この記事は、身体志向のセラピーによる解離の治療について考えた以下の記事の補足です。
さまざまなトリガーによって解離しそうになったときに、他の別の方法で置き換えて解離を防ぎ、「今ここ」にとどまるためのアイデアを集めました。
どんな症状も“一枚岩”ではない
本文では、マインドフルネスによって自分のからだの反応を観察し、さまざまな症状が原因不明のものではなく、実際には何かのトリガーをきっかけに連鎖的に生じている反応であることに気づく必要があると書きました。
たとえば、原因不明のEという症状がある場合、それは何の前兆もなく気まぐれに生じているように見えるとしても、「からだの声」に耳を傾け、よく観察するトレーニングを積むうちに、
A(トリガーとなる刺激)→B(条件反射)→C(連鎖反応)→D(連鎖反応)→E(症状)
というように、連鎖的に生じている手続き記憶のパターンだとわかります。
特に感受性が強すぎるHSPの人の場合、解離症状は四六時中生じているように思えるかもしれません。慢性疼痛や慢性疲労に陥っている人の場合も、症状は常に固定していて、いつも変わらないようにに思えるかもしれません。
しかし、マインドフルネスでしっかりモニタリングできるようになれば、そうではないと必ず気づきます。
日経サイエンス2015年01月号 のマインドフルネスの特集では、マインドフルネスが線維筋痛症などの慢性疼痛に効果がある理由についてこう書かれていました。
身体のうち痛みが生じている特定部位に注意を意図的に振り向けると、それらの部位の感覚がかすかに揺らぐのに気づいて、常に変わらない“一枚岩”だと思われていた慢性の痛みが絶えず変動する感覚に瓦解するかもしれない。(p49)
慢性疲労や慢性疼痛に悩んでいる人は、その症状は「一枚岩」だと感じています。常に慢性的に生じていて揺るがぬものであると認知しています。
しかし、マインドフルネスで「からだの声」をモニタリングできるようになると、じつは「感覚がかすかに揺らぐ」ことに気づき、「常に変わらない“一枚岩”だと思われていた慢性の痛みが絶えず変動する感覚に瓦解」します。
これがすなわち、ただのEでしかないと思っていた思っていた症状が、じつはA(トリガーとなる刺激)→B(条件反射)→C(連鎖反応)→D(連鎖反応)→E(症状)という連鎖的に生じているパターンだと気づくということです。
4つのストレス反応が順番に生じる
このパターンは、無秩序に生じているわけではなく、生物学的なメカニズムで生じています。
本文で繰り返し説明したように、スポーツ選手のイップスや、不登校、解離はみな同じようなパターンで生じています。
まず、外部からの刺激によって過緊張状態になり、超限界段階を突破した瞬間に、解離の不動状態に陥ります。
本文で引用したとおり、奇跡の生還を科学する 恐怖に負けない脳とこころにはこう書かれていました。
生理的な覚醒が高まっていくと、ある点まではパフォーマンスも上昇します。
その点をこえてもなお覚醒度が高まれば、パフォーマンスは急激に低下するので、これをわれわれは「カタストロフ」とよんでいるわけです。
なだらかに、少しずつ低下するんじゃない。がくんと落ちるんです。(p149)
まず外部からの刺激というトリガーがあり、それにからだが反応して過緊張状態になり、超限界段階に到達すると、感覚がシャットダウンし崩壊する解離が生じてます。
このプロセスは、解離と慢性疲労の記事で紹介した、哺乳類に普遍的に備わる4つのストレス反応にそって生じています。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアはこう述べています。
キャノンの発見から75年以上も動物行動学および生理学の研究が進展した現在、闘争か逃走反応は、「一つのAと四つのF」という頭文字にまとめられる。
すなわち停止(Arrest:注意の増加、状況の精査)、逃走(Flight:まず逃げようとする試み)、闘争(Fight:動物や人間の逃走が阻害された場合)、凍りつき(Freeze:恐怖―怯えによるこわばり)、そして破綻(Fold:無力感による虚脱状態)。(p60)
解離という反応は、いきなり、前触れも脈略もなく生じることはありません。どんな場合でも、この4つのストレス反応の連鎖の最後に生じています。
トリガーとなる刺激
↓
(1)逃走(まずストレスから逃げようとして交感神経系が緊張する)
↓
(2)闘争(逃げられない場合、闘おうとして我を忘れる)
↓
(3)凍りつき(闘っても勝ち目がないと不動系が起動して身体を凍りつかせる)
↓
(4)破綻(まったく逃げ場がなくどうしようもないときエネルギーがシャットダウンされて虚脱する)
というステップで解離は生じます。
慢性疼痛や慢性疲労は、(3)の凍りつきや(4)の破綻に陥ることで生じます。
目まぐるしい速度で(3)や(4)に到達してしまうので気づきにくいですが、いきなり(3)や(4)に飛んでいるわけではなく、必ず前兆となる予備動作(プリムーブメント)があります。
慢性疲労や慢性疼痛に悩まされている人の場合でも、マインドフルネスでしっかりからだをモニタリングできるようになれば、「“一枚岩”だと思われていた慢性の痛みが絶えず変動する感覚」だとわかり、痛みや疲労が増強する瞬間があることがわかるはずです。
そして、その瞬間に先立って、何かのトリガーがあり、一連のストレス反応がなだれのごとく引き起こされていることに気づきます。
このとき、(3)や(4)は解離と関係している反応なので、自分をよく観察すれば、次のような現象を自分が経験していることがわかるでしょう。
ある刺激がきっかけで、からだが緊張して交感神経が高ぶる。ついで凍りつき、思考が飛んで何も考えられなくなり崩壊する。
ぼーとして、意識が「今ここ」から切り離されて、頭が空っぽになったり、空想の世界に入り込んだりする。
感情が麻痺して失感情症になる。いわゆる慢性疲労症候群につきもののブレインフォグや、線維筋痛症につきもののフィブロフォグが起こる。
これが「解離」です。
解離は必ず、トリガーとなる刺激→「逃走反応」→「闘争反応」→「凍りつき反応」→「破綻反応」 の順番で連鎖して起こるものなので、連鎖の途中を別のものに置き換えることができれば、最後の反応が起こるのを食い止めることができます。
それで、本文では、A→B→C→D→E(解離) のようなパターンがからだに染み込んでしまっているのに気づいたら、連鎖的に条件反射してしまう反応を一次保留するスキルをマインドフルネスによって身につけることが大事だと書きました。
なだれのような条件反射を一次保留して、E(解離)が今まさに生じようとしていることに気づけるようになったら、たとえばA→B→C→D→Fのようにして、E(解離)をF(別の反応)で置き換えることで、症状をコントロールできるようになっていきます。
しかし本文の説明では、ではいったい何に置き換えればいいのか、という部分が、いくらか説明不足だったので、以下にアイデアをたくさん書いておきます。
解離を別の反応で置き換えるためのツールボックス
■仕組みを知る
まず、連鎖反応の仕組みを知りましょう。
生物のストレス反応は、「トリガーとなる刺激」→「逃走反応」→「闘争反応」→「凍りつき反応」→「破綻反応」の順番で連鎖して起こると書きましたが、このとき生じているのは自律神経系の変動です。
以前の記事で詳しく説明したように、ポリヴェーガル理論によると、自律神経系は3種類のシステムからなっています。
ストレスを感じたとき、人はまず愛着や社会交流をつかさどる副交感神経系によってリラックスしようとします。
それが無理だと、手足を動かして逃走・闘争で対処する交感神経系が働きます。
それでもどうにもならないと不動系(原始的な副交感神経)が稼働して、からだを凍りつき・シャットダウンさせます。
慢性疲労や慢性疼痛は、最後の不動系による凍りつきやシャットダウンが起動している状態です。つまり、それより上の段階で置き換えれば、症状をいくらか防げるということになります。
■愛着システムを活性化させる
身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法にあるとおり、一番望ましいのは副交感神経系の愛着システムを刺激してリラックスすることです。
私たち人間が苦悩を軽減する最も自然な方法は、触れられて、ハグされて、体を優しく揺り動かされることだ。これは過覚醒の鎮静に効果をもたらす。
そして、自分は損なわれておらず、安全で、守られていて、主導権を握っているという気持ちにさせてくれる。(p352)
解離しそうになっている自分に気づいたら、信頼のおける人と会話する、心から笑う、愛する人と触れ合う、安心できる場所をイメージするなどして、腹側迷走神経を活性化させることができます。
問題なのは、解離する人は、根底に愛着障害などがあるせいで、この副交感神経の機能が弱すぎて不動系に乗っ取られやすいことです。じっくり強化していく辛抱強さが必要です。
解離の舞台―症状構造と治療に書かれているように、安全な場所のイメージをしっかり形成しておくことは解離しそうになったときの対応に効果的です。
治療の初期に、患者に完全に安心できて安全な場所を想像してもらい、それを視覚化してもらう。こちらがイメージを先行させるのではなく、あくまで患者個人がそういったイメージを作り出すように促す。
よくあるのは、美しい森の空き地、陽の当たる庭や砂浜、海、安全な部屋などである。
こういった場所のイメージは、患者や交代人格が症状に圧倒されそうになったときに、そこに逃げ込む緊急避難場所として有効である。そこには安全のため鍵をかけることもできる。(p244)
■呼吸を整えて声を出す
愛着システムとつながっている副交感神経系は、人とコミュニケーションすることでリラックスするシステムです。つまり顔の表情やのどの筋肉、呼吸といったからだの機能とつながっています。
解離しそうになったとき、はっきり大きな声を出したり、声を出して笑ったり、ゆっくまり深呼吸したり、呼吸に注意を向けるマインドフルネスを実践したりすることは、副交感神経を活性化する効果があります。
そもそも、解離しがちなのは、はっきりと声を出して「ノー」(いいえ)と言うことができないタイプの人たちなのです。解離した子どもはしばしば緘黙症と診断されることもあります。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアでは、「ヴー」という声を出しながら息を吐くことが解離を解除するのに有効だとされています。
この音は内臓を開き、広げて振動させ、シャットダウンまたは過剰に刺激された神経系に新たな信号を送る働きをする。
やり方はきわめて簡単である。「ヴー……」(「ユー」というときの「ウー」のような軽い「ウ」)という音を長く伸ばし、息を履ききるまで、お腹に感じる振動に集中する。
「ヴー」の音をクライアントに初めて出させる際、私はよく、霧深い入り江に鳴り響く、霧笛を想像するように促す。船長たちに陸が誓いことを知らせ、安全に故郷に導くための音である。(p150)
頭が真っ白になったりブレインフォグにのっとられそうになったときに試してみれば、効果を実感できると思います。
■闘争、逃走を完了させる
解離は副交感神経系でリラックスできず、続いて生じる「闘争・逃走」の交感神経系でも対処しきれなかったときに生じます。裏を返せば、「闘争・逃走」に成功すれば、解離には至りません。
マインドフルネスで内面を観察し、何かのトリガー刺激をきっかけになだれのこどく解離や疼痛・疲労の増強に至っていることがわかったなら、からだが危険を知らせて過緊張状態になった段階で、自分の意志でトリガー刺激から逃れることができます。
本文で取り上げたとおり、怒りを引き起こす相手の前から去ったり、学校を自分から捨ててみたりするということです。
ここで大事なのは、恐れに支配されてみじめに逃げ帰ることではなく、自分の意志でその場を立ち去るということです。惨めに追い立てられた経験はトラウマになりますが、自分で選んでトリガー刺激から逃れた場合は、自信になります。
詳しくは以下の記事で書きました。
■能動的になる
解離は、逃走も闘争もできず、どうにもできない無力感を抱いたときに生じます。もはや万策尽きた、打つ手なし、とからだが感じたとき、最終手段として不動系がからだを凍りつかせ、シャットダウンするのです。
つまり、まだ自分には何かやれることがある、と感じているうちは、逃走・闘争反応で交感神経系が高ぶることはあっても、超限界段階まで押し切られることはなく、解離は生じません。
「逃走」が無理でも、自分の意志でしっかり「闘争」できれば、その次の「凍りつき」や「破綻」は生じません。
解離しそうになったときは、自分にもまだできることを見つけ、能動的に参加し、自分には間違いなくやれることがあるという感覚を持てれば、解離を防げます。できることを探しましょう。
■姿勢を変える
ストレス反応はすべて姿勢と結びついています。
副交感神経が優位になればからだはリラックスして自然体になります、闘争・逃走反応が優位のときは手足に力が入ります。しかし不動系が優位になって解離すると、からだが固まったり力が抜けたりして動けなくなります。
裏を返せば、寝転がったり座ったりしている姿勢では不動系にのっとられて解離しやすくなりますが、立ち上がったり歩いたりできれば、交感神経系を活性化させられるということです。
しかし次の瞬間に彼はまた無表情に戻り、からだも諦めたかのように前屈みになった。私は彼に虚脱状態に陥ってほしくなかったので、膝を少し曲げて立ってみるように言った。
立つことには固有受容的で感覚運動的なシステムの活性化と協調が必要とされる。このことはアダムの意識を常にオンラインにしておくという効果があった。(p224)
慢性疼痛のように交感神経系と不動系が両方起動してしまっている人の場合はさらに交感神経系を刺激する必要はありませんが、慢性疲労のように不動系にシャットダウンされている人は、解離しそうになったら立ち上がったり段階的に運動したりすることで感覚を取り戻せます。
特に、解離して現実感が薄れたりふわついたりするときに、しっかり地に足がついている感覚を感じ取ることはグラウンディングと呼ばれています。
興味深い方法として、立ち上がることのほかに、バランスボールの上の座ることで、解離を起こしにくくするというアイデアもあります。
解離状態の患者には、身体感覚を制御する脳領域(島および帯状回)の大幅な活動低下が認められた。
…もう一つの効果的なバリエーションは、クライアントに適切なサイズのバランスボールの上に座ってもらうことである。
ボールの上でバランスを保つことは、平衡維持のために複数の調整を必要とする。
このため、ボールの柔らかい表面からのフィードバックを通じて内的感覚に触れることに役立つだけでなく、筋肉意識(気づき)、接地感覚、中心感覚、防衛反射および体幹の強さを探ることで、身体意識の発達に全く新しい次元がもたらされる。(p140)、
■リズムを上書きする
以前の記事で考察したとおり、こうした一連の症状を起こしている「からだの記憶」は一種のリズムです。それは、交感神経系や不動系が起動すると、心拍が変動することからもわかります。
トリガーによって過剰に刺激されると、からだは「闘争・逃走」に備えて心拍のリズムをぐんと上げます。しかしどうしようもないと、今度はシャットダウンの解離反応を起こし、心拍のリズムがぐっと下がります。
このような内部のリズム変動を制御するためには、音楽を聞いたり演奏したりして、トラウマ反応のリズムではなく音楽のリズムに同調すること、タッピングによって外からリズムを整えてやることなどが効果的です。
タッピングの方法としては、自分で自分を抱きしめながら、左右交互にタップするバタフライハグが効果的かもしれません。交感神経系が優位になって心拍リズムが早まり、過緊張になりそうになったときに落ち着かせることがてきます。
また身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法では、指圧のツボを順にタッピングするエモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)という方法も紹介されていました。
体のさまざまな場所にある指圧のツボを自分の指で順にタッピングすることも教えた。
よく「エモーショナル・フリーダム・テクニック(EFT)」という呼び名で教えられている手法で、患者が耐性領域の内側にとどまる助けになることが証明されており、PTSDの症状に有効なことも多い。(p437)
不動系によってシャットダウンしてしまったときは、楽器を弾いたり、歌を歌ったり、好きな音楽を聞いたりすることで、リズムを上げて、不動状態から抜け出すことができます。
まもなくグループ全体が歌い、動き、立ち上がって踊りだした。それは驚くべき変化だった。人々は生命を取り戻し、表情は同調し始め、生気が体に蘇った。
私は、ここで目にしているものを応用すること、そして、リズムと歌と動きがトラウマの治療にどのように役立ちうるかを研究することを誓った。(p350)
■感覚を感じて意識をつなぎとめる
シャットダウンして意識が飛んだり、現実感が薄れたり、失感情症になったり、頭に霧がかかってブレインフォグに陥りそうになったりしたら、強い感覚刺激を与えることで意識を引き戻すことができます。
これは、自傷行為を行なう人たちが無意識のうちにやっている手法です。前に説明したとおり、自傷行為の中には、強い痛みによって、解離しかかっている意識を引き戻すために、無意識のうちに行われているものがあります。
もちろん、解離を食い止めるために自傷行為をするわけにはいきませんが、それと似た方法は使えます。たとえば、冷たく冷やした氷枕のようなものを手に当てたり、パルスシャワーを浴びたりすれば、意識がはっきりします。
また、食べる、飲む、味わう、走る、セックスといった行動も、意識を引き戻します。不動系が引き起こす解離とは、動物における仮死状態のことなので、生きている動物がふだんやっていることは何であれ、解離から意識を引き戻す作用があります。
しかしながら、いくら動物が生きていることを実感する活動とはいっても、食べすぎて過食になったり、トレーニングすぎてアドレナリンハイ依存になったり、マスターベーションにふけったりする中毒になると危険です。
事実、トラウマ障害の人の中には、自傷行為をするのと同じ理由で、こうした依存症になってしまう人がいます。身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアはこう述べています。
自分のからだの内部を深く感じられなくなればなるほど、私たちは過度の外部刺激を切望する。(p336)
解離から意識を引き戻すために、別の刺激的な感覚で目覚めさせるという方法は、手っ取り早く効果的ではあるものの、こうした落とし穴がひそんでいることには十分注意すべきです。
もし何らかの依存になってしまっている場合は、過度の外敵刺激によって解離を解除するのではなく、マインドフルネスによって内部の感覚をしっかり探れるようトレーニングし、ここまで挙げた様々な方法を臨機応変に駆使して解離を防ぐのを目指すとよいでしょう。
たくさんの選択肢をツールボックスに入れておく
ここまで、解離しそうになったときに解離を別の反応で置き換えるさまざまな方法をリストアップしてきました。
大切なのは、どれかひとつの方法で満足しないことです。どんな状況でも常に役立つ万能薬はありません。
A(トリガーとなる刺激)→B(条件反射)→C(連鎖反応)→D(連鎖反応)→E(症状)といった連鎖で解離が生じることを説明しましたが、これは生物学的にいえば、「トリガーとなる刺激」→「逃走反応」→「闘争反応」→「凍りつき反応」→「破綻反応」のことでした。
この一連の連鎖反応のどの段階でも同じ方法が通用することは絶対にありません。
「逃走」や「闘争」の段階では交感神経系が優位になって過緊張状態になり、今にも超限界段階にいたろうとしています。こんなときに、立ち上がったりアップテンポの音楽のリズムに同調したら逆効果です。
そのあとの「凍りつき」の段階では交感神経系と不動系がほぼ同時に働き、「破綻」の段階では不動系がすべてをシャットダウンしています。つまり、各段階によって、対処法は変わってくるということです。
自分が今どの段階にいるかは、マインドフルネスによって、「からだの声」をじっくり聞き、観察できるようになればわかるようになってきます。
そして、自分がいる段階に応じて、その場その場で臨機応変に、この記事で見たような対照法のいずれかを選択できるようになります。
目的とするのは、耐性領域内にとどまる、ということです。身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法にはこう書かれていました。
私たちは、何かのきっかけで過覚醒や低覚醒の状態になるときには、「耐性領域」(最適なかたちで機能できる範囲)の外に押しやられている。
過覚醒の場合には、私たちは反応しやすくなり、混乱に陥る。フィルターが働かなくなるので、音や光に悩まされ、望みもしない過去の光景が心に侵入し、パニックになったり逆上したりする。
低覚醒の状態で機能停止に陥ると、心も身体も麻痺しているように感じ、頭の働きが鈍り、椅子から立ち上がることも難しくなる。(p336)
解離に陥るときには、この低覚醒と過覚醒をジェットコースターのように一瞬にして移動します。
トリガーとなる刺激によって、まず過覚醒になり、ついで超限界段階という耐性領域の上に飛び出てしまい、反動で低覚醒になり、そして最後には耐性領域の下側に飛び出る解離に陥ります。
耐性領域に戻ってくるためには、超限界段階になりそうなときは下側に引き戻し、解離に陥っているときは上側に引き戻す必要があります。ほんの一瞬のうちに変化していく連鎖的反応であっても、その時々で対策は異なっています。
マインドフルネスによって自分をしっかり観察できるようになると、その時々で適切な対策がどれかもわかるようになってきますが、そのためには何を置いてもまず、さまざまなツールをすべて持っていなければなりません。
解離に陥らないために最も大切なことは、「自分には何かできることがある」という感覚です。
解離の不動状態とはすなわち学習性無力感のことだと以前に書きました。どこにも逃げ場がなくなり、「もう打つ手はない」と思った瞬間、からだの生物学的本能が解離を選びます。
自己コントロール感を失い、完全に無力感に支配されると人は解離します。
どこにも逃げ場がない、という状況に陥らないためには、後ろに余裕があることが必要です。それはつまり、ひとつうまくいかなくても、ほかに様々な方法がツールボックスに入っているので、まだまだやれることはあるはずだ、という心の余裕です。
まずは、この記事で紹介したような方法をすべて、自分のツールボックスに入れておきましょう。そして、この記事以外の情報からも、さまざまなツールを仕入れて、自分のツールボックスに追加していきましょう。
そうするなら、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアに書かれていたとおり、たとえトリガーにさらされても解離以外の選択肢をいろいろと選べるようになっていき、自己コントロールの自由を取り戻せるようになるでしょう。
以前は恐れ、怒り、防衛、無力感といった反応しかなかった状態から、コンテインメント[反応を一時保留し感情を包み込むこと]によって多数の反応から選択できるようになる。
…私たちは、潜在的な運動の(瞬間ごとの)行動に優先順位を付ける能力を強化する。それによって、最も適切な行動を選択できるようになるのだ。(p384)