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光や音の「感覚過敏」を科学する時が来た―線維筋痛症や発達障害,トラウマなどに伴う見えない障害

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 弱い光の下でも眼痛、頭痛をはじめ全身の症状が出現するので、二重にサングラスを装用し、帽子を深くかぶり、中には、光を通しにくい布地を顔に何重にも巻いたり、袋を 被 ったりと完全防御の状態でしか通院できない症例もあります。

こうした重度の症例は、私の外来には少なくとも10例は存在し、こうした病態は決して珍しいことではないことがわかったのです。

 その原因はさまざまでも、この状態を「眼球使用困難症」と呼びたいと考えています。

おそらく、大半の症例は、無理やり測れば視力などは正常に記録されるでしょうが、日常生活の上では目を当たり前に使用することは困難ですから、明確な視覚障害者です。

れは、今年2月9日付でヨミドクターに載せられた、井上眼科医院の若倉雅登先生による記事目がいいのに使えない「眼球使用困難症」の方、患者友の会に集合を! : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞) からの引用です。

井上先生は、このコラムの中で、極めて明るさに敏感で、まぶしさに耐えられず、ときに痛みも感じるような人たちの症状を、便宜上「眼球使用困難症候群」と名付けて、該当する人たちからの連絡を募っています。

その後、この9月に入って、歌手のレディー・ガガが線維筋痛症を公表したことをきっかけに、再度記事を挙げておられ、線維筋痛症や慢性疲労症候群、化学物質過敏症などの関係を示唆しておられました。

線維筋痛症と「眩しさ」 : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

感覚過敏は、検査に異常として出ないため、「心の問題」「気にしすぎ」「仮病」扱いされがちです。

しかし、このブログで取り上げている多種多様な病気や発達障害を理解するには、感覚過敏抜きに考えることはできません。この機会に、感覚過敏とは何なのか、どのように原因不明のさまざまな疾患とつながっているのか、という点を考察してみました。

これはどんな本?

この記事では若倉先生の記事をはじめ、さまざまな資料を参考にしていますが、とりわけ精神科医ノーマン・ドイジによる脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線を参照しています。

この本は、これまで難治性とされていた慢性疼痛や多発性硬化症、外傷性脳損傷、パーキンソン病、自閉症といったさまざまな脳の機能異常に対して、脳の可塑性(柔軟に変化する力)を引き出す最先端の治療法を用いた取り組みが紹介されています。

従来の医学の枠にとらわれない最新の脳科学の発見が盛り込まれており、検査に異常が出ない感覚過敏の実態を理解し、どんな治療法でアプローチできるか知るのにとても役立つ一冊です。

検査で異常が出なくても「心の問題」ではない

冒頭で若倉先生が記事で書いておられたのは、感覚過敏のうち、光過敏、明るさ過敏といった視覚系と関係しているものです。こうした過度の明るさ過敏症状は、一般には「羞明」(しゅうめい)と呼ばれています。

決して少ない症状ではないはずですが、今のところ様々な病気に現れる不定愁訴のひとつとして扱われているだけで、独立したひとつの病態としてカテゴライズされてはいません。

その理由について、若倉先生は、眼科的検査をしても異常がみられないこともあり、心因性や気の持ちようとみなされてきたのだろうと書いています。

従来、そんな状態は人間の身体(目)には起こりえないと医師たちは考え、そのような症例に出合っても、詐病(病気として偽る)や心因性などとして無視してきたのです。

多分、私も20年前は、その仲間であったかと思います。

検査で異常が出ないのに過度のまぶしさを訴える「羞明」症状はさまざまな病気に出現しますが、この記事で先生は、線維筋痛症や慢性疲労症候群、化学物質過敏症などとのつながりを指摘しています。

私がこの病気に注目しているのは、眼球そのものに問題はなくても、 眩 しさや目の痛みのために目を開けて見ることができない 眼球使用困難症候群 の重症例に、しばしば体の痛みが起き、線維筋痛症と診断されている例があるからです。

…また、線維筋痛症は、慢性疲労症候群や化学物質過敏症などと臨床症状に類似点が多いようで、これも、そういう解釈ができるということなのかもしれません。

確かに、わたし自身の経験に照らしてみても、周囲にいるこうした病気の患者たちのうち、全員が全員ではないものの、過度のまぶしさや音過敏などの感覚過敏を抱えている人たちが数名思い浮かびます。

これらの病気も、やはり、一般的な検査で異常が出ることが少なく、長らく心因性、詐病、気に持ちようなどと言われ、患者たちが苦しめられてきた歴史を持っており、検査に出ない眼球使用困難症候群との類似性があります。

たとえば最近の記事で、小学校のころに線維筋痛症を発症した男性の経験談が取り上げられていました。

ガガさんと同じ「線維筋痛症」 一宮の闘病男性が歌自作 | 1面 | 朝夕刊 | 中日新聞プラス

 小学四年のころ、体に異変が現れた。慢性的な頭痛や肩こりに悩まされるようになり、痛みが出てきた。だが、病院では「心の問題」とだけ指摘された。

 中学になると痛みは広がり、学校も休みがちに。病気をうまく説明できず、同級生に仮病扱いされた。小児科などに通い、漢方薬の治療やカウンセリングを受けた。「痛みだけでなく、痛みを理解してもらえないことがつらかった」

線維筋痛症に限らず、検査に出ない異常を抱える人は、みなこのような苦悩を経験してきたことでしょう。

先ほどの記事で、若倉先生は、検査に異常が出ない明るさ過敏、線維筋痛症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症などの共通項として、次のような特徴を指摘しています。

 いずれも感覚系が過敏な状態にあり、感覚をコントロールする神経機構に不調が存在するという共通項があります。

言ってみれば、明るさ、まぶしさといった光刺激に過敏なのが今回取り上げている眼球使用困難症候群であるのに対し、慢性疲労症候群では「疲労」に、線維筋痛症は「痛み」に、化学物質過敏症は「におい」に過敏であるといえます。

こうした病気は、いずれも中枢性過敏症候群(中枢感作症候群:CSS)という感覚過敏の症候群の概念に含められています。

CSSに含まれる病気は、いずれも刺激そのものが過剰なわけではありません。

たとえば、眼球使用困難症候群の患者は、日中、他の人が普通に出歩いているような明るさの場所でも外出が困難です。

慢性疲労症候群では、疲労因子FFの測定をしても、実際には身体は休まっているという結果が出るようです。人並み外れた過労状態にあるわけではないのに、疲労を敏感に感じ取ります。

最近の研究によって慢性疲労症候群(CFS)について分かった8つのこと
2011年の疲労学会で発表された研究成果をもとに、慢性疲労症候群(CFS)について分かったことを、8つのポイントに分けて紹介しています。

線維筋痛症でも、やはり刺激が過度に強いわけではないのに、衣服が触れただけ、風が吹いただけで激痛を感じるアロディニアが見られます。

風が吹くだけで激痛が走る「アロディニア」のメカニズム解明―アストロサイトが異常な神経回路を造る
線維筋痛症などに伴う異常な慢性疼痛「アロディニア」の発症メカニズムが解明され、アストロサイトという細胞が神経ネットワークを作り変えていることがわかったそうです。

化学物質過敏症もまた、基準値以下とされるにおい刺激を強く感じ取ったり、ブラインドテストをすると本人の意識が気づけないような微量の化学物質に対して、身体が敏感に反応したりします。

水城まさみ先生による化学物質過敏症(CS)が難治化する原因
化学物質過敏症(CS)の重症化の要因や検査について書かれています。

いずれも、他の人から見れば、まったく問題にならないような微量な刺激を気にしすぎているように見えてしまうので、周りから理解が得られず、仮病や心理的なものだとみなされてきた、という点で一致しています。

「医学の力不足であって、あなたの気の持ち様などではない」

では、これらの症状はみな気の持ちようであり、気にしすぎる性格を直せばよくなるような、実態のないものなのか。

決してそのようなことはありません。

「気のせい」「心因性」といった言葉が意味するところは、もとをたどれば心身二元論に行き着きます。身体的な異常が検出されないなら、それは実態なき心の問題だと主張しているからです。

現代の科学の進歩を考えれば、わざわざ説明するまでもないことのように思えますが、いまだに、心と身体は別物であるかのようにみなす人たちがいます。

脳科学の研究により、かつては「こころの問題」とされてきたような病気でも、必ず脳科学的な基盤があることが明らかになってきました。

不登校の子どもや、機能不全家庭で傷ついた子どもでさえ、傷ついているのは「心」などという得体のしれないものではなく、脳、さらにいえば物質から作られている身体であることがわかっています。

トラウマや愛着でさえ、生物学的な基盤が解明されつつある今この時代に、身体を別にした「心の問題」などというものを語るのはナンセンスであり、まっとうな医学でさえありません。

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それと同時に、現在の医療は決して万能のものではありません。わたしたちは数世紀前の文明の医療を未熟だと思っているかもしれませんが、現代の医療もはるか未来から見れば非常に原始的なレベルにすぎません。

ガンをはじめ、治療できない病気がこれほど多くあるのに、検査できない病気はひとつもない、と考えるのはひどくばかげたことです。

現時点では治療できない病気があるのと同様、現時点では検査で異常を見つけられない病気も山ほどあるとみなすのは、至極まっとうな考え方です。

つい先日も、これまで一般的な検査で異常が見られなかった新しいタイプの腎炎が発見されたというニュースがありました。検査に出ないからといって「心因性」「気のせい」といったレッテルを貼る医師は、いずれ医学が進歩したときどう言い訳するのでしょうか。

福井大:新たな腎炎発見 見逃された患者発掘も - 毎日新聞

そのようなわけで、不登校と子どもの慢性疲労症候群を専門とする三池輝久先生は、不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するの中で、検査で異常のでない症状を安易に心の問題とみなすことを批判して次のように書いていました。

筆者としては安易に“こころの問題”などという言い方をやめるべきだと思っている。

“こころ”とは「そう簡単に科学されるようなもののではない」、あるいは「科学を超えるものだ」という意見も承知しているが、深い意味があるゆえに軽々しく“こころの問題”ということはやめたいと思う。

いつまでもあいまいにしたままで、責任を受診者のこころの脆さにあるかのように説明するのは小児科医として納得できない。

少なくとも、「今、私たちの知識や力ではあなたの訴えや問題を科学的に十分解説することはできないが、そのうちに私たちがもっと勉強すれば明確に説明できる日が来ると考えています。

医学の力不足であって、あなたの気の持ち様などではないと考えています」と伝えるべきだと思う。

これらの自律神経機能を背景とした不定愁訴の問題は比較的表にみえるものであるが、その他にも深く潜行する医学生理学的問題点が多く存在する。

腎疾患に対しては腎機能を、肝疾患に対しては肝機能を評価しなければ診断にはつながらない。

“こころの問題”を気持ちの持ち様であると受診者に丸投げして深く追求することをせず、匙を投げて、何一つ評価システムを持たないのであれば、“こころ”の診療などできるはずがない。(p23-24)

ここで述べられているように、検査で異常が出ない、というのは、「気の持ちよう」だという意味では決してないのです。それはむしろ、「医学の力不足」を意味しているにすぎません。

以前の記事で、若倉雅登先生は、「心因性」というのは医学用語どころか、異常を発見できない医師が患者をゴミ箱行きにする世迷い言にすぎないと述べています。

「心因性」は医学的用語?「キツネが憑いた」と大差なし : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

心因性とはいっても、特定の心因があって病気を起こしていることを証拠だてることはできるはずはなく、ただ、視機能低下を説明できる病変が見つからない場合、「心因性」として、いわばゴミ箱に整理してしまうのです。

 「心因性」はいかにも立派な医学的用語に見えますが、何らそのメカニズムは語られておらず、昔の人々が言った「キツネが憑いた」というのと大して変わらない言葉だと私は思っています。

そして、「心因性」とみなされていたある視覚異常をもつ患者について、何十年も追跡調査して詳細な検査を行い、最新の検査機器で確かに異常を探り当てたことを述べています。

 私は彼の状態を、当時の医学の検査法、診断法のレベルでは検出できない異常が隠れている視機能低下だと考えて、その後20年以上追跡してきました。

その間、だんだん視力低下は進み、ついに冒頭のように富士山も見えなくなっています。

 今もって、眼底検査では正常ですが、この間に進歩したOCTや網膜細胞の神経活動の様子をとらえる電気生理検査でわずかな変化が捉えられ、錐体ジストロフィーという病名をつけるに至りました。

今回の記事のテーマである「眼球使用困難症候群」のような感覚過敏も同様で、従来の眼科的検査で異常がないという事実は、そこには未知のメカニズムがひそんでいることを意味しています。

記事で呼びかけられているように、同様の症状を持つ患者たちが名乗りを上げ、病態としての概念ができ、専門的な調査が開始されれば、やがて見逃されていた実体ある原因が明らかになるときが必ず訪れるでしょう。

感覚異常の原因はどこに?

現時点では、まだ研究が十分進んでいないため、眼球使用困難症候群の原因について、確かなことは何も言えません。

しかしそれでも、このブログで過去に扱ってきた内容のいくつかは、手がかりを与えているように思います。

生まれつきの感覚過敏―ASDとHSP

眼球使用困難症候群のような極度の感覚過敏の原因として、まず思い浮かぶのは、自閉スペクトラム症(ASD)です。

ASDはかつてコミュニケーションや社会性の障害だと思われていましたが、近年、テンプル・グランディンやドナ・ウィリアムズをはじめとした当事者たちの自伝を通して、おおもとの原因が感覚過敏にあるのではないか、ということがわかってきました。

その経緯について、今年発売された  自閉症と感覚過敏―特有な世界はなぜ生まれ、どう支援すべきか?には次のように整理されて書かれていました。

感覚とは人々の内にあって外からは捉えにくいものである。

だから感覚過敏の問題が人々によく知られるようになったのは1990年代になって、自閉症の当事者が自伝を著し、内に抱えている問題について詳しく語るようになってからである(ウィリアムズ 1993、グランディン 1994など)。

…感覚過敏があると、先に述べたように、刺激に対する反応が大きくなり、好きな物は非常に好んで求め、嫌いな物は恐れて避けるようになる。

また、強い感覚を伴う経験の記憶が強まる一方で、感知しなかった刺激に対しては鈍感になる。

…だから、感覚過敏があると、外界の捉え方が通常と異なり、行動の仕方も通常と異なってくる可能性がある。すると、人々と共に生活することや学ぶことがむずかしくなってくる可能性がある。

だが、人間は他の人々とかかわることなしで発達することはできない。ことばを学び、人々とコミュニケーションができないと、社会に参加することができなくなる。

だから、感覚過敏は発達全体に影響を及ぼす可能性をもつものであり、それだけを単独に取り出して対処法を検討するだけではすまないものになっているのである。(p iv)

自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実 (ブルーバックス)によれば、テンプル・グランディンは、自分の体験を振り返って、自閉スペクトラム症の人たちは強烈な感覚過敏を抱えているのに、通常の検査でそれがわからないために、不可解な異常行動をしているように見えてしまう、ということを明らかにしました。

続いて彼女は、障害の根幹にかかわる知覚過敏をとらえるにあたり、既存の経験に基づく方法では不十分であると指摘した。

子どものころに受けた聴覚検査では、グランディンは聴力に何の異常も見つからなかったけれども、「耳に『超大音量の』補聴器をくっつけられた」みたいにある種の音で攻めたてられていたのだと表現した。

彼女の説明によると、幼い頃に教会でしょっちゅう不作法なふるまいをしたのは、日曜日に無理やり着せられる不慣れなペチコートやスカートやストッキングが、肌にチクチクしたからであった。(p553)

当事者たちの告白を通して、これまでASDの特徴と思われていたコミュニケーションの弱さや、こだわりの強さ、かんしゃく、優れた記憶力などは、それぞれ別個の症状として独立しているのではなく、すべて感覚過敏から派生しているのではないか、ということがわかってきたのです。

このブログで取り上げたところでは、たとえば、視覚刺激が強すぎるために、人の目を見て話すのが難しかったり、聴覚刺激が強すぎるために会話が心地よく感じられなかったりして、コミュニケーションに関わる脳機能の発達が妨げられる可能性が示唆されていました。

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そのASDの感覚過敏のなかに、強い明るさのコントラスト過敏などの視覚症状が含まれていることがわかり、ASDの視覚世界を体験できるヘッドセットが開発されたことは、以前に取り上げたとおりです。

自閉スペクトラム症の独特な視覚世界を体験できるヘッドマウントディスプレイを大阪大学が開発
自閉スペクトラム症の視覚世界を体験できる装置が開発されたそうです。

また、おもに女性のASDについての調査では、さまざまな感覚過敏が見られるとともに、学童期に慢性疲労症候群や線維筋痛症といった原因不明の体調不良を発症しやすいことも示唆されています。

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それで、明るさ過敏を含めた「感覚をコントロールする神経機構に不調が存在する」原因が、生まれつきの自閉スペクトラム症にあるケースは十分に考えられるでしょう。

以前も紹介しましたが、こちらの アスペルガー症候群・高機能自閉症における「感覚の過敏・鈍麻」 の実態と支援に関する実態調査のPDFのp299-308には、アスペルガー症候群を対象とした感覚過敏の調査リストが掲載されています。

さっと見てみるだけでもものすごい数の項目があり、きっと今まで考えたこともないような感覚過敏があることに気づくと思います。感覚過敏という分野が、いかに複雑なのに、これまでまともに研究されてこなかったかが一目瞭然です。

また、自閉スペクトラム症とは別に、近年注目されている別のタイプの感覚過敏としてHSP(Highly Sensitive Person)があります。

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こちらはさまざまな刺激を深く処理する傾向があり、うつ病や不安障害などとも関係するセロトニントランスポーター遺伝子や、ドーパミンD4受容体遺伝子の多型が関係するとも言われています。

こうした遺伝子の多型は、良くも悪くも環境からの影響を強く受ける“感受性の遺伝子”だとされていて、環境に恵まれればより良く適応できるのに対し、ストレス状況下では、人より強い負担を感じてしまいます。

HSPの人たちも、光や音、においなどへの感受性が強いことが多く、とりわけ慢性的なストレスにさらさられている場合には、さまざまな刺激に対して過敏に反応してしまう傾向があるでしょう。

光の感受性障害アーレンシンドローム

今回テーマとしている「眼球使用困難症候群」は、「眼球は正常なのに、強烈な眩しさのために目を開けられない、目を開けると強い痛みが出て開け続けられないといった症状」だと定義されていました。

この説明から思い出されるのは、このブログで過去に取り上げた、光の感受性障害「アーレンシンドローム」という症候群です。

光の感受性障害「アーレンシンドローム」とは―まぶしさ過敏,眼精疲労,読み書き困難の隠れた原因
まぶしさや目のまばたき、眼精疲労、ディスレクシア、学習障害、空間認識障害などの原因となりうる、光の感受性障害「アーレンシンドローム」についてまとめています。偏頭痛や慢性疲労症候群や

アーレンシンドロームを提唱したヘレン・アーレンは、 アーレンシンドローム: 「色を通して読む」光の感受性障害の理解と対応の中で、自閉スペクトラム症や慢性疲労症候群、線維筋痛症などに同様の症状が見られることを書いていました。

おそらく、アーレンシンドロームと眼球使用困難症候群は、互いにオーバーラップしている概念で、重なり合う領域を扱っているとみなして差し支えないと思われます。

違いはといえば、アーレンシンドロームは学習障害の研究過程で発見された経緯があり、読み書き困難(ディスレクシア)との関係が中心に研究されてきたのに対し、眼球使用困難症候群は、もっと強い苦痛を伴う明るさ過敏に軸足を置いていることです。

アーレンシンドロームによる学習障害を持つ子どもの場合、自分の症状の原因が明るさやまぶしさだと自覚していないことが多く、保護者や教師がその徴候に気づいてあげることが必要です。

どちらかといえば、典型的なアーレンシンドロームの人たちは、物心つく前から明るさ過敏が強く、その状態があまりにも普通なので感覚が麻痺してしまい、何が異常なのかはっきりと気づけていない傾向があるかもしれません。

他方、眼球使用困難症候群の症例として挙げられていた人たちは26歳から67歳の成人で、みな明るさ過敏の問題を強く自覚している人たちでした。子どものころから感覚過敏があったのか、ある時点から二次的に過敏性が強くなったのかはわかりません。

また、アーレンシンドロームは、単なる光の感受性障害ではなく、特定の色に対する感受性が強すぎるという特徴もありました。どの色に感受性が強いかは人によってまったく異なるため、厳密なフィッテングテストで最も効果のある色のメガネが作成されます。

そのため、アーレンシンドロームの人たちは、それぞれ個別の色付きメガネをかけることになりますが、メガネの色は濃いものから薄いものまでさまざまです。ほぼ真っ黒のサングラスをかける必要のある人もいれば、一見おしゃれな色付きレンズをかけるだけでよい人もいます。

それに対し、眼球使用困難症候群は、特定の色というより、光そのものに対する感覚過敏のように思われます。

重症になると、「部屋を暗くして両眼を閉じ、それだけでは足りずにアイマスクや遮光眼鏡をかけ、外光が入る部屋ではカーテンや帽子が欠かせない」ほどになるとのことでした。

ここまで光過敏が強すぎるからこそ、アーレンシンドロームの子どものように原因がわからない、というようなことはなく、はっきり光が苦手だと自覚せざるを得ないのかもしれません。

とはいえ、眼球使用困難症候群のために真っ黒な遮光眼鏡をかけている人でも、アーレンのフィッティングをすれば、実際には特定の色への過敏性が強いことがわかるかもしれません。そうする選択肢がなかったために全色遮光をしている可能性もあります。

アーレンシンドロームも眼球使用困難症候群も、定義上はそこまで明確な区別はされていないので、現時点でははっきりとした切り分けはできないのではないかと思われます。

ところでアーレンシンドロームや眼球使用困難症候群は眼科的検査に異常が出ないのが特徴ですが、近年、視力以外の視知覚機能が注目されています。

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ADHDやディスレクシアとみなされている症状は、じつは「見る力」つまり視知覚認知機能が原因で生じていることがあります。この記事では、隠れ斜視、輻輳不全、サッケードの弱さの3つを扱い

 たとえば両眼立体視機能や眼球運動機能は、一般の眼科ではテストされませんが、検眼医(オプトメトリスト)のいる施設で検査を受けると、普通の検査では出なかった異常が見つかることがあります。

眼科検診では正常なのに、学校での成績が振るわなかったり、不器用すぎたりする発達障害や学習障害の子どもは、両眼視機能の問題を抱えているケースが多いようです。

こうした多角的な観点から検査することで、従来あまり顧みられてこなかった高次の視覚機能の異常が見つかる場合もあるかもしれません。

交通事故や病気による脳損傷

眼球使用困難症候群を提唱している若倉雅登先生と、アーレンシンドロームを提唱しているヘレン・アーレンは、いずれも、外傷後のむち打ち症(脳脊髄液減少症)や軽度外傷性脳損傷に光過敏症が生じることがあるとも述べています。

前に扱ったように、外傷性脳損傷の子どもたちに見られる高次脳機能障害は、能力が低下したというよりも、さまざまな刺激に対して過度に敏感になってしまったことが原因のようです。

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高次脳機能障害を抱えた子どもとコミュニケーションを図り、上手に教えるにはどうすればいいでしょうか。後天性脳損傷、特に軽度外傷性脳損傷について書かれた「子どもたちの高次脳機能障害―理

こうした症状は、外傷性に限らず、様々なかたちの脳損傷で起こりうるものだと思われます。

たとえば以前に脳卒中から生還した科学者ジル・ボルト・テイラーの経験談を取り上げましたが、彼女は左脳の脳卒中の直後、光や音が異常に大きく耐え難くなりました。

脳卒中から生還した科学者が語る「奇跡の脳」―右脳と左脳が織りなす不思議な世界
37歳で突如脳卒中に倒れ、左脳の機能を一度失い、リハビリによって再び科学者に復帰したジル・ボルト・テイラー博士の体験談「奇跡の脳」から、右脳の左脳の役割の違いや、アスペルガー症候群

また、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線という本には、良性の脳腫瘍のために脳外科手術を受け、その後遺症として脳損傷を負ったガブリエルという女性の次のような体験談が出ています。

脳損傷を負った人にありがちなのだが、音は彼女に特殊な問題を引き起こした。

音が耐えられないほど大きく聴こえ始めた彼女は、あらゆる音に極度に敏感になった。

有線放送の音楽がひっきりなしに流され、喧騒と不協和音に満ちたショッピングモールに出かけると、気が狂いそうになった。(p212)

また、交通事故によって外傷性脳損傷を負った別の女性ジェリについても、次のように語られています。

彼女は小さな音にも敏感になり、ナイフやフォークや皿の立てる音に驚いてしまい、食事をすることさえ困難になる。

さらに悪いことに、一度でも物音に驚くと、過剰反応はとどまるところを知らなかった。

「誰かが少しでも物音を立てると、みんなは私をなだめなければならなくなりました。私はひきつり、抑え切れずにすすり泣いてしまうようになり、眠る以外にそれを止める方法はなかったのです」。

光にも過敏になった彼女は、暗い部屋にこもらなければならなかった。それはあたかも、彼女の脳が音、動き、光、あらゆる種類の混乱を濾過できなくなったかのようで、それを無理に正そうとするとひどい頭痛に襲われた。

この状況では並行作業を行なうことなどもってのほかだった。(p385)

彼女の場合、事故の後遺症によって、両眼視機能にも異常が生じました。前述のように、発達障害ではときに通常の検査では出ない両眼視機能の異常が見られる場合がありますが、脳損傷でもやはり両眼視機能の異常がしばしば生じます。

彼女は走行中、地面の状況を感じ取ることができなくなった。だからたとえば、坂を歩いているとき、彼女は、「上り」「下り」などと叫んで、転倒しないよう注意させる必要があった。

絨毯の模様や活字は動いて見えた。両目の輻輳(対象をとらえる際に両目が連動すること)を司るシステムが機能不全に陥ったために、目の焦点を合わせられず複視が生じた(外傷性視覚症候と呼ばれる)。(p386)

いずれの場合も、ASDやHSPのように生まれつき過敏性があったわけではなく、典型的なアーレンシンドロームのように子供時代から明るさ過敏で苦労していたわけでもなく、病気や事故で脳を損傷した後、後天的に過敏性や視機能異常が現れました。

この本によれば、そのとき脳に起きていたのは、感覚の統合障害だとされています。

損傷した脳は、入ってくるさまざまな感覚刺激を統合できなくなることが多々ある。

…脳の感覚領域が損なわれると、その領域のニューロンはいとも簡単に発火を始め、その人は感覚に圧倒されているように感じるのである。

感覚系は、外部の感覚入力によって興奮する興奮性ニューロンと、脳が圧倒されない程度に適量に感覚刺激を取り込むべく入力を抑える抑制性ニューロンから成る。

(たとえば、目覚まし時計が鳴ると、興奮性ニューロンが発火するために脳は強く刺激される。しかし刺激があまりにも強い場合、圧倒されないよう「ボリュームを下げる」抑制性ニューロンを備えていたほうが都合がよい)。

抑制性ニューロンが損なわれると、その人は感覚の過負荷を経験し、実際に危害を被ることもある。(p215)

脳に入ってくる刺激は、通常、「興奮性ニューロン」を発火させ、「抑制性ニューロン」で適度に調整されることで統合され、ちょうどよいレベルのボリュームに加工されます。

ところが、先天的にこの機能がうまく働いていないのがASDの人たちであり、後天的に この統合機能が損なわれてしまったのが、先ほどの脳損傷の人たちだということになります。

この本の中では、こうしたタイプの感覚過敏を治療する方法として、PoNS(ポータブル神経調節刺激器)という装置が試されています。

PoNSは、ウィスコンシン大学の「触覚コミュニケーションと神経リハビリテーション研究室」によって開発された興味深い装置で、口の中に含んで、電気刺激を舌に与えることで、脳に刺激を送り、ニューロンの働きを調節することを目的としています。(p353)

舌は身体のあらゆる器官のうちでもっとも鋭敏な器官のひとつであり、舌の背後には脳幹に直接接続する脳神経系があることを利用しているといいます。

研究チームでは、PoNSを口に含んで脳に神経パルスを送りながら、一人ひとりの症状に応じた適切なリハビリに取り組んでもらうことで、リハビリの効率を高め、脳損傷や神経疾患の回復に成果を上げているそうです。(p358-359)

脳の損傷による感覚過敏と言うと、ちょうど事故で手や足を失った場合のように、まるで取り返しのつかない不可逆的なものであるかに思えてしまうかもしれません。

しかし、この本は、さまざまな研究成果を通して、もっと前向きな見通しをはっきり示しています。

PoNSを開発したウィスコンシン大学「触覚コミュニケーションと神経リハビリテーション研究室」の創設者ポール・バキリタは、「脳の神経可塑性を動員する治療を最初に指示した一人」ですが、晩年、次のような論文を発表しました。(p354)

ポールによる最後の業績の一つは、「2パーセントの神経組織が残存するだけでも機能を回復できるか?」と題する論文である。

この論文で彼は、それまでの自分の業績に加え、人間や動物を対象に行なわれた他の著者による業績を再評価し、興味深い一致を見出している。

父ペドロは、大脳皮質から脳幹を経て背骨に至る神経の97パーセントを失った。また、シェリルは、医師の診断によれば前庭器官の97.5パーセントにダメージを受けていた。

さらに他の症例は、神経組織の2パーセントが残存していただけでも、失われた機能の回復が可能であることを示していた。

ポールはペドロに関して言えば、リハビリテーションによって「負傷以前は回復した機能と特に関係のなかった既存の経路が有効化(アンマスク)された」という理論を立てた。既存の経路の有効化は、神経可塑的な再配線を説明する。(p370)

数多くの研究が一致して示すところによれば、脳はわずか2パーセント残っているだけでも柔軟に適応して機能を取り戻すことが可能です。

ここに出ている、ポール・バキリタの父ペドロの例については、別の本 脳は奇跡を起こすに次のように詳しく書かれていました。

1959年、65歳になるポールの父ペドロは脳卒中に見舞われ、顔と半身が麻痺し、話すことができなくなった。医師はポールの兄ジョージに、回復の見込みはないと告げた。

医学部の学生だったジョージは、「変化しない脳」という教義を叩き込まれるにはまだ若かった。だから彼は、先入観を持つことなく父の治療を開始した。集中的かつ段階的な脳と動作の訓練を二年間毎日続けると、ペドロは完治したのである。

ペドロが72歳で登山中に死亡した際、ポールが父の検死解剖を要請したところ、脳幹の主要経路の神経の97パーセントが破壊されていることがわかった。

このときポールは一つの洞察を得た。ペドロの行なった訓練は、脳を再配線、再組織化し、脳卒中による損傷を迂回する新たな処理領域や結合を形成したのだと思い至ったのである。つまり、高齢者の脳でさえ可塑的なのだ。(p366)

65歳のときの脳卒中であっても、さらには脳幹の神経の97%が破壊されていても、ペドロは72歳で死ぬ直前、登山を楽しんでいるほどに回復していたのです。

前述の脳卒中で倒れ、ひどい過敏性に悩まされるようになったジル・ボルト・テイラー博士も、やはりリハビリによって見事回復し、体験記奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)を書き、今ではTEDで自分の経験をパワフルに語っているほどです。

回復のために重要なのは、どれほど脳損傷が重いかということよりも、脳の可塑性を引き出すために最適化された必要な専門医療(たとえばPoNSや拘束運動療法〈CI療法〉など)を受けられるかどうかなのです。

トラウマ条件付けによる「学習された痛み」

このブログで繰り返し扱ってきたトラウマ後の後遺症でも、感覚過敏は極めて頻繁に生じます。

じつは、トラウマ後の後遺症として最も有名なPTSD(心的外傷後ストレス障害)も、中枢性過敏症候群(CSS)に含まれている概念のひとつなので、慢性疲労症候群や線維筋痛症と近縁の病気だということになります。

トラウマの中には、幼少期の虐待や犯罪被害、機能不全家庭での不適切な養育が含まれますが、広い意味では、病気の手術や、災害、事故などの壮絶な経験も含まれています。

その意味では、交通事故や外傷後の軽度外傷性脳損傷と呼ばれているものの中には、トラウマ障害に該当するものも数多く存在していると思われます。

いずれの場合も、緊急事態を経験した脳が、危機が去った後でも警戒を解くことができず、永遠にサバイバル状態が続いていることで過敏性が生じます。

だれしも危機的状況下では、脳は過敏状態になります。たとえばいつ猛獣に襲われるかもしれないジャングルで一夜を過ごすとしたら、一晩中、物音に敏感に反応してしまうことでしょう。

トラウマ障害とは、あたかも戦時下で生きているかのように脳が適応してしまうことで生じるものなので、トラウマの専門家ベッセル・ヴァン・デア・コークによって「サバイバル脳」と呼ばれています。

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見知らぬ人に対して親しげに振る舞いながらも、心の中では凍てつくような恐怖と不信感が渦巻いている。そうした混乱した振る舞いをみせる無秩序型、未解決型と呼ばれる愛着スタイルとは何か、人

このとき、脳では過剰な条件付けによる学習が起こっていると考えられています。

条件付けというと、餌やりの合図を聞くだけでよだれを垂らすようになったパブロフの犬の条件反射を思い浮かべる人もいるでしょう。

トラウマ障害では、特定の刺激が強く脳に刻まれることで、その刺激と身体の反応とが結びついてしまう、「身体の記憶」が形成されます。

たとえば、ちょっとしたトラウマを想起させる音を聞くたびに、冷や汗が出たり、パニックになったりすることもあれば、特定の場所に行くだけで、あるいはそれを思い起こさせるような雰囲気を感じ取るだけで、身体が硬直したり動けなくなったりします。

特定の音やにおいや雰囲気は、もともと身体症状とは何の関係もないはずですが、脳の中でセットになって結びついてしまい、片方が起こるともう片方が自動的に誘発されてしまうようになるのが条件付けなのです。

このメカニズムは、線維筋痛症などの慢性疼痛にも関係していると考えられており、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線の中で「学習された痛み」と呼ばれています。

たとえば椎間板ヘルニアになり、椎間板が神経根を繰り返し圧迫するようになると、その領域に対応するペインマップは過敏になり、おかしな動きによって椎間板が神経に当たったときのみならず、椎間板がそれほど神経を圧迫していないときでも痛みを感じるようになってしまう。

…モスコヴィッツは、慢性疼痛症候群が発達し、脳が悪循環に陥っていることに気づく。激痛が走るたびに、彼の可塑的な脳はいっそう敏感になり、次に痛みを感じたときには、その強度がさらに増したのである。

こうして、痛覚信号の強度、痛みの持続時間、痛みが身体に「占める」範囲のすべてが増大していった。

…モスコヴィッツは、慢性疼痛を「学習された痛み」と定義している。

慢性疼痛は疾病の徴候を示すだけではなく、身体の警報システムが「オン」になったままになってしまう。こうして「ひとたび痛みが慢性化すると、その治療はさらに困難になる」。(p34-36)

条件付け反応のトリガー刺激と症状の結びつきは、その経験を繰り返すたびに増強され、強化されていきます。いわば、反復学習をしているようなものだからです。

幼少期のトラウマによって線維筋痛症が発症するケースがあることが知られていますが、その場合、たとえば次のような「学習」が生じているかもしれません。

養育者や隣人に繰り返し怒られたり、恥をかかされたりする。そのたびに緊張して身体をこわばらせることを繰り返す。

それを何年も何年も毎日無意識のうちに幾度となく繰り返していると、やがて怒られるときだけでなく、その人の顔を見たり声を聞いたりするだけで条件反射的に身体の筋肉が緊張してこわばるようになる。

さらに繰り返すうちに、その人に似た顔を見たり似た声を聞いたりするだけで反応するようになる。ヒトを含め、生物は生存率を高めるために、たとえば特定の毒ヘビに危害を加えられたとき、その毒ヘビだけでなく、似た形のものすべてに反応して身を守るようできている。

やがて、四六時中、身体が緊張して身構えたままになってしまう、昼間だけでなく一日中、筋肉がこわばったままになると、血行が悪くなり、筋肉がけいれんして痛みを起こすようになる。そして慢性疼痛が発症し、時とともにどんどん学習が強くなり、強化されていく。

この説明からわかるように、トラウマ障害とは、厳密に言うと、「障害」というより、過剰すぎる「適応」また「学習」なのです。

以前の記事で考えたように、同様のことは、おそらく不登校の慢性疼痛症候群や、化学物質過敏症でも生じていると思われます。

特定の場所(学校など)や特定のにおいで経験した強い不快な刺激が、最初は一過性の自律神経反応を引き起こすだけだったのが、繰り返し経験しているうちに結びつきが強化されていきます。

そうするうちに、トリガーの種類が増えて汎化・拡散していき、四六時中、さまざまなものに反応して、一日中不快な症状が誘発される体質になってしまうのでしょう。

とりわけ、幼少期に衝撃的な経験をして、それがあまりに慢性的に続いたがゆえに、脳が常時サバイバル状態に適応して発達してしまうと、学童期にはADHDのような多動性や衝動性を示し、ときにASDのような感覚過敏も抱えるようになります。

あまりに感覚過敏が日常的になりすぎてしまうと、今度は意識から切り離される解離が生じるので、感覚過敏の対極にある感覚鈍麻も起こります。

これら一連の症状は発達性トラウマ障害(DTD)と呼ばれており、若くして様々な心身の原因不明の異常を抱える人たちにしばしば見られます。

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子ども時代のトラウマは従来の発達障害よりもさらに深刻な影響を生涯にわたってもたらす…。トラウマ研究の世界的権威ヴァン・デア・コーク博士が提唱した「発達性トラウマ障害」(DTD)とい

また、前述のように、生まれつき感受性の強いHSPの人は、良くも悪くも環境を敏感に反映する遺伝的素質を持っているとされています。これは言い変えれば、適応する力、学習する力が高いということです。

そのため、おそらくはHSPの人たちは、「学習された痛み」のような、過剰適応、過剰学習による過敏症状を発症しやすいのではないかと考えられます。

今回 線維筋痛症をカミングアウトしたレディー・ガガは、過去の性的被害によるPTSDや解離症状についてもカミングアウトしており、トラウマ後遺症としての過敏症状なのかもしれません。

レディー・ガガ、PTSDについて長文のテキストを公開。全文訳を掲載 | NME Japan

HSPには芸術的才能を持つ人も多く、アーティストとして成功することと、PTSDや線維筋痛症を抱えてしまうことは、どちらも同じ能力を土台としている可能性があります。

すなわち、生まれつきの遺伝的素質に由来するたぐいまれな適応力が、かたやアーティストとしての学習に、かたやトラウマ反応の学習に、いずれも無意識のうちに強力に作用したのかもしれません。

敏感な感受性の強さがあれば、アーティストとして独自の感性を発揮できるのはもちろんですが、同時に、人一倍、トラウマや中傷に傷つきやすく、恥やショックを反復して経験しやすいことをも意味しているからです。

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HSPの子は右脳が活発、という知見にもとづき、右脳と左脳の役割や二つの記憶システム、愛着、解離など、HSPの人が知っておくと役立つ話題をまとめました。

こうした無意識の条件付けと条件反射によって引き起こされる慢性症状はひときわ厄介なものですが、この本では、視覚イメージや、フェルデンクライス・メソッドという手法を用いて、結びつきを解除する治療法が試されています。(p42,268)

フェルデンクライス・メソッドは、前に詳しく扱った身体志向のセラピーの一緒で、注意深く自己観察し、融合してひとまとまりになってしまった「身体の記憶」に気づき、無意識のうちに生じる条件反射を、意識的に別の反応へと置き換えていく手法です。

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視覚イメージを用いた技法もこれと同様のもので、ある刺激がトリガーとなって痛みが引き起こされているのに気づいたら、痛みに乗っ取られてしまう前に、意識的に特定のイメージを思い浮かべて、無理にでもそれを考え続けるようにします。

脳科学の見解によれば、痛みなどの過敏性に関係する脳領域と、視覚イメージを思い浮かべるときに用いる脳領域は互いに競合関係にあり、一方を働かせているときは他方が抑制されるため、学習された痛みを、学習された別の視覚イメージに置き換えることが可能になります。

痛みが始まったとき、引きこもって横になり、急速し、思考を停止し、自分の身体を保護しようとする自然な傾向を抑えたら、いったい何が起こるのだろうか?

モスコヴィッツの考えでは、脳は反対刺激を必要とする。つまり彼は、慢性疼痛を引き起こしている神経回路の勢力を弱めるために、対応する脳領域に痛み以外の処理を強制的に行わせればよいと考えたのだ。(p40)

これはいってみれば、激痛のときまともに考えられなくなることを逆手にとったものです。激痛を感じることと、頭を働かせることは同時にできないので、必ずどちらかがどちらかに打ち負かされます。

ふつうは激痛が打ち勝って、何も考えられなくなってしまうものですが、そこを強靭な意志力で視覚イメージを想起し続けることで、まったく逆の状態に持っていこうというわけです。

容易にわかることですが、この手法は一筋縄ではいかず、長い目で見られる動機づけ、意志力、集中力がなければ難しいことがわかっています。(p64)

この手法の実践が難しい人でも脳の条件付け学習を上書きできる治療法が模索されていて、たとえばVRを用いた治療が有望視されているようです。

最近のニュースでは、サイモンフレーザー大学の慢性疼痛研究所(Chronic Pain Research Institute -Simon Fraser University )で、ダイアン・グローマラ(Diane Gromala)らが、没入型VRを治療に用いて成果を上げていることが報道されていました。

Could a VR walk in the woods relieve chronic pain? - Health - CBC News

感覚過敏の2つのタイプ―「強すぎる」か「長すぎる」か

このように単に感覚過敏と言っても、その原因は多種多様で、治療法もまた多岐にわたります。

生まれつきの遺伝的素因と、その後の後天的な環境要因が複雑にからみあって、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンのバランス異常が引き起こされているようです。

脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫るという本には、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンのバランスについて、もう少し詳しく説明されています。

神経活動は、神経の興奮と抑制のバランスによって成り立つ。

神経の興奮は、錐体ニューロンと呼ばれる特殊なニューロンと、神経伝達物質のグルタミン酸によって引き起こされる。

錐体ニューロンは、タイプの異なるニューロンである介在ニューロンと、神経の抑制を媒介する伝達物質ガンマ-アミノ酪酸(GABA)と密接に関連している。

つまり私たちが観察している神経活動は、ニューロンの興奮と抑制の、言い換えるとグルタミン酸とGABAの相互作用とバランスの結果なのである。(p190)

興奮性ニューロン(錐体ニューロン)を刺激するのはグルタミン酸であり、抑制性ニューロン(介在ニューロン)によってボリュームを調節するのはGABAです。

ちなみに、よく使用されるベンゾジアゼピン系などの睡眠薬はたいてい、このGABAの受容体を作動させて抑制性を強めることで眠気をもたらしています。

脳機能が損なわれ、これら神経伝達物質のバランスが変化してしまうと、感覚のボリュームが調整されず、過負荷に陥ってしまいます。

興奮性ニューロンと抑制性ニューロンは互いに協力して感覚刺激を適切に処理していますが、先ほどの脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線によれば、そのバランス異常にはいくつかのタイプがあるようです。

まず、感覚のボリュームを抑制する抑制性ニューロンが死滅したり、機能不全に陥ったりすると、外傷性脳損傷後の光や音の過敏性のような症状が現れます。

脳の疾患は、この介在ニューロンに悪影響を及ぼすことが多い。脳細胞が生きているにもかかわらず、適量の神経伝達物質を生産できなくなる脳の疾患がある。

それに対し、脳卒中や脳損傷では、脳細胞は死ぬ。

いずれのケースでも、介在ニューロンによって構成されるシステムは、ホメオスタシスを維持できるよう脳の他の部位を支援する能力を失いかねない。

信号のレベルが低すぎて、脳が重要な情報を取りこぼすかもしれない。あるいは高すぎて信号が脳全体に広がり、本来刺激を受けるべきではないニューロンまで影響を受けてしまうかもしれない。

ジェリが音や光や動きに過敏になったとき、まさにこの現象が生じていたのである。(p408)

この場合に起きているのは、GABAが関与する抑制性ニューロンの機能低下であり、入ってくる感覚のボリューム調節ができなくなっている状態です。

前述のように、自閉スペクトラム症の人たちは、感覚のボリュームを調節して適度な大きさに調整することが生まれつき難しいようです。その結果、ある刺激は過剰すぎ、ある刺激は弱すぎるという極端な感覚過敏と感覚鈍麻が生じます。

近年の研究では、出生前の慢性炎症が自閉症の原因ではないかと言われていますが、マサチューセッツ工科大学が今月出した論文によると、炎症によりサイトカインが分泌されると介在ニューロンが減少することがわかっています。

後天的な脳損傷を経験した場合も、ときにこれと同様の状態に陥り、光や音、動きなどの刺激のボリュームを調整できず、過度に敏感になってしまいます。

先ほど出てきた脳卒中によって感覚過負荷になったジル・ボルト・テイラーも同様の状態にあったと思われますが、彼女の場合、失われたのは左脳の機能でした。

31歳で天才になった男 サヴァンと共感覚の謎に迫る実話という本によれば、自閉スペクトラム症やサヴァン症候群で感覚過敏が起こるのは、左脳のフィルター機能に異常が生じるからではないかとされています。

スナイダー博士や他の専門家たちも、脳が検知した生感覚データの多くをフィルタリングにかけ、排除しているのは左脳だと言っている。

だから、脳の左側に問題が起これば、そのフィルタが故障する可能性がある。

英国王立協会発行の学術論文誌、フィロソフィカル・トランザクションズ誌に発表された2009年の論文で、スナイダー博士は、この故障が起こると、フィルタに排除されなかったものに意識が気づくと主張している。(p256)

おそらく、感覚の入力を担っているのは右脳で、感覚の調整を担っているのは左脳なのでしょう。

先天的に左脳のボリューム調整機能に問題があるのが自閉スペクトラム症であり、後天的に脳損傷などを経験した場合も同様の問題が生じ、「フィルタに排除されなかったものに意識が気づく」、つまり、本来意識されないはずの明るさや音や痛みなどに敏感になってしまうのだと思われます。

これらは、感覚のボリュームを調整する抑制機能の問題ですが、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線の続く説明によれば、別のタイプの感覚過敏もあります。

それは感覚が「強すぎる」のではなく、感覚が「長すぎる」タイプの感覚過敏で、例として慢性疼痛に関連づけられています。

また信号が長すぎて、後続の信号と混ざり合い、どちらの信号も不明瞭になってシステムにノイズを引き起こす場合もある。

慢性疼痛症候群に見られるように、(わずかな動作によって、何時間あるいは何日も続く痛みが引き起こされる)、神経回路が過敏になり、それ自身をオフにできなくなることもある。(p408-409)

こちらの場合は、感覚刺激によるニューロンの興奮は、極端に大きくなりすぎるわけではありません。ボリューム調整のメカニズムはしっかり働いていて、適度な大きさに調整されてはいます。

しかし、本来時間が経てば弱まるはずの興奮が収まらず、長々と持続し続けます。たとえボリュームがそれなりに調整されていても、痛みや疲労、明るさ、音が延々と続くのは極めて苦痛です。

これは、感覚刺激のボリューム調整が働いていない自閉スペクトラム症とは別タイプの感覚過敏であり、メカニズム的にはHSPと近いのかもしれません。

HSPの感覚過敏は、ひとつにはセロトニントランスポーター遺伝子の多型がベースにあるのではないか、ということでしたが、HSPにみられるトランスポーター遺伝子の型は、神経伝達物質を運び去る機能が弱いタイプのものです。

脳科学は人格を変えられるか?によれば、この型の遺伝子を持っている人は、感情や刺激を伝える神経伝達物質が、長らく同じ場所にとどまり続けてしまうため、一度の刺激で興奮性ニューロンの発火が長く続き、そのせいで深く刺激を感じるようです。

この遺伝子は、脳細胞とその周辺から余剰のセロトニンを運搬し、再吸収にまわす役目を果たす。

弱いタイプの遺伝子はこのはたらきが弱く、シナプスを追いかけてそこから余分なセロトニンを運び去るのに長い時間がかかる。

このため、短いタイプがふたつのSS型、つまりセロトニン運搬遺伝子の「発現量が低い」人は、余分なセロトニンが脳細胞の周辺に長時間とどまりつづけ、再吸収にはまわらないことになる。(p169)

つまり、刺激が大きすぎて感覚があふれてしまうほどではありませんが、感覚刺激のオンオフが適切に行われず、切り替えが難しいということです。

「学習された痛み」のところで考えたように、『慢性疼痛は…身体の警報システムが「オン」になったままになってしまう』、つまり一過性であるべき刺激がずっとオンのままになって切り替わらないことで生じるものでした。

近年の線維筋痛症の研究によると、線維筋痛症では興奮性ニューロンを刺激するグルタミン酸の濃度が一部の脳領域で高いことがわかっていて、グルタミン酸受容体を遮断する薬であるメマンチンが効果があると言われています。

島領域のグルタミン酸濃度変化は線維筋痛症の疼痛変化と関連する | Nature Reviews Rheumatology | Nature Research

線維筋痛症にメマンチンが有望|医師・医療従事者向け医学情報・医療ニュースならケアネット

本来、一時的なアラームであるべき痛みや疲労が、役目を終えても延々と続いてしまう人の場合、感覚が「長すぎる」ことによる問題を抱えているのかもしれません。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線の続く説明によると、この二つのタイプの感覚過敏、つまりボリューム調整ができず刺激が「強すぎる」タイプと、神経伝達物質が一箇所にとどまりすぎて刺激が「長すぎる」タイプは併発する場合があります。

さらに言えば、信号が長すぎかつレベルが高すぎると、ネットワークが飽和する恐れが生じる。

ひとたびネットワークが「飽和」すると、入ってくる信号に処理が追いつかなくなるために、情報はとりこぼされ、個々の情報間の区別ができなくなる。

(おそらくそのために、この種の問題を抱えているほとんどの人が途方もない疲労を感じ、最低限のものごとを行うだけでも厖大な労力を要し、脳に過剰な負荷がかかっているという感覚を覚えるのではないだろうか。)(p408-409)

刺激が強すぎ、かつ長すぎると、神経への過負荷が強くなりすぎるため、処理が追いつかなくなり、感覚が飽和してしまいます。

その結果、「途方もない疲労を感じ、最低限のものごとを行うだけでも厖大な労力を要し、脳に過剰な負荷がかかっているという感覚」に陥ります。

これは、線維筋痛症や外傷性脳損傷にしばしば合併する慢性疲労症候群と類似しています。また、耐えられないほどの激痛が持続する重度の線維筋痛症も、両方の感覚過敏を併発しているのでしょう。

どちらの感覚過敏も、生まれつきの性質としても、後天的な脳の変化としても生じる可能性があり、抑制と興奮のバランスが損なわれることで、さまざまな問題につながるとみなすことができます。

脳の覚醒レベルが低いと中枢性過敏になる?

個人的にもうひとつ気になる感覚過敏として、むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)として知られるものがあります。

脚以外もむずむずする「レストレスレッグス症候群」とは? 7つの症状と治療法まとめ
脚をはじめ、全身のさまざまな部分に、むずむずするような耐えがたく、形容しがたい不快感を感じることがありますか? それはレストレスレッグス症候群かもしれません。このエントリでは、レ

以前に詳しくまとめましたが、この病気は近年、病名の改名運動が行われ、発見者の名前をとって「ウィリス・エクボム病」(WED)と呼ばれることが正式に決まりました。

改名運動があったのは、英名の「レストレスレッグズ」という名称が症状を的確に表していないからです。

製薬会社の大々的なキャンペーンもあって、日本では「むずむず脚」という病名がよく知られるようになりましたが、こちらの病名もまた問題を抱えています。

上記のレストレスレッグス症候群の記事にも追記しておきましたが、極論で語る睡眠医学 (極論で語る・シリーズ)という本によると、この名称には二重の問題点があります。

第一に、この病気の症状は「むずむず」と表現できるたぐいのものとは限らず、「むずむず脚」という病名を知らない人はまず「むずむず」とは表現しないような不快感であること。

第二に、この病気の症状は、脚(下肢)にだけ現れるとは限らず、レストレス「レッグズ」や、むずむず「脚」という表現は不十分であること。

この病気の形容しにくい不快感は、脚だけでなく、身体全体、手や顔などにも現れる場合があり、「むずむず脚」という病名だと、脚以外の部位に主に症状が出ている人が見逃されてしまうというわけです。

そして、ここからが重要なのですが、レストレスレッグス症候群(ウィリス・エクボム病)は、慢性疲労症候群や線維筋痛症、化学物質過敏症、PTSDと同じ、中枢性過敏症候群(CSS)、つまり感覚過敏を特徴とする病気のひとつにカテゴライズされています。

これらの病気の患者の中には、「むずむず脚」という病名にはピンと来なくても、全身に広がることもある、なかなか表現しにくい不快感が特徴だといえば、もしかしたら私も…? と感じる人がいるのではないでしょうか。

睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッドによれば、むずむず脚症候群は、特に今回話題にしている線維筋痛症に合併するケースがとても多いとされています。

また、むずむず脚症候群は、線維筋痛症を患う人によく見られます。実は、線維筋痛症の女性の3分の1がむずむず脚症候群を発症しています。

共通する要因として、ドーパミン系の異常が原因ではないかと疑われています。調査によって、むずむず脚症候群の成人患者の25%が、10歳から20歳までに発症したことがわかりました。(p66)

RLSは、線維筋痛症患者にとても多く見られます。というより、〈臨床睡眠医学ジャーナル〉誌に最近発表された報告書によると、RLSの発症は、線維筋痛症患者で10倍も多かったのです。(p251)

線維筋痛症の場合、症状が脚だけにとどまらず、全身に広がりやすい、という傾向もあるようで、「むずむず脚」「レストレスレッグス」が脚に症状が出る病気だという先入観を取り除けば、線維筋痛症への合併例はもっと多くなる可能性もあります。

これはもう、線維筋痛症にウィリス・エクボム病が合併しやすいというよりも、同じ病気の別の側面を見ているといったほうがよいのかもしれません。

レストレスレッグス症候群のメカニズムは現在のところ不明であり、少なくともパーキンソン病のようなドーパミン神経の減少は確認されていないようです。

しかしドーパミン産生の日内変動が認められ、不安定な状態になっているらしいという研究報告があるようです。これは、レストレスレッグス症候群に高率に合併するADHDとよく似た特徴です。

前に紹介したようにADHDを対象としたドーパミン系の治療で線維筋痛症や慢性疲労症候群が改善する例が報告されています。

ADHDの子は慢性疲労症候群や線維筋痛症になりやすい?
ADHDの子どもの脳機能の低下が友田先生により報告されています。

不安定なドーパミンレベルは、不快刺激を隔離する役割をもつ脳のA11神経群の機能不全につながっているのではないか、という説もあり、ドーパミン不均衡がさまざまな感覚異常の引き金となっている場合がありそうです。

また、つい先日、国立精神神経センターの睡眠障害の専門家の三島和夫先生が、モディオダールという覚醒レベルを引き上げる薬で、疼痛が和らいだという研究を紹介していました。

痛みと眠りの不思議な関係 専門家も想定外の新発見|ナショジオ|NIKKEI STYLE

モディオダールは、しばしばADHDの治療に使われている薬です。以前はヒスタミン系に作用するとされていましたが、最近になってドーパミン系に作用していることが判明しました。

ドーパミンなどの神経伝達物質は、脳を覚醒させる効果がありますが、睡眠不足などで覚醒レベルが下がっている状況では、感覚過敏が強まる傾向があります。

たとえば、睡眠不足の状態にある子どもや大人は、あたかもADHDのような症状を示すようになりますが、これは、もともとADHDだったわけではなく、睡眠不足によって脳の処理能力が低下し、感覚刺激に過敏になって、結果として多動性・衝動性・不注意傾向が誘発されてしまうからです。

「私って大人のADHD?」と思ったら注意したいことリスト―成人ADHDの約7割は違う原因かも
大人になってからADHD症状を示す人の少なくとも7割近くは、子どものころにはADHD症状がなく、従来の意味での発達障害ではないと考えられます。近年のさまざまな研究から、大人のADH

逆に、ドーパミンレベルが上がると、過敏性は和らぎます。たとえば線維筋痛症などの慢性疼痛を抱える人でも、好きなことに熱中している間は痛みが一時的に和らぐはずです。何かに熱中するとドーパミンが分泌され、覚醒レベルが上がるからです。

そうすると、ある種の感覚過敏の原因は、脳の覚醒レベルが慢性的に低いために、脳の処理能力が低下して、感覚刺激をさばききれず、過敏に反応してしまうことから生じているのではないでしょうか。

そこへモディオダールなどの薬を使って、一時的に覚醒レベルを上げてやると、何かに熱中しているときと同じように目が覚めて、脳の処理能力が高まるために過敏性が和らぐのかもしれません。

興味深いことに、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線によると、先ほど紹介した舌に電気刺激を与えて治療効果を上げるPoNSは、「アンフェタミンやリタリンなどの医薬品のように、刺激を与えて覚醒度を高めるものもある」そうです。(p364)

最近書いた別の記事で考慮したように、脳の覚醒レベルの低さは、先天的なADHDやHSPによって生じていることもあれば、幼少期のトラウマ経験が引き起こす解離によって生じているものもあるようです。

とはいえ脳の覚醒レベルの低下は、必ずしもドーパミン不足が原因とは限りません。覚醒状態の維持にはドーパミン以外にもオレキシンやヒスタミンなど様々な神経伝達物質が関与しており、複雑で多様な原因が潜んでいる可能性があります。

そのとき脳は自らを眠らせる―解離の謎を睡眠障害から解き明かす
解離とは慢性的な低覚醒状態であるというポリヴェーガル理論の考え方や、ナルコレプシーやADHDとの比較を手がかりにして、解離と睡眠のつながりを探ってみました。

今回考慮してきたように、感覚過敏にも複数のタイプやその合併が存在しているようです。覚醒レベルの異常だけではなく、この記事で概観してきたような複数の要因を組み合わせて考えなければ、感覚過敏の謎は解けないでしょう。

検査に出ない異常と向き合う時が来た

この記事では、眼球使用困難症候群と線維筋痛症のつながり、という話題から初めて、さまざまな観点から感覚過敏の問題を考えてきました。

正直なところ、感覚過敏についてはまだわからないことだらけなので、この記事の内容は非常に大ざっぱですが、内容をまとめると、以下のようになります。

■線維筋痛症や慢性疲労症候群には光や音への過敏性が併存することが多い
■光に対する過度の過敏性「眼球使用困難症候群」と、光の感受性障害「アーレンシンドローム」はオーバーラップしていると思われる
■先天的な過敏性の原因としては自閉スペクトラム症(ASD)やHSPが関係している
■事故などの脳損傷をきっかけに後天的な過敏性が生じることがある
■トラウマ後遺症としての過敏性は、不快な刺激とそれに対する身体的な反応を繰り返し経験するうちに、脳の中でその二つが条件付けされ、感覚過敏が条件反射として学習されてしまうことで強化される
■過敏性は脳の興奮性ニューロンと抑制性ニューロンのバランス異常が原因。抑制性ニューロンが働かないと刺激のボリュームが調節されず、興奮性ニューロンのオンオフが切り替わりにくいと刺激を長い時間感じ続ける
■むずむず脚症候群(ウィリス・エクボム病)は線維筋痛症やADHDに高率に合併し、ドーパミン系の異常が共通していると考えられている
■脳の覚醒レベルが低いと過敏性が強くなる。ドーパミンなどを補って覚醒レベルを上げると過敏性は和らぐ

最初に考えたように、感覚過敏という非常に大きな問題がこれまで見逃されてきたのは、検査で測定することができないからでした。

客観的な検査で測定できないと、それが本人にとってどれほど苦痛なのか伝わらないので、鈍感で無神経な人たちから「気のせい」「仮病」「心の持ちよう」呼ばわりされるのは避けられません。

近年はペインビジョンのような機器で、線維筋痛症の痛みがどれほど深刻かわかるようになりつつありますが、我慢比べのような原始的な方法でしか測れないのは嘆かわしいことです。

線維筋痛症をカミングアウトしたレディー・ガガは、その後、大げさすぎる、などといった誹謗中傷を浴びせられ、心を痛めたというニュースもありました。もし客観的な検査が普及していれば、と思わずにはいられません。

自閉スペクトラム症の人たちの自伝を通して、ようやく感覚過敏の問題が専門家たちに注目され、VRを活用して独特の感覚世界を再現するなどの取り組みが少しずつ始まっていますが、社会に広く認知されるようになるには、まだまだこれからでしょう。

若倉雅登先生が今回の記事で書いていたように今の社会は、長らく検査に出ない症状を不定愁訴と軽視し、まっとうに扱ってこなかった医学界の代償を払わされているといえます。

線維筋痛症と「眩しさ」 : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

 日本リウマチ財団のホームページによると、線維筋痛症は日本では一般人口あたり1.7%の有病率(患者数約200万人)。

今年 8月24日のコラム でおかしな制度だと指摘した難病指定基準の「人口の0.1%」を超える高頻度ですから、国は難病に指定していません。

 一方、実際に医療機関を受診している患者数はわずか4千人前後という数字があり、医師の無理解や診療拒否が背景にあると思われます。

 これは、痛み、しびれ、眩しさといった、測定しにくく、画像診断がほとんど役立たない感覚異常を軽視してきた国や医療界の姿勢と無縁ではないでしょう。

この国が「患者の訴えを最も重視する患者本位の医療」になかなか行き着けないことを端的に示している好例といえると思います。

医学が検査に出ない異常を軽視してきた結果、最もひどいしわ寄せを受けているのが、感覚過敏を原因とする「中枢性過敏症候群」にカテゴライズされる病気の患者たちです。

しかし、状況がまったく変化していないわけではありません。たとえば、むずむず脚症候群の病名が「ウィリス・エクボム病」に改名されたのは、当事者と専門家の尽力あってのことでした。

以前紹介したように、むずむず脚症候群の発見者のカール・エクボム博士は、患者の訴える奇妙な症状を頭ごなしに退けず、真摯に向き合う稀有な医師でした。

理解できない症状をすぐ精神ストレスと決めつけてはならないーむずむず脚の発見者エクボム博士の警告
「精神的なもの」と誤解されたり、病名ゆえ軽く見られたりしてきたレストレスレッグス症候群の歴史から学べることを「むずむず脚のカラクリ-ウィリス・エクボム病の登場」に基づいて紹介してい

彼が強固な土台を据えたことで新しい疾患概念が作られ、その上に勢力的な当事者たちが自らの経験を積み上げていき、ついにレストレスレッグス症候群を「気のせい」と揶揄していた社会を動かすことに成功したのです。

今回の若倉雅登先生の記事では、眼球使用困難症候群と思われる当事者たちに対して、情報交換の呼びかけがなされていました。

目がいいのに使えない「眼球使用困難症」の方、患者友の会に集合を! : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

 そこで、私は「眼球使用困難」という厳しい状態が確かに存在するのだということを、厚労省、眼科専門医はもとより、一般の方々にも知ってもらい、理解を深めてもらう活動をするために、「眼球使用困難症と闘う患者友の会」(仮称)の結成を呼びかけました。 数人の方がすぐに名乗りを上げました。

 おそらく、そのような方々はまだまだ埋もれていると思われ、このコラムを通して呼びかけたいと思います。

記事には、問い合わせの連絡先も記されていたので、該当する人は声を挙げてみるのもよいかもしれません。

今回頻繁に引用した脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線は、感覚過敏をはじめとする、現代医学が見過ごしてきた症状を、脳の可塑性を引き出す最新の取り組みで治療する専門家たちを取材したものです。

少し難しい内容ですが、記事中で取り上げたPoNSをはじめ、視覚イメージや低周波レーザー、ニューロフィードバックなどを用いて、脳の回復力を引き出し、難病の治療に挑む様子が取材されていて、医学の未来を垣間見ることができます。

従来の医学で見過ごされてきた患者たちのために、まだ数は少ないとはいえ、すでに進取の気性に富む専門家たちが行動を起こし始めていることをまざまざと見せつけてくれます。

自閉スペクトラム症の人たちが自分たちの感覚過敏について語り始め、インターネットを通して さまざまな少数派の当事者が、感覚過敏の知られざる実態を発信できるようになり、専門家たちもその声を無視できなくなって感覚過敏に目を向け始めている今この時。

ついに、わたしたちの社会が、検査に出ない異常と真剣に向き合うべきときが来たのだと思います。


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