慢性疲労症候群と発達障害、つまり注意欠如多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)は関係があるのでしょうか?
この話題については、これまで何度かこのブログで扱ってきました。特にADHDについては、関係を示唆する具体的な資料も紹介しました。
しかし研究者による資料の中に、慢性疲労症候群とADHDやアスペルガーの関係性について示唆するものは少なく、不登校外来―眠育から不登校病態を理解するでは安易な発達障害診断を批判する部分もあったので、関係があるかどうか判断しかねていました。
ところが今回、小児慢性疲労症候群(CCFS)を研究している、兵庫県立リハビリテーション中央病院の三池輝久先生らの最新の本で、はっきりと小児慢性疲労症候群と発達障害は深い関係にあることを示唆する記述がありました。
この記事では、いま、小児科医に必要な実践臨床小児睡眠医学という本から、慢性疲労症候群と発達障害の関係性についてまとめておきたいと思います。
これはどんな本?
この本は、子どもの睡眠障害や不登校問題、慢性疲労症候群を長年研究してこられた、子どもの睡眠と発達医療センターの三池輝久先生らによる、最新の研究をまとめたテキストです。
子どもの睡眠と発達医療センターの医師である、三池輝久先生、小西行郎先生、田島世貴先生、中井昭夫先生をはじめ、このブログでも紹介したことのある体内時計の研究に詳しい山口大学の明石真先生、自閉スペクトラム症(ASD)の当事者研究で有名な熊谷晋一郎先生など、多数の方が協力して執筆しておられます。
発達障害と小児慢性疲労症候群
今回の本で小児慢性疲労症候群について多くの点を書いておられるのは、子どもの睡眠と発達医療センターの田島世貴先生です。
先生によると、同じ慢性疲労症候群(CFS)といっても、子どもの患者と大人の患者では、違う要素があるとのことです。
小児慢性疲労症候群は成人の慢性疲労症候群と同じく、脳神経系、内分泌系、免疫系の変調に基づくものであるが、発達という小児期特有の問題が関わるために、成人とは異なるアプローチが必要となる。
病態としては同じような全身の問題を伴う、神経・免疫・内分泌系の異常が絡みあった疾患ですが、子どもの場合は「発達」という観点を考慮に入れなければならないとされています。
「発達」とはどういう問題なのでしょうか。
慢性疲労症候群の子どもは発達障害が多い
「発達」という言葉からまず類推されるのは、「発達障害」の存在です。近年、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如多動症(ADHD)といった発達障害の存在が注目を集めていますが、子どもの慢性疲労症候群の場合も例外ではありません。
子どもの慢性疲労症候群と発達障害の関わりについて、先生はこう述べています。
現在の小児慢性疲労症候群診断基準では発達障害を除外しないが、われわれの臨床経験上、小児慢性疲労症候群の診断基準を満たす症例の多くが自閉症スペクトラム障害(ASD)あるいは注意欠如多動性障害(attention deficit/hyperactivity disordor:AD/HD)を併発している。(p46)
この記述によると、子どもの慢性疲労症候群の患者の「多く」が、発達障害を併発しているとのことです。
子どもの慢性疲労症候群患者、あるいは、小児期発症で、現在大人になっている慢性疲労症候群の患者は、ASDやADHDなどの発達障害が併存している可能性が高い、といえます。
※もちろん子どもの慢性疲労症候群すべてに発達障害が関係しているわけではないことにも注意が必要です。慢性疲労症候群の原因は他にいも色々ありますし、脳脊髄液減少症や低血糖症など、慢性疲労をもたらす別の疾患が隠れているかもしれません。
発達とともに診断名が変わる可能性も
現在のところ、発達障害は慢性疲労症候群の除外診断とはならないので、たとえ発達障害を併存していても、慢性疲労症候群という診断は下されます。
しかし、発達障害が関わる慢性疲労症候群の場合は、医療の臨床では、悩ましい問題が生じているといいます。
このような症例の一部が、青年期以降に精神病性の状態をきたす可能性が高く、現在の診断基準では小児から成人の過渡期において、ある一定の割合で慢性疲労症候群の診断に不整合が生じうるため、臨床運用上混乱を招きかねない。(p46)
現在の慢性疲労症候群の診断基準では、精神病性のうつ病などの疾患がある場合、慢性疲労症候群ではない、という除外診断になります。しかし、発達障害がベースにある場合、大人になるにつれ、そのような精神病性の問題を抱えることがしばしばあります。
つまり、子どものころには慢性疲労症候群と診断されても、「発達」とともに、別の疾患が生じ、大人になるころには慢性疲労症候群との診断には当てはまらない例も一部に見られる、ということのようです。
これこそが、大人の場合とは異なる、子どもの慢性疲労症候群のみに見られる独特な「発達」の問題であるといえるでしょう。
発達障害の子どもが、成長とともに、さまざまに診断名が変わることはよく知られており、たとえば子どものころADHDと診断された人が、思春期には境界性パーソナリティ障害との診断に変化する場合があります。
こうした発達障害をベースとしたさまざまな疾患の移り変わりは、このブログで取り上げた「重ね着症候群」と呼ばれている問題とも関連しています。
発達障害がベースにあることで、さまざまな別の疾患を重ね着しやすいのです。
もちろん、診断に不整合が生じるのは「一部」とされているので、子どものころ慢性疲労症候群と診断されて、そのまま大人になっても慢性疲労症候群という診断名がふさわしい患者もいるでしょう。
しかし、いずれにしても、表面の問題ではなく、根底にある発達障害を考慮に入れた対応が不可欠です。
発達障害を除外基準にすべきか
では、子どもの慢性疲労症候群の多くが、発達障害を背景としていて、成長とともに診断名が変わる過渡的なものだとしたら、慢性疲労症候群の診断から、発達障害を伴うケースを除外するべきなのでしょうか。
その問題については、慎重になるべきであると書かれています。
とはいえ、この懸念に基づき発達障害を除外基準に組み入れるべきであると安易に考えてはいない。
まずは発達障害圏にある個人が慢性疲労病態をきたすことが少なくないこと、その場合に診断基準の運用で悩ましい状態が生じ始めていることを理解した上で、除外基準の見直しを行う必要があると考えている。(p46)
除外基準の見直しは考慮しつつも、発達障害と慢性疲労というのは、どうやら深いかかわりがあるようなので、単純に分けることは不可能なのかもしれません。
なぜ発達障害がベースにあると、慢性疲労症候群になりやすいのか、という点も含めて、今後の研究を待ちたいところです。
発達障害と睡眠障害
子どもの慢性疲労症候群は、大人の慢性疲労症候群ではあまり見られない、深部体温リズムの平坦化など、概日リズムの問題が見られることも知られています。
このような概日リズムの乱れによる睡眠問題、たとえば睡眠相後退症候群(DSPS)や、非24時間型睡眠覚醒症候群(Non-24)は、発達障害でもやはり、しばしば見られるものだとされてきました。
ASDに睡眠障害がよく見られることが既に知られている。
当センターでも開設以来、重度の睡眠リズムの異常があり、不登校などの社会的適応の困難な睡眠障害で当センターに入院している患者の約70%がASDと診断されている。(p52)
子どもの睡眠と発達医療センターに睡眠障害で入院した患者の、なんと7割もが、自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けているそうです。
自閉スペクトラム症は「生体リズムの障害」なのか?
さらに、近年の研究によると、概日リズムの乱れは、発達障害の一症状というより、むしろ発達障害の本質、特に自閉スペクトラム症(ASD)の大きな要素なのではないか、ということがわかってきたそうです。
子どもの睡眠と発達医療センターの小西行郎センター長はこう書いています。
しかしながら、生体リズムの障害という観点からはASDが単に脳の障害ということではなく、全身疾患としてのASDという新しい概念が浮かび上がってくる。(p56)
睡眠障害はASDの症状の一つではなく、むしろリズム障害がASDの発生機序に深く関係しているのではないか、という考え方に基づき、乳幼児期から睡眠を顧みることで、発達障害を先制治療できるのではないか、という見解なども書かれています。
また、ASDやAD/HDではゲームなどに依存しやすいことから、それが二次的に睡眠障害を増悪させる問題についても触れられています。
AD/HDは不注意・多動・衝動のうち、不注意の傾向がゲーム依存と関係していて、ASDではロールプレイングゲームを好む傾向があるそうです。(p72)
とはいえ、もちろん、ASDやADHDの睡眠の異常は単なる習慣や依存のせいではなく、乳幼児期からの脳機能の問題です。もともと概日リズムが不安定な上に、生活習慣により、それが悪化しやすいのです。
自閉スペクトラム症の当事者研究で知られる熊谷晋一郎先生の執筆部分では、ASDの人の場合、本来は徐波睡眠中に行われる記憶を整理し統合する過程である、システム・コンソリデーションの異常が見られるのではないか、とも推測されています。
ASDの人の場合、システム・コンソリデーションの対象となる新規エピソード記憶の容量が多すぎて、睡眠だけでは十分に処理できないために、覚醒時にもシステム・コンソリデーションが漏れ出てしまうなど、夜間の睡眠の質を悪化させる状態になっているのかもしれません。(p101)
発達障害が関わる慢性疲労症候群の治療
このように、発達障害の人が概日リズムの問題を伴いやすいことは、慢性疲労症候群を発症しやすいこととも、密接な関係性があります。
なぜなら、睡眠は、疲労を回復する本質的なシステムであり、それがうまく働かなければ、疲労が蓄積するのは当然だからです。
特にどんな治療よりも疲労回復に本質的な睡眠のシステムが小児期に破綻することで疲労病態が長期間にわたって遷延することが問題となる。(p48)
もちろん、睡眠障害で入院した患者すべてが典型的な慢性疲労症候群かというとそうではなく、2009年4月からの1年間で入院した30名の場合は、国際診断基準では4名だけがCCFSの基準を満たしていたそうです。(p46)
しかし睡眠障害と子どもの慢性疲労症候群には密接な関わりがあるのは確かです。
また、睡眠の質が悪いこと以外にも、発達障害特有の問題が、慢性疲労を引き起こす原因になっている可能性があります。
ASDの研究では、定型発達児と比べてASDの子どもの心拍が早いことが繰り返し報告されており、特に心拍が100拍/分を超えることが疲労蓄積の要因の一つとなっているかもしれないと書かれています。(p65)
心拍の速度異常もまた、リズム障害としてのASDの症状の一つとして、慢性疲労症候群を併発しやすい原因となっているのかもしれません。
ASDの傾向がある場合の薬物療法
すでに述べたように、ASDやADHDなどの発達障害がベースにある場合、治療もそれを踏まえた内容とする必要があります。
この本では、CCFSの睡眠障害の治療に普通用いられるメラトニンやカタプレス(クロニジン)に加え、特にASDの要素がある慢性疲労症候群には、次のような治療が推奨されています。
ASDの傾向がある、あるいは不安緊張が非常に強い症例では、これらの薬剤でも入眠や中途覚醒が改善しない場合もあるが、その場合にはリスペリドン(リスパダール)を0.5~1.5mg程度の少量で夕食後から眠前に用いると睡眠状態が改善することが多い。(p47)
このリスパダールは、先日、自閉症の易刺激性に対して適応を取得した薬であり、発達障害の治療にしばしば用いられます。
もし副作用が問題となる場合は、やはり海外で自閉症に適応されている アリピプラゾール(エビリファイ)も試してみるとよいようです。
これらが無効な場合、あるいは感覚過敏が強い場合はフルボキサミン(デプロメール)などのSSRIのほうが有効な場合もあるとも書かれています。(p48)
リスペリドンに関する記述の中で、「少量」という表現が出てきますが、ASDやADHDなどの発達障害の薬物療法では、過敏性があるので、少量処方が原則であるというのは、子どもの発達障害が専門の杉山登志郎先生の本でも解説されていました。
少量処方では、大量処方に比べて効果が弱まるどころか、むしろ効き方が変化し、著効することも多いということでした。詳しくは以下の記事をご覧ください。
▼若年性線維筋痛症(JFM)と発達障害
近縁の疾患である、子どもの線維筋痛症(JFM)でも、素因としてしばしば自閉スペクトラム症(ASD)が見られると言われています。
発達障害を考慮に入れることが不可欠
このように、慢性疲労症候群、特に小児期発症の子どもの慢性疲労症候群の場合は、「発達」や、それが関わる「睡眠」といった独特な問題を考慮に入れた治療をすることが不可欠という見解になってきているようです。
今後、こうした発達障害が関係する慢性疲労が、慢性疲労症候群の一形態とみなされていくのか、それとも、別の問題として分離されていくのかは定かではないですが、徐々に研究が進んでいる印象は受けます。
もし、すでに慢性疲労症候群と診断されている人で、小児期発症の人がいれば、発達障害という観点から、自身の問題を捉え直してみると助けになるとかもしれません。
子どもの慢性疲労症候群や発達障害についてさらに知りたい方には、この本いま、小児科医に必要な実践臨床小児睡眠医学をぜひお勧めしたいと思います。
なお、今回はASDと慢性疲労症候群の関わりが主でしたが、ADHDと慢性疲労症候群の関係については、以前にこちらの記事でまとめているので、ご興味のある方はご覧ください。
また、小児慢性疲労症候群について詳しくは、以前にまとめたこちらの記事もご覧ください。