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アスペルガーは「共感性がない」わけではない―実は定型発達者も同じだった

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スペルガー症候群(自閉スペクトラム症)の人は、「共感性がない」

これまで、幾度となく繰り返し見た言葉です。アスペルガーをはじめ、自閉症と共感性のなさは、たいていの場合セットで語られてきました。

しかし、このブログで何度か過去にも取り上げてきたとおり、近年の研究では、どうもそれは正しくないということがわかってきています。

これまでの研究は、すべて定型発達者の観点から見れば、アスペルガーの人たちは共感性がない、というものでした。それはあたかも地球から見れば、太陽が地球のまわりを動いているように見えるのと同じです。

しかしちょうど宇宙から太陽と地球をを眺めるかのように、より公平な観点から定型発達者と自閉スペクトラム症(ASD)の人たちを見ればどうなるでしょうか。

発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学という本には、とても興味深い最新の研究について書かれていました。

これはどんな本?

発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学は脳の発達について、心理学と脳科学の大勢の研究者の論考がまとめられている本です。

このブログで過去に取り上げてきた愛着障害(p228-236)、発達障害と時間感覚(p113,174,178)、自閉症と睡眠障害の関連(p286)などの話題もあって興味深く思いました。

自分と似ていない人に共感しにくいのはみんな同じ

アスペルガー症候群をはじめ、自閉スペクトラム症(ASD)の人たちは、共感性に乏しい。それはかつての研究者がみな感じていた、当たり前とも思える事実でした。

アスペルガー症候群の人と会話をしてみれば、自分のことを話し続けたり、聞き手の気持ちを顧みないように思えることは確かです。そのため、研究者たちは、彼らには共感性がない、と判断してきました。

ところが、その判断には、客観的な立場から考えてみるというメタ認知が欠けていました。

そもそもアスペルガー症候群の人に「共感性がない」と判断している時点で、それは、定型発達者である自分のほうが、アスペルガー症候群の相手に対して共感できていないことを示しているのではないでしょうか。

地球から見れば、動いているのは太陽のほうだと思えるかもしれませんが、もしも太陽から見ることができれば、動いているのは地球のほうだと思えるでしょう。

アスペルガー症候群の共感性のなさばかり研究していて、定型発達者の共感性について逆の立場から調べる観点を見落としていたのです。

発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学によると、その点について、とある研究が2013年に行われ、導き出された結論についてこう書かれています。

定型発達者は自分と似た性格の人に共感し、似ていない性格の人に共感しにくい(Komeda,Taunemi,et al.,2013)ことを考えると、自閉症スペクトラムの人が、自分と似ていない定型発達者に対して共感できないということは驚くべきことではない。(p272)

定型発達者もまた、自分と似た性格の人には共感できるものの、そうでない人には共感しにくいことが明らかになったのです。

ということは、アスペルガー症候群の人が共感性に乏しく見えていたのは、実際には、定型発達者がアスペルガー症候群の人に共感しにくいのと同様、自分とは違う人には共感しにくい、という当たり前のことを観察していただけだったのかもしれません。

アスペルガーから見たおかしな定型発達症候群 | いつも空が見えるから

そこで、その点を確かめるため、別の研究が2015年に行われました。その研究では、自閉スペクトラム症の人が、定型発達者と自閉スペクトラム症の人それぞれにどう反応するかが調べられました。

すると…

自閉症スペクトラムの人は、自閉症スペクトラムをもつ他者に対して、定型発達者が他の定型発達者に対して行うのと同様に、自分と似た他者の判断時に活動する腹内側前頭前野(ventro-medial prefrontal cortex)が活動し、共感的な反応を示すことが明らかになった。(p272)

自閉スペクトラム症の人たちは確かに定型発達者には共感できませんでした。しかし同じ自閉スペクトラム症を持つ人相手には、いとも簡単に共感できていたのです。

しかも、自閉症傾向が強いほど、自閉スペクトラム症の人に対して共感できる度合いは、より高くなりました。共感性は乏しくなるどころかより強くなっていたのです。

【11/11】ASDの人は互いに共感し合える | いつも空が見えるから

結局のところ、定型発達者もアスペルガー症候群の人も、自分と似ている人には強く共感でき、自分と違う人には共感しにくいということが明らかになりました。

アスペルガー症候群の人が共感しにくいと言われていたのは、定型発達者が多数を占める世界で、定型発達者の観点から研究されていたがため生まれた錯覚だったのです。

その点は、自閉症の当事者研究に関わっている熊谷晋一郎先生も述べていました。

熊谷晋一郎先生による自閉スペクトラム症(ASD)の論考―社会的な少数派が「障害」と見なされている | いつも空が見えるから

他の人の気持ちに関心があるかどうかが関係?

では、アスペルガー症候群の人たちについて、「心の理論」、つまり、他人の感情を理解する力が弱いと言われる点はどうなのでしょうか。

たとえば有名にサリーとアンの課題(誤信念課題)では、アスペルガー症候群の子どもは、正しく他人の心を読み取れない、と言われています。

しかし誤信念課題の成績は、心の理論の弱さそのものを示すとは限らない、という可能性が最近出てきたそうです。

たとえば、誤信念場面をビデオで見せたときの視線を追跡した研究では、自閉症スペクトラムの成人は、定型発達者とは異なって、自発的に相手の心の状態に目を向けないことがわかってきた(Senju et al.,2009)。

このことからは、自閉症スペクトラムの人は、心の理論そのものに不全があるというよりも、心の理論に付随する自発性に問題があるのではないかと考えられる(千住.2014)。

自閉スペクトラム症の人が、自分と似ている人に共感できることからすると、他人の心を読み取る心の理論が発達していないわけではないようです。

むしろ、この研究が示すのは、心の理論の自発性だといいます。

わたしたちは自分と似ている人であれば、自動的に心の理論が働き、何も考えずとも共感できます。しかし、自分と似ていな人に共感するためには、自発性に関心を示して分析しなければなりません。

自閉スペクトラム症で問題となっているのは、共感する能力がないことではなく、自分とは違う人の感情を考えてみようとする、他者への関心があるかどうか、ということになります。

 

アレキシサイミア(失感情症)と混同しているかもしれない

さらに、他者の気持ちへの関心が乏しい場合、それは自閉症そのものの症状ではないかもしれない、という可能性も指摘されています。

アスペルガー症候群には共感性がないと言われていたころ、自閉スペクトラム症の研究はまだ始まったばかりで、自閉スペクトラム症本来の症状と、依存症や二次障害とが混同されていました。

アスペルガー症候群など発達障害の人は、脳機能のバランスの悪さや、社会生活でストレスがたまりやすいことが起因して、他の心身の問題を併発しやすいと言われています。(重ね着症候群の記事を参照)

そして、その依存症や二次障害の中には、自分の感情がわからず共感性も乏しくなる失感情症(アレキシサイミア)も含まれています。

自閉スペクトラム症の共感性の乏しさは、実は併存しているアレキシサイミアの症状を混同しているのではないか、という研究が行われたところ、次のような結果が出たそうです。

自閉症スペクトラムの人は全般に共感能力が低いのか、それともアレキシサイミアを併発した自閉症スペクトラムの人に限って共感能力が弱いのかが検討された(Bird et al.,2010)。

…アレキシサイミア得点を統制した場合は、島前部の活動における自閉症スペクトラムの人と定型発達者の差がみられなくなった。

…これらのことを考えると、自閉症スペクトラムのすべての人がアレキシサイミアをもっているわけではないことから、共感能力の弱さは、自閉症スペクトラム特有の症状ではないことが明らかになった。(p272)

他者が痛みを受けているのを見るときの脳機能の働きを調べたところ、アレキシサイミア傾向を除外すると、自閉スペクトラム症と定型発達者は、同じように共感性を示していることが明らかになったのです。

どうやら、アスペルガー症候群の人は共感性が乏しいわけではなく、併存している失感情症が他者の心への関心の乏しさに関係している、ということが示唆されました。

自閉スペクトラム症の人が失感情症を併存しやすいことは確かですが、すべての場合に併存しているわけではありません。

何より、失感情症は、定型発達者でも愛着障害などの症状の一つとして見られます。

もちろん、問題の原因をすべて失感情症に帰せるわけではないとは思いますが、共感性に関係する一つの要素とみなすことができそうです。

長引く病気の陰にある「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」 | いつも空が見えるから

共感性の乏しさはだれにでも生じうる

今回の内容を簡単にまとめてみるとこうなります。

■定型発達者も自閉スペクトラム症の人も、自分とは違う人には共感しにくい

■自閉スペクトラム症では、心の理論が弱いわけではなく、自発性に乏しい可能性がある

■他人の心への関心の乏しさは、併存している失感情症(アレキシサイミア)が関係しているかもしれない

かつて、地球から空を見上げる人は、太陽のほうが動いていると考えました。やがて太陽は静止していて、地球のほうが動いているという考えが主流になりました。そしてさらに、広い宇宙の観点から見れば、実は太陽も地球もどちらも動いていることが明らかになりました。

アスペルガー症候群に特有だと思われていた共感性の乏しさも、実は、逆から見れば定型発達者のほうが共感性に乏しいと捉えることもでき、さらには自閉スペクトラム症にも定型発達にもどちらにも関わるものだとわかってきた、といえそうです。

もちろん、これまで自閉スペクトラム症の色々な見解が興っては廃れてきたのと同様、今回書いたことも、そのうちまったく言葉足らずだと思われるようになるかもしれません。

また、わたし自身の理解不足のため、内容を正しく伝えきれていないかもしれません。まだ十分に内容を整理できていませんが、とりあえずメモ代わりに記事にしておこうと思いました。

おそらく、この問題には、もっとさまざまな要因が関係している可能性があり、たとえば前に取り上げた自閉スペクトラム症の人は愛着形成が遅れやすいことや、解離しやすいことなども関係しているような気がしますが、よくわかりません。

今後も先入観を捨てて、色々な角度から考えていきたいものですね。


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