女性は男性に比べてADHDに気づかれにくく、本人が「ミスの多さ」や「同性に嫌われること」、「スケジュール管理の難しさ」などに悩んでいても、なかなか診断が得られません。
治療を受ければよくなるのに見過ごされるケースが多いのです。(p1)
これは、2015年に発売された女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)のまえがきにある言葉です。
近年、ADHD(注意欠如・多動症)の存在はよく知られるようになってきましたが、やんちゃな男の子のイメージが強く、女の子のADHDについてはほとんど知られていません。
実はADHDは男の子と女の子では性差(ジェンダー・ディファレンス)があり、男性と女性で症状の現れ方が違うのだそうです。
一般にADHDは女性よりも男性のほうが3~5倍多いといわれていますが、実際には、ADHDの女性は見過ごされているだけではないかと言われています。(p44)
ADHDの存在を見過ごされたまま大人になると、そそっかしさやスケジュール管理の苦手さを自分の欠点だと思い込んで、自信を失ったり、二次的にうつになったりすることも少なくないようです。
この記事では、ADHDの専門家による複数の本を参考に、女性のADHDにはどんな特徴があるのか、よく混同されやすいアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)との違いは何か、治療には役立つポイントは何かまとめてみました。
これはどんな本?
この記事をまとめるにあたり、おもに参考にした本は以下の三冊です。
女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)は2015年12月に発行された宮尾益知先生による、全編にわたり女性のADHDが解説された、イラストも豊富な読みやすい本です。出展を書いていない引用文はこの本からのものです。
発達障害に気づかない大人たち (祥伝社新書 190)はご自身も不注意優勢型ADHDである星野仁彦先生による大人の発達障害の解説書で、女性のADHDが数ページにわたり解説されています。
図解 よくわかる大人のADHDは榊原洋一先生による大人のADHDの図解本で、こちらも女性のADHDの苦労を説明しているセクションがあります。
女性のADHDの10の特徴
まずは、女性のADHDに見られやすい10の特徴を見てみましょう。
もちろん、ADHDの女性だからといって、これら10の特徴がすべて見られるとは限りませんし、男性でも同じような特徴を示す人もいます。
あくまでも、傾向として女性のほうに現れやすい特徴だ、と考えていただければと思います。
1.多動・衝動は目立たない「不注意優勢型」が多い
ADHDの男の子は「落ち着きのない子」「乱暴な子」などと叱られてしまいがちですが、女の子では、多動性や衝動性がそこまで強く現われることは多くありません。
乱暴というほど激しい言動はみられず、「元気な子」「移り気な子」などと思われている子が多いでしょう。
女性はADHDに気づかれにくいのです。(p25)
ADHDの子どもというと、多くの人は、授業中に立ち上がったり、すぐ手を出したりする、手に負えないわんぱくな子どもをイメージしがちです。
しかし、ADHDの男の子と、ADHDの女の子では、表に現われる症状がいくらか異なる傾向があります。
ADHDの基本的な症状は「不注意」「衝動性」「多動性」の3つだと言われています。
このうち、人によって、どの特徴が目立つかは違いがあり、多くの人たちがADHDと聞いて思い浮かべる、手に負えないわんぱくな子どもは、「衝動性」と「多動性」の強いタイプです。
このタイプは男の子に多く「多動性・衝動性優位型」、あるいは通称「ジャイアン型」として知られています。ドラえもんに登場するジャイアンのように乱暴な問題児が多いからです。
それに対して、女の子の場合は、多動や衝動が目立ちにくく、「不注意」が強いタイプが多いと言われています。
このタイプは「不注意優勢型」、あるいは通称「のび太型」と呼ばれています。のび太くんのように、心根は優しく穏やかですが、うっかり者でミスが多く、落ち着きがありません。
もちろん、女の子にも「多動性・衝動性優位型」(ジャイアン型)はいますし、男の子にも「不注意優勢型」(のび太型)はいます。さらにどちらも合わせ持つ「混合型」も存在していて、人によって症状の現れ方はさまざまです。
しかしどちらかといえば、女の子の場合は「不注意優勢型」(のび太型)が多く、男の子のようにトラブルを起こしたり、非行に走ったり、問題児となったりすることが少ないので、見逃されやすいのです。
ただし、「不注意優勢型」だからといって「多動性」「衝動性」がないわけではありません。むしろこれから考えていくように、目立たない形で、多動性と衝動性に悩まされています。
ADHDには「多動性・衝動性優位型」(ジャイアン型)、「不注意優勢型」(のび太型)、「混合型」の3つのタイプがある
■「不注意優勢型」(のび太型)
問題児になりやすい男の子のADHDと違って、女の子は不注意優勢型が多く、トラブルを起こさないため気づかれにくい
2.元気いっぱい。でも、ぼんやりしやすい
Aさんはよくも悪くも元気いっぱいな子どもでした。
絵画など趣味が多く、おしゃべりで活動的で、彼女の予定はいつも埋まっていました。(p11)
ADHDの特徴のひとつは、元気いっぱいでエネルギッシュなところです。
ADHDの女の子は、暴れたり人をたたいたすることはなありませんが、「元気な子」「移り気な子」と思われていることがよくあります。
好きなことには全力投球、遊ぶのも大好きです。趣味がとても多く、次から次に新しいことを始めます。
しかし、いつでも元気いっぱいかというとそうではなく、興味のない授業などでは、ふっと意識が遠のいて、いつの間にか別のことを考えていることもしばしば。
「不注意優勢型」(のび太型)のADHDは、興味のない場面では、いつの間にか注意がそれて、空想にふけりやすく、「デイ・ドリーマー」(昼間から夢を見る人)と呼ばれています。
いつの間にか別のことを考えてしまっていると、マンガさながらに先生に突然差されて我に返ったり、重要な指示を聞き逃して、あとでパニックになったりします。
また、基本的に身体を動かすのが好きなことは多いですが、運動がうまいとは限りません。
みんなと足並みをそろえるチームプレイや全身を使った動き、空間把握などが苦手で、どんくさい子もいます。これは、ADHDにしばしば合併する「発達性協調運動障害」(DCD)の症状です。
体を動かすのが得意でなく、見かけ上は落ち着いていておとなしく見える場合もありますが、これから考えるように、いつも何かやっていて、頭の中がエネルギッシュなことがあります。
ADHDの女の子はエネルギッシュなことが多い。色んなことに興味が移る。好きなことは全力投球。見かけ上は落ち着いていて思考が多動なことも。
■デイ・ドリーマー
興味のないことは上の空。いつの間にか空想にふけってしまう
■発達性協調運動障害(DCD)
DCDが併存する場合は、運動が苦手でどんくさい人も
3.「おっちょこちょい」「うっかり者」が代名詞
Aさんは子どもの頃からケアレスミスをすることが多く、家族や友達に「うっかりしている」と言われていました。
テストの解答を1問ずつずらして書いてしまい、0点をとったこともあります。(p10)
ADHDの女の子の大きな特徴は、ケアレスミスが非常に多いこと。「おっちょこちょい」「うっかり者」「そそっかしい」とみなされがちです。
不注意で人の話をよく聞いていなかったり、聞いていてもすぐ忘れたりするので、聞き間違いや書き間違い、忘れ物などのうっかりミスが多く、失敗を繰り返します。
上の文のテストの解答欄を一問ずつずらして書いてしまい0点になってしまったという話を見て、そんなバカなと思う人もいそうですが、案外その手の話は珍しくありません。
段取り良く計画的に作業するのが苦手なので、家事やテスト勉強、女の子らしいと言われる繊細な作業などが得意でないこともあります。
こうしたうっかりミスは、単に不注意なだけでなく、脳のワーキングメモリの不調が関係していると考えられています。(p28)
ワーキングメモリとは、作業記憶とも呼ばれ、ちょっとしたことを一時的に記憶しておく能力です。たとえば、先生や親の言付けや、口伝えに聞いた電話番号を、一時的に覚えておくときなどに使います。
ADHDの人は、ワーキングメモリが弱いので、さっき聞いたことを話している最中に忘れたり、部屋を移動したら頭から飛んで行ったり、あげくの果てには忘れたことにも気づかなかったりします。
家事などの段取りが求められる作業も、ワーキングメモリを駆使して複数のことを同時に進めたり、気配りしたりする必要がありますが、ADHDの人は次のことに取りかかると、さっきまでやっていたことを忘れてしまうことがよくあります。
またワーキングメモリの問題とは別に、ADHDには限局性学習症(SLD)が並存しやすく、脳の使い方が他の人とは違うために勉強についていけないこともあります。
子ども時代から、うっかりミスばかりの生活だったため、「自分はダメだ」と考えるようになり、うつになってしまう女性も少なくありません。
本当はADHDのせいなのに、そのことを知らずに大人になったので、自分の能力が足りないせいでうまくいかないのだと勘違いして落ち込んでしまうのです。
聞いたことをすぐ忘れる。次の作業に取りかかるとさっきまでやっていたことを忘れる
■限局性学習症(SLD)
ADHDの3割から5割は、脳の使い方が独特なために学校の勉強が苦手な学習障がいを持っている
■自尊心(セルフエスティーム)をなくす
ADHDのせいで失敗しているのに、そのことを知らず、自分の能力が足りないせいだと自分を責めてしまい、うつになる人もいる
4.注意の切り替えが苦手
ただ趣味的なことには集中でき、すぐれた結果を出していました。
そのため、勉強や家事の手伝いなど、他のことで多少ミスがあっても、本人も家族もさほど気にしていませんでした。(p10)
ADHDの女の子が、家事を段取りよく行うのが苦手だったり、大事なときに上の空になって集中できなかったりするのは、注意の切り替えが苦手、という点も関係しています。
ADHD(注意欠陥・多動性障害/注意欠如・多動症)というと、注意力が「欠陥」「欠如」しているのだと考えられがちですが、本当に欠如しているのは注意力そのものではなく、注意の切り替え能力です。
ADHDの女の子は授業中など、本当は注意を集中しないといけない場面でも、興味がなければ集中モードに切り替えることが困難です。
しかし趣味など、自分の好きなものに対しては、いつの間にかのめりこんでしまい、かえってキリの良いところでやめることができません。
家事など段取り良く行う作業は、炊事、洗濯、掃除、など次々に注意を切り替えて次の作業に移らなければなりませんが、ADHDの人はそこがスムーズにいきません。
集中すべきときに集中できない、やめるべきときにやめられない、こうした注意の切り替えと集中力のオンオフが苦手なために、生活に支障を来たしてしまうのです。
注意の切り替えが苦手なことは、生活リズムにも影響を及ぼします。夜寝たいのに、全然眠るモードに切り替わらず、夜更かししてしまい、昼間は寝不足でぼーっとしてしまう「概日リズム睡眠障害」になりやすいと言われています。
本来、わたしたちの脳は、活動時の脳の活動と、安静時のリラックスした脳の活動(デフォルトモードネットワークDMN)を無意識のうちに切り替えています。
ところがADHDの人は、活動時にデフォルトモードネットワークのままになって、白昼夢にふけってしまったり、逆に安静時にデフォルトモードネットワークに切り替わらず、考えがまとまらない、寝られないといった問題に陥ったりするのではないか、と考えられています。( p64)
興味のないことには集中できない。好きなことには集中しすぎてやめられない。デフォルトモードネットワークの切り替えがうまくいっていないのかも
■概日リズム睡眠障害
夜眠るモードに切り替えられず、夜更かしして睡眠不足になる
5.頭の中が多動
時間がなくても「もっとできる」「もっとやりたい」と考えてしまう。希望や期待が多すぎる。
やりたいことを整理しようとしても考えがまとまらず、結局すべて予定に組み込もうとする。(p17)
ADHDの女の子は、男の子のように、見た目からして多動で落ち着きがない、ということはそう多くありません。
むしろ、頭の中が多動なことが多いようです。
あれもこれもやりたい、興味のあることが多すぎて時間がない、何かをやりはじめたら、次の瞬間別のことに注意が向いている、考えがまとまらず、次から次へと芋づる式にアイデアが降ってくる。
このせいで、いつもいっぱいいっぱいで心に余裕がなく、頭の中も、部屋の中も、ごちゃごちゃで混乱している場合があります。
頭の中が多動になってしまうのは、すでに考えたデフォルトモードネットワークの切り替え不調で、安静時に頭が活動しすぎたりして、思考が整理できないためかもしれません。
頭の中が、やりたいこと、気がかりなこと、途中でほったらかしている用事などで、あふれかえっていると、どれから手をつけていいのかわからず、パニックになることもあります。
落ち着いて優先順位を立てて計画することができず、衝動的になって、とりあえず手当たり次第手をつけた結果、余計に混乱が深まることもしばしばです。
男性のように言動には多動性が現れない場合でも、頭の中ではひっきりなしにやりたいことが湧いてきて収拾がつかない
6.時間の見込みがいつも甘い
なぜ家事や雑事ができないのかと言えば、彼女たちは一つのことが終わらないうちに別のことに手をつけて、それが終わらないうちにまた別のことに手をつけるといった繰り返しで、何一つ片づかないまま次々に新しい用事ができて(というより勝手に自分で作って)頭のなかがパニックになってしまうのです。(p108)
これは発達障害に気づかない大人たち (祥伝社新書 190)からの引用です。
頭の中が多動だと、当然ながら、次から次へとやることが出てきて、時間がいくらあっても足りなくなってしまいます。
ADHDの女性は、時間管理が大の苦手で、遅刻の常習犯になりがちです。
出かける前に食器を…、ちょっと掃除を…、SNSを…といった具合に、少しでも時間があると、用事を始めてしまい、余裕を持っているつもりが結局遅れます。
ひとつのことが終わらないうちに別のことを思いついて始めてしまい、時間をいとも簡単に超過して、予定がずれ込むことも日常のひとコマです。
いくらでもやりたいことを思いつく一方で、それらの優先順位をつけることは苦手なので、片っ端から予定に詰め込んでしまって時間がぜんぜん足りなくなります。
こうした時間管理の苦手さには、時間の長さの感覚が他の人とは違っていて、見込みが甘くなることが関係しているようです。
ADHDは脳の神経伝達物質ドーパミンの不均衡がおもな原因だと考えられていますが、ドーパミンは時間感覚の処理とも関係しているようです。
ドーパミンの不均衡のため、普通の人と時間の長さの感覚がずれている
7.余計なことまでしゃべりすぎる
しゃべりすぎるという特徴があるために、余計なことを言って友達を傷つけることが多かったりする。(p7)
ADHDの女性の場合、大きな問題になるのが、対人関係のコミュニケーションです。
「アスペルガー症候群」(自閉スペクトラム症)のように空気が読めない、というわけではありませんが、相手の気持ちはわかっているのについうっかり配慮ができず、人間関係に失敗してしまいます。
まず頭の中が多動なので、話し始めると相手の話を聞かずに一方的にしゃべったり、相手の都合を考えずに思い浮かぶことを延々と話したりしてしまいがちです。
また衝動性のため、人の話に割り込んだり、仕切ったり、余計なことを言って友だちを傷つけたりすることもあります。
いずれの場合も、後になって、もっと相手の話を聞けばよかった、あんなこと言わなきゃよかった…と後悔しますが、気をつけていても、ついつい言い過ぎてしまうのです。
その結果、悪気はないのに、特に同性の友達から、失礼な人、仕切りたがり屋、話の長い人、気配りできない人とみなされて、敬遠されてしまうことがあります。
しかし、すべてのADHDの女性がしゃべりすぎてしまうわけではなく、内気で恥ずかしがり屋の人もいるようです。(p43)
その場合は、言動の多動性は目立ちませんが、頭の中であれこれ考えすぎる思考の多動性が強いかもしれません。
コミュニケーションのときに多動性が強く出て、「おしゃべり」「話が長い」と言われることがある
■余計なことを言ってしまう
コミュニケーションのときに衝動性が強く出て、仕切ったり、つい余計な本音を口走ったりして人間関係が悪くなる
8.片づけられない
私は小さい頃から『片づけられない女の子』でした。
部屋が片づけられない、宿題も机の中も片づけられない、忘れ物、落し物、授業中のよそ見と私語はクラスで一番、いや学校で一番でした。(p122)
ADHDの女性というと、最もよく知られている症状は、「片づけられない」ことでしょう。上の言葉は、星野先生が有名なサリ・ソルデンの片づけられない女たちから引用しているものです。
ADHDの人は、ワーキングメモリが弱く、段取りよく物事を整理するのが苦手なので、散らかった部屋を見て、何から順に手をつければよいのかわからず、混乱しがちです。
一念発起して片づけ始めても、途中でつけた雑誌に夢中になったり、どう処理していいかわからないプリントが出てきたりして、しっちゃかめっちゃかになってしまいます。
そして部屋がほとんど片づかないまま時間だけが過ぎたり、むしろ最初より散らかっていたりして、自己嫌悪に陥ることもあります。
そのほか、衝動買いで物がどんどん増えたり、同じものを幾つも持っていたりすることもよくあります。
なお、「片づけられない」というと、すぐADHDだとみなす人は少なくありませんが、部屋に物があふれて散らかっていてもADHDとは限りません。
たとえば、物を溜め込む人(溜め込み障害、あるいは収集癖)は 強迫性障害(OCD)やアスペルガー症候群と関係しているようです。
ワーキングメモリが弱いので、テキパキと段取りよく多くのものを整理するのが難しい。物をマニアックに貯めこんだり収集したりするのはアスペルガー症候群の可能性も
9.「女性らしく」なれずストレスを抱えやすい
日本では、ADHDの女性は特に生きにくさを感じます。
家事は女性ならできて当たり前という風潮があるため、できないことへの風当たりが強く、自己否定感にさいなまれる人も少なくありません。(p112)
これは図解 よくわかる大人のADHDからの引用です。
今の世の中では、ジェンダーフリーが叫ばれているとはいえ、昔ながらの女性のイメージが根強く残っています。
「きれい好き」「気が利く」「きちんとしている」「世話好き」「奥ゆかしい」「細かいところに気がつく」。
こうした大和撫子のような性質は、大人の女性に必須の、女性らしさや女子力だとみなされています。
男性のADHDの場合は、片づけられない、大雑把、気が利かない、といった症状が強くても、男の人はそんなもの、むしろ男らしいと許容されることもあります。
しかし女性が忘れっぽい、段取りが苦手、掃除もできない、というと、とたんに「ダメ女」のレッテルを貼られてしまいます。
結婚して家庭を持つと、なおさら女性は家事をこなして子どもを世話する「良妻賢母」であるべき、というイメージが強いので、しゅうとめから怒られたり、夫婦仲が険悪になったり、あげくの果てに子どもを虐待していると言われたりしがちです。
今の世の中はADHDの女性にとって生きにくい社会なので、ADHDの女性の中には、社会に出てから、うつ病や不安障害などの二次障害を抱えてしまう人もいます。
さきほどADHDの女の子は元気いっぱいだと書きましたが、意外なことに原因不明の体調不良や疲れやすさを抱えることがあります。
ケガの他にも、体調不良にもよくなりました。
はりきりすぎているのか、疲れがたまりやすく、授業中に眠ってしまうこともありました。
親はAさんを心配して、小児科や内科に連れて行きました。
しかしどの病院に行っても異常なし。
「疲れているから休みましょう」などと言われ、原因がわからないまま帰宅するのでした。(p30-31)
ADHDの子どもは疲労をうまくコントロールできず、原因不明の疲労感が続く慢性疲労症候群になってしまうことがあるようです。
不安をまぎらわしたり、ぼーとしてしまうのを防いだりするため、知らず知らずのうちに、自傷行為や依存症といった癖に陥ってしまうこともあります。
特に不注意優勢型に多いのは爪かみや抜毛症(トリコチロマニア)です。 発達障害に気づかない大人たち (祥伝社新書 190)にはこう書かれています。
また抜毛癖は、爪かみと同様、不注意優勢型(のび太型)のADHDに多いので、半覚醒・半睡眠の状態にある自分の脳を覚醒させるために自己刺激的に行なっている自己投薬(Self-medication)の一種なのかもしれません。(p91)
そのほか、コーヒーや紅茶などを飲みまくってカフェインで目を覚ますのが習慣になっている人もいます。
近年では、LINEなどのSNSツールのコミュニケーションに依存してしまって、睡眠リズムが乱れる女の子が多いそうです。
中には、タバコ、ギャンブル、セックスなど、より刺激的なものに依存してしまう人もいます。
ADHDは、親との愛着関係がこじれると、リストカットなどを伴う境界性パーソナリティ障害(BPD)になりやすいというデータもあります。
10.個性豊かな創造性
ADHDの新奇追求や独創性は、長所にも短所にもなる症状で、過集中傾向も併せてうまくプラス方向に活用できれば、自分の才能や能力にあった職業に就いて、思う存分、独創的な仕事をやることができ、結果的にすばらしい業績を残せる可能性があります。(p77)
ここまで、女性のADHDの悪いところばかりを書いてきたので、読んでいて気が滅入ってしまった人もいるかもしれません。
しかし、ADHDの特徴は、決して悪い面ばかりが現われるわけではありません。
ここまで書いてきたことは、うまく活かせれば、こんな魅力的な特徴になります。
■新しいことには進んで挑戦する
■時間を忘れて好きなことに没頭できる
■たくさんアイデアを思いつく
■興味が広く感受性豊か
■世の中に埋もれない個性を持っている
大切なのは、「みんなと同じ」を目指すのではなく、自分のADHDの長所をどうやったら活かせるか考え、環境を整え、必要ならば、医療や専門家の助けを受けることです。
短所をうまくカバーできる方法を見つければ、ADHDはむしろ強みになるのです。
女性のアスペルガー症候群との違い
女性のADHDは、途中で少し触れたようにアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)と混同されることがあります。
たしかに、ADHDとアスペルガー症候群が並存することはありますが、基本的にこの2つは別々のものです。
見分けるポイントを幾つか挙げておきます。(p15,21,26)
■気持ちがわかっているかどうか
アスペルガー症候群の人は相手の気持ちを読めないため人間関係でミスをしてしまい、何が悪かったのか理解しにくいようです。ADHDの人は、相手の気持ちがわかっているのに、衝動的に余計なことを言ったりして、後になって後悔します。
■細部を見るか全体を見るか
アスペルガー症候群の人は、細部にこだわり、全体が見えません。場の空気を読めないのも、その現れだと言われています。ADHDの人はむしろ全体はわかるのに、細部に配慮できないため、大雑把と言われたり、ケアレスミスが絶えなかったりします。
■興味の対象の幅
アスペルガー症候群の人は興味の幅が狭く、特定の分野の博士と呼ばれるほど詳しくなります。ADHDの人は興味の幅が広く、どんどん興味が他のことに移るため、さまざまな分野のことを知っています。
女性のアスペルガー症候群について詳しくは、宮尾先生が別の著書女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)で説明されています。
治療に役立つポイント
ADHDとうまく付き合い、個性を活かすにはどうすればいいでしょうか。
大切なのは、医療やさまざまなツールの助けを借りながら、欠点を補い、長所を伸ばしていける環境を整えることです。
女性のADHDに詳しい医師をさがす
現状、女性のADHDの専門医はいないそうなので、自分や自分の子どもがADHDかもしれないと思ったら、発達障害を幅広く診ている医師を調べて受診してみるほかありません。
ADHDの診断基準は男性の症状を中心に作られているので、女性のADHDは専門家でも見分けにくいと言われています。
ある医師に「ADHDではない」と診断されたとしても、セカンドオピニオンを考慮して、できるだけ複数の専門家の意見をあおぐのがベストでしょう。
薬物療法を試す
ADHDの治療薬は、日本では、今のところ(2016/02/現在)コンサータとストラテラが用いられています。
この二つはそれぞれ作用が異なりますし、そのほかにもさまざまな薬が使われているので、主治医と協力して、地道に自分に合う薬を探すことが大切です。
ADHDの女性は、ADHDの男性に比べて、治療後に効果が出すぎて戸惑う人も多いと言われているので、精神的にフォローしてくれる医師や家族、友人などの存在も大切です。(p21,53)
ADHDの治療に使われる薬についてはこちらをご覧ください。
アプリを活用する
自己管理が苦手な人は、さまざまなウェブサービスやクラウドなどのアプリが役立つかもしれません。
■スケジュール管理:
予定はどうやっても忘れてしまうので、Googleカレンダーなどスケジュール管理アプリを使って、リマインダーを設定しておきます。
予定を書き込むこと自体を忘れるかもしれませんが、何かを聞いたらアプリにメモする「メモ魔」の習慣を身につけましょう。
ADHDだったと言われるピカソもベートーヴェンも、思いついたことをすぐ忘れるので、どこへいくにも、食べるときも寝るときもメモ帳を持ち歩いていて、忘れないうちにすぐ書き込む習慣を持っていたそうです。
■SNSには気をつける:
ADHDの人は衝動的にSNSやブログに投稿してあとで後悔しやすいので、SNSの代わりに自分の考えをメモできるノートを作りましょう。たとえばEvernoteなどは大御所です。
複数のデバイスを使っている人はクラウドを使って、データを自動的に同期させておくと楽になります。
■時間管理はほどほどに:
時間を忘れて何かに没頭してしまう人は、アラーム系のアプリを活用して、時間が来たら気づけるようタイマーを設定しておきましょう。
タスク管理系のアプリは、一見時間が節約できそうに感じますが、あまりに時間を細かく管理しようとすると、ストレスがたまるのでほどほどに。
頭がいっぱいになったときの対処法
「頭の中が多動」なタイプの人にお勧めしたいのは、頭がいっぱいいっぱいになり、ごちゃごちゃしてまとまらないと感じたときのためのスキルを身につけることです。
■マインドマップで書き出す
まず一つ目は書き出すこと。書き出すといっても、文章にまとまらないでしょうし、書くのもめんどくさい人もいると思います。それでマインドマップが役立ちます。
マインドマップは、中央にテーマを書いて、木の枝のように放射状に単語を書いていくノート術です。
細かいことは考えなくていいので、紙とボールペンを持ってきて、紙の真ん中に「頭の中」とでも書いて、ひたすら思いつくままにその周りに枝を伸ばして頭に浮かんだ単語を書いていきます。
この言葉とこの言葉は関係があるとか、順番がどうのとかは考えなくて構いません。ただ思いついた順に、ひたすら頭の中を写し取ればOKです。
書くことがなくなったら、色付きボールペンを持ってきて、今書いたマインドマップを見て、大事そうな単語にチェックをつけていけば、考えがまとまってくると思います。
もちろん、文章にできるという人は、ブログに書いたり、日記に書いたりしてもいいでしょう。ポイントは、どこかに書き出すということです。
頭の中に置いたままだと、少ないワーキングメモリを圧迫するので、書くことによって外に追い出します。ついでに視覚化できるので、整理しやすくもなります。
■マインドフルネスで頭をすっきりさせる
もう一つは、近年Googleなどの企業も取り入れていると言われるマインドフルネス。
東洋の瞑想などにヒントを得て作られた医学的なリラクゼーション法で、マインドフルネスストレス低減法、マインドフルネス認知療法など、いろいろな場所で活用されています。
具体的には、椅子に腰かけて、目をつぶって、意識を呼吸に集中させるという訓練です。すぐ気がそれて別のことに注意がさまよってしまうと思いますが、それに気づいたら、特に反応せず、呼吸に意識を戻します。
この「反応しない」というのがポイントで、たとえばいつの間にか夕食の献立を考え始めているのに気づいたら、それが悪いとかダメだとか反応せずに、ただそのことを確認するだけで、呼吸のほうに意識を向けます。
途中で体が痛いとか、呼吸がしんどいとか考えてしまうこともありますが、これも気づいたところで考えるのをやめて、ただ呼吸そのものに注意を戻します。
マインドフルネスの効果を検証した科学的研究によると、マインドフルネスとは注意のコントロール能力の鍛錬であることがわかっています。
マインドフルネスに慣れてくると、頭の中がいっぱいいっぱいになったときに、落ち着いてリラックスし、考えすぎるのをやめて、思考をリセットしやすくなります。
生活や人間関係の工夫
そのほか女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)には「生活改善のためのアイデア集」がイラスト付きで載せられています。(p60-64)
ADHDの女性の学校生活だけでなく、社会生活、異性との関係、結婚生活、子育てに関わるアドバイスなどもたくさん載せられているので、ぜひ参考にしてください。
おわりに: ADHDの女性が目指すべき「自分らしさ」
女性のADHDは見過ごされやすいので、診断を受けないまま大人になると、社会生活や人間関係がうまくいかず、「自分はなんてダメなんだろう…」と肩身の狭い思いする場合があります。
周りが求める「理想の女性」を目指すあまり、自分の理想や、周囲の期待と、現実の自分との間に深いギャップを感じて、劣等感にとらわれ、すっかり自信をなくしてしまうこともあります。
しかし、もし原因が、あなた自身ではなく、ADHDという生まれつきの脳の傾向にあるとしたらどうでしょうか。
あなたは今まで自分のことを「がんばっても結果の出せないダメ人間」だと思ってきたかもしれませんが、実際には、「ハンディがあるのに精一杯努力してきた頑張り屋さん」だということになります。
今までうまくいかなかったのは、豊かなほとばしる個性を押さえつけて、無理やり世の中の求める「女性らしさ」、 「普通らしさ」に適応させようとしていたからです。
もともと六角形の宝石だったのに、それに気づかず、四角形の台座にはめ込もうと必死になっていたのだとしたら、どうやってもうまくいかないのは当然です。
ADHDの女性が目指すべきなのは、「女性らしさ」でも「普通らしさ」でもなく「自分らしさ」です。
鳥のような美しい創造力の翼を持っているのに、他の人と同じように地面を歩いて目的地に向かおうとしていないでしょうか。
短所を無理やり伸ばそうとしてもうまくいきませんが、自分の長所をしっかり認識し、それを伸ばすことに意識を向ければ、やがて長所によって短所を覆ってしまうことさえできます。
そうすれば、今まで「ふつうの人」たちに追いつけないで苦労していた自分が、いつのまにか、豊かな個性を発揮して、だれよりも自由に大空を羽ばたいていることを発見できるに違いありません。
今回、一部参考にした、宮尾益知先生の女性のADHD (健康ライブラリーイラスト版)と姉妹本である女性のアスペルガー症候群 (健康ライブラリーイラスト版)は、全編イラスト入りで、とてもわかりやすく解説してあるので、気になる人はぜひ読んでみてください。