当事者のなかには、子どものころから「自分はほかの人とどこか違う」と思い悩み、生きにくさを感じながら成長してきたため、発達障害であることが判明してむしろホッとしたという人が少なくありません。
最近、大人の発達障害を疑って医療機関を受診する人が増えているといいます。その多くは、子どものときから困難を抱えながらも、なんとか学生生活には適応してきました。しかし社会人になると、生活が立ち行かなくなってしまった人たちです。
大人の発達障害の人にはどんな特徴が見られるのでしょうか。診断の際にはどんなものが用いられますか。生活していくのに役立つどんな支援機関があるでしょうか。
この記事では、図解 よくわかる大人の発達障害 にもとづき、大人の発達障害のうち、特に自閉症スペクトラム症を取り上げます。(最新のDSM5では、アスペルガーというカテゴリーはなくなり、自閉症スペクトラム症に一本化されているようです)。
大人の発達障害―なぜ見過ごされやすいのか
なぜ大人の発達障害は見過ごされやすいのでしょうか。それには2つの理由があります。
1.心の病と混同されやすい
大人になるまで診断されなかった発達障害の人は、困難が生じたときに精神疾患と誤診されて、治療を受けることがあります。
もちろん精神疾患と発達障害には明確な違いがあります。精神疾患は、発症した時点から急に社会適応度が低下しますが、発達障害は先天的に、つまり子どものころから生きづらさを感じています。
しかし医師や本人が発達障害に詳しくないと、目の前にある症状にとらわれて、ベースにある発達障害が見逃されてしまいがちです。(p10)
▼重ね着症候群
いろいろな精神疾患の陰には未診断の大人の発達障害が潜んでいることがあると考える専門家もいます。
治りにくい病気の背後にある大人の発達障害、「重ね着症候群」とは| いつも空が見えるから
2.知的レベルの高い人が多い
知的レベルが高い発達障害の人は、子供の頃に発達障害と疑われることがあまりありません。集団から浮いた感じはするものの、とくにトラブルを起こすこともなく、成績も良いので、「ちょっとズレている子」と思われる程度です。
しかし社会人になると、世の中の暗黙のルールや常識を理解できず、孤立したり対人関係がうまくいかなかったりして、はじめて問題が生じます。(p11)
大人の発達障害の5つの特徴
大人の発達障害のうち、よく聞くアスペルガー症候群や特定不能の広汎性発達障害は、自閉症の仲間です。
1943年、レオ・カナーが知的障害のある自閉症について報告し、1944年、ハンス・アスペルガーが自閉症的精神病質として知的障害のないタイプ(アスペルガー症候群)を紹介しました。1981年になって、ローナ・ウィングが、両者の本質は同じであるとし、程度のさまざまな自閉症、つまり自閉症スペクトラム障害(ASD)という概念を作りました。スペクトラムとは連続している、という意味です。(p12)
この自閉症スペクトラム障害には「三つ組の障害」があります。それに加えて、感覚異常と運動障害を取り上げます。
1.社会性の障害
マナーやルールが理解できない、相手との距離感がつかめないなど、人とうまくかかわることができないのは、自閉症スペクトラムの人にもっとも多くみられる特性です(p14)
自閉症スペクトラム障害に最もよくみられるのは、社会性の障害です。社会でうまく生き抜くソーシャルスキルがなく、いつも自分の思うように行動してしまいます。
小さい頃は親と視線を合わせなかったり、1人でいることを好んだりして、手のかからない子どもと思われます。特定の養育者との間に築かれる「愛着感情」が未発達なのです。
大人になると、マナーやルールを理解できなかったり、相手との距離感がつかめなかったりします。あるアスペルガー症候群の人は「空気は読むものではなく吸うものだ」と言いました。
距離感がつかめないため、自己本意な態度をとる人もいれば、逆に過剰に気を使い、同じことを何度も謝ったりして、慇懃無礼な態度をとったりする人もいます。
2.コミュニケーションの障害
専門書や辞書を読むのが好きで、むずかしいことばをたくさん知っているのに、人との会話がかみ合わないという人が少なくありません。(p16)
自閉症スペクトラム症の人は他人と共感したり、意思疎通したりすることが難しいコミュニケーションの障害を持っています。
自分から話すことが少ない寡黙な人になることもあれば、自分にしかわからない独特な語彙を使いこなすようになる人もいます。自分の興味のあることについては、一方的にしゃべり続けてしまう人もいます。いわばキャッチボールではなくノック打ちをしてしまうのです。
話し方も独特で、抑揚のない声、無表情、身振り手振りもなく、不自然で取っ付きにくい印象を与えます。
自分の話し方が独特なだけでなく、相手の話を聞く仕方も独特です。冗談やお世辞や皮肉を真に受け、言葉に込められた微妙な感情が理解できません。これはよく言えば裏表がないという美徳ですが、率直な意見を言い過ぎたりしてトラブルを起こすこともあります。(p17)
3.想像力の障害
同じ時刻、同じ場所、同じ手順というように、判で押したような生活パターンを好むのも自閉症スペクトラムに共通する特質です。(p18)
自閉症スペクトラム症の人には、いつもと違うことに柔軟に対応できない想像力の障害が見られます。
特徴となるのは、限定・反復的な行動で、決まったパターンを乱されると、パニックになります。物事の流れを読んだり、その先どうなるかといったことを想像したりするのが困難なためです。
規律や秩序を重んじる環境では安心して生活できますが、自由な環境では居心地が悪く、不安が募ります。
別の言い方をすると、こだわりが強いため、限られた分野に集中し、その道の専門家になるなど、とことん追求する芸術家や学者になることには向いています。
4.感覚異常
感覚が過敏で大きな音をいやがったりする人がいる一方で、感覚が鈍くてけがをしても痛みを感じないという人もいます。(p24)
聴覚:騒音やサイレン、風船の割れる音などが苦痛です。また、音のうるさい場所で会話するときに、相手の話に注意しにくい「選択的注意」の問題もあります。
視覚:視覚に入るものすべてが目に飛び込んでくるので、対象物と背景を見分けることが困難です。そのせいで探しものがなかなか見つからなかったりします。また、光がとても眩しく感じます。
嗅覚:体臭やタバコ、化粧品、芳香剤、排気ガスなどの匂いが耐え難く感じます。
触覚:ごわごわしたものやチクチクしたもの、きついものを着られません。体に触られるのを嫌がり、触られただけで強く叩かれたように感じるなど、気分が悪くなるほど不快に感じる人もいます。
味覚:いろいろな食材を使った料理が苦手で偏食になりがちです。
そのほか:怪我をしても痛みを感じない、疲れていても疲れを感じない、暑さや寒さを感じない、などの感覚異常があります。睡眠不足やストレスなどの蓄積にも気づかないので、心身症やうつ病にもなりやすくなります。(p112)
5.運動障害
発達障害の人は協調運動能力が弱いため、動きがぎこちなく、複雑な動きを要求されるスポーツは至難の業です。(p25)
発達障害の人の多くは子どものころからなわとびやキャッチボールが苦手です。これには、体の動きを連動させるのが苦手な、発達性協調運動障害が関わっています。
複雑な動きを要求されるスポーツや、図画工作、書類を揃える、服をたたむなどがうまくできません。
こうした点の背景には、感覚統合の未成熟が関わっているという説があるそうです。低年齢期に作業療法士による感覚統合療法を受ければ、改善することが多いとも言われています。
▼最新の自閉症スペクトラム障害の研究
最新の自閉症スペクトラム障害の研究については以下のエントリで取り上げています。もちろん専門家の間でも意見がわかれている状態ではあります。
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▼ADHD(注意欠如多動症)との違い
ADHD(注意欠如多動症)は一見自閉症スペクトラム症と似ている部分がありますが、本質はかなり違います。とはいえ、両者は重なる場合もあると考えられており、その場合にはそれぞれの特徴を抱えることになるので、生活がより困難になります。ADHDの特徴については以下のエントリをご覧ください。(p22)
大人の発達障害の診断
大人の発達障害の診断には、経験のある専門医を選ぶ必要があります。インターネットなどで調べるといいでしょう。一例として、昭和大学附属烏山病院には大人の発達障害の専門外来があります。
受診の際は前もって、発達障害と思われるエピソードを書き出しておきます。また家族も一緒に受診してもらい、子どものときの様子などを語ってもらいます。親が一緒に受診することで、発達障害への理解を深めてもらったり、親自身も発達障害であることがわかったりします。
診察の際は問診での聞き取りや、他の病気でないかどうかを調べる検査が行われます。また、特に発達障害を対象にした次のような検査があります。
■自閉症スペクトラム指数(Autism-Spectrum\ Quotient:AQ)
…イギリスのバロン・コーエン博士らによって考案された質問票。
■DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)
…アメリカ精神医学会による診断マニュアル。
■ICD(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)
…WHO(世界保健機関)による国際疾病分類。
■ウェクスラー成人知能検査(WAIS-Ⅲ)
…IQをはかる詳細な検査。高い能力と低い能力がわかり、それらの差が大きい場合には発達障害が疑われる。特に言語性IQと動作性IQの差(ディスクレパンシー)が15以上ある場合には何らかの発達障害がほぼ確実となる。他方、定型発達者では、それぞれの能力のグラフはほぼ直線になり、ばらつきがない。
役立つ社会支援に関するリンク集
発達障害があると分かったら、さまざまな支援や社会福祉サービスを活用して、社会適応を目指します。
■発達障害者支援センター
…発達障害のある人の生活全般を支援する機関。各都道府県に設置されている。2005年に制定された発達障害者支援法にもとづいて活動している。
■地域障害者職業センター
…知的障害、身体障害、知的な遅れをともなう発達障害の人の就労を支援する。障害者職業カウンセラーがいる。職業リハビリテーションが受けられる。
■地域若者サポートステーション
…ひきこもりやニート状態の人の相談に乗り、自立を助ける機関。キャリア・コンサルタントがいる。
■デイケア
…精神科の外来治療の一種。レクリエーションやセミナーを通して、人との関わり方を身につけることを目的としている。利用するには主治医や精神保健福祉センターの保健師に相談。
■ジョブコーチ
…職場適応援助者。発達障害者と事業主の双方を支援する専門職。発達障害者支援センターや、社会福祉法人が行っているサービスの1つ
■精神障害者保健福祉手帳
…うつ病などの精神疾患が併発している場合は取得できる。障害者雇用促進法の恩恵を受けられる。
■療育手帳
…IQが85以下なら対象になることも。
■患者会・支援団体など
…所属していれば、情報提供などを受けられる。
「アスペルガー症候群を知っていますか?」Web版・日本語 | 自閉症を知る | 東京都自閉症協会
大人の発達障害の就労については以下の記事もご覧ください。
大人の発達障害とともに生きる
大人の発達障害はとても困難な問題です。時として大きな苦痛や、たいへんな生きづらさにつながります。
大人になってから診断された場合、診断されることによって気持ちは楽になるかもしれませんが、社会で生活していくには、まだ多くのステップを踏む必要があります。
しかし、上記のようなさまざまな支援を活用したり、自閉症スペクトラムについて詳しく知って自分自信の得意不得意をよく理解したりするなら、少しずつでも道は開けることでしょう。
ここで取り上げた本、図解 よくわかる大人の発達障害にも、仕事について自立するためのアドバイスや、ソーシャルスキルの身につけ方などが詳しく載せられています。このエントリで取り上げたのはほんの一部にすぎないので、ぜひ手にとってお読みください。