ノースダンプリング島に「王国」を作った奇妙な発明家ディーン・ケーメン、道ばたのタバコの吸殻を拾ってパイプに詰めたアインシュタイン、墓の中からのインスピレーションを信じていたロベルト・シューマン。「ナントカと天才は紙一重」なエピソードには枚挙にいとまがないものです。
天才と呼ばれる人たちの発想のと奇抜さの源は脳のフィルター機能の弱さにある。そう述べる研究が日経 サイエンス 2013年 06月号 天才脳の秘密に載せられていることを以前のエントリで紹介しました。
脳のフィルター機能の弱さとは何でしょうか。それはどのように創造性と、また統合失調症のような病気と結びついているのでしょうか。雑誌の感想と共に、不登校の子どもと創造性についての私見も書いてみたいと思います。
創造的な天才の3つの特徴
まず創造的な天才と呼ばれる人たちには、共通した特徴があることがわかってきたようです。それは、統合失調型パーソナリティ、認知的脱抑制、高い知性の3つです。
1.統合失調型パーソナリティ ―脳の遺伝的な特徴
英国の研究者ネトル(Daniel Mettle)、オーストラリアの研究者ローリングス(David Rawlings)、ロカルニーニ(Ann Locarnini)による最近の調査は、創造的な人はさほど創造的でない人より統合失調型パーソナリティの尺度で点数が高くなる傾向があることを裏づけている。(p35)
どこから出てきたかわからないような考えを思いつく
たとえを使って話すことが多い
いろいろなことに興味がある
テレビや電子機器をつけなくても1人で過ごせる
世の中には科学では説明できない力があると信じている
丸い穴に打たれた四角い杭のように場違いだと感じる…。
そんな風変わりな人は統合失調型パーソナリティと呼ばれるそうです。
名前からして統合失調症やパーソナリティ障害と関連がありそうですが、統合失調型パーソナリティはその中でも生活に支障がない程度のものを指しています。
個性(一風変わった人):統合失調型パーソナリティ
人格障害(極めて変わった人):統合失調型パーソナリティ障害
病気(幻覚や妄想がある):統合失調症
この人格特性のレベルの統合失調型パーソナリティは創造性と関連していて、ハーバード大学のS.カーソンが受け持つ学生の中には統合失調型の尺度が高い人が少なくないそうです。
ハンガリーの精神科医ケーリ(Szabolcs Kéri)によると創造的な人と統合失調症の人には共通する遺伝子neuregulinlの変異があることがわかっています。創造的な人は、脳の遺伝的な脆弱性があるものの、病気にまでは至らなかった人たちであると考えられています。
では脳の遺伝的な脆弱性があると、なぜ統合失調症や創造性が生じるのでしょうか
2.認知的脱抑制 ―フィルター機能の弱さ
認知的抑制が弱まって、データを意識に上らせることが可能になり、さらに、斬新かつ独創的なやり方でそうしたデータが再処理され、再び組み合わされて創造的な発想が生まれるのだと考えられている。(p36)
普通、わたしたちの脳は、今目の前にあるタスクや自身の生存とは直接関係のない情報を遮断する精神的なフィルターをもっています。もし情報が選別できないとすれば、圧倒されてしまうからです。
しかし統合失調症や統合失調型パーソナリティの人は、このフィルターのひとつ、「潜在抑制」が低下しているそうです。この状態を認知的脱抑制といいます。この点は以前、サヴァン症候群についての話でも触れました。
なぜサヴァン症候群のダニエル・タメットは数字が風景に見えるのか |
認知的脱抑制はコントロールできないと妄想として現れます。本来その場には関係ないはずの情報が意識に上るため、幻聴や幻覚が生じてしまうのです。これが統合失調症です。
反対に、もしコントロールできれば、それはひらめきとして現れます。シューマンはアイデアを送ってくれるのは墓の中のベートーベンだと信じていましたが、その瞬間だけ統合失調症患者と同じプロセスが生じるのです。これが創造性です。
創造性に富む人が認知的脱抑制を経験しやすいということは脳波測定でも裏づけられているそうです。より多くの情報を脳に上らせ、外の世界ではなく、自分の内的世界に意識を集中させているのです。では認知的脱抑制をコントロールできるかどうかは何によるのでしょうか。
3.知性の高さ ―情報量をコントロールできる
過剰な情報を、圧倒されることなく処理し、頭の中で操作することができる人がいるが、それを可能にしているのは、IQの高さやワーキングメモリ―(作業記憶)の容量が大きいことなど、他の認知的因子であることを私たちの研究成果は示している。(p38)
認知的脱抑制をコントロールするカギは知性、すなわち高いIQやワーキングメモリの容量だと考えられています。もちろん、IQが高ければ天才と呼べるのではなく、天才の中にはIQが140を大きく下回る人も多くいます。
天才と呼ばれる人たちは単なる才能ではなく、次のような努力を費やしたからこそ成功することができます。
■専門的な知識
後天的要因は天才の大きな要素であり、その中心を占めるのは専門領域の知識習得だ。そして、そのような技能や知識の習得スピードに遺伝的要因が大きく寄与する(p45)
■幅広い興味
天才は、異例に幅広い関心や趣味を持っていたり、桁外れの多才さを発揮したりして、しばしば複数の専門領域に貢献する。(p43)
■粘り強さ (盲目的変異と選択的保持:BVSRと呼ばれる)
天才はある問題の解決法を広範囲に(ほとんど盲目的に)探し回り、袋小路を探り尽くし、繰り返し後戻りをした末に、ようやく理想的な答えにたどり着く。 (p42)
単に認知的脱抑制があるだけだと変人・奇人・狂人になるだけですが、高い知性により、大量の情報を制御できる人は、情報の洪水をアイデアの源泉に変えることができるのです。
不登校の子どもと認知的脱抑制
ここからは雑誌には書かれていない点に思いを馳せてみたいと思います。
天才たちはよく自閉症ぎみだったとかアスペルガーだったのではないかと言われることがあります。確かに、創造的な人の脳の状態は自閉症スペクトラム障害と関係があるようで、その点は雑誌のサヴァン症候群の特集でも説明されています。
天才たちは自閉症スペクトラムではなく愛着スペクトラム障害だったのではないか、とされることもあり、その点については以前に長引く病気の陰にある「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」で書きました。
天才と発達障害を結ぶエピソードと同様、しばしば注目されるのが天才と不登校・家庭教育を結ぶエピソードです。レオナルド・ダ・ビンチ、トマス・エジソン、アルバート・アインシュタインなどの著名な人たちは学習面での問題をかかえていたと言われています。
不登校の子どもと創造性は関係があるのでしょうか。
不登校の原因として注目されている病気のひとつに慢性疲労症候群(CFS)があります。子どもの慢性疲労症候群は、学校生活における大量の情報暴露を処理しきれなくなり、脳の神経が興奮し、慢性的な疲労感やさまざまな異常が生じる病気と考えられています。
ほかの子どもは不登校にならない状況でも大量の情報に暴露し、疲れ果ててしまうというのは、もしかすると脳のフィルター機能が弱いのではないか、という気がします。
この慢性疲労症候群(CFS)になる子どもたちには、創造的な傾向がみられると言われています。以下の書籍には「社会に出れば創造的な仕事や、社会の発展に寄与できる才能を発揮できる人たちである」と書かれていました。
小児CFSの本「学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているか」(上) |
慢性疲労症候群(CFS)の子どもの脳機能に創造的な傾向があるという点は、研究によっても裏づけられています。例えば以下のようなニュースがあります。
神戸新聞|社会|「慢性疲労症候群」の子 脳機能多く使用か 理研
原因不明の疲労が長期間続く「小児慢性疲労症候群」の子どもは、2種類の作業を同時に行う場合、健康な子どもが文字の読み取りなどを担う左脳だけを使うのに対し、直感力や独創力をつかさどる右脳も使うため疲れやすいとみられることを、理化学研究所分子イメージング科学研究センター(神戸市中央区)などのチームが突き止めた。
…研究チームのメンバーでもある三池輝久・子どもの睡眠と発達医療センター(兵庫県立総合リハビリテーションセンター内)長(67)は「不登校の子どもが疲れやすいのは精神的なものではなく、脳機能のバランスの悪さが背景にある。今後はどうすれば本来の脳機能を取り戻せるかを研究し、子どもの疲労をカバーしたい」と話す。
もしかすると、慢性疲労症候群の子どもは、他の人よりも多くの情報にアクセスするため、創造的傾向があると同時に疲れやすいのかもしれません。
認知的脱抑制が統合失調症や統合失調型パーソナリティと関係している点は注目に値します。統合失調症の陽性症状は、幻覚や幻聴(つまり創造性)ですが、陰性症状は異常な疲れやすさなのです。
わたし自身は、学生時代、飛び級していた文字通りの天才を見ているので、自分が天才と比ぶべくもないことをよく知っています。
不登校の子どもが、奇抜で独創性に富んだ天才かと言われると、そうではないと思います。統合失調症のように幻聴や幻覚に苦しめられることもありません。サヴァン症候群ほど記憶力がよいわけでもありません。
しかし創造的傾向と情報の扱い方はどことなく認知的脱抑制との関連を彷彿とさせます。創造性と奇抜さのモデルにおいて、「自分の役割を果たす普通の人」の中心にいるのではなく、「創造的でエキセントリックな人」のほうに偏った位置に存在しているように思えます。
はっきりとしたことについては素人のわたしにはわかりません。じつはまったく無関係なのかもしれません。真実はどうあれ、日経 サイエンス 2013年 06月号 天才脳の秘密はとても興味深い雑誌です。