかがわしい治療法は見分けられるはずです。

また、解離性障害の治療には催眠に似た方法が用いられることもありますが、解離性障害の人格呼び出しは、その人を操っているのではなく、実際に存在するものを表面に出す手助けをしているだけです。(p173)

そのほか、交代人格を詳細に記録するマッピングや、多重人格を題材にした作品を見ることなども禁止されています。

交代人格を受け入れる

DIDの人は、自分の別人格に対して恐怖感や嫌悪感を抱いていることがあります。

しかしすでに述べた通り、たとえ手に負えない、理解できないように見える人格であっても、おおもとは、身代わり天使・守護天使として、当人を守り支えるために生まれてきたものです。

解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、カウンセリングなどを通して、そうした点を理解し、交代人格の存在と役割を受け入れ、感謝を伝えることが、交代人格同士のつながりを回復し、最終的には結び合わせることにつながるとされています。(p96)

統合よりも安定を目指す

一般に、多重人格の治療というと、別人格がなくなって、ひとつに統一されることが治療の終着点であるように思われがちですが、岡野憲一郎先生によるとそうとは限りません。

もし何人かの間に役割が決まっており、必要な情報を伝達しあい、互いを侵害せずに平和共存し「棲み分け」ることができているのであれば、ちょうど歯車がうまくかみ合っている機械のように機能することができ、特に社会適応上問題はないことになる。

実際治療が進み安定期に入ったDIDの交代人格たちは、しばしばそのような共存のしかたを見せる。(p166)

むしろ、人格を統一することで、別の精神疾患に弱くなる可能性があるということは、以前の記事でもまとめたとおりです。

多重人格やイマジナリーフレンドは必ず人格を統合し、治療する必要があるのか | いつも空が見えるから

さきほどのマイクロバスのたとえでいえば、行き先を誤らず、だれかが主導権をもって運転し、乗客同士が適切にコミュニケーションできるなら、複数の人が乗っているマイクロバスのままでもいいということになります。(p171)

あくまで、治療の目的は、多重人格を統合することよりも、円滑な社会生活が送れるようにすることだといえるでしょう。

どのような経過をたどるか

解離性同一性障害の治療は、どのような経過をたどるのでしょうか。

注意すべき点として、治療をはじめると、一時的に悪化することがあるようです。これは、治療を始めたことで自己表現が許され、今まで抑えられてきたものが一気に表面に出るからです。 (p156)

しかしその後は、一部の患者では1-2年で人格の交代がほぼ消失し、かなりの割合の患者で人格交代の頻度が顕著に低下するとされています。(p158)

解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、解離性障害の症状は、20代半ばがピークで、年齢が進んで、30代、40代になると、落ち着いてくる人が多いとも書かれています。(p98)

解離性同一性障害(DID)とうまく付き合う

このように、解離性同一性障害は、複雑な症状をともなうとはいえ、適切な治療を受ければ、さまざまな問題にうまく対処できるようになります。

残念ながら、解離性障害は、今のところまだ詳しい医師が少なく、中には否定的な専門家も多くいます。

そのため、岡野憲一郎先生は、「患者やその家族の側も正しい知識を身につけた上で医療を受けることがぜひとも必要」であり、「患者自身が自分の身を守らなくてはならない」と書いています。(p149-150)

今回主にとりあげた岡野先生の本は少し専門的ですが、同著者のわかりやすい「解離性障害」入門や柴山先生の解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)はたいへん読みやすく一般向けに書かれている解離性障害の解説書なので、DIDに悩む当事者の方やその家族・友人の方にもおすすめです。

それぞれが正しい知識を得て協力して対処するなら、DIDに振り回されることなく、安定した生活を取り戻すことができるに違いありません。


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