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覚醒維持物質オレキシンがPTSDの「汎化」に関与しているという研究

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前の記事で、トラウマ障害には、覚醒に関わる神経ペプチド「オレキシン」が関与しているのではないか、と書きました。

具体的には、PTSDの過覚醒や不眠にはオレキシンの過剰な働きが関係していて、その反対の解離の低覚醒や過眠にはオレキシンの抑制が関係しているのではないか、と考えました。

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今月11/20に筑波大学から、PTSDの症状に確かにオレキシンが関わっているという研究が発表されました。オレキシンの発見者の櫻井武先生らの研究です。

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オレキシンが関与する新たな恐怖調節経路を発見-筑波大ら - QLifePro 医療ニュース

今回の研究により、オレキシンがOX1Rと結合することで恐怖のレベルを調節していることが明らかとなり、オレキシンのOX1Rへの結合を妨げる拮抗薬を用いれば、PTSDに見られるような過剰な恐怖反応やパニック発作を抑制することができる可能性が示唆された。

この研究によれば、PTSDの「汎化」と呼ばれる現象に、オレキシンが関与していることがわかり、オレキシンの働きを抑制する薬によって、症状を緩和できるのではないか、とされています。

トラウマ障害の「汎化」とは

まず、オレキシンが関与しているとされる、トラウマ障害の「汎化」とは何か、プレスリリースの説明を引用したいと思います。

動物は恐怖を感じたとき、無意識のうちにそのときの環境、周囲にあったもの、音、匂いなどをその恐怖と結び付けて記憶します。

そして、後に同じ状況に陥ったり、同じ感覚を感じたりすると恐怖を覚え、行動や自律神経系に変化が現れます。本来これは、危険を示唆する状況を避けて生存確率を高めるための合目的的な反応なのですが、ときに反応が強く起こりすぎてしまうこともあります。

また、恐怖を感じたときに聞いた音、匂いなどの感覚、周囲の環境が、正確に同じでなくても、似たものや関連するものである場合も恐怖を惹起することがあります。これは「汎化」と呼ばれる現象で、多様な環境に柔軟に適応し生存していく上で不可欠な反応です。

しかしそれが適切なレベルを超えてしまうと、恐怖を感じる必要がない状況や感覚に対しても恐怖を感じてしまい、強いストレスにより精神的に大きな負担を感じたり日常生活に支障をきたしたりします。

この状態の代表例が心的外傷後ストレス障害(PTSD)です。

「汎化」とは、本来原因になった刺激だけでなく、それと似たような刺激にも過敏に反応してトラウマ障害の症状が出るようになってしまう現象です。

このブログでも前に何回か説明していますが、自然界では、あるヘビに襲われたなら、そのヘビだけでなく、似たような生き物も避けるようになったほうが生き延びる確率が上がります。

人間もまた、生命の危機を伴うようなショッキングな出来事を経験したとき、生物的な本能から、トラウマを経験した出来事そのものだけでなく、それを想起させるような場所や匂い、音などに対しても過敏に反応するようになります。

症状を引き起こすトリガー刺激が増加していき、ささいなことにも過敏に反応してしまうようになるのがPTSDであり、その逆に、感覚が鈍麻して無反応になっていくのが解離です。

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この二つは正反対の特徴をもっていますが、トラウマ障害を抱える人はPTSDと解離両方の特徴を示します。たいてい、ささいな一過性の刺激に対しては過敏になる一方、慢性的な刺激や大きすぎる刺激に対しては感覚が麻痺します。

これはどちらも、パブロフの実験の古典的な「条件付け反応」と関係しています。ささいな刺激とパニック症状が結びついてしまうのがPTSD、慢性的な刺激と虚脱や麻痺が結びついてしまうのが解離ということになります。

つまり、「汎化」とは、さまざまな刺激とトラウマ症状とが、過剰に条件付けされていって、本来は危険でないはずのものまで身体が危険だと認識してしまう過剰学習が起きてしまう現象です。

戦争帰還兵のように、ちょっとしたサイレンや減りの音にもパニックになってフラッシュバックしてしまうというPTSD症状は、比較的わかりやすい汎化です。

それに対して、解離の汎化は気づかれにくいかもしれません。

学校を思い出させる状況になるとぐったりしてしまう不登校児、職場を思い出させるものに出会うと急にしんどくなる新型うつ病の人、昔ひどい目に遭わされた親や教師と似た雰囲気を持つ人と会うと無意識のうちに凍りついてしまう人。

PTSDのようにパニックになったり逆上したりはしませんが、身体が麻痺したり、凍りついたり、過剰に眠くなったり、思考がフリーズしたりするのが解離症状です。

トラウマ障害では、PTSD症状も、解離症状も、どちらも「汎化」によって、日常生活のさまざまな場面で引き起こされるようになり、やがて慢性化していきます。

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オレキシンと「汎化」の関係

今回の研究では、この「汎化」現象と、覚醒に関わる神経ペプチドであるオレキシンが関係しているということがわかりました。

以前の記事ですでに考えていたとおり、オレキシンは、脳の警報アラームともいえる扁桃体と結びついているようです。

危機的な状況に直面すると、桃体が活性化して危険アラームが鳴り響き、神経を興奮させるノルアドレナリンが分泌されます。そして、なかばパニック状態になり「逃走か闘争か」反応が起こり、その場を切り抜けようとします。

このとき、覚醒度が上がって、目がはっきり冴え渡りますが、そこで関与しているのが覚醒をつかさどる物質であるオレキシンのようです。

恐怖や危険を感じる状況では、オレキシンニューロンが興奮することが知られています。

そこで本研究グループは、オレキシンに着目し、特定の神経細胞を任意のタイミングで操作できる遺伝子改変マウスを用いて研究を行ないました。

その結果、オレキシンが脳幹の青斑核という部位でノルアドレナリンを作り出す神経細胞群(NAニューロン)を刺激し、環境に対して感じる恐怖に関連した行動を調節していることを発見しました。

生命の危機を体験すると、オレキシンが脳幹にある青斑核という部分に働きかけ、その結果「逃走か闘争か」を引き起こすノルアドレナリンが分泌されるようです。

そして、このオレキシンは、扁桃体に保存されたトラウマ記憶の「汎化」を引き起こす役割も担っていることがわかりました。

恐怖記憶は、脳の深部に存在する扁桃体という部位に記憶されています。

オレキシンによる刺激をうけたNAニューロンは、扁桃体の外側部分に働きかけ、あらかじめ成立していた恐怖記憶を汎化させ、恐怖の応答を強めることが明らかになりました。

オレキシンは、すでにあるトラウマ記憶を汎化させ、特定の状況だけでなく、それと似た状況にも反応するよう、学習させているということになります。

ごく当たり前のことですが、わたしたちは、眠いときよりも、はっきり目が覚めているときのほうが学習し、記憶できます。

オレキシンはノルアドレナリンの分泌を促し、覚醒度を引き上げることによって、わたしたちがトラウマとなる状況をよりよく記憶し、それ以降、似たような場面に直面したときに避けられるよう学習を強化しているのではないかと思います。

PTSDを発症する人は、ショッキングな出来事を経験したとき、オレキシンが分泌されて過覚醒状態になり、経験した危険な出来事を鮮烈に記憶します。再びそんなことが起こったらすぐに避けられるようにするためです。

それだけでなく、それ以降もトラウマを思い出させるような場面に直面するたびにオレキシンによって覚醒度が上がり、より強い条件付けを学習していくのでしょう。

このとき、あまりに過覚醒が強くなったり、長く続いたりして、神経が過負荷に耐えられなくなると、ブレーカーが落ちるかのようにオレキシンがシャットダウンされ、逆に低覚醒の凍りつき状態に陥り、解離が起こるのだと思われます。

おそらく、不登校の子どもが過眠を伴う概日リズム睡眠障害に陥るのは、これが原因ではないかと考えています。

まず学校に行く時間と虚脱症状とが条件付けされているために、朝起きられなくなります。このとき、オレキシンシステムが抑制されたシャットダウンが起こっているため、過眠に陥ります。

そして、学校が終わる時間帯になれば条件付けされた虚脱反応が和らぐので、にわかに少し元気を取り戻します。

オレキシン関連の薬物療法は効果があるのか

今回の研究では、PTSDの過剰学習にオレキシンが関与していることから、現在、不眠症の治療に使われているオレキシン受容体拮抗薬がPTSD治療に役立つ可能性が示唆されていました。

オレキシンは、その受容体(OX1R)と結合することにより、恐怖のレベルを調節していました。

つまり、オレキシンのOX1Rへの結合を妨げる物質(拮抗薬)を用いれば、PTSDに見られるような過剰な恐怖反応やパニック発作を抑制することができる可能性があります。

オレキシン受容体拮抗薬はすでに不眠症の治療薬として実用化されていますが、今回発見された新たな効用については、さらなる検討が必要です。

ここで、すでに実用化されているというオレキシン受容体拮抗薬とはベルソムラ(スボレキサント)のことでしょう。以前の研究によれば、スポレキサントは高齢者の異常な過覚醒状態であるせん妄症状への効果が確かめられていました。

世界初!オレキシン受容体拮抗薬のせん妄予防効果を実証|学校法人 順天堂のプレスリリース

せん妄は、ただ覚醒状態が上がるだけでなく、認知機能がかえって低下する異常な状態です。過覚醒だからといって、これまで使われていたような睡眠薬を使うと、かえって認知機能が低下し、症状が悪化してしまうそうです。

せん妄に陥っている人は、心配や不安で眠れなくなっているわけでなく、覚醒システムそのものが機能不全に陥っているため、ベンゾジアゼピンのような抗不安作用を持つ睡眠薬ではなく、覚醒維持システムそのものに働きかけるスボレキサントが効くのでしょう。

PTSDのようなトラウマ障害も、心配や思い煩いによるうつ状態ではなく、生命の危機を体験したことによる、生物学的な生き残り反応です。

PTSDにオレキシン受容体拮抗薬が本当に効果的なのかどうかは、さらなる研究を待たなければなりませんが、使い方によっては役立つ可能性がありそうです。

これまで、PTSDの治療として、トラウマ経験直後に恐怖記憶の条件付けを防ぐために、インデラル(プロプラノロール)や カタプレス(クロニジン)のような交感神経を抑制する降圧薬が使われることがありました。

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オレキシンが恐怖記憶の条件付け学習に関わっているのであれば、スボレキサントも覚醒度を引き下げることによって、同様の役割を果たせるのかもしれません。

一方で、この記事で少し考えたように、トラウマ障害は、ただオレキシンの作用が過剰になって過覚醒が引き起こされているというような単純な病態ではないはずです。

トラウマを抱えた人は過覚醒と低覚醒を揺れ動き、解離が強い人は逆に低覚醒のほうがデフォルト状態になっていきます。トラウマを抱えた人が苦労するのは、過覚醒と低覚醒のあいだにある「耐性領域」にとどまることでした。

トラウマのせいで慢性的な低覚醒状態になっている人は、逆にオレキシンの作用が抑制され、ナルコレプシー寄りの過眠状態になっているはずですから、スボレキサントのようなオレキシン受容体拮抗薬は逆効果です。

現在開発されているというオレキシン受容体作動薬を使ってオレキシンを活発にさせれば低覚醒は和らぐはずですが、同時にトラウマ記憶の「汎化」が起こりやすくなるので、PTSD症状が強まる危険があります。

オレキシン神経が失われているナルコレプシーや、病的な過覚醒状態に陥っている高齢者のせん妄とは違い、トラウマ障害で起こる過覚醒または低覚醒は、生物的な学習や適応によるものだと思われます。

もっともな理由があってオレキシンのコントロール異常が起こっているので、おそらく、単に薬でオレキシンをコントロールすることには限界があるでしょう。将来こうした薬が治療に導入されるとしても、そのことを踏まえた上で活用するのがよさそうです。


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