このブログでは「解離」という現象についてさまざまな観点から扱ってきました。
「解離」というと、自分には関係ない特殊な現象だと考えている人が多いのではないかと思いますが、決してそうではありません。
「解離」はトラウマ被害者だけに関わる現象ではなく、わたしたち人間、それどころかほとんどの動物が経験する、とても普遍的な生物学的現象です。
トラウマ経験に限らず、ストレスの多い環境のせいであれ、はたまた身体的疾患や交通事故の後遺症のせいであれ、感覚刺激が過剰になる人はだれでも「解離」を頻繁に経験しています。
解離という概念を知らなければ説明しようがない症状はとても多くあります。特に発達障害やアダルトチルドレンの当事者が解離という概念について知らずにいるのはもったいないと思います。
この記事では、ブログで扱ってきた「解離」についての話題を、Q&A形式で簡潔にまとめました。より詳しい記事に飛べるリンク集にもなっています。
Q 解離とは何なのか?
A.解離とは感覚遮断です
解離は、感覚刺激が強すぎて処理できないときに自動的に生じる感覚遮断(感覚の切り離し)です。脳に備わる「防衛機制」と呼ばれる保護システムの一つです。
いわば脳に備わるブレーカーのようなもので、過剰な刺激に圧倒されないようシャットダウンをかけることで脳を保護します。
Q 解離はとても珍しい病気?
A.だれでも知らず知らず経験しています
どの家庭にもブレーカーが備わっているように、すべての人に解離が備わっています。そして、過剰な刺激にさらされると、だれもが解離による保護を経験します。
解離は無意識のうちに自動的に起きるので、あまりに生活に溶け込んでいて、ほとんどの人は気づかないか、別の言葉を使って説明しています。
しかし、あまりに絶え間なく過剰な刺激にさらされると、常にブレーカーが落ちたまま、感覚が切り離されたままになり、慢性的な解離という病的状態になります。
Q 解離にはどんな症状があるの?
A.日常的な現象から、超常現象、さらには強い身体症状までさまざまです
■日常的な解離
子どものころはまだ感覚が十分に統合されていないので、さまざまな解離現象を経験します。
感覚が敏感な子は、過剰な刺激にさらされると、まわりで起きていることを忘れて、ぼーっとして自分の空想の世界にこもります。過剰すぎる外部からの刺激をシャットダウンしている状態です。
興味のあることに集中し、他の感覚刺激が切り離されることで、時間を忘れて没頭できるのも、健常な解離です。これは、過集中、フロー状態、スポーツ選手のゾーンなどとして知られています。
■突然の危機で生じる解離
恥ずかしさに耐えられず頭が真っ白になったり、カッとなって突然キレたりするのは、過剰な刺激によって交感神経系が高ぶりすぎて、意識のブレーカーが落ちる解離の働きによります。
交通事故や犯罪被害などで、心理的どころか、生存にかかわるすべてが脅かされると、痛みや恐怖から全身の感覚が遮断されます。
すると、脳が外からの感覚によって体の位置情報を取得できなくなるので、体外離脱として知られている浮遊感が生じます。
金縛りや幽体離脱といったオカルト体験は、解離による感覚遮断という概念を用いれば、生物学的に説明することが可能です。解離と同様の脳の部位が関わっていることも確かめられています。
■慢性的なストレスで生じる解離
以上はいずれも、だれもが経験しうる一時的な解離です。しかし、これらが慢性的に生じてしまうと、日常生活に重大な問題をもたらします。
一時的な恥ずかしさで感情がシャットダウンされるのと異なり、厳しい家庭で育ったり、ネグレクトされたりして、子どものころから繰り返し恥を味わわされてきた人は、感情がいつも切り離されて麻痺している失感情症になります。
失感情症の人たちは、感じるのが苦手で、何でも言葉や理屈だけであれこれと考えるようになります。原因不明の身体症状を抱えやすいのも特徴です。
同様に、あまりに睡眠不足が続いてそれがあたりまえになったせいで、感覚が麻痺して睡眠不足に気づかなくなるのも、慢性的な解離です。
あまりに過労が続いて感覚が麻痺してしまい(疲労科学ではマスキングと呼ばれる)、疲れを自覚できなくなるのも、慢性的な解離です。
長きにわたって、強い刺激にさらされたせいで、何かしらの感覚が麻痺して切り離されてしまう解離は、わたしたちがさまざまな場面で経験しているありふれた現象です。
それが一歩進んで、特定の感覚だけでなく、全身の感覚が慢性的に切り離されると、現実感を喪失した離人症になります。
■身体症状としての解離
一部の身体機能だけが切り離されると、検査では異常がないのに目が見えない、耳が聞こえないといった転換症状が生じます。
しかし後で考えるように、解離とは生物学的には、感覚を切り離して「死んだふり」をして身を守る作用なので、全身に慢性的な解離が生じると、体が死んだような状態になります。
慢性的な解離に伴いやすい身体症状としては、からだの固まり、凍りつき、慢性疲労、エネルギーの枯渇、息苦しさ、胃腸障害などがあります。
慢性的に解離した人は生きているのか死んでいるのかわからないゾンビのようになってしまいます。
■記憶の解離
後の項目で説明しますが、人間には2つの記憶システムがあります。
危機的な状況で意識が切り離されると、意識はトラウマを記憶していないのに、身体だけがトラウマを体験し記憶しているという記憶の解離が生じます。
そうすると、意識の上ではもう危険ではないとわかっていても、身体だけがトラウマのときの反応を繰り返してしまうようになります。
これは「再演」と呼ばれ、トラウマの被害者が自分ではやめたいと思いつつも自己破壊的な習慣に陥ってしまう原因です。
解離性障害でしばしば見られる「憑依」体験は、意識は記憶していない行動を、身体の記憶が再生している「再演」の一種と考えることができます。
失感情症であれ、トラウマ記憶の再演であれ、解離では、心はストレスに気づかなくなって麻痺しているのに、身体はストレスに反応して原因不明の症状が生じる、という奇妙な現象がよく見られます
ヴァン・デア・コークはいみじくも、解離とは「知っていると同時に知らずにいること 」だと述べました。
危機的な状況で、解離によって脳の機能の一部が切り離された場合、意識の一部はトラウマを経験し、一部はトラウマから逃れているという複雑な状況が生じることがあります。
そうすると、複数の意識が共存する人格の多重化が起こります。ある人格はトラウマを経験してその記憶を持っていますが、別の人格はその瞬間に切り離されていたためトラウマを記憶しておらず、記憶の断裂が見られます。
Q 解離になりやすい人は?
A.感覚過敏な人、愛着が不安定な人、自己抑制が強い人です
(1)感覚刺激が過剰な人
自閉スペクトラム症やHSPの人は強い感覚刺激にさらされるため、日常のいたるところで、それと知らずに解離を経験しています。
(2)愛着が不安定な人
生後2-3年ごろまでの養育環境により愛着が不安定になった人たちは、ADHDに酷似した敏感さを示すようになり、解離を用いて対処するようになります。
幼いころの養育環境によって形成される愛着のタイプには、安定型、回避型、不安型、無秩序型の4つがあります。
回避型(拒絶型)の人たちは、感情だけを切り離す失感情症のような軽度の解離になりがちです。
不安型(とらわれ型)の人たちは、突然キレたり、性格が変わったりする軽度の人格の交代(スイッチング)を経験しがちです。
両者の特徴を合わせ持った無秩序型と呼ばれるタイプは慢性的な重度の解離を経験しやすく、成長してからのトラウマによって解離性障害や解離性同一性障害になるリスクが高まります。
自身がどのタイプかは、ネット上にもある愛着スタイルテストである程度判別できます。
(3)自己抑制が強い人
嫌なことに対してノーと言えず、自分を周りに合わせてしまい、じっと辛抱するタイプの子どもは、感覚刺激から物理的に逃げるのではなく、感覚刺激を解離させることで対処しがちです。
周囲の目を人いちばい気にして動けなくなってしまうことが多く、緘黙症や、回避性パーソナリティ障害と診断されたり、不登校になったりします。
愛着が不安定な人でも、ストレスに直面したときに相手を責める「投影」によって対処している人たちは境界性パーソナリティ障害になりやすく、自分を責める「取り入れ」によって対処している人たちは解離性障害になりやすいとされています。
そのほか、後述するように、文化的な影響からか、女性のほうが受動的で、ストレスに対して強い解離を示しやすいようです。
Q どんな場合に慢性的な解離になるの?
A.どこにも逃げ場がない状態で繰り返しストレスを受け続けたときです
通常、わたしたちが経験する解離は一時的です。ブレーカーが落ちてもすぐ復旧できるのと同じです。
しかし、慢性的な危機にさらされて、そこから抜け出す方法がない場合、ブレーカーがいつも落ちたままになってしまいます。
マイヤーとセリグマンは逃げられない状況で繰り返し電気ショックを受けた犬が虚脱状態(慢性的な解離)に陥ることを発見し、これを「逃避不能ショック」と呼びました。
どこにも逃げ場がないというのは、文字通り体を拘束された場合だけでなく、恥ずかしさなどのため、心理的に追い詰められる状況も含みます。
Q.なぜ解離はさまざまな表れ方をするの?
A.ストレスの種類が異なれば解離の表れ方も変わります
解離は病気ではなく防衛機制です。慢性的なストレスによって引き起こされる解離は、後遺症ではなく適応である、といえます。
慢性的に激しい感覚刺激にさらされる異常な環境でも、なんとか生き延びていけるよう、生物としての身体が適応を遂げた結果だということです。
自然界の動物に見られる適応進化が非常に多様なことからわかるとおり、環境が違えば、適応の形もさまざまに変化します。
慢性的なストレスが心理的なネグレクトであれば、感情を切り離して心を守る失感情症という形で解離が生じますし、もっと心身全体が絶えず脅かされる環境なら、全身の感覚を切り離して身を守ろうとする離人症など、より重い解離が生じるでしょう。
慢性的なストレスの内容や、恥とされる概念は、時代や文化によってさまざまに異なるので、じっぱひとからげに「解離」と言っても、国や地域によってさまざまに症状は変化します。
ある文化でのみ見られる独特な解離現象は、「文化結合症候群」(文化依存症候群)として知られています。
社会の中で経験する慢性的なストレスは、単に時代や地域によって変わるだけでなく、男性か女性かという性別によっても大きく変化します。
わたしたちの文化で重篤な解離を発症するのは圧倒的に女性が多いと言われていますが、こうした文化ストレスの性差が、症状の表れ方や程度に反映されていると思われます。
Q 生物学的に言えば解離とは何?
A.動物の「狸寝入り」や「死んだふり」と同じ現象です
人間を含め、生物には4つのストレス反応が備わっています。
外敵に襲われるなど危機に面したとき、まず交感神経系が興奮して「逃走」か「闘争」を試みます。それができなければ「固まり」(凍りつき)か「麻痺」(破綻)が生じます。
前半の2つ、「逃走」か「闘争」が慢性的になっている人がPTSDで、後半の2つ「固まり」や「麻痺」が慢性的になっている人が解離です。
前者は多動・衝動性優勢型ADHDと、後者は不注意優勢型ADHDと酷似していて、遺伝のせいでそうなっているのか、環境のせいでそうなっているのか鑑別がとても難しく、並存例も多いと言われています。
Q どんなメカニズム?
A.原始的な副交感神経によるシャットダウンです
「パブロフの犬」の研究で有名なイワン・パブロフは、感覚刺激が限界を超えて「超限界段階」に至ったときに、イヌたちが虚脱状態になるのを発見しました。
スティーヴン・ポージズの「ポリヴェーガル理論」(多重迷走神経理論)によると、生物の自律神経系には、よく知られている交感神経系と副交感神経系のほかに、原始的な副交感神経系(不動系)が備わっています。
過剰な刺激によってアクセルである交感神経系が興奮しすぎて、通常のブレーキである副交感神経系では手に負えない場合に、原始的な不動系が急ブレーキをかけ、有無を言わさずシャットダウンしてしまうのが解離だとされています。
Q トラウマ記憶とは?
A.トラウマは身体に記憶されます
近年、トラウマ記憶とは、心理的問題のような「こころの傷」ではなく、「からだの記憶」だと考えられるようになっています。
人間には、二種類の記憶システムがあり、それぞれ顕在記憶、潜在記憶と呼ばれています。
顕在記憶とは、海馬に依存する記憶で、学校のテストで覚えた内容のように、言葉で意味を説明できるので宣言的記憶とも呼ばれます。
潜在記憶とは、「からだの記憶」として保存されている記憶です。たとえば、自転車の乗り方や楽器の弾き方、音楽のメロディーなどの手続き記憶がこれに当たります。
アルツハイマー病などで顕在記憶が失われても、日常生活でのからだの動かし方や懐かしのメロディーがほとんど失われないのは、それらが「からだの記憶」だからです。
トラウマ記憶も、「からだの記憶」にあたります。
危機的な状況では、意識がシャットダウンされるので、トラウマの経験は、顕在記憶としては詳しく記憶されず、「からだの記憶」としてだけ詳細に記憶されます。
そのせいで、トラウマ経験の詳細を思い出せない記憶喪失(解離性健忘)や、理由を説明できないのに、身体が反応してしまう身体症状や再演が生じます。
Q.どうやって対処するの?
A.感覚を感じ取り、意識を「今ここ」に引き戻します
慢性的に過剰な刺激にさらされたことが、意識や感覚を飛ばして対処する解離の原因なので、まず環境からの刺激を和らげます。
解離はどこにも逃げ場がないときに生じる最終手段なので、安心できる居場所を確保することが何よりも重要です。
PTSDも解離も「からだの記憶」による症状なので、記憶の処理に関わる睡眠の質を整えることは予防にも治療にも役立ちます。
HSPや自閉スペクトラム症などの体質が関わっている場合は、過敏性を和らげる工夫が必要かもしれません。
自閉スペクトラム症の解離は、定型発達者の解離とは特徴や対策が異なるとも言われています。
薬物療法は少量なら役立つ場合がありますが、根底に感覚過敏があるので、副作用が出やすいことに注意が必要です。
単なる「こころの傷」ではなく、生物学的な「固まり」「麻痺」反応であること、言葉で説明できる顕在記憶ではなく「からだの記憶」が関係していることからすると、カウンセリングや認知行動療法より身体志向の治療法が有効と考えられます。
身体志向の治療法は、からだで感覚を感じ取る訓練をして、心と身体のつながりを取り戻し、意識を「今ここ」に維持するのに役立ちます。
Q.解離についてもっと知るには?
A.「解離性障害」を扱っている本よりも、「解離」について扱っている本をお勧めします
「解離性障害」について説明している本では、解離性同一性障害など、特殊な事例を中心に解説されていて、「解離」が多くの人に関係している普遍的な現象であることがわかりにくくなっています。
以下の数冊は、もっと広い視野で解離について理解するのに役立ちます。
■身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法
世界的なトラウマ研究の先駆者であり第一人者でもあるヴァン・デア・コークによる、詳しさと読みやすさを両立したすばらしい本です。解離について深く知るために、まずおすすめする一冊です。
■身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価
カナダのサイコセラピスト、ガボール・マテが、精神神経免疫学の観点から心と身体のつながりについて説明している本です
「解離」という言葉はほんの一部に出てくるのみですが、扱われている内容は慢性ストレスによる解離と、それに伴う身体症状です。
■ 解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)解離性障害の専門家、柴山雅俊先生による「解離」よりも「解離性障害」を中心とした本ではあるものの、解離を示しやすい人の性格や生い立ちについて知るのに参考になり、イラスト版なので読みやすいです。
■ 解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合
解離性障害の専門家、岡野憲一郎先生による、かなり専門的な本ですが、この記事で扱った4つの反応やポリヴェーガル理論など、生物学的なメカニズムについてもしっかり説明している良書です。
■身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケア
ヴァン・デア・コークの友人である神経生理学者ピーター・ラヴィーンによる、解離の身体症状と身体志向の治療法について詳しく扱われた一冊です。生物学的なメカニズムも最も詳しく説明されています。
しっかり読み解くには前知識が必要ですが、あまり知識がなくても、解離の身体症状がどんなものかを理解するには十分です。