元気であったわが子が、ある日を境として頭痛を訴えるようになった。次第に、めまいや疲れなども訴えるようになった。朝が起きづらく、無気力に見える。微熱があることもあり、家の中でダラダラ横になってばかりで学校を休みがちとなった。
複数の病院、診療科で診察・検査を受けたが、「異常なし」、あるいは「風邪」「片頭痛」「頚部捻挫」「自立神経失調症」「起立性調節障害」「うつ病」「身体表現性障害」等の診断を受けた。
しかし、病院の治療・薬は効かない。比較的体調の良い時期もあるが長続きしない。病気にかかりやすくて虚弱体質になってしまった。(p91)
これは、小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症に載せられている、子どもの「脳脊髄液減少症」の特徴です。
子どもの不登校の原因として、最近よく知られるようになった病気に、「起立性調節障害」(OD)という思春期特有の自律神経の異常があります。
起立性調節障害(OD)の主訴は立ち上がったときの血圧異常による頭痛や疲れですが、それと似たような症状を示す重篤な病気として、「脳脊髄液減少症」が関与しているケースがあることがわかってきました。
脳脊髄液減少症は、脳脊髄液が漏れ出したり、減少したりして、頭痛やたちくらみ、疲労感、めまいなどが生じる病気です。子どもの脳脊髄液減少症は、大人の場合と違った特徴もあります。
この記事では幾つかの専門家による解説資料を参考に、子どもの脳脊髄液減少症の特徴や、起立性調節障害など、よく似た病気と区別するポイントについてまとめました。
これはどんな本?
この記事では冒頭で紹介した、小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症を参考にしています。
この本は、明舞中央病院の中川紀充先生、山王病院脳神経外科の高橋浩一先生、こばやし小児科の小林修一先生、東札幌脳神経クリニックの高橋明弘先生ら、子どもの脳脊髄液減少症の専門家たちによる詳しい解説書です。
また「なまけ病」と言われて~脳脊髄液減少症~ (書籍扱いコミックス)は、脳脊髄液減少症の患者とその家族が直面する困難を描いたマンガで、子どもの患者のエピソードも出てきます。
熊本県 荒尾市民病院の不破 功先生も、小児および若年者の脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群): 脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群) というPDFファイルを公開されていました。
子どもの脳脊髄液減少症の特徴
小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症によると、子どもの脳脊髄液減少症には、臨床的な観点からすると、次のような特色がみられるといいます。(p91)
2.症状は天候に左右されやすい
3.水分摂取が症状緩和に有効なことが多い
4.起立性調節障害の特徴とされる午後以降の症状軽減はほとんどない
5.頭痛の発症日が比較的明瞭(慢性経過例では、発症時期が特定できなくなっている場合もある)
6.外傷を契機に発症した(外傷のない症例も多い)
7.頭部CT・MRI(造影を含む)では正常所見とされる場合も多い
これらの特徴を参考にしつつ、ここからはさまざまな具体的な症状を取り上げましょう。
起立性頭痛
まず、ほとんどの場合、頭痛が主訴であり、体の姿勢によって変化する、つまり身を起こすと悪化するという特徴があるため、「起立性頭痛」と呼ばれています。
しかし、子どもの場合、姿勢によって頭痛などの症状が変化することに気づいていない場合も多く、単なる偏頭痛や、緊張性頭痛とみなされていることも多いようです。
それらの起立性頭痛の患者の多くは、外傷など何か特別なイベントが先行したわけでもなく、ある日を境に始まった連日性持続性頭痛という訴えだけで、頭痛が起立性に増悪するということを自ら訴えないばかりか、逆に起立性頭痛を否定する場合さえある。
なぜそのようなことが起きるのかというと、LUP testのように極端な条件下では、頭痛の体位性変化が自覚できても、日常生活では臥位になってから短い時間では頭痛が軽減しなかったり、睡眠中も頭痛が続いたりする患者が珍しくないことや、体を起こしてから頭痛が増悪するまでに時間がかかって、体を起こしたことと、頭痛が悪化したことの因果関係を自覚できない場合が往々にしてあるからである。
したがって日常生活では頭痛の起立性要素に気づかないため、LUP testを行わない通常の診察では、当然ながら起立性頭痛とは判断されず、知らないうちに見逃されてきたのではないかと考えられるのである。(p10)
脳脊髄液減少症の頭痛や各症状は姿勢によって症状が変化するといっても、子どもが姿勢と体調の関係に自分で気づくのは難しく、起立性頭痛が見逃されてしまうこともあります。
横になったり起き上がっりしてから数十秒かそれ以上経ってから変化することも多く、日常生活の中では関係性に気づきにくいようです。横になっても頭痛がなくなるわけではなく、単に和らぐだけの子もいます。(p15)
特に起立性頭痛が3ヶ月以上続くと、中枢性感作によって痛みに過敏になるせいか、横になった状態でも頭痛が完全になくならない例が増えてくるような印象があるそうです。(p50,83)
本人が姿勢による症状の変化を自覚していない以上、起立性頭痛を問診だけで判別するのは難しく、後で改めて説明しますがLUP testのような検査が必要だとされています。
また、脳脊髄液減少症の起立性頭痛の特徴はさまざまで、体位によって悪化することを除けば、痛む場所、痛み方、運動や天候による変化、痛みの程度などで鑑別することはできないようです。(p26)
成人の脳脊髄液減少症では、出歩けないほどの激しい頭痛が特徴だと言われることもありますが、子どもの脳脊髄液減少症では必ずしもそうではないという違いがあります。
「起立性頭痛」といっても、成人の低髄液圧急性期にみられる強度の起立性頭痛は少なく、程度はさまざまである。(p91)
ICHD-IIで記載されていたような短時間での起立性増悪の頭痛を「起立性頭痛」として考えられていたことから、多くの臨床医は、外出が困難なほどの強い頭痛と思いがちである。
しかしながら、そのような強い症状を呈する起立性頭痛は、成人における低髄液圧症の急性期例にみられるが、小児・若年者では少ない。起立性頭痛を訴える患者でも、歩いて来院する場合がほとんどである。
したがって、「歩いて来られる程度の頭痛なら、低髄液圧症(脳脊髄液減少症)ではない」と判断されることがあるが、これは正しい認識ではない。(p98)
この本の序文では、以前から言われていたような、「起立性頭痛は、起き上がってから15分以内に増悪するもの」「脳脊髄液減少症の起立性頭痛は、歩いて病院へ来られないほど痛い」といった特徴は「誤った認識」であり、必ずしも正しくないとされています。
全身倦怠感や首の痛み
起立性頭痛はほとんどの患者に特徴的だとは言っても、100%必ず頭痛があるわけではなく、すぐに疲れるといった全身倦怠感(慢性疲労)や首の痛みが中心症状の子もいます。
なお、頭痛ではなくて「首が痛い」と表現する患者や、「すぐに疲れる」や「すぐに具合が悪くなる」と全身倦怠感が中心症状の患者もいるので注意を要する。
頭痛以外の症状が中心症状でも、座位・立位の継続で出現・増悪し、臥位で軽快・消失する特徴を有するのが脳脊髄液減少症の特徴である。(p92)
首すじと両肩甲骨の間の「洋服ハンガー」のような範囲の痛みや凝りは、「inter-scpular pain」と呼ばれていて、脳脊髄液減少症や起立性調節障害に特徴的なものだそうです。(p32、61)
顔面や目の奥、顎、手足などの痛みやしびれ感も加わって、「痛みのデパート」状態の子もいるようです。その場合、若年性線維筋痛症との鑑別が必要かもしれません。
いずれにしても、こうしたさまざまな症状は、起立性頭痛と同じく、姿勢の変化や、天候の影響を受けやすいのが特徴です。
発症から時間が経過して慢性化すると、起立性頭痛の姿勢による変化がわかりにくくなり、他の様々な症状が目立ってくることもあります。(p50,92,99)
めまい、ふらつき、聴覚・視覚異常
脳脊髄液減少症では、髄液減少により、脳の視神経や聴神経が引っ張られることで、視覚や聴覚の異常も生じます。
聴覚症状としては、髄液圧が低下することで、メニエール病に似た難聴、耳鳴り、めまいといった、子どもには珍しい症状や、音がこもる耳閉感、音が大きく響く聴覚過敏が生じることがあります。(p27,49,96,100)
視覚症状としては、複視やかすみといった、ピント調節や両眼視機能の異常、光過敏などの認知異常といった、通常の眼科検診ではわからない問題が生じることがあります。(p100,158)
こうした症状については、高橋浩一先生のブログや、井上眼科病院の若倉雅登先生の記事でも指摘されていました。
「ぼやけて見える」には2種類の原因…テレビ番組で大反響 : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
脳脊髄液減少症、「保険金目当て」「心因性」と解釈されてきたが… : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
あまりに症状が強い場合や、治療後も症状が残ってしまう場合は、色付きレンズ・偏光レンズなどを用いたメガネが役立つことがあると言われています。
自律神経症状
そのほか、消化器症状、動悸、微熱、不明熱、といった、検査で異常が見当たらず、不定愁訴、心の問題とみなされがちな自律神経症状も表れます。それに伴い、睡眠リズムが崩れ、極端に朝に弱く、起きられなくなることもあるようです。
発症初期は頭痛中心の訴えであるのに対し、時間経過にしたがって、こうした不定愁訴が増えていく傾向があるとされています。(p100-101)
概日リズム睡眠障害や自立神経症状は、小児慢性疲労症候群との鑑別が必要かもしれません。
高次脳機能障害
なかには、記憶障害や性格の変化など、高次脳機能障害が現れる場合もあります。発症から長年経過した例では、統合失調症やうつ病といった精神疾患と誤診され、不適切な薬物治療によって悪化している場合もあるようです。(p100,155,159)
ここまで見てきたさまざまな症状は一般的な検査で異常が出ないため、気のせい、心因性、怠け病、不登校などととみなされて不当な扱いを受けたり、思春期の起立性調節障害(OD)や慢性疲労症候群、精神障害と誤診されたまま、難治化してしまっていることがあります。
発症の原因
子どもの脳脊髄液減少症は、おもに6-19歳に発症する事が多く、8割が交通事故・スポーツ・その他の外傷をきっかけに発症しているそうです。
不破先生の資料によると、脳脊髄液減少症の患者の傾向としては20歳以下の若年例を見ることも少なくなく、12.9%を占めていたそうです。
今のところ2008年にUysalらが報告した5歳が最年少であり、ブラッドパッチによって治療されたと書かれています。
学校の授業の中では、近年、武道の必修化により、柔道によって発症する例が相次ぎ、スポーツ外傷としての子どもの脳脊髄液減少症が広くクローズアップされました。
また、めまいなどの症状を訴える患者の診療に当たるうちに、脳脊髄液減少症と関わるようになった耳鼻咽喉科 | 川崎市立 川崎病院の相馬啓子先生は以下のニュースの中で、脳脊髄液減少症はどんなスポーツでも起こる可能性があり、マット運動が多いように思うと語っています。
脳脊髄液減少症テーマに講演会、市立学校教諭ら130人が対応策学ぶ、スポーツ事故で注目/川崎:ローカルニュース : ニュース : カナロコ -- 神奈川新聞社
なかには尻もちなどさほど重症でない外傷や、吹奏楽の活動で発症する例もあると言われています。
脳脊髄液減少症には、外傷性と特発性の2種類があり、外傷性は事故後、一ヶ月以内の発症が多いようです。
一方、これといって大きなきっかけが見当たらない特発性の発症には、マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群、関節過可動症候群(Joint Hypermobility Syndrome)など、先天性の結合組織の弱さが、素因として関係しているかもしれません。(p61,96)
起立性頭痛だけに注目すれば、ある日を境に突然始まるとしても、80%以上が非外傷性できっかけが見つからなかったという報告もあります。(p30)
子どもの脳脊髄液減少症の性別は、どちらかというと男の子のほうが多いとのことですが、男女ともに可能性があるとみるほうがよいでしょう。
LUP testによって判別される起立性頭痛全体を見れば、脳脊髄液減少症だけでなく起立性調節障害の例も含んでいるからか、2:1で女性のほうが多くなるそうです。(p26)
子どもの脳脊髄液減少症を区別する
専門家である国際医療福祉大熱海病院・脳神経外科の篠永正道先生と高橋浩一先生は、以下のニュースのなかで、子どもの脳脊髄液減少症が他の病気に誤診されやすいという問題に触れています。
東京新聞:脳脊髄液減少症 頭部、背中強打で頭痛が続く:健康(TOKYO Web)
つなごう医療 中日メディカルサイト | 脳脊髄液減少症 原因は硬膜損傷 心の病と誤診も
まず篠永正道先はこう述べています。
「脳脊髄液減少症の患者は、起立性調節障害やうつ病などと誤診されがち。仮病と思われ、不登校やひきこもりの原因になっている可能性もある」
「最初に学会で発表しようとしたときは、奇人扱いだった」
「潜在患者は数十万人いるのでは」
次いで高橋浩一先生のコメントです。
「子どもの脳脊髄液減少症は、スポーツによる外傷が原因のことが少なくない」
「脳脊髄液減少症を知らなかったり認めなかったりする医師もいて、耳鼻科や眼科などをたらい回しになっている患者も多い」
両先生の言葉で共通しているのは、子どもの脳脊髄液減少症は誤診・誤解されやすく、気づかれていない場合が多いということです。
起立性調節障害(OD)
脳脊髄液減少症は、冒頭でも触れたように、特に起立性調節障害(OD)とは起立性頭痛という共通症状があるため、誤診されやすいといえるかもしれません。
高橋浩一先生のブログによると、、起立性調節障害(OD)と診断されて治療を施してもよくならない場合、子どもの脳脊髄液減少症の可能性があるとされています。
ODは自律神経の異常により、朝極端に体調が悪くなったり、起き上がったときにめまいやだるさ、思考力の低下が生じたりする病気で、おもに思春期の子どもに発症します。
小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症によると、ODのサブタイプの中でも、特に体位性頻脈症候群(POTS)が起立性頭痛を伴いやすく、脳脊髄液減少症と似ており、誤ってブラッドパッチを施してしまった例も報告されているとのことで注意が喚起されています。
小児・若年者の起立性頭痛を取り扱う場合は、特に注意が必要である。
それは、思春期のカ患者において頻度が高く、不登校においてもしばしば問題となる起立性調節障害(orhostatic dysregulation : OD)、特にその中でも頭痛を伴いやすい体位性頻脈症候群(postural tachycardia syndrome : POTS)に特徴的な頭痛が起立性頭痛だからである。
POTSの頭痛は脳脊髄液の漏出を伴わない起立性頭痛として重要で、これまでもPOTSに対し、誤って硬膜外ブラッドパッチ療法(epodural blood patch : EBP)を施行したという報告が見られる。
わが国においては、POTS患者の大多数は思春期に集中して発症するという特徴があるため、小児・若年者の起立性頭痛を診療する際には、成人の場合と異なり、POTSによる起立性頭痛と、EBPなど侵襲的な治療が有効な髄液漏出による起立性頭痛とを常に意識し、この両者を的確に区別して対応することが求められる。(p11)
本当は脳脊髄液減少症なのに、ODと誤診されてしまうとなかなか治りませんし、逆に本当はOD(ないしはPOTS)なのに、脳脊髄液減少症と誤診されてしまうと、リスクを伴う不必要な治療を受けてしまうことになります。
たとえ起立試験などで異常がみとめられ、ODと診断されたとしても、ODの検査は脳脊髄液減少症を除外できないので、脳脊髄液減少症でないとは言い切れません。
この年齢層では問診をしてみると多少のOD症状を自覚している場合や、OD症状はなくても起立負荷試験をしてみると陽性を示す場合がしばしばある。
しかし表面に出てきたそれらの所見から、短絡的にODによる起立性頭痛と断定することは避けなければならない。
もし本当に髄液漏出があって起立性頭痛が起こっているのであれば、治療の機会を奪ってしまうことになるからである。(p73)
小児期発症の脳脊髄液減少症を描いたマンガである「なまけ病」と言われて~脳脊髄液減少症~ (書籍扱いコミックス)には、当初は起立性調節障害と誤診されていた女の子が、脳脊髄液減少症であることが判明し、治療によって改善したストーリーがつづられています。
主人公の中学一年の田中有加(ゆか)さんは、ある朝起きると、「天井がぐるぐるしてからだがふわふわしてる」という得体のしれない症状や激しい頭痛を感じました。
どうやら10日前に、廊下で転んで頭を打ちつけたあとで調子が悪くなったようでした。しかし病院では「起立性調節障害(OD)」と診断されます。
起立性調節障害も起立性頭痛が特徴で、吐き気やめまい、朝起きられないといった症状もよく似ていますから、小児期の脳脊髄液減少症とは混同されやすいようです。
しかし脳脊髄液減少症は起立性調節障害と違い、夜になったら回復する、ということはありません。
有加さんは、決して学校嫌いなわけでも、サボっているわけでもなく
「行きたいよ… 本当は学校…行きたいよ 友達と…一緒にいたいよ… 高校にだって…行きたいよ でも行きたくても行けないんだよ」
と思っていました。
起立性調節障害や慢性疲労症候群の子どもを含め、身体疾患によって不登校になってしまった子どもは、これと同じ気持ちでいると思います。
有加さんの場合は廊下で転んだこと、という目立った原因が思い当たりましたが、子どもの脳脊髄液減少症の中には、原因が思い当たらない場合や、吹奏楽の演奏などの意外な原因で発症する場合もあります。
ですから、起立性調節障害と診断されているけれど、治療でよくならない、症状が重い、どこか違うように感じる、という場合は脳脊髄液減少症の検査を受けてみるとよいかもしれません。
ODと脳脊髄液減少症の起立性頭痛の違い
小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症には、起立性調節障害(OD)と、脳脊髄液減少症(漏出症)の起立性頭痛の鑑別方法について、詳しい表が載せられていたので、ここで引用したいと思います。(p69)
a.ODによる起立性頭痛を示唆する所見
●症状が朝起床時から午前中を中心に出現し、夕方から夜にかけて軽快する。
OD症状の中でも、頭痛・食思不振・気分不良・全身倦怠感に注目し、起床時から午前中を中心に出現し、午後から夕方、夜間にかけて軽快するか、その日内変動を検討する。
●症状の非連日性や季節性変動
ODの場合、症状のない日があって、普通に通学できる期間があったり、秋から冬にかけて自然に治って、初夏から夏にかけて再燃するといった、季節性変動が見られることがある。
●潜行性の発症
朝の食思不振や気分不良は、頭痛などの症状が顕著になる以前から潜行性に出現していることがある。
b.髄液漏出による起立性頭痛を示唆する所見
●ある日を境に発症し毎日続く連日性頭痛
潜行性に発症するODと違い、髄液漏出の場合、ある日を境に連日性・持続性頭痛(NDPH様パターン)で発症するのが特徴的である。
●朝から晩まで波打ちながら続く持続性頭痛
髄液漏出の場合、日中の活動の中で、頭痛がまったくない日や頭痛がまったくない時間帯は例外的である。
●起床時より午後や夜にかけてむしろ悪化する頭痛(second-half-the-day headache)
夜になるといつも症状が自然に軽快するようなことはなく、髄液漏出による頭痛は波打ちながら一日中続くか、むしろ夕方から夜にかけて悪化するのが特徴的である。
●起立性の脳神経牽引症状 (聴力や視力の障害)
LUP testのPhese I体位で軽快し、PheseII体位で再出現する聴力や視力の障害があれば、髄液漏出の可能性が示唆される。
●ODの好発年齢でない
ODの好発年齢を外れていれば、よほど急激な体格の変化が先行しない限り、ODによる起立性頭痛の可能性は低い。
●発症24時間以内の外傷の先行
外傷が先行する場合は、髄液漏出が疑われるが、特に受傷当日および翌日からの急激な発症は、髄液漏出による起立性頭痛を強く示唆する。
c.鑑別に貢献しない所見
●LUP test陽性頭痛
どちらの起立性頭痛でも同じO型の反応を示し、鑑別の役には立たない。
●起立負荷試験
起立負荷試験が陽性に出ても、髄液漏出の可能性を否定する根拠とはならない。
●ODの好発年齢
ODの好発年齢でない場合と異なり、好発年齢の場合は、鑑別の役には立たない。
簡単に言うと、ODは徐々に発症し、日内変動や季節変動があるのに対し、髄液漏出は突然の発症が多く、絶え間ない頭痛が続き、頭痛以外の聴力や視力の症状も出ることが多い、ということになります。
また脳脊髄液減少症は絶対的な安静療法で改善することが多いですが、POTSは安静にすると起立不耐症がかえって悪化するという違いもあるそうです。(p68)
ODの起立負荷試験や、髄液漏出のLUP testでは反応が似ていて容易には区別できないので、こうした特徴と照らし合わせながら注意深く鑑別し、誤った診断や治療にならないよう心がける必要があります。
中には、思春期特有のPOTSをもともと抱えていたところに、不幸にも脳脊髄液減少症を発症し、全身倦怠感と食欲不振はPOTSから、頭痛と気分不良は脳脊髄液減少症から来ているといった複雑なケースもあると書かれていました。(p68,121)
ODのうち、特にPOTSと脳脊髄液減少症の症状が似ている背景には、POTSのメカニズムの一端に、髄液漏れではなく、髄液吸収が促進されることによる髄液減少が関係している可能性があるようです。(p61)
近年、髄液の循環についての研究が進むにつれ、脳脊髄液の産生と吸収の不均衡がこれらの疾患に共通しているのではないか、という説が出てきているといいます。
以上の諸説から導かれる考えとして、この疾患の本質は、髄液の産生と吸収の不均衡からくる髄液の吸収過剰であって、髄液漏出自体は、もしそれが起これば一気に均衡が吸収過剰に傾くことから、この疾患に重大な影響を及ぼすものの、実は絶対的な条件ではないのかもしれない。(p63)
すでに述べた急性の脱水やPOTSによる起立性頭痛も、このメカニズムによって起こる可能性があると考えられる。(p61)
今のところ、髄液の漏出は画像検査で確認できますが、髄液の減少を確かめるすべはありません。
しかし、髄液のメカニズムについての研究が進み、髄液減少を客観的に判別できる技術が登場すれば、脳脊髄液減少症だけでなく、POTSや、慢性疲労症候群など起立性頭痛を伴う別の病気の枠組みにも大きな変革が生じる可能性がありそうです。
過剰な運動の影響
起立性調節障害のほかにも、脳脊髄液減少症との鑑別を要するものがあります。
神奈川県学校保健学会 - Dr.高橋浩一のブログで高橋浩一先生はこんな例を挙げています。
「ラグビーを週末を中心に練習している子どもですが、練習を終えた夜には、悲鳴をあげるほどの頭痛で苦しみます。練習のない日には、頭痛がありません。脳脊髄液減少症の可能性がありますか?」
との御質問には、
「脳脊髄液減少症の可能性より、その子にとって運動量が過剰と考えるべきでしょう。脳脊髄液減少症の頭痛は、ほとんど連日性です。」
と回答させて頂きました。
運動後にひどい頭痛がある場合、脱水症状による髄液減少のほか、このサイトで過去に取り上げたオーバートレーニング症候群の可能性を考える必要があるかもしれません。
オーバートレーニング症候群は慢性疲労症候群と同等の長期的な異常が生じる病気で、サッカーの森崎浩司選手などが発症したことが知られています。
学校の部活やアマチュアレベルのスポーツ活動でも発症することがあり、才能ある有望な子どもが無理な練習が続いた結果、夢をつぶされてしまうということも生じています。
脳震盪、軽度外傷性脳損傷
スポーツや事故による脳震盪、軽度外傷性脳損傷は、脳脊髄液減少症を併発していることがあるので注意が必要です。(p967)
高橋浩一先生のブログでは。武道必修化にあたって、セカンド・インパクト症候群にも気をつけてほしいという説明もありました。
セカンド・インパクト症候群とは、一度頭部に外傷を負うと、二度目以降、軽い衝撃でも重症化する病態を言うそうです。
偏頭痛、慢性疲労症候群、線維筋痛症
篠永正道先生による脊椎脊髄ジャーナル29巻10号の記事「小児の脳脊髄液減少症」には、そのほかの誤診されやすい病気として、以下のものが挙げられていました。
小児の脳脊髄液減少症は,診断に至る例は氷山 の一角にすぎない.
多くは起立性調節障害,難治性片頭痛,慢性連日性頭痛,身体表現性障害,適 応障害,慢性疲労症候群,線維筋痛症などと診断されている.
上記診断例の中にかなりの数の脳脊髄液減少症が含まれていることが推測される
起立性調節障害のほか、偏頭痛や慢性疲労症候群、線維筋痛症と誤診されている例があることがうかがえます。
小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症によると、偏頭痛の頭痛と、脳脊髄液減少症や起立性調節障害の起立性頭痛は、LUP testをすることで鑑別でき、おおむね正反対の反応を見せることが多いようです。(p16)
いわゆる偏頭痛の「おじぎテスト」は、偏頭痛のあるなしの確認には役立ちますが、起立性頭痛との鑑別には向かないそうです。(p35)
また、偏頭痛とはメカニズムが違うので、脳脊髄液減少症の頭痛には、偏頭痛の頭痛によく効くトリプタンなどの鎮痛剤は効きません。(p29)
急性副鼻腔炎
また、子どもが突然始まった連日続く頭痛を訴える場合、起立性頭痛や偏頭痛のほかに、急性副鼻腔炎や慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の頭痛であるケースも多いと言われています。(p31,38)
しかしたとえ偏頭痛や副鼻腔炎だとわかっても、起立性頭痛も合併して複雑になっている場合もあることには注意が必要です。
脳脊髄液減少症の検査
脳脊髄液減少症の検査には、頭部MRI、脊髄MRI、MRミエログラフィー、RI脳槽シンチグラフィー、CTミエログラフィー、硬膜外生理食塩水注入試験などが用いられます。
子どもの脳脊髄液減少症は、MRIやCT画像での異常所見は少ないと言われていて、RI脳槽シンチが診断上、重要視されています。RIとはラジオアイソトープのことで、放射性同位体を用いて、髄液の流れを確認します。
起立性頭痛を調べる「LUP test」
小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症には、先程から名前が出ているLUP test(Lumbar-uplift test)という、姿勢によって頭痛などの症状が変化するかを確かめる検査方法が紹介されています。
これは、
■Phase I
ベッドの上に膝を立てた状態で横になり、腰の下に毛布などを敷いて、腰を10-13cmほど高くした姿勢。肩甲骨がベッド表面から浮き上がらないようにして、心臓が頭より極力高い位置にならないよう気をつける。
■Phase II
腰の下の毛布を取り去ったあと、上半身をゆっくり起こして座る姿勢
の二つの状態のときの症状を比較することで、頭蓋内の脳脊髄液の状態を急激に変化させ、本人が症状の変動を自覚できるようにする手法です。
Phase I体位で頭痛が消える(和らぐ)までには10秒から20秒、Phase II体位にして頭痛が悪化するまでには20-30秒ないしはそれ以上かかることが多いようです。
これではっきりとわからない場合は、
■Phase I 増強法(HHD法)
Phase Iの姿勢から、さらに頭をベッドの縁から垂れ下がらせる姿勢。Phase Iと同じく、肩甲骨がベッド表面から離れないようにするとともに、外耳孔の位置がベッドの表面と同じ高さかベッド表面よりもやや上になるよう気をつける。
という、より極端な姿勢を用いて、Phase IIのときの症状と比較します。
これらは、小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症のp12-25に図入りで方法が説明されており、しっかり説明を読めば、Phase I増強法以外の部分は、自宅でもself-LUP testとして試してみることができます。
ただ、前述の鑑別点の中で指摘されていたように、起立性調節障害とLUP-testによる反応が似ていますし、そのほかにも、急性の脱水やマルファン症候群など、髄液漏れとは別の理由で、髄液減少や内圧低下が起こっている可能性もあります。(p58-61)
また、起立性頭痛の体位による変化は、慢性化するにつれてわかりにくくなるとも言われています。(50)
専門的知識を要するPhase I増強法を正しく使わないと正確に判別できない事例もあるようです。(p37)
それで、self-LUP testをやってみてたとえ体位によって症状が変化する起立性頭痛があることに気づいたとしても、専門家の判断を仰ぐことは大切です。
脳脊髄液減少症の治療
最後に、子どもの脳脊髄液減少症の治療について。
小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症によると、まず安静療法や水分補給、生理食塩水や乳酸リンゲル液、開始液(1号液)などの補液の点滴によって改善するかどうかを試します。
この「安静」というのただ休むという意味ではなく、1日24時間のうち23時間、トイレ、入浴などを除いて横になっている厳重な安静を少なくとも2週間続けるというものです。
場合によっては、入院環境で絶対的安静と、連日の補液の点滴をすることも必要かもしれません。
子どもの場合、損傷した硬膜の回復率が高いため、発症から1年以内であれば、厳重な安静臥床で改善することも多いようです。回復後3ヶ月は重い物を持たず、激しい運動もせず、体育は見学することが必要です。(p127-129)
改善が見られないなら、硬膜外に生理食塩水を注入する硬膜外生理食塩水注入(生食パッチ)や、生食水に空気を加える硬膜外空気注入、自己血によって髄液漏れをふさぐ硬膜外自己血注入(ブラッドパッチ)などを考えます。(p75,132)
高橋先生のブログによると、治療法であるブラッドパッチの効果は成人例よりかなり高く、15歳以下発症の脳脊髄液減少症では、ブラッドパッチで9割以上が改善しているそうです。
126例の検討によると、治療予後は著明改善が91例(72.2%)、軽度改善が24例(29.0%)、不変7例(5.6%)、不明4例 (3.2%)だったとされています。
小児期、学童期発症の脳脊髄液減少症126例の検討 臨床像と対応法 - Dr.高橋浩一のブログ
しかし、小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症によると、発症から5年以内のブラッドパッチであれば有効率90%以上であるのに対し、発症から10年以上経っている場合は有効率が半分以下になってしまうことがわかっていて、早期発見、治療の大切さが強調されています。
また線維筋痛症の合併例では、ブラッドパッチによって痛みが悪化する割合が少なくなく、事前に圧痛点を確認し、線維筋痛症の傾向があるかどうか確かめておくことが重要とされています。(p134-135)
若年発症の脳脊髄液減少症が改善した例として、最近のニュースで、NHK学園高3年の佐香穣さんについて、何度か報道されていました。
病気克服の高校生 市議会で歌舞伎口上披露 | 河北新報オンラインニュース
佐香さんは、高校1年だった2012年5月に、ボート部の練習に行く途中に転んで全身を強く打ったことで脳脊髄液減少症を発症しました。
一度治療を受けて回復したあとに再発しましたが、声優になる目標をもって、朗読大会などで頑張っておられるとのことです。
ニュースでは、『強い衝撃で髄液が漏れ、頭痛やめまいを引き起こす「脳脊髄液減少症」を克服し、朗読コンテストで東北一になった』と書かれています。
小児期発症の脳脊髄液減少症は、辛い病気であり、気づくのがなかなか難しい病気ですが、幸いにも症状を改善できる治療法があるので、もし可能性があるなら、できるだけ早く専門医をあたってみるようお勧めします。
起立性調節障害などの似た病気と区別するのは難しそうですが、それぞれ治療法が異なるので、最初に高橋先生がおっしゃっていたように、ある方法でよくならない場合は、別の病気を疑ってみるのが一番よいのかもしれません。
子どもの脳脊髄液減少症を見逃さないために
子どもの脳脊髄液減少症をも逃さず、早期発見・治療するためには、今回のエントリで取り上げたように、症状の特徴や、類似している病気との違いについてよく知っておくことが役立ちます。
この記事で取り上げた情報のほか、「NPO法人脳脊髄液減少症患者・家族支援協会」のサイトにも子どもの脳脊髄液減少症についての詳しい情報がまとめられています。
小児及び10代(6~19歳)の脳脊髄液減少症患者についての情報
「脳脊髄液減少症の子どもの親と、賛同者からなるボランティア団体」である脳脊髄液減少症・子ども支援チームのサイトにも、高橋浩一先生による「小児期の脳脊髄液減少症」の情報や、『子どもの脳脊髄液減少症』という本について載せられています。
またfrom_anne_shirleyさんが関連記事を知恵ノートにまとめておられます。
頭痛など体調不良に苦しむ 『脳脊髄液減少症』 小児のための参考HP・ブログ等 - Yahoo!知恵袋
より詳しく知るには、この記事で紹介したマンガ「なまけ病」と言われて~脳脊髄液減少症~ (書籍扱いコミックス)や、何度も引用してきた専門的な書籍、小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症もぜひ参考にしてください。
この本の著者らの病院へのリンクも貼っておきます。
札幌市白石区 東札幌脳神経クリニック|頭痛・めまい・しびれのお悩みなどご相談ください
頭痛外来・低身長相談/こばやし小児科・脳神経外科クリニック/兵庫県神戸市西区