かねてから何度も話題になっていた、RNA製剤アンプリジェン(Ampligen)が、アルゼンチンで筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の治療薬として承認されたというニュースがありました。
ヘミスフェリックス・バイオファーマ株式会社…は 重度の筋痛性脳脊髄炎(ME)および慢性疲労症候群(CFS)の治療薬として、Rintatolimod(米国商品名:Ampligen®)のアルゼンチン国内での販売承認を取得したと発表した。
販売承認にあたり、800例を超える慢性疲労症候群の患者を対象に、1年以上アンプリジェンを使用して臨床試験が行われたそうです。そのうち100例以上が重度のCFSだと説明されています。
時事通信や日経バイオテクによれば、この薬はME/CFSに正式に適応が承認された世界初の薬だそうです。
米ヘミスフェリックス、脳脊髄炎治療薬のアルゼンチン販売認可〔GNW〕:時事ドットコム
MEおよびCFSを適応として販売が承認された世界初の医薬品と考えられる。
米Hemispherx社、RNA医薬がアルゼンチンで承認取得:日経バイオテクONLINE
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)を適応とする治療薬では世界初であり、唯一である。
アンプリジェンの長い道のり
今回の販売承認にあたり、アンプリジェンの製造元のヘミスフェリックス社のCEOであるTom Equels氏はこう述べています。
アルゼンチンでは、Rintatolimod(Ampligen®)は、ME/CFSの重度障害型の患者の治療薬として販売承認されたばかりです。
ME/CFS患者は、世界中で300万人を超えるとされていて、その内、この薬で治療対象となる本疾患の重度障害型の患者はほんの一握りです。
…これまで市場には有効な治療法は存在しませんでしたし、私たちが知る限り、Rintatolimod以外に高度な臨床候補薬もありません。
今回のアルゼンチンでの販売承認によって、中南米で重度のME/CFSに苦しむ患者さんへの治療は劇的に改善するでしょう。
このように華々しく紹介されると、治療への期待に胸が高鳴りますが、実をいえばアンプリジェンは、ここ最近、突然開発されたような薬ではありません。
1988年に米国疾病対策センター(CDC)がCFSの診断基準を打ち立てたころから、長年ずっと治療薬として話題に出ては、今日まで正式に承認されないままだった薬です。
2013年にもアメリカで承認されるかどうかが再度話題に上り、このブログの記事で、アンプリジェンとはどんな薬なのかをまとめました。
アンプリジェンは、もう20年近く前の1998年に書かれたニュージャージー州医科大学神経科学部門のベンジャミン・H・ネーテルソン教授(Benjamin H. Natelson)によるCFS研究の本Facing and Fighting Fatigue: A Practical Approach (Boswell's Correspondence;7;yale Ed.of)の中でも言及されています。
この本は、日本では2000年に、専門医の倉恒弘彦先生ら多数の翻訳者の協力によって疲れる理由というタイトルで邦訳が出版されていて、慢性疲労症候群の米国での研究の進展を知る貴重な資料となっています。
この本でアンプリジェンが登場するのは、慢性疲労症候群の様々な治療法が提案されている第十二章の最後です。
そこでは、まず初期のころのウイルス原因説を受けて、NIH感染症研究員のスティーブン・ストラウスが、抗ウイルス薬であるアシクロビルを使って臨床研究をしたものの、CFSの症状は改善されなかったという経緯が触れられています。
その上で、やはり抗ウイルス作用を持つ、不適合2本鎖ポリマーRNA製剤であるアンプリジェン(アンプリゲン)がCFS患者に本当に効果があるのか、医者も患者も興味をもって見守っていると書かれています。
こうした考え方に沿うと、抗ウイルス作用と体外物質への体の免疫学的反応を減弱する能力をもった薬であるアンプリゲン(訳者注:アンプリゲンは商品名、日本での市販なし)に、CFSを取り巻く患者や医師たちは皆、興味を惹き付けられるのである。
アンプリゲンはCFS患者でプラセボ対照研究が行われ、その活性薬物を投与された患者の機能に、僅かだが明らかな改善が認められた。(p253)
アシクロビルと違って、アンプリジェンの場合は、一部の患者において、わずかながら確かな効果が認められたそうです。
しかしその一方で、憂慮すべき結果も出ていました。
この薬は静脈内投与に限り、それ自身がサイトカインに類似しているためにCFS様の症状を引き起こしうる。そして大変高価である。
これらの要素を総合し、FDAはアンプリゲンの本国での使用を肯定する研究に、あまり関心を持っていない。(p253)
改善がみられる患者がいる一方で、望ましくない副作用が現れた人もいたこと、また大変高価であったことから、FDAはアンプリジェンの実用化にあまり積極的ではないと説明されています。
アンプリジェンの価値を高める試み
それに対して、アンプリジェンの製造元のヘミスフェリックス社は、アメリカ以外の地域での適応承認を求めてトライアルを始める方針を定めました。
アンプリゲンの製造元は現在FDAを無視しつつ、FDAが米国内でのアンプリゲンの使用が容認されるような十分な臨床改善効果を示すことを期待して、他のトライアルを開始している。
もしこの提案されたトライアルがアンプリゲンの価値を高めるものであれば、CFSは少なくともある患者については、ウイルス性または免疫学的原因があるということになる。(p253)
このような経緯があって、今回アンプリジェンがアメリカではなく、アルゼンチンで承認されるという不可思議な結果に至ったのでしょう。
今回のニュースの中で、販売元のヘミスフェリックスのCEOTom Equels氏はこう述べていました。
私たちは、アメリカ国内の重度ME/CFS患者を対象とする本製品の承認に向けた道筋を切り開くため、積極的に取り組み続けてまいります。
疲れる理由に書かれていたとおり、他の地域でのトライアルを通して、アンプリジェンの価値を高め、FDAがアンプリジェンを考慮するよう働きかけるつもりなのではないかと思います。
CDCによって診断基準が作られてから、この約30年の間に、慢性疲労症候群の研究が大きく進んだかというと、残念ながら、今でも20年前の疲れる理由の内容が十分役立つほどです。
とはいえ、脳に炎症が確認されたり、自己免疫性脳炎として理解する動きがあったりと、免疫システムの問題が関わっていることを示唆する証拠は発見されています。
ウイルス性かどうかはともかく、CFSに免疫学的原因があるのだとすれば、アンプリジェンは今なお、治療薬として有用な可能性を持っていて、さらに効果的な治療法を探る糸口にもなり得るのかもしれません。
答えを知るには、今後報告されていくであろう、アルゼンチンでのアンプリジェンを用いた治療の成果や、他の国での臨床研究を見守る必要がありそうです。