一般人のイメージでは、声の幻聴は統合失調症とほぼ同義語である―声が聞こえる人の大半は統合失調症ではないので、これは大きな誤解だ。(p76)
これは、有名な脳神経科医、オリヴァー・サックス先生の見てしまう人びと:幻覚の脳科学という本からの引用です。
日本でもアメリカでも、精神科医の中には、今だに、患者に幻聴があると知ると、安易に統合失調症と診断してしまう人が少なくないようです。
しかしオリヴァー・サックス先生の言葉が示すように、幻聴がある人の大半は統合失調症ではありません。
幻聴を伴い、統合失調症と間違われやすいものの代表例は、解離性障害とアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)だと言われています。
この記事では、特に、統合失調症と解離性障害の違いについて、解離の専門家の本を参考にまとめてみました。アスペルガー症候群との違いについても少しだけ取り上げています。
これはどんな本?
今回おもに参考にした本は、解離の専門家、岡野憲一郎先生の わかりやすい「解離性障害」入門、そして柴山雅俊先生の解離の病理―自己・世界・時代、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)などです。
いずれの本でも、統合失調症と解離性障害の鑑別に多くのページが割かれているので、この二つの病状を鑑別するのは、専門家にとっても重要なポイントであることがうかがえます。
とてもよく似ているので見分けにくい
統合失調症と解離性障害が混同されることの背景には、医師でさえなかなか見分けるのに苦労するという事情があるようです。
今では解離性障害の専門家として知られる岡野憲一郎先生も、解離性障害について本格的に学び始めた時期のことについて、続解離性障害の中でこう振り返っています。
メニンガーで初めて解離の患者の症例検討会に出席したときには、私自身も「どうしてこれが統合失調症でないのか?」という感じでした。(p204)
解離性障害と統合失調症は確かによく似ていて、いくつもの共通点があります。たとえば次のような類似点を挙げることができます。
■幻聴などの幻覚症状
■さまざまな身体症状や知覚過敏
■体の中に異物があるように感じる体感異常(セネストパチー)
■だれかに操られているような感覚(自我境界の障害)
■子どものころから「いい子」だった
冒頭で引用したサックス先生の言葉通り、わかりやすい「解離性障害」入門によると、特に昨今の精神科領域では、幻聴があると聞くと、すぐに統合失調症と診断する傾向が見られています。(p206)
特にもう何年も前に資格を得た大部分の精神科医にとっては、「幻聴といえば統合失調症」という観念が染みついているのです。
すると患者さんが「誰もいないのに声が聞こえます」と言っただけで、精神科医が「この人は統合失調症だ」と判断してしまい、その後はその路線に従った治療や薬の処方がんされてしまうというわけです。(p129)
しかし、このようにして安易に統合失調症と診断されている人の中には、相当数の解離性障害やアスペルガー症候群の患者が紛れていると考えられます。
特に、聴覚が過敏になったり、誰もいないのに自分の名前を呼ぶ声が聞こえたり、音楽が勝手に聞こえたりする幻聴は、以前は初期統合失調症とみなされていましたが、実際には解離性障害である可能性が高いと言われるようになりました。(p71)
もちろん、解離の病理―自己・世界・時代によると、統合失調症とも解離性障害とも区別しがたい中間病態もあり、両者に詳しい専門家でも迷うケースもあるといいます。(p188)
しかし、たいていの場合は鑑別可能であり、そのことは治療にとっても重要だとされています。正しい診断に至らなければ、良かれと思って受ける治療によって悪化することさえあるのです。
解離性障害と統合失調症の6つの違い
それではこれから、解離性障害と統合失調症の6つの違いを見ていきましょう。
もちろん、すべての場合にはっきりと違いが明らかなわけではなく、解離性障害といえども統合失調症のような特徴を持っていたり、その客の場合もあったりするかもしれません。
しかし全体的な傾向として判断すれば、どちらのほうが近いか、ということは判別できるのではないかと思います。
1.幻聴
まず最初に取り上げるのは、すでに述べたように解離性障害が統合失調症と誤診される一番の原因となっている幻聴です。
確かに、統合失調症と解離性障害とでは、どちらも幻聴が見られるという点は共通しています。しかし、それぞれ特徴が異なっているそうです。
■自分の思っていること、感じていることをずばり言われるので驚く
■幻聴の内容は不明瞭ながらおおむね敵対的
■幻聴は頭の外から聞こえる場合も中から聞こえる場合もある
■周りの人に思考がもれて筒抜けになっていると感じる
■声の主はだれかわからない。あるいは神や悪魔の超越的存在の啓示とみなす
■幻聴の内容はさまざま
■幻聴は頭の中から聞こえることが多い
■ザワザワと人の声がしたり、気配を感じたりすることもある
■交代人格が関係している場合、誰の声かわかる。かつての加害者の声のことも。
■物心ついたときからずっと聞こえていることもある
(解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)p75、わかりやすい「解離性障害」入門 p71-72、130などに基づく)
統合失調症の幻聴は、頭の中と外とがつながって筒抜けであるという感覚を伴い、はっきりと自分の考えを読まれていると感じるのに対し、解離性障害ではあくまでいろいろな人のさまざまな声が聞こえるという感じなのでしょう。
2.幻視
次に取り上げるのは幻視です。幻視も幻聴と同じく幻覚の一種ですが、統合失調症と解離性障害とでは大きな違いがあるそうです。
■幻視はほとんどない
■豊かな幻視があり、人の影やはっきりしたイメージが見える
■天使・幽霊・小人・動物・目玉・人の生首など種類はさまざま
■空想の友達の幻視など、対話できる場合もある。
(
(わかりやすい「解離性障害」入門p72-73、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)p75などに基づく)
幻視は、統合失調症ではあまりなく、解離性障害に多い症状といえます。
3.対人関係
三番目に取り上げるのは、統合失調症の人と解離性障害の人の、他人に対する接し方の違いです。
■他人との間に壁を作って自分を守ろうとする
■他の人を拒絶して自己に固執する
■治療者に対して拒否的で、治療方針や説得、服薬指導を受けつけないことがある
■体調が改善すると気軽に仕事に就き、接客業・サービス業などを選びやすい。
■他者を助けることが好きで、入院中でもまわりを和ませる
■虐待する親をさえ世間からかばうこともある
■治療者に依存的で対立を回避する
■不信感や攻撃性をそれほどあらわにしない
(解離の病理―自己・世界・時代p23、p189などに基づく)。
一般的に、統合失調症の人は他人から自分を守ろうとして防衛的になるのに対し、解離性障害の人は、他人に同調する傾向があるようです。
解離性障害の人の強い同調性についてはこちらの記事に詳しく書いています。
4.妄想的な思考
四番目は、妄想的な思考についてです。統合失調症というと、思い込み・確信などの妄想がよく知られていますが、解離性障害ではその点が大きく異なるといいます。
■自分の考えがだれかに盗まれている、読まれていると思い込む(思考伝播)
■だれかの考えを吹きこまれている、だれかに操られていると思い込む
■幻聴について、頭の中にだれかが小さな機械を埋め込んだと信じている場合などがある
■過去の虐待などがある場合、妙に確信を抱いている
■他人の考えが頭に入ってくると感じることもあるが、そう感じるだけで確信はしていない
■だれかに監視されている、見られているという気配を感じることもあるが、あくまで不安を感じるだけ
■過去の虐待経験などは夢のようにとらえ、現実だったのかどうかあいまいに感じている
(解離の病理―自己・世界・時代p189 解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)p74-75、わかりやすい「解離性障害」入門p72などに基づく)
統合失調症の人は、妄想的な信念・思い込みを持っていて、考えを容易に変えないのに対し、解離性障害の人は、自分の記憶にさえ確信が持てず、周囲の人の言葉に影響されやすいことがわかります。
5.幼少時からの特徴
五番目に考えるのは、それぞれの幼少時からの主観的体験です。統合失調症の人も、解離性障害の人も、発症前の子ども時代から手のかからない「いい子」だったと言われることがよくあります。
「いい子」であろうとして自分を抑圧していたストレスが両者の発症に結びついていることは確かですが、特に解離性障害の場合は、そのほかにも独特な幼少時からの体験世界があるといいます。
■子どものころに幻聴や不思議な体験は特にない。
■子どものころはおとなしく目立たない子だった場合が多い
■統合失調症が発症する数カ月前ごろから前兆として幻聴が聞こえ出すので、恐れや苦痛が強い。
■子どものころから独特な夢の体験がみられる
■子どものころから空想に没入する傾向がみられる
■子どものころからイマジナリーコンパニオン(空想の友達)の声として幻聴が聞こえていることも多いので、日常的で当たり前のことと感じている
■とても豊かで詳細な空想世界を築いていることも多い
(解離の病理―自己・世界・時代p188、わかりやすい「解離性障害」入門p130-131などに基づく)
統合失調症が、発症を契機にさまざまな症状が出てくるのに対し、解離性障害の場合は、子どものころから解離しやすい傾向を持っており、いろいろと不思議な経験をしていることがあるのです。
この点については以下の記事も参考にしてください。
6.させられ体験(自動症)
最後に、統合失調症と解離性障害には、どちらの場合も、だれかが自分を操っているように感じる「させられ体験」がみられるといいます。
「させられ体験」は、1889年、フランスのピエール・ジャネにより「自動症」と名づけられ、解離やトラウマと関連づけられました。
この「自動症」も、統合失調症と解離性障害では、それぞれ異なる特徴があると言われています。
■自分の行動や意思、感情をだれかに先取りされ操られていると信じている(他者の先行性)
■だれかが自分に憑依するような感覚がある
■だれかが乗り移っているときは、自分は背後からそれを傍観している
■自分の手が勝手に文章を書く(自動書記)
■自分の手が勝手にリストカットしてしまう
(わかりやすい「解離性障害」入門p67-70、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)p75などに基づく)。
統合失調症のさせられ体験が、妄想と関連しているのに対し、解離性障害のさせられ体験は、多重人格(解離性同一性障害)や催眠とも共通する要素を含んでいると考えられます。
付録 : 統合失調症とアスペルガー症候群の違い
今回は詳しく取り上げませんが、すでに述べたように、解離性障害と同様、統合失調症と誤診されやすいものとしてアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)があります。
統合失調症とアスペルガー症候群の違いについては、杉山登志郎先生の発達障害のいま (講談社現代新書)のp202以降で詳しく解説されています。
いくつか簡単に違いを挙げると…
■アスペルガー症候群の幻聴・幻視は、じつは過去の体験のフラッシュバック
■アスペルガー症候群の場合は、しばしば解離性障害に似た特徴(人格のスイッチングなど)もある
■アスペルガー症候群の場合は、親族にも発達障害の人が多い
■アスペルガー症候群の場合は双極性障害に似た気分の上下を伴いやすい
■統合失調症の人が会話のほうが楽なのに対し、アスペルガー症候群では筆記のほうが楽
などの点が挙げられています。統合失調症であるか、アスペルガー症候群であるかを見分けるには、発達障害や解離に詳しい専門家の判断が必要でしょう。
また、アスペルガー症候群と解離性障害もよく似ているとされていて、その類似点や相違点はこちらにまとめてあります。
統合失調症と解離性障害では治療法も違う
このように、統合失調症と解離性障害は似て非なる病気であるといえます。
そのため、どのような治療法がふさわしいか、という点もそれぞれ違うのだそうです。
薬物治療が違う
たとえば、わかりやすい「解離性障害」入門によると、解離性障害の場合、精神科の薬は、幻聴そのものにはあまり効果がないそうです。
しかし統合失調症の場合は比較的効果があり、場合によっては劇的におさまることもあります。(p131)
解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、薬物療法については、そもそも用いられる薬の分量が異なるとも書かれています。
解離性障害でも抗精神病薬を用いるが、処方される量は少ない。
統合失調症では大量に用いられてしまうことも(p74)
統合失調症は薬物治療が中心ですが、解離性障害はカウンセリングが中心で、長期間・大量の薬物治療が施されると、かえって悪化する危険があるそうです。(p89)
具体的な薬物治療については発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方という本のp84からを参考にしてください。
解離やPTSDに対する少量処方の意義につい書かれています。薬物療法は、大量処方のときと少量処方のときとで効果が違ってくるという説明はとても興味深く思います。
回復しやすさも違う
統合失調症と解離性障害とでは回復しやすさも異なるそうです。
統合失調症は、重症の場合には日常生活が破綻し、しかも復帰が非常に難しい病気です。
それに対し、解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)という本によると、「統合失調症のようにみえても実際はそうではなく、じゅうぶん回復可能な病態」であると書かれています。(p199)
その理由について、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)では、解離性障害は統合失調症のような脳の病気ではなく、健康な人にも存在するありふれた症状が強く出ている状態にすぎないからだとされています。(p56)
統合失調症の詳しい治療法については、説明されているサイトがとても多くあるので、そちらに譲ります。
解離性障害の詳しい治療法については、今回紹介した色々な本で説明されています。このブログのこちらの記事でも、簡単にまとめてあります。
残念ながら、今はまだ精神科医の中にも、解離性障害を統合失調症と誤診してしまう医者は多いようですし、一度診断が下ると容易に覆ることはありません。
あくまで患者や家族のほうも、病態についてしっかり知識を得て、適切な病院を選ぶ必要があるでしょう。
そのために、今回紹介した解離性障害についての本の数々はおすすめです。