子どもの発達障害は、近年よく知られるようになってきました。しかし、大人の発達障害はまだまだ認知度が低く、ただの変わった人として敬遠されたり、厄介な人と誤解されたりすることが多いように思います。
というのも、大人の発達障害の場合、子どもの発達障害とは異なる特徴があるからだ、と述べるのは、長年、発達障害の親子を見てきた杉山登志郎先生です。
キーワードは代償である。つまり、凸凹レベルであっても、凸凹レベルであればなおのこと、健常と呼ばれている人々とは異なった戦略で、いわば脳の中にバイパスを作って、適応を計るということをおこなっている。(p223)
大人の発達障害の人たちは、発達障害に対する配慮などない時代に育ってきました。
そのため、「代償」により、自分なりの生存戦略を身に着けていて、一見子どもの発達障害の特徴とは真反対に思えるようなスキルを身に着けていることもしばしばです。
あるいは、自分の独特な特性のために、定型発達の人たちとは違った観点から世の中を見て、常識からずれた「誤学習」をしてしまっていることもあります。
具体的に、どのようにして、大人の発達障害を見分けることができるのか、杉山登志郎先生が説明する10のチェックポイントを 発達障害のいま (講談社現代新書)という本からまとめてみたいと思います。
大人の発達障害にありがちな10の特徴
杉山登志郎先生は、児童精神科医として、子どもの発達障害、愛着障害を診ている専門家です。
杉山先生は、子どもの患者を診ているうちに、実は付き添いに来ている親のほうにも、未診断の大人の発達障害が隠れている場合が少なくないことに気づいたそうです。
その経験から、未診断の大人の発達障害の人にありがちな10の特徴を発達障害のいま (講談社現代新書)の第九章「未診断の発達障害、発達凸凹への対応」の中でまとめておられます。
杉山先生のもとの文章では、自閉スペクトラム症(ASD)[アスペルガー症候群]と注意欠如多動症(ADHD)があまり区別されずに扱われていますが、以下の内容では、自分なりに噛み砕いてまとめています。
以下の10の特徴は、必ずしも一人の人に10個すべてが当てはまるわけではなく、人によってどの特徴が強く出るかはさまざまです。
しかし、わたしたちの身の回りにもちらほらといる変わった人たちの様々な特徴が、実は発達障害の「代償」と「誤学習」によって形成されていることを理解していただけると思います。
1.二つのことが一度にできない
■別の用事を始めると前にやっていたことを忘れる
■【代償】特定の仕事術の信奉者になる
ASD、ADHDを問わず、発達障害の特徴の一つはマルチタスク、並列作業が苦手なことです。これにはワーキングメモリの不調が関係していると考えられています。
パソコンでいうと、メモリの容量が少なすぎて、複数のアプリを立ち上げるとフリーズするようなものです。
二つのことを同時にできないため、ながら作業が苦手で、接客業などの仕事ではミスを繰り返します。
こうした弱点に気づいている場合、代償的にライフハック的な仕事術を信奉し、厳密に守ることで仕事を管理している場合もあります。
しかし、自分だけが特殊なのだとわかっていない場合、良かれと思って周りの人にも同じ仕事術を熱心に勧めるようになるかもしれません。
2.予定の変更ができない
■仕事の途中で邪魔されると怒り出す
■【代償】綿密な予定表を組んでいて融通が利かない
前項と関連する別の特徴は、予定の変更ができず、融通が利かないことです。
ワーキングメモリの容量が少ないということは、注意の切り替えがうまくいかないという問題もはらんでいて、突然予定が変更されると、パニックになったり怒りだしたりすることがあります。
ASDやADHDの人は過集中を武器にして仕事をしていることも多く、周りの情報をシャットアウトしている集中していてるときに、突然のことに対応するのは困難です。
自分でもこの弱点をよくわかっている場合、特にASDの人の中には、代償的に綿密な予定を立てて、毎日の生活を時間単位でコントロールしている人もいて、それがかえって融通の利かなさを生じさせます。
3.スケジュール管理ができない
■忘れ物が多くて、よくものを失くす
■【代償】手帳・スケジュール帳にびっちり予定を書き込んでいる
■【代償】スケジュール管理をだれかに一任している
細かい予定を組んで完全にスケジュールに従うことで安心感を得ているASDの人とは反対に、ADHD系の人の中には、まったくスケジュール管理ができなくて予定が破綻している人がいます。
本人がその弱点に気づいていて、代償的に手帳やアプリで管理していることもありますが、それでも手帳そのものを失くしたり、予定を書き忘れたりして、ミスが絶えません。
そのため、もう自分で予定を管理するのはあきらめて、有能な配偶者や家族、秘書などにスケジュール管理を任せてしまっている人もいます。
4.整理整頓ができない
■映像記憶に優れた人はそれでも必要なものは見つけられる
■【代償】極度の整理魔になる
■【代償】極端な倹約家になる
物が片付けられないADHDの人の中には、まったく整理整頓ができず乱雑な中で生活している人がいます。ASDでも収集癖でものを捨てることができず、さまざまな物品が溢れかえってしまうことがしばしばです。
ただし、映像記憶に優れた人の中には、他人からは乱雑に見える部屋でも、自分ではすべての物のありかを記憶していて、実は自分の過ごしやすいように管理していることもあります。
整理整頓ができないことを自分でも気にしている場合は、代償的に片付け術、断捨離などにハマってしまい、自分の部屋だけでなく人のものまで整理したり捨てたりする整理魔になることがあります。
散らからないようにするため、意識して物を買わないように努めるあまり、極端に質素なシンプルライフや倹約生活を送っている場合もあります。
5.興味の偏りが著しい
■興味のない話は完全に無視する
■【代償】ハウツー本の信奉者になる
ASDの人は興味の偏りが激しいため、自分の興味のないことにはまったく関心がなく、人から話を振られても無視したり、そっけない素振りを見せることがあります。
しかし、自分の興味のあることについては、相手の気持ちも考えずに、一方的に何時間でも喋れます。たとえばデートの席で好きなアニメの話を熱弁したりします。
ADHDの人は興味関心が広いものの、いくらでも話題があるため、相手の気持ちを考えず、一方的にべらべらといつまでもしゃべり続けてしまうことがあります。
こうした問題に自分で気づいている場合は、コミュニケーション術のハウツー本の信奉者になる場合も少なくないようです。しかしそれでうまくコミュニケーションできるようになるかどうかは別問題です。
6.細かなことに著しくこだわる
■自分の思い込みに固執して聞く耳を持たない
■起こってもいない未来のことを激しく心配する
■【誤学習】文脈を無視して情報を理解する
ASDの人は、全体の空気を読むのが苦手で、細かい枝葉末節に著しくこだわることがよくあります。
まわりから見たら、今は大事でなかったり、些細に思えたりすることに固執して、本当に大切な要点を説明しても、聞く耳を持たない場合があります。
また、まだ起こっていない未来のことに固執して、起こるかどうかもわからないことを激しく心配することもあります。将来病気になったり、災害に見舞われたりする可能性に、過度に気を揉むなどです。
全体を見ることができず、細部だけにこだわった結果、本やニュースの文脈を無視して、何々が健康にいいとか、どういう習慣は寿命を縮めるといった一部情報だけを真に受けて熱心に実践してしまうことがあります。
特に学校の先生がASD系の場合、この問題は顕著で、自分独自の教育法に生徒たちを無理やり当てはめようとするやっかいな教師になりがちです。
7.人の気持ちが読めない
■【代償】相手の気持ちを過剰に気にするようになる
■【代償】だれかを傷つけることにものすごく敏感になる
ASDの人は、空気が読めない、とよく言われますが、大人になっても無愛想だったり、コミュニケーションが成り立たなかったりする人もいます。
ADHDの人もコミュニケーションスキルが未熟なため、自分のことで精いっぱいで他者配慮ができない場合があります。
しかし中には、こうしたコミュニケーションの苦手さから、代償的に、逆にものすごく気を使うようになっている場合もあります。
コミュニケーションに失敗してきた経験から、相手を怒らせていないか、気を悪くさせていないか過剰に気遣いをしますが、その気遣いはまたあまりに不自然です。
空気を読み過ぎるあまり、相手が考えてもいないことを先回りしたり、何でもないことをひたすら謝ったりします。
敏感になりすぎて、自分以外の人が怒られているのに自分も泣いてしまったり、メールの返事が返ってこなかったら不安になって嫌われたかもしれないと考えたりします。
8.過敏性をめぐる諸々の問題
■【代償】解離を身に着けて自分を鈍感にならせ防衛している
■【代償】解離から意識を取り戻すため自傷行為があることも
ASDの人は感覚の過敏性を持っていることが多く、他の人は気にならない音や臭い、光、服の素材などに不快感を感じることがあります。味に過敏性がある場合は偏食になります。
こうした過敏性のために、他の人は何でもない状況がトラウマになることもあり、子どものころから過敏性への対処法として、感覚を麻痺させる解離を多用していることがあります。
不快な状況では解離によって意識を飛ばして、感情や感覚を麻痺させるので、失体感症(アレキシソミア)、失感情症(アレキシサイミア)を伴っているかもしれません。
こうした解離によって飛ばした意識を取り戻すために、手を噛んだり、身体を叩いたりする自傷の習慣を持っていることもあります。
9.特定の精神科的疾患の注意
■【代償】優秀な人の場合、その不安定さを創造に生かしている
ASDやADHDの人は、二次的にさまざまな精神疾患を抱えやすいとされています。
特に発達障害が未診断の場合、二次的な精神疾患によって、ベースにある発達障害に気づかれなくなってしまっていることが多く、「重ね着症候群」として知られています。
ASDやADHDの人がなりやすい精神疾患はうつ病、双極性障害、解離性障害、強迫性障害など多種多様ですが、統合失調症などは重ね着ではなくASD本来の症状だとする専門家もいます。
能力が優秀な人の場合は、こうした精神的な不安定さを代償的に創造に活かしてクリエイターとして活躍していることもあります。
10.クレーマーになる
■【誤学習】自分の意見を主張するにはクレームしかないと思っている
クレーマーにも色々なタイプがありますが、杉山先生は、自身の診療の経験から、発達障害タイプと愛着障害タイプに大別されると考えています。両者が重なると最強のクレーマーになります。
クレーマーになる人たちは、もともとコミュニケーションが苦手で、自分の意見の主張の仕方がわかりません。
一度強行に自分の意見を主張して、それが通ってしまうと、そうするのが正しいやり方だと誤学習して、どんどん周りの気持ちを考えずにクレームをつけるようになります。
発達障害が関わっている場合、文章の細かな点にこだわり、少しでも違うとクレームをつけたり、理想論を字句通りに解釈して融通が利かなかったりします。
世間的な常識が通用しないので、学校やサービス業はあらゆる点を生徒や客に尽くすものだと考えて、極端な要求をすることもあります。
大人の発達障害を見分ける
ここまで考えた10のポイントは、大人の発達障害によく見られるものとはいえ、人によって、少ししか当てはまらない場合もあれば、多くの項目を満たす場合もあるでしょう。
もちろん、発達障害の特徴には、ほかにもさまざまな点がありますが、ここで紹介したのは、未診断のまま大人になった発達凸凹の人にありがちな特徴です。
子どもの発達障害とは違い、未診断の発達障害を抱えたまま大人になった人は、長年にわたり、自分の弱点と向き合い、なんとかした対処しようとして、「代償」によるスキルを身に着けています。
また自分が独特なのだとわかっていない場合、「誤学習」によって、常識とは異なる理解を得ていたり、極端な主義主張を身につけていたりすることも少なくありません。
熱心に片付けをする整理魔、過剰に気遣いをする親切すぎる人、びっしり予定を管理している人などは、一般に知られている発達障害の特徴とは真逆ですが、弱点を補おうとした結果、正反対の方向にバランスを崩している場合もあるのです。
もしも自分や家族が大人の発達障害かもしれないと気づいたら、発達障害の特徴や対処法についてより深く調べて見るなら、もう少しバランスのよい生活を送るためのアドバイスが見つかるかもしれません。
杉山登志郎先生の 発達障害のいま (講談社現代新書)は長年の診療経験による興味深い洞察が多くておすすめです。
大人の発達障害について詳しくはこちらの記事もご覧ください。