この記事は解離と慢性疲労について考えた以下の記事の2つ目の補足です。
本文中で、サウンドセラピーがトラウマ障害などに効果があるのは、メロディやリズムが、トラウマ記憶と同じく手続き記憶であり、トラウマの手続き記憶によって乱れた脳のリズムを、音楽のリズムの手続き記憶が一時的に相殺するからではないかと書きました。
わたしの場合、一部のハイパーグラフィアと同じように、文章を書いているときは不動状態が解除されます。枯渇したはずのエネルギーが動員されます。
オリヴァー・サックスが言うように、書くことで考えが一つにまとまり、整理されます。サックスが書くことと音楽をこよなく愛していたのは偶然ではないでしょう。書くことも音楽も、ドーパミンによって脳の非同期な活動をひとつのリズムへとまとめる力を持っています。
からだの不動化、そして歌のリズムやメロディがともに手続き記憶であることからすれば、からだは同時に2種類のリズムを刻むことはできませんから、別のリズムに没頭して同調しているうちは不動化の手続き記憶が解除されるのかもしれません。
引き込み現象
近年の研究からすると、外部のリズムに共鳴し、引き込むことで内部のリズムを同調させるシステムが人体にも備わっているようです。
低い温度で体内時計が止まるメカニズムを解明 | お茶の水女子大学
ブランコは、たとえ乗り手がこぐのをやめていても、上手いタイミングで繰り返し押してやれば小さな力でも大きく揺らすことができます。
そこで実際に、低い温度で止まってしまった体内時計にほぼ24時間のリズムで2度の温度変化を与えました。すると、低温では決して現れないような強いリズムが観察されました。
この現象は物理学でよく知られている共鳴現象とよばれているものと同じで、体内時計でも共鳴が起こることが初めて発見されました。
第3回 ヒトの脳はどのように時間を知覚しているのか | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
引き込み現象(エントレインメント)というのは、要は、「つられてしまうこと」「同期してしまうこと」ことだ。
それにわざわざ名前がついているのは、20世紀後半からの研究で、これまでばらばらに知られていた現象が、数理的には同じ枠組みで議論できることがわかったからだ。
おそらく解離にみられる人や物に対する過剰な同化・同調は、これら物理学的な共鳴現象や引き込み現象と関係しています。というのも、脳のニューロンの発火もリズムだからです。
脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線の中で、精神科医ノーマン・ドイジはこう書いています。
これは私の仮説だが、音楽による刺激が脳障害を持つ人に有効なもう一つの理由は次の点にある。
(自閉症の例に見たように)そのような人においては、脳領域同士の結合が貧弱であるために、ニューロンの発火が同期していない。
私の見るところ、脱同期化した脳はノイズに満ち、ランダムな信号を発し、つねにエネルギーを浪費している。
要するに、ほとんど何の仕事も行なわず、本人を消耗させるだけの活動過多の脳なのである。
音楽は引き込みによってニューロンの発火の同期を取り戻し、脳を効率的に機能するよう導くのだ。(p525-526)
自閉症と統合失調症はリズム引き込み障害
ドイジはこれを仮説としていますが、わたしも同様の考えを持っています。
ドイジが例として挙げているように、自閉症は外部のリズムを引き込む機能がうまく働いていないリズム障害だと思われます。自閉症の人たちが「空気が読めない」とされるのは、場の雰囲気や他の人の感情に現れるリズムを取り込めないからです。
場の雰囲気や他の人の感情のリズムを取り入れるというと、超能力やテレパシーを思い浮かべるかもしれませんが、わたしたちの脳には、物理的に接続していないもののパターンを取り込む機能が備わっています。
それはちょうど、Wi-Fiを介して物理的に接続していないパソコンのデータを同期することと似ているので、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法では神経Wi-Fiと呼ばれています。
この発見に続いて世界各地で無数の実験が行なわれ、共感や模倣、同調、さらには言語に発達といったそれまで説明できなかった多くの側面が、ミラーニューロンで説明できることがほどなく明らかになった。
ある書き手は、ミラーニューロンを「神経Wi-Fi」になぞらえた。私たちは他者の動きだけでなく、他者の情動的な状態や意図まで摸倣するのだ。(p99)
ミラーニューロンおよび、それを内包する脳のミラーシステムは、他者の動きだけでなく心情まで模倣する共感や同調と関係しています。動きや感情は脳のニューロンの発火パターンというリズムからなっているので、ミラーシステムはリズムを同期する神経Wi-Fiです。
人体に備わるリズム同調システムが、ミラーシステムだけなのか他にも存在するのかは定かではありませんが、少なくとも自閉症の人たちは、このリズム同調システムがうまく働いていないとされています。リズムの引き込みがうまくいかないのです。
自閉症と脳の働きが似ているとされる統合失調症もまた、リズムの引き込みがうまくいかないために、外部世界と切り離されてしまう病気です。
統合失調症の妄想とは、取りも直さず「空気が読めない」が極端になりすぎて、他者の思考というリズムをまったく取り込めず、リズムが完全に脱同調したものだとみなせます。
神経科学者ゲオルク・ノルトフの脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫るによれば、統合失調症は、自己が世界から切り離された状態だとされています。
安静状態に関する研究による発見は、統合失調症患者では安静状態の空間/時間構造が異常をきたしていることを示す。
機能的結合性として測定される空間構造は異常に硬直的で、そのために外部刺激に反応して変化することができない。
周波数変動によって確立される時間構造も異常をきたしており、とりわけ長く遅い周期で極端な高まりが見られる。
統合失調症患者は、この周波数変動の異常によって、通常はまとめられることのない複数の刺激を結びつけ統合するようになる。(p202)
何やら難しい内容ですが、簡単にいえば、統合失調症では、空間や時間(リズム)に関わる内部のリズムを「外部刺激に反応して」外部のリズムと同期させることができなくなっているということです。
外の世界のリズムと同期できないせいで、どんどん内部りリズムが狂ってしまい、「とりわけ長く遅い周期で極端な高まりが見られる」などした結果、外の世界のリズムから逸脱した思考、すなわち妄想が生じてしまうのです。
ここで、外部の刺激によって同期されるのが、時間(リズム)だけでなく空間も挙げられていることは興味深い点です。
統合失調症と同様、外部のリズムを引き込む能力が働かない自閉症では、時間感覚の異常だけでなく空間感覚の異常も生じるからです。そして、リズムと空間は、どちらもからだに記憶される手続き記憶の特徴でもありました。
そうすると、リズムの引き込みとは、まわりの環境に合わせて柔軟に手続き記憶を変化させる能力なのかもしれません。自閉症の常同行動や、統合失調症の人格の硬化は、外部のリズムを引き込めず、同じ手続き記憶を繰り返している状態なのでしょうか。
HSPと解離性障害はリズム引き込み過剰
対照的に、外部のリズムの引き込み、共鳴が過剰すぎる人たちがいます。それは、以前の記事で書いたとおり、定型発達者を中心に置くと、自閉症とは正反対の極に位置していて、他者の気持ちを読み取りすぎる感受性の強い人たち、HSPです。
HSPの人たちは、神経Wi-Fiであるミラーニューロンの働きが通常より強いことも確かめられています。
また、やはり過剰なリズム引き込みを見せるのは、トゥレット症候群の人たちです。オリヴァー・サックスが音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々で述べているように、トゥレット症候群のチックとは、まわりの人のくせや姿勢、ことばなどを過剰に摸倣してしまうことで生じます。
トゥレット症候群と併発することも多いADHDもまた過剰なリズムの引き込みが生じてかき乱されているとみなせます。
多動や衝動に陥ってしまうのは、あまりに感受性が強すぎて、外部のさまざまなリズムを取り入れてしまうからです。ちょうど携帯電話や電子レンジなどのそばで精密機器を使うと動作が乱れてしまうのと同様の影響を被っているのです。
ADHDとHSPは、感受性が強いという点では共通していますが、上記の記事で見たとおり、HSPの人は、子どものころから、自己コントロール力が強いことがわかっています。
過剰なリズムの引き込みがあるにもかかわらず、自己コントロールの強さゆえに自制することができるため、HSPの人はADHDと違って、外からのリズムによる影響より、内からのリズムの強さが勝り、多動や衝動を抑えることができます。
しかしこの自己コントロール力の強さとは、この記事で扱った自己抑制の強さと同じものです。HSPの人は解離や慢性疲労に陥りやすいですが、それは過剰なリズムの取り入れに対する防衛としてシャットダウンが生じているとみなせます。
引き込み障害か一時的な解離か
外部のリズム引き込みが強すぎて苦痛なせいで、解離というかたちでシャットダウンすると、外部と同期できないために脱同調が生じます。この状態は自閉症や統合失調症とよく似ています。
しかし、自閉症や統合失調症は、もともとリズム引き込みがうまくいかないのに対し、解離では、通常以上のリズム引き込み能力を持っているにもかかわらず、あえてシャットダウンしているという違いがあります。
三池先生の不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するによると、小児型慢性疲労症候群の不登校の子どもたちの中に、一時的にアスペルガー症候群などの発達障害にみえるものの、治療に成功すると発達障害と診断する根拠がなくなる人たちがいるとされていました。
DSM-IVでチェックを入れ診断する医師が後を絶たず、不登校状態の子どもたちにさまざまな診断名がつきはじめている。
「うつ」は併存する確率も高いのでまだ許せるとしても、「PDD」「Asperger症候群」の病名が目立つ。
そう簡単にこのような病名が作られてよいとは思えない。
すなわち心理検査、知能検査により現れる発達障害と診断される検査結果のみで診断がなされてしまうことに問題がある。
実はこの知能検査の結果は二次的な低下である可能性が高い。なぜなら、治療により回復した彼らから発達障害と診断する根拠が消えることが少なくないのである。(p82)
これは、子どものPTSD 診断と治療が述べている、外傷後自閉性発達障害(APTDD)という概念と同様の現象が生じているものと思われます。
たとえば、Reidは、タピストック研究所でのワークショップにおける論議をもとに、「外傷後自閉性発達障害」(autistic posttraumatic developmental disorder : APTDD)という診断概念を提唱している。
彼女は、自閉症の子どもの症状と子どものPTSDの症状の類似性(反復的プレイと反復的行為・発語、回避・解離症状と自己刺激による身体感覚への没入、過覚醒・過活動と情緒的過敏性・反応鈍麻の複合)に着目し、生来的な脆弱性(過敏性と完璧性)をもった乳幼児が、生後2年の間にトラウマ性の出来事を体験した場合、その一部が自閉性障害を生じるとして、APTDDという診断分類の提案に至ったわけである。(p44)
外傷後自閉性発達障害(APTDD)は、生後2年の間に「過敏性と完璧性」をもった子がトラウマを経験した場合、本来は自閉症ではないのに自閉症に似るという概念です。
不登校の場合は、生後2年の時期ではないため、重度の自閉症に似るまではいたらず、アスペルガー症候群の診断になるのでしょう。いわゆる「発達性トラウマ障害」や「第四の発達障害」と似た外傷性の発達障害類似状態です。
HSPなどの生まれつきの強い感受性を持った子どもは、自閉症とは反対に同調しすぎる体質を持っているせいで、トラウマ体験で強い刺激にさらされると、自分からあえて外部のリズムとの同調をシャットダウンする解離に陥る可能性があります。
興味深いことに、先ほど統合失調症では外部との同期が失われていると述べていたゲオルク・ノルトフは、脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫るの中で、本文で扱ったタイプの、大うつ病(MDD)ではない、不動状態による慢性疲労型のうつについても考察しています。(p117)
それによると、このタイプの抑うつでは、外部の環境のリズムから切り離されてしまいます。
抑うつにおいては、異なるタイムスケールのあいだで脱協調が生じ、この疾病に特徴的な症状を引き起こしているのではないか。
これらのデータが示すところでは、脳は単なる神経組織ではない。これは時間的な器官、つまり異なる幾つかのタイムスケールを生み、構造化し、統合する時間エンジンである。(p127)
抑うつに陥ると、自己と環境の関係が、まったく消失するわけではないにしても減退するように思われる。…うつ病患者の自己は、環境への埋め込みの低下を経験している、つまり環境から切り離されていると言えるだろう。(p141)
慢性疲労型の抑うつでは、「環境から切り離されて」しまう、つまり解離してしまうせいで、外部のリズムとの同期が難しくなり、タイムスケールの脱協調が引き起こされます。
HSPの子が不登校になる場合、もともと外部からのリズム引き入れが強く、学校という環境で過剰に同調するようになってしまい、それが苦痛になりすぎた場合に、自ら解離によって、外部のリズムとの同調を切り離してしまうのではないでしょうか。
そのため、一時的に自閉スペクトラム症に似た症状を示しますが、治療によって解離が解消されれば、元にもどります。彼らは自閉症ではなくHSPだからです。発達障害に見えて発達障害ではないという三池先生の見立ては正しかったことになります。
同様に、解離性障害における過剰同調性は、HSPを土台とした過剰な引き込み現象の現れと解釈できます。解離性障害の人たちが、もともと「投影」とは真逆の「取り入れ」という防衛機制が強く働くことは以前の記事で触れました。
解離傾向の強い人たちは、過剰同調性のせいで様々な環境の雰囲気というリズムや、他者の性格というリズムを脳のニューロン発火パターンというかたちで内部に取り込み、ときには、解離性同一性障害の別人格、つまり本来の自分とは異なる脳の発火パターンを内在化します。
解離性障害は統合失調症と異なり、頑固な妄想が生じないことが最大の違いとされています。これは、完全に外部リズムの引き込みが断たれている統合失調症に対し、解離性障害では、苦痛のせいで一時的に外部との同調を自ら遮断しているだけだからです。
統合失調症と解離性障害は予後が異なるのはそのせいでしょう。統合失調症は人格の荒廃に向かうとされているのに対し、解離性障害は十分回復可能です。
HSPの不登校の子どもが一時的に自閉スペクトラム症に見えても治療が成功すればそうではなくなるのと、解離性障害の人が一時的に統合失調症に見えても、治療が成功すれば回復できるのは、どちらも同じ理由による、ということになります。
つまり、自閉症や統合失調症は、もともと外部リズムを引き込むシステムが機能していないのに対し、HSPや解離性障害は、外部リズムを引き込むシステムが逆に強すぎるせいで、トラウマに対する防衛として一時的にシャットダウンしていて、回復するとリズム同調能力も元に戻るということです。
トラウマの瞬間のリズムが再生される
また、音楽のリズムとトラウマ記憶は、いずれも手続き記憶でした。すなわち、PTSDや解離性障害で問題となっているからだの手続き記憶とは、言い換えればトラウマ記憶のリズムだということになります。
頭の中に居座って再生され続けるメロディ(イヤーワーム)や、何かのきっかけでふと思い出す懐かしいメロディのように、トラウマ記憶のリズムも再生されます。
トラウマの瞬間の生体リズムが再生され続けて止まらなくなる状態、あるいは何かのきっかけでトラウマの瞬間のリズムが呼び覚まされ、再生されてしまうのがトラウマ障害の手続き記憶ではないでしょうか。
たとえば、PTSDでは、ふとしたきっかけで、闘争・逃走反応にはまりこみます。このとき、からだはトラウマ記憶に同調しています。トラウマを経験した瞬間にからだで生じていたのと同じ心拍変動などの激しいリズムが再生されているのです。
他方、解離では、慢性的なトラウマを経験していた時期と同じリズムが、イヤーワームと同じように延々と再生され続けています。
解離では外部のリズム引き込みがシャットダウンされるとともに、内部の記憶によるリズム、すなわち拘束されていたときの仮死状態のリズムである心拍低下が延々と再生されてしまうということです。
だからこそ、解離の治療に必要なのは、その人がもともと持っていた外部のリズム引き込み能力を再度取り戻させ、内部で延々と再生されているトラウマ記憶のリズムを上書きしなければならないのです。
みんなで一緒に歌ったりするサウンドセラピーが解離の不動状態に有効なのは、音楽という外部のリズムによって、内部で再生されている不動状態のリズムを一時的に上書きできるからだ、ということになるでしょう。
本文中で解離は脳の部分的な睡眠障害ではないかと書きましたが、こうした観点で見ていくと、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線が述べるように、解離や発達障害は、睡眠障害と同様、脳やからだの生体リズム障害なのかもしれません。
脳障害の多くは、脳がリズムを失い、「リズム障害」的な状態で発火するために起こるので、音楽療法はこれらの症状にとりわけ効果が期待できる。
音楽療法のリズムは、脳の「ビート」を取り戻す非侵襲的な手段になり得るのだ。(p523)
従来の解離を人のこころの病理として捉える考え方が間違っているわけではありません。人は確かにこころを持つ生き物だからです。
しかし、人は動物の一種であり、同時に物理学の法則にもしたがって構成されている物質でもあります。本文ではピーター・ラヴィーンの考察をもとに、解離を生物学的観点から分析しましたが、解離はまた物理学的観点からも考察されねばなりません。
解離とリズムとの関連は、これからじっくり煮詰めていく課題となりそうです。