なぜ多剤・大量処方になるのか。
…通常の服薬量で無効だからである。それで薬の足し算が起きてしまう。数においても量においても。
ではなぜ無効なのか。それは診断が誤っていて、薬理効果外の使用をしているからである。(p10)
これは、発達障害や愛着障害に詳しい杉山登志郎先生の著書発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方からの引用です。
昨今、精神科の薬の大量処方・多剤処方による「薬漬け」が問題になっています。その背後には発達障害や愛着障害を、統合失調症・うつ病・双極性障害などと誤診していることが関係していると杉山先生は述べています。
診断が間違っていると薬が効きません。薬が効かないと、たいていの場合、どんどん量を増やしていって大量処方になります。しかし、正しい診断ができれば、薬はごく少量で十分なのだそうです。
この記事では、なぜ発達障害や愛着障害が他の精神疾患と誤診されやすいのか、それらに「少量処方」が必要なのはなぜか、という点を、この本から簡単に紹介したいと思います。
これはどんな本?
この本は、発達障害と子ども虐待に詳しい児童精神科医の杉山登志郎先生が、長年の診療経験にもとづき、発達障害の薬物療法やトラウマ処理などのポイントを紹介している本です。
「発達障害の薬物療法」というタイトルですが、薬物中心による治療を声高に主張している本ではなく、むしろ近年問題になっていね薬物のみの治療、安易な多剤処方、大量処方を批判し、適切な薬物療法のありかたを解説しています。
また単なる理論に基づく本ではなく、実際の症例や処方例なども豊富に載せられていて、実例を元に、とてもわかりやすく解説されています。
発達障害や愛着障害の見落とし
杉山先生は、精神科の薬を大量処方されていて、症状が治るどころか悪化している場合、2つの見落としがあることが多いと述べています。冒頭の文の続きを引用しましょう。
つまり本来行うべきは、薬の足し算ではなく引き算である。そして背後には誤診という深刻な問題がある。
その誤診とは、2つの問題に集約できる。ひとつは発達障害の見落とし、もうひとつはトラウマの見落としである。(p10)
そうです、見落とされている2つのものとは「発達障害」と「トラウマ」です。
発達障害の見落とし
発達障害、つまり自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)があると、さまざまな過敏性や、気分の変動が見られやすいことは発達障害たちの専門家たちの間でよく知られています。
ASDやADHDの人は脳機能が不安定なので、うつ状態になりやすいですし、幻覚があって、一見、統合失調症のように見えたり、気分の変化が激しい双極性障害のように思われたりすることがあります。
しかし、それらは、従来のうつ病・統合失調症・双極性障害ではなく、あくまで発達障害の症状の一部であり、発達障害を念頭に置いた治療が必要だとされています。
精神的な症状の背景に発達障害がある場合は治療法が変わってくる、という点は、以前に紹介した「重ね着症候群」という概念でも説明されていました。
トラウマの見落とし
もう一つ見落とされているのはトラウマの問題です。
子ども時代のトラウマは愛着障害や解離性障害、PTSDなどさまざまな問題と関係していると言われています。
治りにくい病気の背後には、トラウマや愛着障害が潜んでいるかもしれない、という点についても、何度か取り上げてきました。
愛着障害は、子どものころの虐待や、機能不全家庭の影響により、発達障害と似た特徴を示す状態になるというもので、特に、ADHDと脱抑制型愛着障害は、専門家でも見分けるのに苦慮する、という点を過去の記事でも取り上げました。
愛着障害は、基本的に後天的なもので、環境の影響が大きいとされますが、だからといって症状が軽いわけではありません。
本書では、愛着障害の専門家である友田明美先生の研究から、虐待を受けた子どもの72%に脳波異常がみられたという記述が引用されています。
杉山先生は、ASDでは脳波異常が30%だという点と照らし合わせて、「一般の発達障害よりも子ども虐待の方が、脳の器質的・機能的な変化は遥かに大きい」とさえ述べています。(p38)
こうした子ども虐待の後遺症としての反応性愛着障害(RAD)、解離性障害、PTSDなどを合わせて、杉山先生は、「複雑性PTSD」と呼んでいます。(p40)
「複雑性PTSD」とはいわば「心の複雑骨折」であり、長期間トラウマとなる状況に置かれた人が発症する深刻な病態です。
その症状には、次のようなものが含まれるといいます。
■記憶の断裂
■時間感覚の混乱
■フラッシュバックの常在化
■慢性疼痛
■希死念慮・自傷
(p42-43)
この一覧からわかるとおり、トラウマの影響には、うつ病や双極性障害と間違えられやすい気分変動や、慢性疼痛・希死念慮などが含まれます。統合失調症と間違えられやすいフラッシュバックなども存在します。
そのため、トラウマによる「複雑性PTSD」の場合も、やはり従来の精神疾患と誤診されやすく、そのせいで不適切な治療を受けている場合も多いのだといいます。
そして、この発達障害とトラウマは別個のものではなく、発達障害は子ども虐待のリスクになりやすいと言われています。
発達障害とトラウマ双方を抱え持っていると、とても複雑な症状を示し、さまざまな精神疾患や人格障害と誤診されて、病院を転々とし、多剤処方・大量処方を施されていることもあるようです。
誤診されやすい3つの病気
ここからは、発達障害やトラウマを抱える人が誤診されやすい3つの病気について具体的に考えてみましょう。
それぞれは、確かに発達障害やトラウマの問題とよく似た症状が見られる場合がありますが、治療法が異なるので、正しい診断が大切だといいます。
(1)統合失調症と誤診
まず取り上げるのは、統合失調症と誤診されている場合です。
発達障害のうち、特に自閉スペクトラム症(ASD)の人は、統合失調症に似た症状を多く示すといいます。
たとえば幻覚や円滑でないコミュニケーション、緊張や過敏といった症状などです。
古い医師の中には幻聴があると聞くと、即座に統合失調症との診断を下してしまう人もいるようです
しかし杉山先生によると、ASDの人の幻覚は統合失調症ではなく「フラッシュバック」であり、統合失調症の幻覚が長時間継続するのに対し、ASDのフラッシュバックは一瞬だという違いなどを挙げています。(p56)
また、統合失調症の場合は、特に親族に発達障害の人はいませんが、ASDの場合は、親戚にも似た性質を持つ人が多くいることが特徴だそうです。
この二つはよく似ているとはいえ、そうそう合併するようなものではなく、鑑別するのはとても大切だとされています。
ASDから統合失調症という推移はそんなに起きるものではない。(p14)
一方で、子ども虐待の後遺症などで見られる、解離性障害の場合もまた、幻聴などの幻覚が生じます。
しかしこの場合も統合失調症とは似て非なるものであるといいます。
解離性幻覚は抗精神病薬による治療にほとんど反応せず、あまりに薬剤抵抗性の幻覚は解離性幻覚ではないかとむしろ疑ってみる必要がある。(p14)
どちらの場合も、従来の統合失調症とは異なる薬物療法が必要で、特に薬の量に関しては「少量処方」が必要だとされています。
もちろん、本当に統合失調症の場合は、
本書で取り上げる極少量処方とは桁が違う量の抗精神病薬による薬物療法が必須であり、それをしなくては後に取り返しのつかない増悪を招いてしまう。(p15)
とも書かれているので、大切なのはあくまで正しい診断です。
自閉スペクトラム症や解離性障害と、統合失調症との違いについては、解離性障害の専門家たちの意見をまとめたこちらの記事も参考にしてください。
(2)うつ病と誤診
誤診されやすい二つ目の病気はうつ病です。
幻聴があればすぐに統合失調症と決めつけられやすいように、うつ状態や希死念慮があれば、すぐにうつ病とみなされて、抗うつ薬と抗不安薬が大量処方されてしまうということもよく聞かれる話です。
しかし、すでに考えたように、発達障害や子ども虐待による複雑性PTSDでもうつ状態や希死念慮はよく見られる症状です。
杉山先生は、ご自身の臨床の範囲内での経験だと断った上で、特に児童の場合、虐待も発達障害もないうつ病はむしろ例外的ではないか、と書いています。(p69)
もし発達障害やトラウマがベースにある場合、うつ病の治療で用いられやすいさまざまな薬は、かえって逆効果になったり、危険でさえあったりするかもしれません。
まず禁忌とまで言われているのは抗不安薬です。
発達障害の場合、抗不安薬はほぼ禁忌といってよい。意識水準を下げ、行動化傾向を促進するだけである。(p54)
次に、抗不安薬と同様のベンゾジアゼピン系の薬である、睡眠導入剤も注意が必要だとされています。
抗不安薬系の睡眠導入剤は、抑制をはずすので非常に慎重に用いることが求められる。(p92)
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠導入剤については、戸田克広先生による抗不安薬による常用量依存やアシュトンマニュアルの中で、副作用や依存性がある点も問題視されていました。
最後に、一般に副作用が少ないとされていて、うつ病の治療に多用されているSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)についてもこう書かれています。
SSRIは気分変動を悪化させる可能性があるので非常に慎重に用いることが求められる。(p93)
もちろん、統合失調症の場合と同じく、この場合も大切なのは正しい診断であって、次のように注意書きされています。
抗不安薬やSSRIの使用に細心の注意を要するのは、発達障害や複雑性PTSDの症例においてである。一般的な不安障害やうつ病に使うなと言っているのではない。(p93-94)
また、このブログの過去記事で取り上げてきた点ですが、うつ病と誤診されるものの中には、発達障害やトラウマとまったく関係ない体調不良も含まれていると考えられます。
たとえば、おおもとが食事や睡眠の問題であるなら、必要なのは抗うつ薬ではなく、生活習慣の改善であるかもしれない、ということは、井原裕先生のうつの8割に薬は無意味 (朝日新書)などで解説されていました。
睡眠薬についても、概日リズム睡眠障害の場合は、一般の睡眠導入剤はあまり効果がないそうですし、不眠症の中には認知行動療法のほうが役立つ例もある、ということが三島和夫先生の8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識に載せられていました。
いずれにしても、単なる表面の症状ではなく、それが生じている理由に目を向けた正しい診断が治療がうまくいくかどうかを左右することがわかります。
(3)双極性障害と誤診
3つめは、双極性障害(躁うつ病)です。
双極性障害には、激しい躁うつを行ったり来たりする双極I型と、たいていうつ状態にあり、たまに軽い躁状態になる双極II型があるとされています。
すでに考えたように、発達障害や愛着障害では、気分の不安定さが見られるので、表面上、双極性障害と誤診されることがあるようです。
まず双極I型についてはこう書かれています。
ASDが基盤にある症例で、双極I型の気分変動を示していても、炭酸リチウムの極少量処方で、気分変動が止まった症例を多く経験している。
これはおそらく発達障害基盤独自の過敏性があるからではないかと考えられる。(p91)
気分の変動が激しいとしても、それが発達障害由来の症状であるなら、発達障害には過敏性があるので、薬は少量処方がふさわしいようです。
また双極II型についても、発達障害や被虐待児の中には、慢性的なうつ状態の中で、フラッシュバックを契機に軽躁状態になる人がいて、その場合はトラウマ治療が必要だとされていました。(p78)
少量処方が大切なのはなぜか
ここまで考えたように、もし発達障害やトラウマがベースにある人が、3つの病気、つまり統合失調症、うつ病、双極性障害などと誤診されていた場合、使われる薬の種類や量が違うようです。
中には、発達障害やトラウマが背景にあることに気づいていながら、そこに統合失調症・うつ病・双極性障害などが併存していると考えて、大量処方を施す医師もいるそうですが、その考え方は間違っているとされています。
なぜ大量処方ではだめなのでしょうか。
杉山先生は、薬の少量処方の意義について、ご自身の経験をこう書いています。
筆者は、最低用量の錠剤の半錠から始めることであったが、それ以上に減らす方が有効なことがあると三好輝氏から指摘された。
三好の指示に添って減薬をしてみて、すべてではないにせよ、多くの症例でむしろ著効を示すことに驚嘆した。
試行錯誤を繰り返すうち、薬の量はどんどん減っていき、ついに筆者からみても、常識外の量にまで到達してしまった。(p84)
この「常識外の量」については、本書の中で、10分の1錠の処方のケースなども紹介されていました。普通の薬であれば、1/2、1/4に割ることはあっても1/10というのは聞いたことがありません。
このような少量処方にすると、効果が薄くなるだけではないか、と思いがちなのですが、不思議なことに、「化学物質の低用量は高用量とは別の薬理効果が生じるという結果を示す有名な報告」があると紹介されています。(p86)
その理由については、いくつかの仮説が書かれていますが、次の考え方はとても大事なものかもしれません。
生体が侵襲に対して大々的な反応を生じないレベルで薬物を使うことこそ、本来の正しい用い方ではないか。
最低限の生体への刺激を行い、それによって生体に起きる一連のカスケードに後は任せるといった用い方である。(p88)
発達障害やトラウマがベースにある場合、薬の大量処方では効果がなかったり、副作用のほうが強く出すぎてしまったりすることがあります。大量の薬を投与すると、体が防衛的になってしまうのかもしれません。
それに対し、少量の薬だと、発達障害のように過敏性がある人の場合、自然な刺激が少しだけ伝わり、あとは体のほうで、良い作用が連鎖する場合があるようです。
これは、大量処方は力づくで無理やり変えようするのに対し、少量処方は、最初のスイッチを入れて、あとは自力で良い方向へ変化する後押しをする、という違いなのかもしれません。
正しい診断をしていれば、このような少量処方で十分効果がみられ、多剤処方・大量処方は必要ないことも多いそうです。
すべての場合にそういえるわけではありませんが、薬がぜんぜん効かない場合は、薬の量が少ないのではなく、診断が間違っていて、処方が適切でないのではないか、という可能性も疑ってみる必要がありそうです。
少量処方は、精神的に不安定な人に見られがちな、大量服薬(オーバードーズ)や突然の服薬の中断があっても比較的安全である、というメリットについても書かれています。(p94)
その他の治療法
はじめに述べたように、この本は、「発達障害の薬物療法」というタイトルですが、なんでもかんでも薬物で治そうとしている本ではなく、むしろ「最近の精神科医は薬物療法以外の治療の武器を持たないように見える」ことを批判している本です。(p9)
そして、精神科の薬の少量処方を紹介するとともに、発達障害の治療やトラウマ処理に役立つ、その他の選択肢についても色々と解説されています。
■漢方薬
西洋医学の薬に比べて、比較的穏やかに効くことが多いとされる様々な漢方薬について、発達障害や虐待児への処方例が書かれています。特に神田橋処方はトラウマ治療に効果があるそうです。(p93)
巻末には、発達障害や複雑性PTSDの治療に使われる精神科の薬や漢方薬について、(あくまで独断と偏見とことわりつつも) 特徴や注意点をひとつずつ解説した詳しいリストも掲載されています。(p120-127)
■EMDR
EMDRは「眼球運動による脱感作と再処理法」のことで、トラウマ処理に効果があることで知られる技法です。特に自閉スペクトラム症(ASD)のタイムスリップ現象に効くそうです。(p101)
本格的なEMDRの比べ、外来でも行いやすい簡易的なEMDRの方法についても具体的に紹介されています。(p114)
■自我状態療法
自我状態療法は、人格のスイッチングがある多重人格など、解離性同一性障害(DID)の治療に使われる技法です。部分人格を一箇所に集め、互いに話し合うグループセラピーのような方法で、各人格のトラウマ処理を行います。(p13)
一般の精神科の薬だけでなく、漢方薬や心理療法を含めたさまざまな手段を用いることで、これまで難治とされていた発達障害やトラウマが関係している症状の治療に成果をあげているとのことでした。
なかなか治らないのは誤診かも
この本に書かれていることの多くは、科学的なエビデンスがあるものというより、臨床の場で多くの患者を診てきた医師たちが情報を交換しあって感じているエキスパート・オピニオンだそうです。
ですから、細かい点については、正確でない部分や、データが十分でない推測も含まれているでしょう。
しかし次のような骨子となる点は、わたしたちもよく意識しておくべき情報なのだと思います。
■発達障害やトラウマが背景にある場合は異なる治療が必要
■かえって少量処方のほうが良い効果が見られる場合がある
精神科の薬物療法については、薬を増やせばよく効くと信じる人もいれば、精神科の薬は危険だから使わないと全否定する人もいます。
しかしそうした両極端に陥る前に、本当に適切な診断なのか、ふさわしい薬をふさわしい量処方されているのかという点を考えてみるのは大切だと思いました。
もちろん、もしこの記事を読んで、ご自分や家族について、もしかして誤診かも、と思った場合でも、このブログの記事だけで判断したりはしないでください。
今回紹介した発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方などの本を直接読んだり、発達障害や解離性障害の専門家を受診して判断を仰いだりするようお勧めします。