重篤で遷延的(慢性的)なトラウマのサバイバーたちは、自らの人生を「生ける屍」のようだと述べる。
…1965年の感動的な映画『The Pawnbroker(邦題:質屋)』の中で、ロッド・スタイガーはソル・ナザーマンという失感情状態のユダヤ人ホロコーストのサバイバーを演じている。
ナザーマンは、自分が抱く偏見をよそに、身を粉にして働く黒人の少年に愛情を育んでいく。
最後のシーンでその少年が殺されると、ソルはメモを留める釘で自分の手を刺すのだった。
何か、とにかく何かを感じたいがために、である。(p83)
このブログでは何度か、感覚過敏による生きづらさを考えてきました。他の人よりも感受性が強すぎたり、強く刺激を感じたりすると、ささいなことにも圧倒されやすくなり、日常生活に苦労しがちです。
その一方で、冒頭で引用した身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアのエピソードは、感覚過敏とは正反対の深刻な問題があることを物語っています。
それは、感覚鈍麻。感覚が鋭敏すぎるのではなく、逆に切り離されてしまい、何も感じられなくなってしまった人たちです。
感覚が過敏すぎて痛みにさらされるより、感覚が鈍麻して何も感じられなくなってしまうほうがまだ楽ではないか。そう考える人が多いとしたら、感覚過敏に比べて、感覚鈍麻の本質がほとんど知られていないせいでしょう。
冒頭のエピソードにあったように、感覚の鈍麻や麻痺とは、言い換えれば「生ける屍」(しかばね)になることを意味しています。
大怪我で左足の感覚が一時的に死んでしまったオリヴァー・サックスは、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中で、感覚の麻痺は「たんなる筋肉の機能障害ではなく、私自身の存在そのものにかかわる障害」また「存在の消滅」であり、「自我にかかわる溶解」だと書きました。(p75,252-253)
この記事では、生きている実感がわかない離人症や、自分はすでに死んでいると感じるコタール症候群、自分の身体がわら人形や石膏のような異物としか感じられなくなった人たちの体験談を通して、ほとんど光を当てられてこなかった感覚鈍麻がもたらす「アイデンティティの障害」という深刻な影響について考えます。
これはどんな本?
今回おもに紹介するのは次の三冊です。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳は、今年2月に発売されたジャーナリスト、アニル・アナン・サスワーミーによる本です。脳科学の研究と当事者の体験談の両面から、自分が何者かわからなくなってしまう「アイデンティティの障害」について考察されています。
冒頭でも引用した身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアは、このブログで何度も取り上げているトラウマを専門とする神経生理学者ピーター・ラヴィーンによる本です。特に解離によって「生ける屍」となった人たちの症状や治療について、博識な観点から分析されています。
そして、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)は、医師また脳神経科学者であるオリヴァー・サックスが、自ら患者となり、「アイデンティティの障害」に陥った経験をつづった物語です。
「生ける屍」になった人たち
感覚が鈍麻、また麻痺すると、人はどのように感じるのか。
感覚が過敏すぎることによる苦痛は、まだ比較的 想像しやすいものですが、感覚が麻痺し、感じられなくなってしまった人たちが味わう苦痛は、経験したことのない人が想像するのはひどく困難です。
まずは、さまざまな理由から、身体の一部また全体が「生ける屍」となってしまった人たちのエピソードを見てみることにしましょう。
ネガティブファントムー「解剖用の死体の足」
はじめに紹介するのは、脳神経科学者オリヴァー・サックスが、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中で書いている体験です。
彼は、ノルウェー山中で左足の大怪我を負ったとき、回復する過程で、ひどく奇妙な経験をすることになりました。左足の手術を終えた後、病院のベッドの上で起こった出来事について、こう書いています。
とにかく私は体をおこしてみた。なんと、左足がない。信じられない。そんなばかな。しかし左足はそこには無かった。いったいどこに行ってしまったのだろう。
左側の離れたところに、チョークのような筒がある。それは私の胴体から突きでていて、看護婦が言うように、半分以上ベッドからずり落ちていた。
眠っているあいだに、それと気づかずに、正常な右足で蹴とばしていたにちがいない。(p77)
左足の手術は、外科的には大成功でした。左足の腱はもとどおりにつなぎ合わされていました。ところが、感覚はもとどおりになっていませんでした。感覚が麻痺してしまい、何も感じられなくなってしまっていました。
サックスは、ただ左足の感覚が感じられなくなったばかりか、もっと深刻な現象が起こっていることに気づき、狼狽します。
すでに左足は見知らぬ存在となっていた。見たとたんに私には自分の足ではないことがわかった。まったく見おぼえがない。自分のからだではない。なじみのない未知の存在だ。
それがなにかまったく認識できぬまま、私は左足を見つめた。これはなんだ? こんなものは見たこともない。
…見れば見るほど、石膏でかためられた筒のようなものは、異質で不可解に思われた。
もはや、自分のもの、からだの一部とは思えない。自分とはなんの関係もない。絶対に自分のものではない。
しかし、信じられないことだが、それは私にくっついていた。私のからだとつながっていたのだ。(p81)
サックスは、左足の感覚を失うとともに、左足が自分のものだとは思えなくなっていることに気づきました。
いえ、自分のものと思えない、という表現では生易しすぎるでしょう。明らかに、自分の体ではない、異物がそこに置かれているのです。
そのときサックスは、15年以上も前の記憶を思い出します。まだ神経学を学ぶ学生だったころ、サックスはひどく奇妙なことを訴える患者に出会いました。
そのとき、「だれかの足」がベッドにあるのに気づいたというのだ。たしかに彼はそう言った。切断された人間の足。ぞっとするような代物だ。
最初彼は驚きとおぞましさで呆然とした。こんなことは経験したことはもちろん、想像したこともなかった。
…「これを見てください」嫌悪感もあらわに彼は叫んだ。「こんな、身の毛もよだつような恐ろしいものを見たことがありますか? 解剖用の死体の足。まったくぞっとする。どういうわけか私のからだにくっついているみたいだ」
彼はそれを両手でしっかりつかむと、ものすごい勢いで、自分のからだからもぎとろうとした。それができないとわかると、今度は怒り狂ったようになぐりつけた。(p86-87)
その若い男性は、病院のベッドの中で昼寝から目ざめたとき、突然取り乱しはじめました。自分の足を指して、「だれかの足」「切断された人間の足」「解剖用の死体の足」だと言い張り、パニックになってもぎとろうとし始めたのです。
看護婦たちは、その若い男性は気が狂ってしまったのではないかと思いました。学生だったサックスは、それは死体の足ではなく自分の足だと諭そうとしましたが、若い男性は混乱するいっぽうでした。
この奇妙な出来事はそれ以来ずっと忘れ去られていましたが、自らが左足の危機に瀕した今になって、記憶が呼び覚まされました。自分が今、そのときの男性とまったく同じものを経験していると気づいたからです。
私はまったくわけがわからなくなってしまった。今にして思えば、あまりにも頭が混乱してしまい、15年以上も忘れていたのだろう。
神経学を専門としながら、私は彼のことをすっかり記憶からおいだし、自分が彼とおなじような経験をするまで、思い出すこともなかったのだ。
ところが今は、この私が、彼のように怯え、ひどく当惑していた。ある意味では、彼とおなじ症状だ。二人がおなじ「症候群」であることはまちがいなかった。(p89)
15年前の若い男性も、このときのサックスも、決して気が狂ってはいませんでした。二人とも、理性的な判断ができる正気の状態でした。
二人に共通しているのは、目が覚めると、足の正常な感覚が失われていたことです。ベッドの中にあるはずの自分の足が存在しないかのように思え、代わりに別のだれかの足が横たわっているように感じられたら、どんな冷静な人でも取り乱すでしょう。
健康な人でも、これと同じような体験をすることがあります。無理のある姿勢で寝て、手や足がしびれた状態で目を覚ますと、しびれて無感覚になった手足が、自分のものではない「物」や「他人の手足」のように異質に感じることがあります。
もっとも、はじめは驚いても、すぐに自分の手足がしびれて無感覚になっているだけだとわかるでしょう。しかしサックスの場合、手術を終えたあと、寝ても覚めても、いざギブスを外してからも、ずっと無感覚のままでした。
まるでパン生地だ。解剖学的にみて、左足が完全な状態であることは明らかだった。みごとに修復され、合併症もおきなかったことはたしかだ。
しかし、奇妙なことに、外見も手触りも、異質のもの、自分のものではないようだった。自分のからだにくっついている、生命のない模造品のようだった。
ふたたびあの若者のことが頭にうかんだ。ずっと昔、大晦日に出会った患者。彼の青白く怯えた顔、驚愕のことばを思い出した。彼はこうつぶやいたのだった。
「それはただの偽物です。本物ではありません。私の足ではない」(p130)
すでに左足の傷は治り、手術の跡もふさがりました。でも、何も感じられない左足は「生命のない模造品」「ただの偽物」のようでした。生きた自分のからだの一部だとはとうてい思えなかったのです。
このサックスが体験した現象、また15年前の若い男性患者が経験した現象は、幻肢痛の発見者として知られるサイラス・ウィアー・ミッチェルによって、医学的に記述されていました。
ミッチェルは南北戦争のとき、手足を失った兵士たちが存在しないはずの手足を感じることに気づき、幻肢(ファントム)と呼びました。その一方で、彼は幻肢とは逆の現象があることも発見していました。
ウィアー・ミッチェルは「ファントム(幻影肢)」(もともとは「感覚のゴースト」とよばれていた)と、その正反対のもの、「反射マヒ」「ネガティブ・ファントム」「疎外感」あるいは「無の感覚」を最初に確認した人物である。(p253)
この「ネガティブ・ファントム」「疎外感」「無の感覚」と呼ばれるものこそ、サックスの左足に生じていた現象でした。
陽性のファントム、すなわち手足などを切断されたときに起こる幻肢は、すでに存在しない手足の存在を感じる現象ですが、陰性のファントムでは、その真逆のことが起こります。肉体としての手足そのものは正常なのに、その存在を感じられなくなってしまうのです。
サックスは、無感覚になってしまった左足について、さらにこんなことを記述しています。
恐るおそる手をのばし、さわってみると、左足は見かけとおなじように奇妙な感じだった。外見ばかりでなく、手触りもろう細工のようだった。みごとに象(かたど)られているが、生気のないぞっとする代物。さわっている指の感触も足には感じられなかった。
私はそれを締めつけたり、つねったり、毛を抜いたりしてみた。感触をとりもどすことができるなら、ナイフをつきさすことだってできただろう。だが、まったく感覚がなかった。(p130)
サックスは左足をさわってみても、何も感じられませんでした。まるで「ろう細工」や「生気のないぞっとする代物」をさわっているかのようでした。
そのとき、彼が、「締めつけたり、つねったり、毛を抜いたりしてみた」「感触をとりもどすことができるなら、ナイフをつきさすことだってできた」というのは、冒頭で引用した、ホロコースト生存者のエピソードと似ていないでしょうか。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアには、そのエピソードについて、さらにこう書かれていました。
シャットダウンしている場合は、無感覚になり、無気力な状態から抜け出せなくなる。この習慣的な無気力状態によって、実際に脅威に曝されたときでも反応が弱く、そのため何度も被害を受けやすくなる。
さらに、痛みにせよ何にせよ、何かを感じるために自分自身を傷つけることもありうる。
1965年に公開された胸にせまる映画『質屋』でロッド・スタイイガーが演じたソル・ナザーマンは、ホロコーストを生き延びたユダヤ人で、感情が薄く、偏見があったにもかかわらず、使用人の黒人少年に愛情を持つようになっていった。
最後のシーンで少年が殺されると、ソルは請求書をまとめてあった鋭い伝票刺しを自分の手に突き刺した。何でもいいから、何かを感じたかったのだ。(p335)
このホロコースト生存者のユダヤ人の体と、サックスの左足には、原因は違えど、同じことが起こっていました。二人とも「痛みにせよ何にせよ、何かを感じるために自分自身を傷つけること」で「何でもいいから、何かを感じたかった」のです。
二人はどちらも同じ仕組みを用いて、衝撃的な体験を生き延びました。しかしその結果、どちらも無感覚の麻痺状態に陥ってしまいました。
その同じ仕組みとは「解離」、すなわち圧倒するような衝撃的な体験から脳を守るために、感覚を切り離してしまう自己防衛反応です。
離人症ー「生きながら食われている」
わたしたちは、極度の生命の危機に直面すると、大きくわけて、二通りの反応をみせます。
トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際には、同じ車に乗り合わせて、同じ事故を経験した夫婦が、別々の反応をみせた例が書かれていました。
この夫妻は、100台以上の車両を巻き込み、多数の死者と重傷者を出した自動車事故の被害者でした。
前の車に衝突した後、2人は車内でしばらく身動きが取れないまま、すぐ隣の車の子どもが焼死するのを目撃しながら、自分たちにも死が迫っているという恐怖にさらされたのです。
…事故のシナリオによるイメージ法において、夫は逃げる方法を考えていたこと、フロントガラスを割らなくてはという身体的な衝動、不安な感じが高まり、「跳び上がりそう」な感覚の鮮明な記憶を報告しました。
…トラウマとなる記憶を回想している間の夫婦の体験には、著しい対照がありました。
トラウマ体験の最中および直後に起こる解離反応では、妻はとても「麻痺して」「動けない」と感じると報告しました。そして、彼女の心拍数は基準値から変化しませんでした。(p216-217)
夫のほうは、事故後に強いPTSDに悩まされました。PTSDの特徴は過覚醒に陥り、ささいな刺激にも敏感になってパニックを起こす感覚過敏です。
しかし妻のほうは、「体が麻痺して凍りついた感じになり」、むしろ低覚醒に陥っていました。こちらの反応こそ解離、すなわち、生命の危機にさらされたとき、意識や感覚を切り離すことで対処する感覚鈍麻です。
ある研究では、トラウマを負った人の3分の1は、過覚醒ではなく低覚醒の解離をに陥っていることがわかりました。
過覚醒の症状は一般的にトラウマの特徴と考えられていますが、…ほぼ3分の1の被験者が過覚醒ではなく低覚醒を体験しました。
過覚醒反応の代わりに、これらの被験者はトラウマを再想起させるものに低覚醒とシャットダウンとで反応したのです。(p45)
生命の危機に直面したとき、過覚醒ではなく、低覚醒になってやりすごそうとするのは、子ども時代に辛い経験をした人に多い反応です。
先ほどの夫婦の場合、夫のほうは特に問題のない子ども時代を送っていたのに対し、妻のほうは9歳のときに父が亡くなり、冷たい母親のもとで安心感に乏しい子ども時代を送っていました。
左足の感覚の麻痺を経験したオリヴァー・サックスも、子ども時代に厳しい疎開体験と学校での虐待を経験し、頻繁に解離症状を経験していたことをタングステンおじさん:化学と過ごした私の少年時代 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で書いていました。
左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)によると、サックスはノルウェーの山中で左足に大怪我を負った直後、体外離脱や離人症や走馬灯のような解離症状をたくさん経験したようです。左足の麻痺も、強烈な痛みに対する防衛として引き起こされた解離症状のひとつだったのかもしれません。
子ども時代に辛い経験をした人が、低覚醒になってやりすごすことを覚えるのは、子どもには逃げ場がどこにもないことが多く、生命の危機に直面したとき、感覚を切り離し、苦痛を麻痺させるしか生き延びる方法がないからです。
本来、解離は、生命の危機に直面したとき、一時的に痛みや恐怖を切り離して脳を保護する防衛反応です。動物も追い詰められると感覚を解離させ、擬死状態になって生き延びようとします。
そのような一時的な解離は、生き残る上で大いに役立ちますが、逃げ場のない極度のストレスが長期間続くと、全身の感覚が麻痺してしまい、現実感さえ感じられなくなってしまう慢性的な解離が引き起こされます。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、1970年代半ばに、アイオワ大学医学部のラッセル・リイエス・ジュニアとロイ・クレッティは、61人もの人々へのインタビューを通して、生命の危機に瀕したとき、離人症という反応で生き延びる人がいることに注目しました。
こうしたインタビューから、ノイエスとクレッティは次のように結論づけた。
「離人症は極度の危険とそれにともなう不安からの防衛作用という解釈は避けられないと思われる……生命が脅かされたとき、人間は起きている状況を観察して、確実に危険を取りのぞこうとする。
解離は重要な適応機制だが、そのこと際立たせるのが離人症なのだ」(p165)
自分が自分でないかのように思える離人症は、解離の作用のひとつです。自分の感覚を切り離し、麻痺させることで、「極度の危険とそれにともなう不安」から身を守ろうとします。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に出てくるニコラスは、ネグレクトと虐待のなかで育ち、重度の離人症を抱えるようになりました。
ニコラスが10歳か11歳のとき、一過性の解離症状がみられるようになった。一回が10秒程度の短いものだ。スクールバスの車内、学校で国家を歌っているときなど、状況はまちまちだった。
「身体とのつながりが完全になくなる感じ。その10秒のあいだは、話はもちろん何もできないんだ」(p162)
12歳のとき、コカイン中毒の母親が痙攣して倒れるのを見たときに、さらに症状は決定的になりました。
「[母親のほうに]三、四歩近づいたのを覚えている。そのときすべてが変わった。目が覚めている状態から、とつぜん夢を見ているようになったんだ。すべてにもやがかかって、場違いというか、見慣れない感じがした」(p162)
ニコラスは、それから数年間、現実感が失われ、霧の中を歩いているかのような感覚のまま、終わらない悪夢のただ中にいるかのような日々を送りました。
幸い、地域の公共サービス局がニコラスの危機的状況に気づき、治療施設でリハビリを受けて離人症は和らぎます。
その後、30代の親切な里親のもとに引き取られましたが、解離症状のひとつである失感情症、つまりリアルな感情を感じられないという症状はそのままでした。
タミーは、ニコラスが対人関係をうまく築けないことに気づいた。
「誰かと新しく知りあったとき、相手が感じている気持ちはわかるのに、自分は何も感じないというのです。そしてそのことに傷ついている様子でした」
ニコラスが大喜びするのを見たことがないとタミーは振りかえる。
「幸せだと思っても、舞い上がったりしないんです」(p177)
虐待的な家庭で育った人にはよくみられる特徴ですが、彼はしっかり気配りでき、「相手が感じている気持ちはわかるのに」、自分の感情は感じられませんでした。空気を読んで、相手に合わせることはできるのに、自分は無色透明でした。
ニコラスの失感情症は、結婚しても変わりませんでした。彼は確かに婚約者を愛していましたが、感情が麻痺していて、心の底から愛するとはどういうことなのかわかりませんでした
「まるで婚約者じゃないみたいなんだ。もちろん彼女は婚約者だし、ぼくは彼女を愛してる。でも自分が知っている人に思えない。知ってる人みたいだけど誰だかわからない。そんな奇妙な感じだ。
同じ病気の人たちにこの話をしてみたら、やっぱり相手を愛していて、そのことも自分でわかっているのに、その人が他人みたいに思えるって言ってた。つながった感じが持てないんだ」(p178-179)
「相手を愛していて、そのことも自分でわかっているのに、その人が他人みたいに思える」。
この言葉は、すでに見た、左足の感覚を失ったオリヴァー・サックスの経験と類似しています。
サックスは、感覚を失った左足が、自分自身の一部に思えず、見知らぬだれかの足や、石膏でできた模造品のようだという、奇妙な感覚に悩まされました。
ニコラスの場合は、その麻痺が、身体の一部ではなく、感情を感じる神経に起こっていました。そのせいで、本来なら愛しつながっているはずの妻が、「知ってる人みたいだけど誰だかわからない」という奇妙な感覚に悩まされました。
彼は、覚めない悪夢が延々と続くかのような離人症の苦しみを振り返って、こう述べます。
身体とつながっている感覚がどれほど重要か、ニコラスは痛いほどわかっている。
「離人症になって、自分の肉体とつながっていないと感じるまで、人としての自分の核なんて意識したこともなかった。
自分が経験したからってわけじゃないけど、肉体と精神が切り放されたと感じ、それをたえず認識していなければならないのは、人間にとって最大の恐怖だと思う。まるで生きながら食われているようだ」(p188)
全身の感覚が麻痺してしまって、生きていることを実感できず、夢の中をさまよっているような状態は、「まるで生きながら食われているよう」な体験なのです。
シャットダウンによる無感覚状態ー「歩く屍」
感覚が麻痺し、無感覚状態に陥ってしまうことは、ときとして感覚過敏よりもはるかに深刻です。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアには、2001年9.11の同時多発テロを生還したシャロンという女性の経験談が載せられていました。
シャロンは、テロの瞬間、爆風で吹き飛ばされ、つぶれて血まみれになった死体に激しく身体を打ちつけられました。そして、茫然自失で放心しているところを、救出されました。
鮮烈なPTSDは発症しませんでしたが、そのかわりに、無感覚な解離状態に陥りました。
この奇跡的な生還劇の後の数週間、彼女は濃い霧に覆われて、ずっと無気力無感覚状態にあった。
シャロンは日中、何に対しても無関心で、生きるのに必要な行為をただこなしているだけだった。そこには情熱や目的や喜びなどはまったく存在しなかった。
ほんの一週間前まで大好きだったクラシック音楽も、今となってはもはや何の興味も湧かなくなってしまった。(p205
シャロンは、テロの瞬間、感覚と感情を切り離す解離によって身を守りました。おかげで、冷静さを失わずにいられました。
けれども、人間味のある感情や、生きているという実感は、危機が去っても切り離されたままでした。
これは解離の影響である。シャロンはまるで他人に起きた出来事を説明しているようだった。
彼女は自分のからだの外側にいて自分を観察していて、彼女自身はそこにはいないかのようだった。
彼女は解離の原因となったショックの瞬間に未だとどまっていた。しかし解離のおかげで、想像を絶するような恐怖と戦慄から免れることができたのだった。(p206)
一見すると、彼女は鮮烈なPTSDを抱える患者たちよりも、冷静で、落ち着いているかに思えたかもしれません。
しかし実際には、より深刻な状態、「歩く屍」ともいえる無感覚状態に陥っていました。
ハリウッドのヒッチコック映画で描かれるようなトラウマでは、トラウマを受けた人はフラッシュバックに翻弄されるものである。
しかし実生活においては、シャットダウンによる無感覚状態の方がより深刻であり、またそれが重篤なもしくは慢性的なトラウマに見られる性質である。
こうした人々は「歩く屍」のようになってしまうのである。(p206)
感覚鈍麻は気づかれにくいだけでなく、日常生活に壊滅的な影響をもたらします。感覚が麻痺し、シャットダウンしてしまった人たちは、ただ機械的に毎日を過ごすだけの生ける屍になってしまいます。
とくに子どもの場合は、感覚が麻痺し、生ける屍のようになっても、自分の身体に何が起こっているのかうまく説明できないかもしれません。
たとえば、 子どものトラウマ・セラピー―自信・喜び・回復力を育むためのガイドブックに出てくる13歳のジェイコブは、両親の離婚の話を聞いて、ショックのあまり麻痺状態に陥りましたが、何が起こったのか説明することができませんでした。
ジェイコブは衝撃を受けましたが、泣きませんでした。突然のニュースに圧倒されて動けなくなり、ベッドに横たわっていました。
両親も動揺していたので彼を抱きしめました。ジェイコブは、お化けを見たかのように明るい茶色の目を見開き、青ざめてベッドに寝ていました。
母親が彼を慰めようと、彼にどんな感情も自然なことであると告げようとしましたが、ジェイコブは感情を感じていませんでした。
彼はショック反応に陥り、凍りついて麻痺を起こしました。彼の両親は彼がどうして無力感に苛まれているのか理解していませんでした。(p215)
彼は、怒ったり泣いたりするのではなく、凍りついて感情を切り離すことでショックをやりすごそうとしました。もともと幼いころから緊張した家庭で育ったことや、感受性の強い性格だったことが関係してるかもしれません。
以前の記事で書いたように、HSPのような感受性の強さや、自閉スペクトラム症のような感覚過敏を抱える人たちは、ごくふつうの日常でも強い刺激にさらされるので、解離を起こしやすい傾向があります。
もともと感覚過敏があるせいで、他の子どもなら耐えれるレベルの刺激でも耐えきれずに感覚を切り離し、失感情症や離人症が引き起こされてしまうのです。
身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法に書かれているように、解離によって麻痺状態に陥った子どもたちは、問題行動を起こさないがために、周囲から気づかれにくく、放置されがちです。
トラウマの追体験は劇的で、人をぞっとさせるし、自己破壊的なものになりかねないが、長い目で見ると、自己が不在の状態は、それに輪をかけて有害になりうる。
これは、トラウマを負った子供たちにとってとりわけ問題となる。行動に表す子供は他者の注意を惹くことが多いのに対して、頭が働かなくなっている子供は誰にも迷惑をかけないので放置され、自分の未来を少しずつ失ってしまうのだ。(p121)
凶悪犯罪者たちー「ただ藁が詰め込まれているだけ」
子ども時代に感覚を切り離し、生ける屍となってしまった人たちは、ときに悲惨な末路に至ります。
「私」が、私でない人たち―「多重人格」専門医の診察室からの中に出てくるマーク・ペトロフという男性は、13歳ごろ母親と車で外出していたとき、ひどい事故に遭いました。
マークと弟は、目の前で母親の首が身体からちぎれ飛ぶ光景を目にしました。マークは解離の凍りつきを起こしましたが、見かけ上、動転していなかったせいで、衝撃的なトラウマを負ったことに気づかれませんでした。
救急処置を受けた後、子どもたちは非常に落ち着いた様子だったので、誰も彼らの〈心の傷〉(トラウマ)に気づかなかった。
精神科医は、時として信じられないほど常識に欠けていることがある。母親が恐ろしい死に方をするのを目撃した兄弟がいる。
…子どもたちを任された精神科医は、彼らが車椅子で競争したり子どもっぽい遊びをしたりしているところを見た。表面上は楽しそうだったから、それ以上心の中を探ってみようとは思わなかった。(p194)
医師たちはマークのトラウマを見のがしてしまいましたが、彼が負った解離症状は深刻でした。マークはその後、強盗や麻薬の売買に手を染め始め、連続放火事件を起こして逮捕されました。
同じような重篤な解離は、幼少期の医療措置によって引き起こされることもあります。子どものトラウマ・セラピー―自信・喜び・回復力を育むためのガイドブック の説明からすると、幼いころの医療措置が、感覚を切り離さざるをえないほど耐えがたい経験になるのも無理のないことです。
子どもは適切な手助けなしには、目をくらますような光、身体を拘束する器具、手術装置、わけの分からない恐ろしい言葉を使うマスクをした怪物たち、そして薬によって誘発される変性意識状態に耐えられません。
そして回復室で一人ぼっちで目を醒まし、不気味な音がする電気モニター、時々訪れる見ず知らずの人々、そして部屋のどこかのベッドから聞こえてくる痛みによる呻き声の中で、子どもが状況を把握するのは不可能です。
これらの経験は乳幼児や年少の子どもにとって、知らないところから来た怪人に誘拐されたり拷問されるのと同じくらい恐怖で、トラウマの原因になるのです。(p136)
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアでは、幼少期に経験した医療措置によって感覚が麻痺したせいで、後に凶悪犯罪に手を染めたと考えられる人たちのことが書かれています。
私はテッド・カジンスキー(科学技術の非人間性に報復した「ユナボマー」)の母親と、ジェフリー・ダーマー(被害者を切断した連続殺人犯)の父親と話をする機会があった。
彼らは二人とも、幼少時に病院で体験したぞっとするような出来事の後、子どもがいかに「壊れてしまったか」について恐ろしい話をしてくれた。
どちらの側も、恐ろしい入院体験の後、子どもがいかにして自分の世界に引きこもってしまったかということを語っていた。(p79)
子どものトラウマ・セラピー―自信・喜び・回復力を育むためのガイドブックによると、ジェフリー・ダーマーの人格形成を左右したのは、4歳のころに経験したヘルニアの手術だったようです。
思春期になると、ジェフはトラックや車に轢かれて死んだ動物を集めるようになりました。そして、それらの動物を家に持ち帰り、お腹を切って内臓を出しました。
ジェフが4歳のときにさかのぼるとヘルニアの手術を受けるために入院したことがありました。麻酔のマスクを顔につけるとき、怖がって医師に抵抗したので、彼は手術台に固定されました。
手術の後から、彼は“参っていた”ようで、家族や友だちから引っ込み思案になって、ぎこちなくどこか秘密めいて気分が塞いでいました。(p151)
ジェフリー・ダーマーは、手術の日までは普通の子どもでした。もしサイコパスであったなら、恐怖が最初から存在していないので、怖がって医師たちから逃げようとするような態度は見せなかったはずです。
しかし、手術のとき、逃げられないように無理やり固定され、恐怖が限界を超えた状態で身体をえぐられたことで、感覚が麻痺してしまい、別人のようになりました。
やがて彼は、かつて自分がされたのと同じ仕打ちを、動物たちの死体、ひいては人間に対して施すようになりました。
こうした例のように、子ども時代の衝撃的な体験のせいで、慢性的な解離状態に陥り、やがて凶悪犯罪に手を染める人は少なくありません。そもそも、解離による無感覚状態こそが、彼らが凶悪犯罪に手を染める理由のひとつなのです。
以前の記事で取り上げたように、ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書)の中で、犯罪心理を研究している精神分析学者ジェームズ・ギリガンは、こう語っていました。
だが、ギリガンは驚くべき話を聞くことになる。実際に刑務所内で殺人をした人間が何人か、ギリガンに話をしてくれたのだ。
「皆が口を揃えて言ったのが、自分たちはもうすでに死んでいるということです」ギリガンは私にそう言った。
…彼らは自分の内面が死んでいると感じていた。内面が死んでいるから感情を持つことはない。また、身体的な感覚も麻痺してしまっている。(p422)
ギリガンが出会った凶悪犯罪者たちは、みながみな、「自分たちはもうすでに死んでいる」「身体的な感覚も麻痺してしまっている」状態にありました。彼らはみな、ひどい解離のため、生ける屍になっていました。
犯罪者たちは、自分の身体の感覚が麻痺しているために、ある行動へと駆り立てられました。
自分自身を傷つける者がいるのはそのためです。自分自身の身体を酷く傷つけて平気でいるのです。
自分を傷つけるのは、罪の意識があるからではありません。罪の意識を感じ、自らを罰して罪を償おうとしているわけではないのです。
自分に感覚があるかどうか、確かめようとして、そういうことをするのです。彼らにとっては、自分が無感覚だと知る方が、身体的な苦痛を感じるよりも辛いのだと思います。(p422-423)
ここまで見てきた、感覚麻痺による解離症状とまったく同じです
ナチスのホロコーストを生き延びたユダヤ人男性は、「とにかく何かを感じたいがために」自分の手を釘で刺しました。
オリヴァー・サックスは麻痺した左足をつねったり毛を引き抜いたりして、「感触をとりもどすことができるなら、ナイフをつきさすことだってできた」と書きました。
凶悪犯罪者たちも同様に、自分の身体を傷つけました。「自分の感覚があるかどうか、確かめ」るためにです。
以前に書いたとおり、習慣的な自傷行為の中には、少しでも何かを感じることで、慢性的な解離状態から意識を引き戻したいがために行われるものがあります。
これらの感覚が麻痺した人たちが、自分の身体を傷つけてでも、何かを感じようとしたのは「自分が無感覚だと知る方が、身体的な苦痛を感じるよりも辛い」からです。
ギリガンが出会った凶悪犯罪者たちはまた、自分の身体の実感について、次のようにも述べていました。
自分がロボットかゾンビのように感じられると私に話した者がいた。
自分の身体は空っぽ、あるいはただ藁が詰め込まれているだけ、肉もなく血もない、血管や神経はなく、紐や糸が入っているだけ、そう感じる者もいるらしい。
囚人の中には、自分のことを腐敗していく食べ物のように感じる、と言っていた者もいた。(p423)
これもまた、ここまで見てきた解離症状そのものです。
オリヴァー・サックスは、大怪我のせいで感覚が解離したとき、左足が自分のものではない石膏や模造品のように感じられました。
サックスが学生のころに出会った患者は、自分の足が「だれかの足」「切断された人間の足」「解剖用の死体の足」のようだと述べていました。
極度の離人症によって、身体の感覚が切り放された人たちは、自分のからだ全体が、異質なものに思え、「生ける屍」「歩く屍」のようになりました。
凶悪犯罪者たちも同様に、自分の身体を実感できず、「ゾンビ」や「ロボット」「ただ藁が詰め込まれているだけ、肉もなく血もない、血管や神経はなく、紐や糸が入っているだけ」だと感じていました。
自分の身体を感じられず、感覚が麻痺してしまっているということが、どれほど耐えがたいものなのか、これらの表現に集約されています。
彼らが凶悪犯罪に手を染めたのは、気が狂ったからではありません。自分の足をもぎとろうとした若い男性が、気が狂っていたわけでなく、自分の足が模造品だと書いたサックスが正気だったのと同じです。
もちろん、その若い男性やサックスの場合は、大人になってから、事故や病気の影響で、感覚の解離が生じました。感覚が麻痺したのも、足という身体の一部だけでした。
9.11を生き延びたシャロンも、大人になってから生ける屍になりました。離人症になったニコラスはネグレクトや虐待を受けて育ちましたが、福祉サービスの介入により治療を受け、良い養育者に引き取られました。
では、生涯のはじめごろから、ほんの幼いときから、ひどい扱いを受け、手や足どころか、全身の感覚を解離させなければ生き延びられなかったような人の場合は?
ギリガンは著書男が暴力をふるうのはなぜか―そのメカニズムと予防の中で、これらの犯罪者たちが、どうしてこれほど重篤な解離状態に陥ったのか、こう説明しています。
その理由は、私が直接知っている男性たちの場合で言えば、彼らがある種の児童虐待―私がそれまで児童虐待という言葉で捉えていたものとは比較にならないほどひどい虐待―を受けていたからである。
彼らの多くは、親たちから殺されかねないほど殴られ、くりかえしレイプされ、売春させられ、あるいは生命の危機に至るまでネグレクト(育児放棄)されていた。
そしてそもそもこの親たちが、子どもを養育するなどほとんど不可能な状態にあった。
また、私が同僚たちとともに発見したのは、このように極端な形の身体的な虐待やネグレクトを経験しなかった人々でも、それに匹敵するような精神的な虐待を受けてきたということである。
彼らは親の感情的な「身代わり」として扱われた。つまり、親は自分が恥辱感や屈辱感を味わったとき、その感情を取り除こうとして、つねに我が子にスケープゴートの役割を求め、意図的かつ常習的に、侮辱し、恥をかかせ、あるいはなじり、あざけっていた。(p68)
これらの犯罪者たちは、幼いころから、ずっとあまりにひどい扱いを受けてきたので、全身の感覚と感情を麻痺させる以外に生き延びる方法がなかったのです。自分の身体を自分のものだと感じていては、到底生きられないような環境を生き抜いてきました。
彼らにしてみれば、物心ついたときからずっと、自分の身体は異質で、奇妙で、石膏細工や、わら人形、機械のようなものでした。つまり、「解剖用の死体の足」ならぬ「解剖用の死体」そのもの、腐敗していくゾンビのようなものでした。
自分の身体を自分のものと感じられないからこそ、そして人間味のある感情を感じられないからこそ、彼らは自分の身体を傷つけることに抵抗がなく、おぞましい凶悪犯罪に手を染めることもいとわなかったのです。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアでは、次のように分析されていました。
興味深いことに、注意欠如・多動性障害(ADHD)と闘っている多くの人や、暴力的な犯罪者の多くには、脳の本能的な部分の低覚醒状態と前頭前野のシャットダウンがともに見られる。
この点を考えると、両者に見られる不適応的な行為は、より人間らしさを感じるための自己刺激の試みなのかもしれない。
残念ながら、そうした衝動性障害の代償は、その個人にとっても社会にとっても破壊的なものとなりうる。(p313)
彼らが犯罪に手を染めたり、薬物中毒になったり、自傷行為をしたりしてしまうのは、低覚醒状態のために麻痺してしまった感覚を刺激し、一瞬でも「人間らしさを感じるための自己刺激の試み」なのです。
コタール症候群ー「わたしはすでに死んでいる」
自分の身体が自分のものと思えず、血の通っていない死体や模造品のように思える。
極度の解離状態に陥った人が訴えるこの深刻な現象は、思い込みや妄想、さらには比喩のようなものではなく、感覚の麻痺に伴う現実の症状です。
そのことは、私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に書かれているコタール症候群という特殊な病態の研究からわかります。
コタールは「虚無妄想」を発見したことで知られる。ただし1880年6月28日、医学心理協会の会合で初めて報告したときには、まだ「重い心気性うつ病における譫妄(せんもう)状態」と表現していた。
その実例として紹介された43歳女性は、自分には脳も神経も、上半身も内臓もなく、あるのは皮膚と骨だけだと思っていた。
…この状態はコタールによって虚無妄想と名づけられ、彼の死後は発見者にちなんでコタール症候群と呼ばれるようになった。
…コタール症候群の症状には、ほかにも身体の一部や臓器が喪失したとか、腐敗しているいう思い込み、強い罪悪感、責められたり非難されているという自覚がある。(p16-17)
ここで説明されているコタール症候群の症状は、これまで見てきた解離による感覚麻痺の特徴とよく似ています。
自分が生ける屍に思えたり、身体が血の通っていない皮膚と骨だけに感じられたり、臓器が腐敗していくゾンビのように思えたりするのは、コタール症候群の患者と、極度の離人症に陥った人たちに共通しています。
注目すべきことに、インドのサロジニ・ナイドゥ医科大学のサヤンタナヴァ・ミトラらが2014年に行なった研究によると、コタール症候群の患者の脳では、前頭側頭部の「島皮質」と呼ばれる身体感覚を認知する場所に激しい損傷がみられたそうです。(p31)
自分が死んでいて模造品のように感じる症状は、決して思い込みや妄想などではなく、感覚を感じる脳の領域が停止した結果なのです。
左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)に出てきた、自分の足が解剖用の死体の足のようだと訴えた若い男性もまた、脳の感覚をつかさどる部位に病変が生じていました。
あの忘れがたい大晦日に出会った患者は、緊急の脳外科手術をおこなったところ、右頭頂部に大きな血腫が発見された。
それが眠っているあいだに出血しはじめて、目ざめたときにはすでに、足をつかさどる領域、つまり自分の足の位置や、足の存在をつかさどる脳の部位が、事実上完全に破壊されていた。
その結果、足についての正常な感覚が失われてしまい、足が「存在し」「からだの一部である」と感じることができなかったのだ。
だから足を見つけたとき、彼はそれを、ベッドのなかに入れられた奇妙な物体、「他人の足」「死体の足」、ついには奇妙な偽物の足だと思ったのだ。(p93)
この若い男性の場合も、脳の感覚を処理する部位の病変が原因で、自分の身体の存在を認識できなくなり、すでに死んでいると感じるようになりました。
サックスが経験したような左足の麻痺や、劣悪な環境から引き起こされる離人症の場合は、脳に明らかな病変や損傷があるわけではないでしょう。
それでも、やはり思い込みや気のせいではなく、脳の異変が引き起こす現実の症状だということは確かです。
「解剖用の死体の足のようだ」「生きながら食われている」「歩く屍のよう」「ただ藁が詰め込まれているだけ」そして「わたしはすでに死んでいる」。
これらはすべて、感覚が麻痺した結果引き起こされる嘘偽りない実感そのものなのです。
それは「アイデンティティの障害」
なぜ感覚が麻痺し、感じられなくなると、自分の身体が作り物のように思えたり、すでに死んでいるかのように感じられたりするのか。
それを理解するためには、そもそもわたしたちは、どのようにして、自分が存在し、生きていることを実感しているのか、ということを知る必要があります。
おそらくこの問いに対する最も有名な答えは、デカルトによる「我思う、ゆえに我あり」(コギト・エルゴ・スム)という言葉でしょう。
デカルトが偉大な哲学者また数学者であるのは疑いようのない事実ですが、今回紹介してきた三冊の本はいずれも、デカルトの答えは間違っていると述べています。
まず私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳には、こう書かれています。
自分が存在しないという妄想は、哲学の視点から眺めると興味深い。
17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という命題は、長いあいだ西洋哲学の基盤だった。
…だが、そんな前提をくつがえす病気はたくさんある。…メッツィンガーはコタール症候群の現象学、つまりこの病気になったらどんな感じなのかということに注目すべきだと主張する。
「コタール症候群の患者は、自分が死んでいるというだけでなく、存在すらしていないと明言することがある」。
生きている人間が、自分は存在しないと主張するなんてありえないと思うが、それがこの病気の現象学の一部なのである。(p17-18)
コタール症候群は、いわば、「我思う、されど我なし」と主張しているような病気です。ギリガンがインタビューした犯罪者たちもそうでした。「皆が口を揃えて言ったのが、自分たちはもうすでに死んでいるということ」だったのではないでしょうか。
これは自分の状態を比喩的に表現した言葉なのでしょうか。いいえ、コタール症候群の人たちは冗談など言いませんし、壮絶な苦悩のただ中にいる犯罪者たちが詩的な言い回しを好むとも思えません。
「我思う、されど我なし」と述べる人たちが現実に存在している、という厳然たる事実は、はっきりと一つの答えを突きつけています。
「我思う」からといって、自分は生きていると感じられるわけではない、ということです。
身体の存在を伝える第六の感覚
左足が麻痺して存在しなくなってしまった、と感じたオリヴァー・サックスは、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中で、デカルトの考え方に異議を唱え、自分が生きていると実感するには、別のものが必要だと述べています。
目をとじていれば、ごくわずかに動かされただけでも容易にわかる。指一本を、ほんのすこし動かされたとしても、それを感じとることができるのだ。
これが、シェリントンが「プロプリオセプション(固有感覚)」と名づけた感覚である。
…からだはこの六番目の感覚によってそれ自体を認識し確認している。そのおかげで人は「自己を所有して」いられる。つまり自分自身でありつづけられるのだ。
デカルト以来の哲学のばかげた二元論も「固有感覚」についての正しい理解さえあれば、避けることができただろうに。(p79-80)
サックスが言うには、わたしたちが生きていることを実感し、「自分自身でありつづけられる」のは、「我思う」つまり思考しているからではなく、第六の感覚「固有感覚」のおかげだといいます。
この六番目の感覚は、よく知られた五感と比べると目立たないものですが、常に自分自身の空間的な位置を発信しつづけています。いわば身体のGPS信号のようなもので、この信号があればこそ、わたしたちは自分の身体の存在を確認できます。
これは、筋肉、関節、腱からの刺激に依存した感覚で、ふつうは意識されないため、たいてい見すごされてしまうのだが、きわめて重要な第六番目の感覚なのである。
それによってからだはそれ自体を認識し、完全に自動的に、瞬時の正確さで可動部分の位置、動き、相互の関係、空間における連携を判断するのである。(p77)
考えてみれば、わたしたちが目を閉じていても、あるいは真っ暗闇でも、自分の手足の位置がわかるのは、不思議なことではないでしょうか。
科学者たちは、打ち上げた探査機が真っ暗な宇宙のどこを飛んでいるかを知るとき、探査機から発せられる信号を受診して、空間上の位置を特定します。
わたしたちの脳もまた、自分の身体の位置を知るとき、身体の内部から絶えず発せられる固有感覚に頼っています。もしそれが途絶えれば、行方不明になった探査機と同じく、空間からロストしてしまいます。
たとえば、しびれて感覚がなくなったとき、わたしたちの身体は一時的に固有感覚を途絶えさせます、すると、わたしたちは身体の位置がわからなくなります。
以前に説明したように、歯医者で麻酔したことのある人なら、この感覚をすでに体験しているでしょう。見てしまう人びと 幻覚の脳科学の中で、オリヴァー・サックスは、こう書いていました。
正常な感覚がさえぎられると、身体イメージの混乱はすぐにでも起こりうる。
たいていの人は、医者の麻酔で頬や舌がグロテスクに腫れているとか、変形したとか、おかしな位置にあるとか、そんな妙な幻覚を経験したことがある。
鏡を見ても、その錯覚を追い払うにはほとんど役に立たないが、正常な感覚がもどれば錯覚は消える。(p333)
歯医者で麻酔したとき、舌や頬が腫れぼったくなって巨大化したように感じることかあるかもしれません。しかし、鏡を見てみると、見た目は何も変わっていません。
顔の各部は、常に自分の位置情報を送り続けていますが、麻酔によって信号が途絶えると、すぐに空間上の位置がロストします。脳は周囲の情報をもとに、舌や頬の位置を推測しますが、正確な座標は特定できません。
その結果、見た目には何も変わっていないのに、頬や舌がふくらんでしまったかのように錯覚します。幸い、歯医者の麻酔は一時的なので、やがて信号が復活し、座標上の位置も修正されます。
サックスが、自分の足を感じられなくなったのも、これと同じでした。目で見ればたしかにそこに足が存在しているのに、感覚の上では、「左足は、この世に存在する場所を失っていた」つまり、空間からロストしてしまっていたのです。(p83)
身体がどこに存在しているかを伝える、この六番目の感覚について、トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際にはもっと詳しく説明されています。
ある種の感覚的な感受性は、〈第六感〉として1800年代の初期のCharls Bellが最初に描写して、のちにWilliam Jamesによって1889年に発表されました。
今日では、第六感は「内受容器」(interoceptors)によるものであると理解されています。
身体内部からくる刺激を受けとめ伝達する、感覚神経受容体によるものだということです。(p19)
続く説明によれば、内受容器の感覚の中には、「空間における身体の位置の感覚を、身体位置に関する視覚的感覚の依存しないで与えてくれる」「関節、筋肉、腱につながっている感覚神経」、つまりサックスの述べていた固有感覚があります。(p19)
そのほかにも、内耳に存在している、身体のバランス感覚について情報を与えてくれる前庭感覚もあります。さらに、内臓から発せられるさまざまなシグナルもあります。温度や痛みに関わる感覚もあります。
脳科学者アントニオ・ダマシオによれば、こうしたさまざまな内受容感覚は、わたしたちが空間の中に存在していることを脳に伝え、今、自分がここに生きているという実感を生み出します。
内受容器を通して多様な内的体感が常に生み出されており、安らぎや苦痛の内的状態に影響しています。
…持続的背景としての身体感覚は、自己という感覚にとって重要な意味をもっています。
「自己意識というものは、かなりの程度、内臓とその機能をふくめた機能自体への気づき(それがいかに曖昧で、歪曲していて、より大きな意識の中に包含されていても)に左右される」のです。(p20)
わたしたちの体は、つねに第六の感覚として、さまざまな内受容感覚の信号を発し続けています。わたしたちはそれを普段ほとんど意識していませんが、その信号こそが、自分が存在しているという実感をもたらしているのです。
以前に考察したように、わたしたち脳は、これら内受容感覚をもとに、空間的な位置や状態をマッピングし、「バーチャルボディ」と呼ばれる身体地図を構築しています。
わたしたちは自分の存在を認識できるのは、その身体地図があるからです。
たとえば、文字通りの手足が失われた後も、バーチャルボディだけが残ってしまうのが、陽性のファントム、つまり幻肢です。
逆に文字通りの肉体は健康なのに、バーチャルボディだけが失われてしまうのが、サックスが経験した陰性のファントムや、解離による離人症です。
内受容感覚が切り放され、分裂してしまうと、バーチャルボディもまた複数に分裂し、複数の自己意識が生じます。これが解離性同一性障害(DID)、つまり人格の多重化です。
ほかにも、バーチャルボディが狂って実際より大きく感じられると、どれだけ痩せても太っていると錯覚する拒食症が引き起こされます。
現実の肉体は正常でも、バーチャルボディに痛みの情報が存在し続けると神経障害性疼痛が引き起こされます。
わたしたちは、内受容感覚を通して自分の身体の地図をつくり、そのバーチャルボディによって自らの存在を知り、認識しているのです。
我感じる、ゆえに我あり
そのようなわけで、私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳は、「我思う、ゆえに我あり」というデカルトの思想に代わるものとして、今見たダマシオの理論、つまり、わたしたちの自己イメージは内受容感覚から生まれるという理論を挙げています。
離人症性障害になると、自分のことが知らない他人に思えてくるし、情動を感じる能力も低下する。このことは、「私は誰?」という謎にどんな手がかりを与えてくれるのか。
それは自己をつくりあげるうえで「いちばん重要なのは物理的な感覚と内部感覚」だということ。メドフォードはそう話す。
「感情は体性感覚情報で構築されるというダマシオ的観念ですよ」
ダマシオの理論は、元をたどれば、1880年代後半に活躍したアメリカの哲学者・心理学者であるウィリアム・ジェイムズまでさかのぼる。(p183)
ダマシオは、自己という感覚を生み出しているのは、身体の感覚だと考えました。
彼の理論は、先ほど第六感についての説明に出てきた19世紀の実験心理学者ウィリアム・ジェイムズの研究に端を発しているようです。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアによるとジェイムズは、自分の体の反応を注意深く観察することで、常識とは異なる結論に達しました。
ジェームズは、からだの内側を感じ、思考と内的なイメージを記録した。最終的に彼は、ほとんど予想もしなかった結論にたどり着いた。
常識では、私たちはクマを見るとおびえ、恐怖に突き動かされて逃げると考えるだろう。
しかし注意深く思慮深い観察で、ジェームズは、怖いから逃げるというよりは、(クマから逃げようとして)走っているから怖いのだと結論づけた。(p372)
ジェームズは、クマに襲われるという状況を仮定して、次のような問いについて考えました。
クマが怖いから逃げるのか、それともクマから逃げるから怖いのか。
常識的に考えれば、「クマが怖いから逃げる」のほうが正しいと思えます。
けれども、ジェームズは、「クマから逃げるから怖い」のほうが正しいと考えました。まず身体が反応し、心が後に続く、と考えたのです。
同じころ、デンマークの生理学者カール・ランゲもまったく別にほぼ同一の説を唱えていて、この理論は二人の名をとってジェイムズ=ランゲ説と呼ばれるようになりました。
1948年には、「パブロフの犬」研究で有名なイワン・パブロフの弟子であるロシアの神経病理学者イワン・ヤコブレフが、人間の脳は上から下(トップダウン)ではなく、下から上(ボトムアップ)のシステムで構築されているという研究を発表しました。
この有機的な見方は、「高次」の脳が消化系など「下位」の身体機能をコントロールするというデカルト的なトップダウンのモデルを覆すものだ。
この見方の違いは、単なる言葉遊びではない。むしろ、完全な世界観の違いである。
…思考と感情は、内臓の活動から分離した新しい独立したプロセスではない。私たちは内臓で感じ、考えている。
…私たちがこれほど夢中になっている、いわゆる高次の思考プロセスは、主人というよりはむしろ従者なのだ。(p301)
脳科学が明らかにしたのは、まず身体が反応し、それから脳が思考するという順序でした。内臓の感覚が先にあり、脳は後からそれを処理している従者にすぎないのです。
それゆえ、 身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアに書かれているように、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」は、上下を逆さまにひっくり返さければなりません。
これはフロイトの自我とデカルトのcogito ergo sum(我思う故に我あり)への別れのあいさつなのだろうか?
この新しい信条「我思う故に我あり」は硬直した教会の教義から人々を解放する重要な開始点だったが、改定の必要性が高まっている。
現代の信条はむしろ、「我動く、我準備する、我行動する、我五感で感じる、我感情を感じる、我知覚する、我思考する。そして故に我存在する」のようなものであるべきだ。(p376)
わたしたちは、まず身体が動き、その感覚を感じることで、自分は生きて存在しているという実感を持てます。
わたしたちの自我やアイデンティティというものは、身体の感覚によって「下から上に」作り出されているものなのです。
だからこそ、感覚が解離によって麻痺し、切り放されてしまうと、単に感覚を感じられない以上のことが起こります。
感覚が欠けるなら、感覚の寄せ集めから作り出されている自己という意識も欠けます。
重篤な解離が引き起こす無感覚状態ともなれば、自分は生きているという意識そのものが消えてしまうでしょう。そうすれば、「私は死んでいる」としか思えなくなってしまうはずです。
自分という意識が、身体の感覚を通して作られているのであれば、感覚が麻痺して感じられなくなれば、アイデンティティが根こそぎ侵食されるということを意味しています。
だからこそ、解離によって感覚が麻痺した人たちは、自分の身体を傷つけてでも、「とにかく何かを感じたい」と思いました。
彼らにとってみれば、自傷行為は、自分の身体を傷つける自虐的な行為ではありませんでした。
それは、感覚が麻痺し、何も感じられなくなってしまったために消えてしまった身体をとりもどす試み、さらにはアイデンティティを取り戻すための必死の行動でした。
自分で身体を傷つけて痛みが生じれば、たった一瞬だけでも「我感じる、ゆえに我あり」と実感できるのです。
島皮質ー「いま存在している」感覚の源
それで、私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳の中で、アリゾナ州のバロー神経学研究所の神経解剖学者、バド・クレイグはこう述べています。
2009年10月、スウェーデンで行なった講演でクレイグはこう話している。
「脳は神秘的なところだと私は思いません。300年以上も前にスウェーデンに移住した哲学者ルネ・デカルトが、『我思う、ゆえに我あり』だと人類に説いたことで、脳は形而上学的なところに棚あげされてしまいました。
ですが脳もまた身体の一部であり、身体あっての私たちです。脳は、生命体である私たちの身体をお世話する仕組みになっているのです」(p283)
わたしたちは、あくまで「身体あっての私たち」なのです。まず身体が存在し、脳は身体の従者であり、身体なくしてはわたしたちの意識は存在しません。
内受容感覚を含む、多種多様な感覚から、どのようにして自己という意識が生み出されているのか、まだ全容は明らかになっていません。
しかし、今回扱ったさまざまなアイデンティティの障害には、共通している脳の部位が存在しています。それはコタール症候群のところで少し名前が出てきた「島皮質」と呼ばれる場所です。
コタール症候群、離人症性障害、ドッペルゲンガーに島皮質が関わっていることはすでに見てきた。いずれも身体状態と情動の知覚がゆがんだために起きる。
…体内状態と外部からの刺激を統合するのが主な役目だが、島皮質の後部から前部へと処理が移るにつれて、情報が高度化していくこともわかっている。
後部が表象するのが体温などの客観的性質であるのに対し、前部は良い悪いに関係なく、主観的な身体状態の感覚や情動を生み出している。
つまり「いま存在している」感覚は、前部島皮質で生まれている可能性があるのだ。(p276)
島皮質は身体の外部からの五感と、内部からの内受容感覚を統合している領域です。それらの感覚情報を統合した結果生まれるのが「自己」なのだとすれば、島皮質はまさに、「いま存在している」という感覚の源でしょう。
もちろん、自己を作り出す働きすべてを島皮質が行なっているわけではないでしょう。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳には、かつての骨相学のように脳の機能を単純化しすぎるという過ちを繰り返してはならないと書かれています。(p28,101)
それでも、この島皮質という領域が、身体の感覚からアイデンティティを生みだすという、この記事で考えてきた作用の一端を担っている可能性は高いようです。
いま書かれていたとおり、離人症、つまり解離では、島皮質の活動が低下していることが確認されています。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアによれば、PTSDの過覚醒状態と、解離の低覚醒状態とでは、島皮質に正反対の反応がみられます。
研究では、シャットダウンおよび解離状態時には島が強く抑制されていおり、トラウマを受けた人は自らのからだを感じたり、情動を識別したり、ひいては自分(や他人)が誰なのかを認識したりできないことが確認された。
一方、被験者が交感神経性 過覚醒状態にある場合には、同じ領域が高度に活性化した。
右前島の劇的な活性化の増加によって、(不動、シャットダウン状態、および解離中の)身体意識がほとんどあるいは全くない状態と、交感神経性覚醒状態の一種の「過覚醒」状態との間に明確な区別が存在することが示唆される。(p135)
解離の無感覚状態に陥った人は島皮質の活動が低下していたのに対し、PTSDの過覚醒になった人は島皮質の活動が増加していました。
また、島皮質の活動には、生まれつきの個人差もあるようです。たとえば、ひといちばい敏感な子によれば、生まれつき感受性が強く、ささいなことに気づきやすいHSPの人たちは、島皮質の活動が強いことが知られています。
HSPは非HSPよりも精巧な認知処理をしているだけでなく、脳内の「島」と呼ばれる部位が活発に働いていることがわかりました
(この部位は、その時々の内面状態や感情、体の位置、外部の出来事といった情報を統合して現状を認識するので「意識の座(seat of consciousness)」と呼ばれることもあります)。
HSCが自分の内や外で起こっていることを、人よりよくわかっているとしたら、その時は、脳のこの部分が特に活発に働いているのでしょう。(p427)
HSPの人たちが、ささいな変化にも気づきやすいのは、島皮質の活動が活発で、「いま存在している」感覚が強いからだ、とみなせます。
「意識の座」とも呼ばれる島皮質が普通の人よりも明るく、すみずみまで照らし出すために、より多くのことに気づける、というわけです。
しかしながら、「意識の座」が明るいと、トラウマ的な体験もまた、人一倍鮮烈に感じ取ってしまいやすいはずです。
本来、島皮質の活動が強いはずのHSPの人たちが、反転して島皮質の活動が低下した解離状態に陥りやすいのはそのせいでしょう。
小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)に出てくるジョージアは、生まれつき感受性の強い性格でした。
一人だけ感受性が強かった彼女は、家庭のひずみを一人で抱え込むことになり、感情のブレーカーを落とすことで身を守りました。
「私には他人が気づかないことを敏感に察する力があります」とジョージア。
「物ごとの裏側で何が起きているのかが見えるおかげで、ある意味では自分の身を守ることができたー退くタイミングがわかったんです。
でも、それと同時にスポンジのように苦しみを吸収した。父の苦しみ、母の苦しみ、2人の壊れた夫婦関係の苦しみを」(p119)
「結局、私は自分を守るためにスイッチを切ることを覚えました。…毎日できるかぎり透明人間になろうと努力していたんです」(p118)
ジョージアのように島皮質の活動がもともと強い人たちは、ほかの子たちなら耐えられるような環境でも、多くを感じ取りすぎてしまうのでしょう。島皮質の活動が限界を超えると、反転して解離状態に陥ってしまいます。
「自己」と「非自己」をタグ分けする
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、島皮質は、身体から送られてくる大量の情報を統合することで、刻一刻と予測を立ているのではないか、と考えられています。
その目的は、身体に異質な変動がないかモニタリングし、恒常性(ホメオスタシス)を維持することです。
脳は身体と世界の内部モデルを使って、入ってきそうな感覚刺激を予測する。
それが実際の刺激と違っていれば「予測エラー」となり、脳は事前信念の内容を更新することで、次に同じ刺激が来たときに正確に予測できる(知覚)できるようにする。(p190)
側頭葉と前頭葉の下に埋もれている島皮質が、内受容信号のトップダウン予測と、実際に入ってくる信号(予測エラーの情報を含む)の比較に関わっているらしいことがわかってきた。(p192)
少し難しい説明ですが、簡単にいえば、脳の島皮質は、つねに身体の全感覚をモニタリングして、「予測どおり」か「予測エラー」かを見守っているということです。
もしも「予測エラー」が起こるようなら、本来あるはずのない感覚信号が入ってきている、ということです。脳は、予想外の状況に対応し、危険を回避するよう、身体に指示します。
興味深いことに、私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、島皮質が担っている「予測どおり」か「予測エラー」の判断は、自己の意識、つまり、今ここに存在しているという感覚ともつながっているようです。
この理論に従うならば、予測エラーを最小化することは、脳の重要な役割だろう。それが自己感覚にも重要な意味を持ってくる。
自分の身体から出る信号について考えてみよう。脳が予測したモデルが正確で、実際の内受容信号と一致していれば、身体化ができている。つまり、自分の身体と情動がちゃんと自分に属していると感じられる。
予測と実際の一致が、身体とそれに関連する情動に「自己」のタグをつけ、不一致が「非自己」のタグをつけるのだ。(p192-193)
島皮質は身体の内外の感覚情報を統合して、身体の状態をモニタリングしていますが、そのとき「予測どおり」だった感覚は自己の一部だとみなされ、「予測エラー」の感覚は非自己だとみなされます。
言い換えれば、脳の予測どおりなら、自分がやったことだとみなし、予測外のものなら他人がやったものだと判断しているわけです。
これはとても便利なシステムです。たとえば、だれかから肩を叩かれたとき、すぐに気づいて後ろを振り向けるのは、その刺激が脳の予測外のもので、「非自己」のタグがつけられるからです。自分の身体の内部から生じた感覚ではなく、だれか他の人が自分を叩いたのだと気づけます。
あるいは病気になったとき、わたしたちは身体の内部に違和感を感じます。自分の身体ではない、という「非自己」のタグがつけられるからこそ、何かがおかしいという異物感が生まれ、病院に行って適切な医療措置を受けることができます。
それに対して、わたしたちは、座ったり歩いたりするときに四六時中感じる刺激を、だれか他の人に身体をまさぐられているとか、虫がからだの表面を這い回っていると感じることはありません。
身体の内部から生じる普段の感覚は、脳が予測したとおりのものとみなされ、「自己」のタグがつけられているからです。このおかげで、わたしたちは自分の手足が異物だとか、身体の中にある内臓が奇怪だとか思ったりしないわけです。
ここまで書くと、もう察しのよい方は気づかれたかもしれません。
この記事で書いてきたような、さまざまな奇妙な感覚、自分の足が解剖用の死体の足のようだとか、石膏細工の模造品のようだとか、血の通っていない わら人形のようだといった表現はすべて、脳の予測エラーによって自分の身体に「非自己」のタグがつけられた結果ではないでしょうか。
重篤な離人症やコタール症候群の人たちは、島皮質の活動が極端に低下していました。身体の感覚を正常に認識できないと、予測エラーが大量に吐き出されるので、本来なら「自己」とタグづけされる自分の身体にも、「非自己」のタグが貼られます。
自分の身体の固有感覚に「非自己」のタグが貼られると、自分の足が自分のものとは思えなくなったり、自分の一部ではない死体や模造品の手足が身体にくっついていると感じたりします。
内臓感覚に対して「非自己」のタグが貼られると、自分の身体の中に、機械や藁のような異物が詰め込まれているかのような気持ち悪さを覚えます。
皮膚感覚に対して「非自己」のタグが貼られると、自分の身体の表面を、常に虫が這いずり回っているような感覚に襲われます。以前に書いたとおり、解離性障害の人は、こうした「体感異常」(セネストパチー)と呼ばれる奇妙な不快感を頻繁に訴えます。
ある程度まとまった内受容感覚の集合に、まるごと「非自己」のタグがつけられれば、それは、自分の中にいる他人、すなわち別人格に感じられるかもしれません。
いずれも共通しているのは、本来ならば、「自己」とタグづけされていて、気にも留めないような刺激が、「非自己」とタグづけされたせいで、ひどく不快だったり、なじみなく感じられたりするということです。
自分の身体だと思っていたものは他人の身体になり、生きていると感じていたものは死体になり、自分の内部の刺激は異物や虫が這いずり回る刺激になり、正常な内臓の活動は、内側から腐って朽ち果てているかのような不快感になります。
解離は「自己」を「非自己」にする生存本能
いずれの感覚も、本来正常に機能しているものに「非自己」のタグがつけられているだけなので、病院に行って身体の検査を受けたとしても、何も異常は検出されません。検査データ上はまったく健康です。
問題が生じているのは、身体そのものではなく、身体の正常な営みに「非自己」のタグをつけている脳のほうです。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によれば、これこそが解離の本質ではないか、とサセックス大学サックラー意識科学センターのアニル・セスは考えています。
あくまで推測だと前置きしたうえで、セスはこうしたエラーが、解離を引き起こすのではないかと言う。
自分の身体と情動に現実感が失われ、身体が分離したり、自分自身が他人みたいな感覚に襲われるのだ。
エラーに見舞われている脳が、それでもがんばって予測を行なった結果、内受容信号の発信源は自己ではなく非自己だと仮定するのだろうか。(p193)
解離に陥った人が、「自分の身体と情動に現実感が失われ、身体が分離したり、自分自身が他人みたいな感覚に襲われる」のは、それらの感覚に、脳が「非自己」のタグを貼っているからだとすれば説明がつきます。
けれども、本来「自己」とタグづけすべきものに、「非自己」のタグをつけてしまうのが、脳の誤作動によるものなのかというと、おそらくそうではないでしょう。
学生時代のサックスが出会った若者や、コタール症候群の患者のように、脳に明らかな異変ができて「自己」と「非自己」のタグ分けが混乱している場合は確かに誤作動です。
しかし、トラウマに対して防衛反応として起こる解離の場合は、脳の意図的な作用、あえて言うなら確信犯的な誤作動でしょう。
9.11の同時多発テロを生き延びたシャロンについて、 身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアに書かれていた事柄を思い出してみましょう。
これは解離の影響である。シャロンはまるで他人に起きた出来事を説明しているようだった。
…しかし解離のおかげで、想像を絶するような恐怖と戦慄から免れることができたのだった。(p206)
シャロンは、爆発によって血まみれの死体の上に投げ出されるという恐怖を味わいましたが、「解離のおかげで、想像を絶するような恐怖と戦慄から免れることができ」ました。
言い換えれば、本来「自己」のタグが貼られるべき感情に、「非自己」のタグが貼られ、自分の経験ではなく、だれか他人の経験だと思えたからこそ、圧倒されずにすんだのです。
虐待とネグレクトの家庭で育ち、薬物中毒で倒れた母親を見て離人症を起こしたニコラスもやはり、自分の感情や感覚に「非自己」のタグが貼られたおかげで、気が狂わずにすみました。
でも凶悪犯罪者たちの場合は? 彼らは解離のせいで、自分を感じられなくなり、身の毛もよだつような凶悪犯罪に手を染めるまでに至ったのではなかったでしょうか。
たしかにそうです。でも、解離が起こらなかったら、彼らは幼いころの虐待を生き延びることができず、そもそも大人になれなかったはずです。遅かれ早かれ、精神が崩壊して、自殺に追い込まれていたかもしれません。
脳の役目は、身体のお世話、つまり身体の恒常性を維持し、生物としての身体を生き延びさせることでした。脳にとっては肉体としての身体の生存こそが何をおいてもまず優先すべき目標なのです。
解離とは、生体としての身体を生き延びさせるために、耐えがたい感覚刺激に「非自己」のタグを貼って、自分のものではないかのように錯覚させてやりすごす生存本能です。
たとえ感情が失われ、感覚が麻痺し、生ける屍のようになろうとも、身体が死ぬよりは、生き延びられることのほうを優先して、脳は「非自己」のタグをつけるのです。
生ける者の地に帰る
冒頭で、感覚過敏の辛さは比較的想像しやすいのに対し、感覚鈍麻の辛さは注目されることすらほとんどないと書きました。
感覚が過敏になりすぎるより、感覚が麻痺して感じられなくなってしまうほうがまだましなのではないか。
生物としての生存のみに注目すれば、それは真実です。
けれども、感覚が麻痺してしまうことは、ただ感じられなくなるだけの問題ではありませんでした。本来自分のものだと感じるはずの「自己」の感覚に「非自己」のタグを貼ることで感覚を麻痺させていたのです。
アントニオ・ダマシオが述べるとおり、わたしたちの自我、つまりアイデンティティは、わたしたちの身体の感覚から生じています。
わたしたちのアイデンティティは、「自己」とタグづけされた内受容感覚から生じているものなので、「非自己」とタグづけされた内受容感覚が増えれば増えるほど、自分が何者なのかわからなくなります。
壮絶な子ども時代を生き延びるために、自分の身体から発せられる内受容感覚のほとんどすべてに「非自己」のタグがつけられてしまった人たちは、自分の身体が死体のようにしか感じられなくなり、凶悪犯罪すらいとわなくなってしまいます。
この記事で見てきた様々な例から分かるのは、解離によって「自己」と「非自己」を入れ替えて壮絶な体験を生き延びた人たちは、あたかも生ける屍となって死後の世界をさまよい続けるかのような苦痛にさいなまれるということです。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に書かれているコタール症候群についてのエピソードは、生ける屍となって生き続けることが、時として文字通りの死よりも辛いことを、まざまざと物語っているようにも思えます。
コタール症候群ではうつ状態が極度に激しくなるが、精神科医が首をかしげるのは、自殺する患者がほとんどいないことだ。
車のヘッドライトを浴びて立ち往生するシカのように、うつが重すぎて身動きがとれないのかもしれない。
しかしカルヴァーリョは、彼らが自殺しないのは死んでいると思っているからだと推測する。
「すでに死んでいるのに。さらに死ぬことはできないんです」(p26)
すでに死んでいるのなら、もうそれ以上死ぬことはできない。歩く屍のまま生き続けるという現実は死を越えたところにあるのです。
では、歩く屍の状態から、生ける者の世界へと帰ってくることは可能なのでしょうか。
ネガティブ・ファントムによって自分の足が模造品のように思えたオリヴァー・サックスは、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中で回復するまでの一部始終を記しています。
「拷問のようだった日々」「煉獄の闇夜」を過ごし、「地獄のなかで、私はひどく卑しめられ、希望も奪われた」と述べるほどの絶望を経験しましたが、壮絶な体験を経て、彼の左足は生ける者の世界へと舞い戻ってくることができました。(p134)
サックスが学生時代に出会い、自分の足が「解剖用の死体の足」のようだと述べた若者も、脳の腫瘍の手術を終えた後、無事に回復を遂げ、のちにサックスと再会して、そのときの心境を語ることができました。(p96)
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に出てきた、子ども時代の虐待のせいで離人症を発症したニコラスは、周囲のサポートにより重度の離人症は和らぎましたが、結婚してなお感情は失われたままでした。
しかし、娘が生まれたとき、はじめて気持ちが沸き起こってきて涙しました。「一回きりでも、そういう経験ができてうれしかった」と述べ、自分と同じような経験は娘にはさせまいと決意しているようです。(p179)
何度か引用したトラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際のセンサリーモーター・サイコセラピーや、 身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアのソマティック・エクスペリエンスは、島皮質のブレーカーを復旧させ、シャットダウン状態から抜け出すこと目指すセラピーです。
9.11同時多発テロによって生ける屍となったシャロンは、こうした身体感覚を取り戻すためのセラピーを繰り返し受け、徐々に慢性疲労状態から回復し、お気に入りの音楽を聞きに行くために地下鉄に乗れるまでになりました。(p214)
ジェームズ・ギリガンが報告した、幼少期から繰り返し虐待され続けてきた犯罪者たちの場合は、考えうる限り最も深刻な解離症状を抱えていました。
しかしギリガンは、自身の長年の経験を通して、彼らもまた、尊厳を認められ、人間味のある扱いを受ければ、「復活」させることができると男が暴力をふるうのはなぜか―そのメカニズムと予防の中で書いています。
暴力の原因や予防に関するいくつかのことのなかには、こういうもっとも暴力的な人々の「死んだ魂」に従事することによって学びうることもある
…ひとつの重要な違いがあって、それは身体が死んでしまった人と精神の死をこうむった人の違いである。精神の死をこうむった人は復活させられる。少なくとも彼らが誰に対しても暴力的でなくなる程度には復活させられる。
私たちの社会が生み出しうるもっとも暴力的な人々と30年間働いてきて私が確信しているのは、誰に対してもあきらめる必要はないということである。
もっとも手に負えないような暴力的な人々でさえも、破壊的ではなく建設的な仕方で他人とともに生きることを学ぶことができる。(p193-194)
もちろん、これは、過去の破壊的なトラウマがもたらした爪痕すべてを修復できる、という意味では決してないでしょう、あくまで「少なくとも彼らが誰に対しても暴力的でなくなる程度には」なのです。
極度の恐怖と痛みによって解離してしまった感覚をすべてもとに戻すことはおそらく不可能ですし、衝撃的な過去を変えることもできません。それでもギリガンが述べるのは、「死んだ魂」を「生きている人間」に戻すことはできるということです。
それはつまり、ひとたび「非自己」のタグがつけられても、ふたたび「自己」のタグを付け直すことができる、ということです。
たとえボロボロになり、痛めつけられた身体でも、歩く屍のままでは、自分の人生を歩みだすことさえできません。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に出てきたニコラスは、離人症の日々について「ずっと他人の人生を眺めている感じで、地獄のようだった。これが自分の人生だと実感したかった」と語りました。
「こんなにつらいことだらけでも?」そう聞かれたニコラスの答えがすべてを物語っています。
そう。人生に折りあいをつけたかったんだ。
わが身に起こったことだと思えなければ、折りあいもつけられない。(p196)
わたしたちのアイデンティティは、身体の感覚から生まれたものでした。そうであれば、自分の人生を取り戻すには、まず自分の身体の感覚を取り戻さなければならないのです。
補足 : なぜ「我動く…我五感で感じる…ゆえに我あり」か
途中で引用したピーター・ラヴィーンの文では、人が「我あり」と感じる最初のきっかけは「我動く…我五感で感じる…ゆえに我あり」だとされていました。なぜ意思や感覚に先立って動きがあるといえるのでしょうか。
近年の研究では、あらゆる感覚は動き、つまり「変化」から生じることがわかっています。
たとえばいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線では、視覚という感覚は、目のレンズの良さではなく、目の微細な動き(マイクロサッケード運動)から生じることが書かれていました。
薬物によって眼筋が麻痺した場合など、マイクロサッケードが抑制されると、その人は視力を失ってしまう。
…私たちが一つの物体をじっと凝視していると思っているときでも、目はマイクロサッケードを行ない、複数のバージョンのイメージを送って、脳に新たな情報を供給しているのである。(p316)
目は、一点を見つめているように思えるときにも、常に微細な運動を続けており、脳はそのわずかな「変化」を感覚として受けとめています。これと同じことは他のあらゆる感覚に言えます。
私たちは触覚に関してもこの種の刺激の衰退を経験する。服を着たり眼鏡をかけたりすると、私たちは皮膚にそれらが接触するのを感じる。
しかし時間が経つにつれ、動いて新たな接触を感じない限り、その感覚は薄れていく。
衣服の手触りを感じるには、その上で指を這わせて止め、それから再度動かしてそれを「精査」(スキャン)しなければならない。(p316-317)
触覚もまた、ずっと同じところを触れているだけでは感じなくなります。わずかでも動き、つまり変化やゆらぎがあってこそ感覚を感じられます。
それゆえ、オリヴァー・サックスが左足をとりもどすまでで引用しているように、哲学者たちの中には、運動こそが、感覚を、そして自己の意識を生みだすものだと見抜いた人たちもいました。
ジョンソンとウィトゲンシュタインは完全に意見が一致していた。
人は行動するがゆえに存在し、その存在を示すことができる。つまり人は石を持ちあげたり、蹴ったりできるから存在を示すことができるのである。(p100)
運動が感覚を生み出し、感覚が自己を生みだす、という考え方は、解離について知る上で重要な意味を持っています。
解離とは意識の切り離しや感覚遮断だとみなされがちですが、つきつめて言えば「凍りつき・麻痺」反応を引き起こす背側迷走神経の働きでした。
この生体の急ブレーキともいえる装置が働いて、身体の営みが凍りついたり麻痺したりすれば、動きという変化がなくなるために感覚が遮断され、感覚がなくなるので意識もまた切り離されるのです。
生きているとはゆらぎが存在するということであり、ゆらぎが停止した状態が死です。もしも身体が完全に凍りつき、麻痺すれば、感覚も意識も消失し、わたしたちは完全な無に至ります。
ダマシオの理論が意味するのは、わたしたちの意識は身体から生まれているということ、そして人間には身体を離れて存在する思念体や霊魂のようなものは存在しないということです。
私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に書かれていたように「身体あっての私たち」であり、肉体が動かなくなって停止すれば、そのときわたしたちの意識もまた滅びて消えるのです。