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いつも時間がない人の処方箋―常に手術室が足りない病院が実践したたった一つのこと

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ズーリ州の救急病院、セント・ジョンズ地域医療センターは、手術室の問題を抱えていました。

32の手術室で年間3万件の外科出術が行われていて、急患が出ると午前二時に手術するほどでした。

この のっぴきならない状況は、常に予定に追われて、「いつも時間がない人」の場合とよく似ています。

この病院の場合、手術室が足りない状況を打開するためにできる選択肢は、以下のうちどれでしょうか。

    A.手術室を増設する

    B.残業を増やす

    C.その他

このうち、A.やB.の選択肢は、「時間がない人」の場合は、重要でない予定や睡眠時間などを削って、さらに働く時間を増やすことに相当するでしょう。

しかし、セント・ジョンズ病院が選んだたった一つの解決策は、だれもが予想だにしない第三の選択肢だったのです。

いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学という本を紹介したいと思います。

これはどんな本?

いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学は、忙しすぎて時間がない、と公言してはばからない行動経済学者のセンディル・ムッライナタンとエルダー・シャーフィルが、あえて時間を取り分けて書いた「欠乏」についての本です。

いつまでも孤独から抜け出せない人、ダイエットできない人、貧しさから抜け出せない人、仕事の奴隷になる人など、何であれ「足りないもの」のせいで、人がループに落ち込んでしまうのはなぜか、豊富な例を挙げて解説されています。

「まともじゃない」解決策

冒頭のセント・ジョンズ病院の話を続けましょう。

この病院は、手術室が足りなくて困っていたわけですが、果たして、どんな解決策を取ったのでしょうか。

しかしセント・ジョンズ病院はどうすればいいか答えを見つけなくてはならなかった。

病院の理事会が医療改善期間から招いたアドバイザーは、病院の日々の重圧にトンネリングを起こさずにすむというぜいたくを許され、問題をくわしく調べて分析した。

そして彼がたどり着いたのはかなり意外な解決策だった。

手術室をひとつ使わずに空けておくというのだ。(p235)

手術室をひとつ使わずに空けておく?

手術室が今でも全然足りないのに、そのうちの一つを使わないままほっておくなんて!

この提案を聞いた医師のひとりがこう言ったのも当然です。

「私たちはすでに大忙しなのに、そんな私たちから何かを奪い去ろうなど、まともじゃない」(p235)

ところが、病院が、このアドバイスを実践して、手術室を常に一つ空けておくようにしたところ、どうなったでしょうか。

この考えはうまくいった。ひとつの手術室を緊急手術専用にすると、病院が受け入れられる手術は5.1パーセント増えた。

午後3時以降に行われる手術の件数は45パーセント減少し、収入は増えた。

試行期間わずか1ヶ月で、病院はこの変更を正式採用している。それから二年間、病院の手術件数は毎年7~11パーセント増加した。(p237)

狐につままれたような話です。手術室をひとつ予備に空けておくようにしたら、手術できる件数が増えてしまったのです。

このエピソードは、わたしたちに大切な教訓を与えてくれています。

それは「いつも時間がない人」をはじめ、何かが足りないことで慢性的に悩んでいる人にとって、根本的な解決策となるものです。

その教訓を3つの観点から調べてみましょう。

「いつも時間がない」人が考えるべき3つのこと

セント・ジョンズ病院の「まともじゃない」解決策に含まれていた3つのポイント、それは1.スラック、2.トンネリング、3.処理能力です。

1.スラック

セント・ジョンズ病院は、手術室が足りないことで悩んでいました。ところが、アドバイザーはそれが問題の本質ではないことを見抜きました。

セント・ジョンズ病院の事例は、欠乏の罠の根本をなすものを具体的に示している。

病院が経験していた手術室の不足は、じつはスラックの不足だったのだ。(p237)

スラックとは何でしょうか。端的に言えば、それは、余裕のことです。スラックとはゆるみやたるみを意味する言葉です。 たとえばスーツケースに物を入れたときの空きスペースのようなものです。(p101)

空きスペースというと、無駄なものだと考える人もいます。スペースがあれば、限界まで物を詰め込んで容量ぴったりに整頓したい衝動に駆られる人もいるでしょう。

しかし空きスペースは、無駄ではなく、常に確保しておかなければならないものです。たとえば、次のような例があります。

昔のオープンリール式テープレコーダーは、テープが切れないように少し余分にメカに送り込む必要があった。

コーヒーミルはコーヒー豆を詰めすぎると挽くことができない。

道路は交通量が容量の70%以下でいちばんスムーズに機能し、スラックがないと渋滞が起こる。(p237)

このような例はあらゆるものに見られます。

あなたが今使っているパソコンやスマートデバイスは、容量を限界まで使用しているでしょうか。いいえ、そんなことをしたら処理が重たくなったり、更新データを受け取れなくなったりしてしまいます。

あなたは今日の昼食を、もう食べきれない限界まで食べましたか。いいえ、そうしたら、きっと動けなくなって眠ってしまうので腹八分目以下にとどめたでしょう。

どんな場合にも、システムがうまく機能するためには、スラックという空きスペースが不可欠なのです。

それはシステムの柔軟性を保つためであり、更新データのように、今後入ってくる可能性のあるものを受け入れるためでもあります。

手術室が足りないセント・ジョンズ病院の場合、どうしてスラックを用意すると、結果的に手術できる件数が増えたのでしょうか。

セント・ジョンズ病院で手術室が足りなくなっていたのは、急患の患者が大勢運び込まれてきたからでした。

すでに手術室がすべて使われている状態だと、急患が来ると、予定されていた手術のスケジュールを変更して移動させなければならず、そのため、医師が何時間も待ちぼうけて、手術が深夜に及ぶこともありました。

しかし常に手術室をひとつ空けてスラックを確保しておけば、急患をスムーズに処理でき、他の手術のスケジュールを動かす必要もなくなったので、結果として、全体が効率よくまわるようになったのです。

これを、「いつも時間がない人」に当てはめるとどうなるでしょうか。

あなたはどうすべきか?

やりたいことがたくさんあって、そのための時間がないにもかかわらず、万が一予想外のことが起こった場合に備えて、たとえば月曜と水曜の午後3時から4時までのスケジュールを空けておくべきなのか?(p239)

いつも時間がないのに、スケジュールを空けておく? それこそ「まともじゃない」選択肢です。

でも、よく考えてみれば、それは至極まっとうなことだとわかります。

実際のところ、そうするべきだ。それは車で30分のところに行くのに40分前に出発したり、万一の場合に備えて毎月の家計からいくらかを蓄えたりするのと同じだ。

欠乏に直面したとき、スラックは必要不可欠である。それなのに、人はたいていそのための計画を怠る。

もちろんその理由はもっぱら、欠乏のせいで計画するのが難しくなることにある。(p240)

わたしたちは、常に、色々な突発的な予想外のできごとに対処しなければなりません。予想外のできごとは、「予想外」というより、むしろ「予期すべき」必ず生じるものです。予定外の急患が、必ず一定数現われるのと同じです。

そのような予期すべき予定外のできごとのために、スケジュールに余裕をもたせ、スラックを用意しておくなら、スケジュールの組み換えに時間を使わずにすみます。

今後入ってくる可能性のあるデータのために、スマートデバイスの容量を使いきらず、余裕をもたせておくことや、急患に備えて、手術室をひとつ空けて置くことと同じです。

余裕を持たせておくことが、スムーズな対応につながり、かえって時間の節約になるのです。

先日の記事に書いた、毎日計画を立てた学生より、月ごとに計画を立てた学生のほうが成績がよくなった例も、スラックを用意して余裕をもたせることの価値を示す一例といえます。

いつも「今年こそ本気出す」と言っては新年の目標を達成できない3つの理由 | いつも空が見えるから

2.トンネリング

しかしながら、何かが足りないときに、さらにスラックを設けるという「まともじゃない」選択肢を選ぶのは簡単ではありません。

落ち着いて冷静に考えてみれば、余裕をもたせることの価値がわかるのに、限界ギリギリまで圧迫されているときにそれを選択するのはクレイジーに思えます。

これはトンネリングという現象が起こっているからです。

人はトンネリングを起こすと、ほかのことを完全にほったらかす場合がある。

差し迫ったプロジェクトで忙しいとき、家族と過ごす時間を削り、お金のやりくりを先延ばしにし、定期健康診断を延期する。

ひどく時間に追われているときは、「子どもたちとは来週一緒に過ごせるさ」とつぶやくほうが、「ほんとうは子どもたちにはやはり私が必要だ。次に確実に時間があるのはいつだろう?」より簡単だ。

トンネルの外の物事ははっきり見えにくく、過小評価されやすく、省かれる可能性が高い。(p55)

トンネリングとは、視野が狭まることです。あまりに集中するあまり、まわりにあるものが目に 入らなくなり、ただ一つ、目の前につづくトンネルの中の一点だけしか見えません。

何かに追い立てられていると、人はトンネリング状態になります。お金が足りない、時間が足りない、コミュニケーションが足りない、手術室が足りない…etc.

トンネリング状態は、その問題を解決するために人を一心不乱に突き動かすという点では役立ちます。お腹が減った人はトンネリングによって、ただ食べ物を探すことだけに集中し、空腹を満たします。

しかし問題が複雑な場合にトンネリングが生じると、真の解決策に気づかないまま、実りのない努力を続ける悪循環に陥りかねません。

セント・ジョンズ病院の手術室が足りない問題に直面していた医師たちは、視野狭窄に陥り、勤務時間を増やして、午前二時まで残業することで問題に対処していました。

トンネリングのせいで冷静に考えることができず、力技で対処するしかないと思っていたのです。もしお金があれば手術室を増設したかもしれませんが、それでもきっと程なくして同じ問題に直面したでしょう。

お金が足りないと思っている人は、トンネリングによって、さらに働く時間を増やしますが、食費や睡眠時間を削り、過労になることで体調を壊して、医療費がかさみ、さらにお金が足りなくなって仕事を増やして…という悪循環に陥るかもしれません。

成績が悪く勉強時間が足りないと思っている生徒は、トンネリングによって、夜遅くまで塾に行くようになり、睡眠不足になって、日中の授業に集中できず、さらに成績が悪くなって睡眠時間を削り…という悪循環に陥るかもしれません。

たいてい、問題のループに陥ってどんどん泥沼にはまっている人は、トンネリングに陥っています。

自分自身の問題に頭がいっぱいになりすぎて、視野が狭くなり、目先の表面的な解決策に専念するあまり、かえって問題を悪化させてしまっているのです。

トンネリングから抜けだして、真の解決策を知るには、冷静な他者の観点から物事を見なければなりません。

それには、セント・ジョンズ病院のように、外部の専門家にアドバイスしてもらうことや、その分野の専門的な本を読んで、自分が気づかなかった意見に触れてみることが大切です。

一番やってはいけないのは、トンネリング状態の自分の頭だけでぐるぐる考え続けて、他人の意見を頭ごなしに否定して耳を塞ぐことです。

先日の記事に書いた、無価値な習慣から抜け出せない人の問題も、欠乏を意識しすぎて、トンネリングが生じてしまっている例の一つです。

なぜあの人は無意味な習慣をやめないのか―安心する儀式としての強迫行為 | いつも空が見えるから

3.処理能力

スラックを用意したり、トンネリングから抜けだしたりすることは、単にこじれた問題を解きほぐす以上の効果があります。

それは、処理能力の向上という点です。

人はスケジュールを立てるとき、処理能力を見落とすことが多い。

ふつう考えるのは、やることリストを片づけるのにかかる時間であり、それにかかる処理能力、あるいはかける処理能力ではない。

ジェット推進研究所の技術者が、火星の位置によって決まる期限の切迫という問題にどう対処したか、考えてみよう。

彼らは問題に注ぎ込む技術者の勤務時間を増やした。しかしそれは必ずしも処理能力を増やしたことにはならず、過労の技術者が働く時間は長くなったにもかかわらず、仕事に注ぎ込む処理能力の合計は減ったかもしれないとも言える。(p250)

わたしたちが「いつも時間がない」と感じるとき、それは本当に「時間」が足りないのでしょうか。

実際には「時間」ではなく「処理能力」が足りない場合が少なくありません。

セント・ジョンズ病院の医師たちは、手術室が足りないと思っていましたが、実際には、そうではありませんでした。手術室はしっかり足りていたのに、一つ一つの手術が長引きすぎて、手術室が必要以上に長い時間占領されていたのです。

そうなっていたのは、夜2時まで残業したり、手術スケジュールの組み換えという雑務に気を取られたりして、医師たちが疲労し、処理能力が低下していたからでした。

「いつも時間がない」と考えている人も、トンネリングによって視野が狭くなり、時間を確保するために睡眠時間を削って仕事時間を増やすかもしれませんが、それは実際には逆効果です。

睡眠を削り、仕事を増やすなら、脳が過労状態になり、処理能力が低下します。すると、仕事を終わらせるのに前より時間がかかるようになり、勤務時間を増やす前よりさらに時間が足りなくなるのです。

さらに、処理能力を低下させるのは、睡眠不足や過労だけではありません。

あなたは完全に徹夜したあと、自分がどれだけ冴えていると思うだろう? 翌朝、どれくらい頭が働く? 

私たちの研究が明らかにしたところでは、貧しい人たちにとって、金銭にまつわる心配が生じることのほうがひどい睡眠不足になるより、認知能力を大きく損なわれたのだ。(p74)

もちろん睡眠不足も処理能力を低下させますが、それ以上に心配や思い煩いのほうが、処理能力を低下させるのです。

驚くべきことに、何かが足りないという欠乏に気を取られて、心配や思い煩いで頭がいっぱいになっている人は、IQも一段階下がることがわかっています。

これは「平均」レベルにある人が「知的障害との境界線」まで下がるほどの変化です。(p74)

セント・ジョンズ病院の医師たちは、手術室が足りないと思い込んでいたことにより、常にスケジュール組み換えの心配をしなければなりませんでした。

予定が押していることを知っていたので、手術中も、手術に集中しているようでいて、心配や思い煩いが頭の一部を無意識に占拠していて、処理能力が低下していました。

その結果、ひとつの手術にかかる時間が延びて、さらに時間が足りなくなる悪循環を生んでいました。

これらすべては、「手術室を一つ空けておく」ことで解決されました。いつも一つ余裕があるおかげで、急患の対処やスケジュールの組み換えについて心配する必要がなくなり、本来の処理能力を発揮できるようになったのです。

それで、何かが足りないと感じたとき、実は足りないのは処理能力ではないか、と考えてみるのは大切です。

人は自分の持っているもの(時間、お金、摂取できるカロリーなど)がごくわずかしかないと考えるとき、欠乏の物理的な意味に重点を置く。

遊ぶ時間が少ないとか、使えるお金が少ない、と。

処理能力への負荷という問題があることからして、別の、おそらくもっと重大な不足があると考えるべきだろう。(p92)

処理能力を確保するのに必要なのは、しっかりとした睡眠、食事、健康管理、レクリエーションのための時間を取り分けることです。

「いつも時間がない」人がそれらに時間を取り分けるのは勇気のいることですが、結果として処理能力が上がって、時間が節約されるようになるのです。

特に心配ごとや思い煩いで頭がいっぱいになっている人は、有名なGTD(Getting Things Done)が役立つかもしれません。

なぜ貧困層にADHDが多いのか
愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)などの本によると、貧困層には発達障害のADHDが多いとされています。ADHDとは不注意・衝動・多動などの症状を特色とする生まれつきの脳の障害だとされています。

しかし、いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学の行動経済学のデータからすると、貧困層にADHDが多いのは、発達障害ではなく欠乏の影響だと考えられます。

収穫前(貧しいとき)と収穫後(裕福なとき)の農民のパフォーマンスを比較した研究では、収穫前の経済的な心配のある時期にはIQが低く、処理能力が低下していました。(p82)

他の実験でも、欠乏による心配で頭が占拠されると、不注意になったり衝動的になったりして、自制心が低下することがわかっています。(p79)

しかし、こうした問題は、欠乏への心配で頭がいっぱいなときだけに生じるのであり、必要が満たされて思い煩いがなくなるとIQや自制心は回復しました。

つまり、貧困層の人たちのIQが低かったり、ADHDと診断されたりする要因は、一つには貧しさゆえに心配や不安が思考を占拠しているからです。その場合、生来の発達障害ではないので、正確にはADHDではありません。

「問題は人ではなく、欠乏している状況なのだ」ということです。(p91)

「いつも時間がない」人の処方箋

手術室が足りない病院が、今すぐやるべきたった一つのことはなんでしょう?

ここまで読んでくださった人は、それが、手術室を一つ空けておくことだ、と自信を持って答えられることでしょう。

大切なのは、これを、わたしたちの日常生活に当てはめることです。

スラック、トンネリング、処理能力の問題は、ありとあらゆる活動と関係しているので、さまざまに応用できます。

■足りないことばかりに気を取られて、スラックを確保するのを忘れていないだろうか
トンネリングによって近視眼的な対策にこだわり、悪循環に陥っていないだろうか
■足りないのは実は処理能力ではないだろうか

こうした点を考えてみるなら、本当に足りないものは何かを見極め、真の解決策を実践することができるでしょう。

いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学は、かなり読みごたえのある本ですが、色々と興味深い実験やエピソードが抱負に載せられているので、行動経済学に興味のある人にはおすすめです。

そんな読みごたえのある本など読む時間がない、と思いますか?

「いつも時間がない」からこそ、あえて立ち止まって本を読んでみる時間を取ることが、実はトンネリングから抜け出すきっかけになるかもしれません。


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